『バトルクライ』はSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021国内コンペティション長編部門ノミネート作品
1980年代の架空の日本。一時帰国していた兵隊のソウジと世界銀行から派遣されたハヤが、日本社会に蔓延るゴールデンモンキーという麻薬の実態を追うことになり…。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021の国内コンペティション長編部門では2021年もバラエティ豊かな作品が揃い、その中でSKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて初の長編アニメーションがノミネートとなった注目の映画『バトルクライ』。
脚本と演出を務めるのは、谷中屋監督。大学では映画専攻しながら、短編の実写映画や短編アニメーションの自主制作してきましたが、谷中屋監督が満を持して長編作品に挑んだのが本作。
インディーアニメーションならではの切り口が魅力な『バトルクライ』のあらすじと作品解説をご紹介いたします。
映画『バトルクライ』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
谷中屋
【声のキャスト】
富田慎也、福田優生、上野山航、藤間よしの、森俊秀、神頼人、土田ゆきな
【作品概要】
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021の国内コンペティション長編部門にて選出作品。
本作は谷中屋監督がほぼひとりで制作。短編実写、短編アニメーションの自主制作を経て、谷中屋監督の初の長編作品となります。
映画『バトルクライ』あらすじとネタバレ
(C)2021battlecry
1980年代、架空の日本。上海からの列車に乗り休暇で日本に帰国してきたヤマガタソウジ。
宿泊先のアパートである新宿のユニオシヴィラの公衆電話からアオイに電話をかけますが、繋がらずメッセージを残します。
ソウジの首には横に一本大きな傷跡が残されていました。
ラジオからは政府が局地的放射線廃棄物に関する法案をまとめ、北日本に散乱しているとみられる放射線廃棄物を今年度中にセメントなどで固めドラム缶に詰めたうえで地下五十メートルに埋蔵するというニュースが流れています。
テーブルには、送られてきた小包の箱が開封されて置いてあります。
世界銀行から派遣されたハヤ・ジャリ―リーが、薄暗い東新宿職安通りを歩いているところ得体のしれない生物に襲われるのをソウジが助けました。
ハヤはおでん屋でソウジに助けてもらったことに礼を言い、自己紹介をします。そして得体の知れない生物のことを“シャドーマインド”と言いました。
シャドーマインドは、近年東京で増加しているバケモノで日本では単に“影”と呼ばれていることをソウジは伝えます。
ハヤは、影が二年前のコーカサス内戦においてはじめて世界で確認されたこと、このコーカサス事件以来、世界各地の内紛や戦争で影たちが生物兵器として利用されている姿が目撃されていると言います。
さらに、国際機関が影を捉えて調査したところ、影たちの多くに日本人固有の遺伝子が見られ、日本人が影という生物兵器に仕立て上げ国外へと輸出されていると続けました。
そして、ハヤはゴールデンモンキーという麻薬を聞いたことがあるかと尋ねてから、その麻薬についてのことをソウジに話します。
ゴールデンモンキーは、生物の体内でほぼ無限にエネルギーを生み出すことができる薬で、服用すると肌を焼き骨格を変形させ体内にとどまってエネルギーを産み続けるという麻薬でした。
一度摂取すれば恒常的エネルギーを源となることから、ほとんど食べ物を必要とせずに個体を動かし続けることが可能となります。
ハヤは、まさに神の妙薬といったところだがゴールデンモンキーはその莫大なエネルギーのはけ口をもとめ、個体の攻撃性を増加させていく、その結果服用者は強大な力を得る代わりに記憶や理性を急速に失っていき最終的に純粋な兵器となる、と影の正体を刻々と告げました。
そして影となった日本人は人知れず海外に輸出され、生物兵器として売られ、恐れ知らずで強力な兵隊は世界中の戦場で高く売れる、それで儲けている犯罪組織が日本にあると世界銀行は睨んでいる言います。
ソウジは、世界銀行の仕事は途上国の支援で犯罪組織の調査ではないことをハヤに伝えます。
ハヤは、日本の貧困率は先進国の中できわめて高い数値を示し、この国は働いても働いても希望が見えない国であると、世界でも最も進んだ資本主義国家であるがゆえに、巨大な格差があり、日本は病を抱えている、だから国の病を直すのも世銀の仕事だと言います。
アパートに戻ったソウジは、再びアオイに電話をかけますが、アオイの子供が電話越しで泣いたため少し言葉をかわして電話が切られました。
以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『バトルクライ』ネタバレ・結末の記載がございます。『バトルクライ』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
翌朝、ハヤに起され上野・リトルサイゴンで食事をするソウジ。
ハヤは、ゴールデンモンキーと呼ばれている薬物が植物の種から抽出され固形化した麻薬であること、突然変異の種としてきわめて狭い範囲を限定して生息していることが、ある准教授の発表したレポートでわかったと言います。
そして、ソウジの生い立ちをも調べてありました。
福井県の孤児院で育ち、15才で東京の軍学校へ進学、18歳で日本国立軍に入隊し、歩兵として三年間海外の戦地を経験したあとスペシャルホースに選抜され引き続き国外で活動中、現在は特別休暇で一時帰国していることが明かされます。
