米インディーズ界の鬼才アレクサンダー・ロックウェル監督が実子とともに映し出す、子ども時代の魔法のような一瞬。
『イン・ザ・スープ』(1996)でアメリカのインディーズ映画界でその名を馳せ、オムニバス映画『フォー・ルームス』(1995)以来、実に25年ぶりに新作映画が日本で公開。
主人公の姉弟ビリーとニコを演じたのはアレクサンダー・ロックウェル監督の実子ラナとニコ。
姉弟の母親役にはアレクサンダー・ロックウェル監督のパートナーであるカリン・パーソンズ、父親役には『イン・ザ・スープ』(1996)から親交のあるウィル・パットンが演じました。
インディーズ映画にこだわり続けてきたアレクサンダー・ロックウェル監督ならではのノスタルジックな16ミリフィルムのモノクロパートと、夢のような煌めきがつまったカラーパート映像も魅力的です。
映画『スウィート・シング』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Sweet Thing
【監督・脚本】
アレクサンダー・ロックウェル
【キャスト】
ラナ・ロックウェル、ニコ・ロックウェル、カリン・パーソンズ、ウィル・パットン
【作品概要】
アレクサンダー・ロックウェル監督作品が日本で初公開されたのは長編3作目『父の恋人』(1989)。スティーブ・ブシェミ、シーモア・カッセル、ジェニファー・ビールズらをむかえた次作『イン・ザ・スープ』(1996)がサンダンス映画祭でグランプリを受賞し、一躍有名になりました。
『Little Feet』(2013・日本未公開)で当時4歳と7歳であった実子ラナとニコを主演にむかえ、『Little Feet』では飲んだくれの父親をアレクサンダー・ロックウェル監督自身が演じました。
『スウィート・シング』(2021)では実子ラナとニコを再び主演にむかえ、11歳と15歳という子どもから大人へと踏み出す瞬間の2人の世界を映し出し、2020年・第70回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門で最優秀作品賞を受賞しました。
父親であるアダムを演じたのは『イン・ザ・スープ』(1996)からアレクサンダー・ロックウェル監督と親交のあるウィル・パットン。出演作は『ハロウィン KILLS』(2021)、『ミナリ』(2021)など。
映画『スウィート・シング』のあらすじとネタバレ
マサチューセッツ州・ニューベッドフォード。
普段は優しいけれどお酒が入ると人が変わる父アダム(ウィル・パットン)と暮らす15歳のビリー(ラナ・ロックウェル)と11歳のニコ(ニコ・ロックウェル)は、学校に行かずゴミなどを拾って小銭稼ぎをしていました。
クリスマスが近づき、ニコはクラスメートの女の子にアプローチされていて困っています。ビリーはニコに気づかれないよう、サンタからのプレゼントを用意します。
久しぶりに家族で食事をしようとアダムとビリー、ニコは中華屋の前で家を出ていった母親のイヴ(カリン・パーソンズ)を待ちます。
するとイヴは恋人のボー(ML・ジョゼファー)と共に現れます。家族だけで過ごしたいと、車に飛びかかるアダムに怒ったイヴは帰ってしまいます。
仕方なく家に帰り、3人でクリスマスを楽しむことに。ニコはサンタからのプレゼントをもらって上機嫌です。
自分のプレゼントはないと思っていたビリーに、アダムはウクレレをプレゼントします。驚きつつも嬉しそうな顔を浮かべるビリー。
しかし、アダムはいつものように飲んだくれ、大人びていくビリーの姿に母親を重ね、突如「髪が伸びすぎているから切ってやる」と言い始めます。
ビリーは嫌がって抵抗しますが、アダムの力には抗えません。そんなビリーを助けようとニコもアダムを止めようとしますが、ニコを跳ね除けバスルームに鍵を閉めると、アダムは「お前のためだ」と言ってビリーの髪を切ります。
短くなった髪を見つめ静かに泣くビリーの元にニコがやってきます。ニコも自分で自分の髪を切り、ビリーとお揃いだと言います。2人は固く抱き合います。
アダムの酒癖はどんどん悪化し、とうとう治療のために強制的に入院させられてしまいます。
映画『スウィート・シング』の感想と評価
15歳のビリーと11歳のニコ。優しいけれどお酒を飲むと人が変わる父親・アダム、家を出て恋人と暮らす母・イヴ。
頼れる大人もなく、小銭稼ぎをして自分たちで生きていくしかない。学校にもまともに行っていない。特に姉のビリーが抱えている状況はまさに“「ヤングケアラー”であり、彼女は時に母親のようにニコを見つめ、酔い潰れたアダムを介抱します。
そんなビリーにとって、空想の中の「ゴッド・マザー」は自身の名前の由来ともなった歌手ビリー・ホリデイ。空想の中のビリーは年相応の輝くような子供の表情をしています。
心も体も大人へと近づいていくビリーにとって象徴的なものとして描かれていたのは“髪”でした。
長く美しいビリーの巻き髪を見て、アダムは母親であるイヴの姿、そしてビリーが大人へと変化していく兆しを感じ取って、焦りと動揺が入り混じり髪を切ってしまいます。
静かに泣くビリーは子供のように抵抗をせず、まさに“大人”になりつつあることを感じさせるかのようです。
そんなビリーに対し、自分の髪も切ってお揃いだと言ったニコ。彼もまた大人への一歩を踏み出し始めています。
ビリーの髪を切ろうとしたアダムに対し、ニコはビリーを守ろうとします。それはアダムを守ってくれる存在だという認識をしていないということの表れにも思えます。
イヴの恋人ボーに対してもニコはビリーを守ろうとしています。自分が守らなくてはいけない、強くならなくてはいけないという認識がニコの中にあるのです。
彼がサンタに頼んだプレゼントもナイフでした。自分で戦うしかないことを彼は11歳にして感じ取っているのです。
ボーに酷い目に遭わされたことをイヴに訴えるも、イヴが選んだのは自分の子供ではなく恋人でした。その瞬間ビリーは、イヴの元で生きていくことは出来ないと悟ります。
このようにビリーとニコを取り巻く状況は決して生きやすい環境ではなく、辛い思いをしています。それでもどこか美しく希望を感じられるのは温かみとレトロさのある16ミリフィルムの映像や、音楽のセンス、そしてビリーとニコの視点で見た世界が辛いだけでなく、煌めきで溢れているからでしょう。
モノクロパートを中心に映し出されていますが、ビリーの空想や家を飛び出し子供たちだけの魔法のような時間は、カラーで映し出します。たった一瞬の宝石のような煌めきと感情の高まり、様々な感情が溢れ出すどこか懐かしく色褪せない瞬間を色鮮やかに観客の心に焼き付けます。
マリクと共に子供たちだけで生きていこうとする逃避行は、子供時代の今だけの瞬間を捉え、いつかの子供時代を想起させるようなマジカルな時間をスクリーンいっぱいに映し出します。
子供の視点から見たマジカルな世界はピーターパンがいるネバーランドや、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2018)などを想起させます。
終わりの予感をさせつつも、この瞬間が永遠に続けば良いと思ってしまう美しさは、まさに映画の魔法とも言えるかもしれません。
まとめ
米インディーズ界の鬼才アレクサンダー・ロックウェル監督が、実子と共に子供時代の煌めきを映し出した映画『スウィート・シング』。
インディーズ映画にこだわり続けてきたアレクサンダー・ロックウェル監督のこだわりが、16ミリフィルムの映像や様々な映画へのオマージュを感じさせるような選曲センスに詰まっています。
また、映画が始まって流れてくるクレジットには「A Film By Aldopho Rolo」とあります。この名前を聞いて思い出すのは『イン・ザ・スープ』(1996)でスティーブ・ブシェミが演じた主人公・アルドルフォ(Aldolpho)です。
綴りは全く同じではないですが、映画を撮りたいがお金がなくて困窮していたアルドルフォがとうとう映画を撮ったかのような遊び心のある演出に心がくすぐられます。
実際に『スウィート・シング』は、アレクサンダー・ロックウェル監督が教えているニューヨーク大学の生徒らと資金を募って制作された低予算の映画です。インディーズ映画に対するアレクサンダー・ロックウェル監督の愛も伝わってくるような映画になっています。