ハヤは、今夜潜入捜査の協力をお願いますが、ソウジは友人と会う約束があると言って断りました。
友人のハリマに会うために六本木公安局本部に行くソウジ。ハリマは、元軍人でいまは公安にいました。
ついて来たハヤと一緒に公安がなぜゴールデンモンキーを調査しないのかを聞きますが、ゴールデンモンキーは貧困層の間で流行っていて、組織がって販売ネットワークがなく、個人間のやりとりを通して無計画に都内にばらまかれてるため、取り締まるのが難しいと言います。
ソウジはハヤの調査を一度は断ったものの、ハリマが少しでも情報があれば、公安も動けるかもしれないとの話を聞き、麻薬の売人が出入りする場所にハヤとともに行くことに。
ハリマが軍学校時代にソウジの首の傷跡のことで陰口を言われた時に肩を持ってくれたことを思い出していました。
ソウジは、麻薬売人と思しき男がいる六本木公認娼館に入っていきます。一室にいた男にゴールデンモンキーの入手先と隠し場所を問い詰めますが、その男も入手先はわからず、手元以外は自分の自宅に残りを隠していると言います。
男のアパートでゴールデンモンキーが入った袋を二袋見つけますが、その男がでっちあげて通報したのかパトカーのサイレンの音が近づいてきます。
ソウジとハヤは、車で逃走しますがパトカーに包囲され、車を降りて建物の中に逃げ込みます。
そこいた巨大な影が2人を襲いますが、ソウジが刀を抜いて一刀両断し倒しました。
路地裏に一台のパトカーがやってくるかと思えば、運転していたのはハリマでした。
2人は、ハリマのパトカーに乗り逃げ切ります。その足で向かったのは渋谷のブラックマーケットでした。ここは貨物のターミナル駅で人と物が集めやすく、それに目をつけた尼善という一味がここを拠点にして東京の物流門の要を押さえたとハリマが言います。
巨大なマーケットが連中の勢力圏となっていました。明らかに非合法市場でしたが、ここで多くの人が生活の糧を得て、ここでなら何でも商売になるし安く手に入るからとブラックマーケットが社会のセーフティネットとして機能していました。
ハリマはここの顔役ならゴールデンモンキーのことを何か知っているはずだといい、ソウジとハヤは尼善のお頭に会いに行きます。
通された一室に座るのは若い女でした。女はゴールデンモンキーをどこから仕入れているのかを調査にきたと言うハヤに、聞く耳をもたない様子でしたが、ソウジの首の傷跡を見てから、ゴールデンモンキーは誰もがその名を知っていながらどこから来ているものか誰も知らないこと、日本固有の植物からできていて、その植物を生産するなら可能性は二つ、その場所は誰も立ち入らないか立ち入れないかだと教えてくれました。
ソウジのアパートに戻ってきた2人。ハヤが、コンピューターを立ち上げてゴールデンモンキーの生産地を調べます。
ソウジは15年前に起こった事件が実は核実験だったこと、その後施設に収容されそこで人体実験が行われたこと、それで家族が亡くなったことを打ち明けました。
ハヤがゴールデンモンキーの生産地を特定し、二人は特急列車に乗ってその地に向かいました。
ソウジは列車に揺られながら、軍学校でアオイとハリマと3人で過ごした記憶を思い出していました。
列車内で突如、影が襲ってきて、ソウジが刀で一撃しました。
ジャリの上司であるスペクターがソウジの前に現れ、ソウジが8歳の時の原子力発電所の事故により福井県の山奥に収容されていたことを話します。
ソウジは事故ではなく核実験だと主張しますが、スペクターは聞き入れません。
そしてゴールデンモンキーの生産地と思しき場所はかつてソウジが収容された施設と同じ場所にあるのでした。
ゴールデンモンキーの植物は放射線で特別変異をおこした植物でソウジがその植物を発見し、ゴールデンモンキーをばらまいている主犯だとスペクターは言います。
続けてスペクターは、ソウジの銀行口座を調べ3年前から定期的にまとまった額のお金が振り込まれていて、それは植物を生産し利益を自分の口座に貯め込んでいるんだろうという憶測を話します。
また、アパートに置いてあった箱の布の中から微量ながら放射線が検知されたことを告げました。
ソウジは、自分の他に収容施設で生き残った人物がもう一人いることを打ち明けました。
その人物はソウジと同じ年でお互いに家族を失い、体中に被ばくしていました。一緒にいつか俺らをこんな目にあわした世界に復讐しようと言っていましたが、ソウジは15歳のときに彼と別れて東京に出てきたのでした。
その話を鵜吞みにはしないまでも、猶予をやるというスペクターを後に、ソウジとハヤは収容施設と同じ場所のゴールデンモンキーの生産地に向かいます。
元収容施設だった建物の前に車が停まっていました。その車内からゴールデンモンキーを見つけた2人は、建物の中へと入っていきます。
建物内には小さな水色の花が咲き誇っていました。その先を進むと、風が吹き抜けるところでガスマスクつけたサコが待っていました。
ガスマスクを取ったサコは不敵な笑みを浮かべて「鬼は交代か」と言い放ちます。ソウジはゴールデンモンキーという名が2人がつけたチーム名だったことを思い出します。
サコはゴールデンモンキーの花は「俺が守っていなければ全滅だ」と言いますが、ソウジが「お前はその花に守ってもらっているんだ」と返します。
2人は向かい合い、サコはソウジに銃を向けますが、サコがわざと玉を外し倒れたのはサコの方でした。倒れたサコは、復讐することだけを考えて生きてきた、どうやら俺の一人相撲だったんだなと弱々しく言葉にします。
遠方からサコにめがけて発砲したスペクターの銃弾があたり、地下に落ちてゆくサコ。
町の大きなテレビ画面から、ゴールデンモンキーの生産拠点を突き止めた世界銀行社会開発局のスペクターの顔が映されいます。
ゴールデンモンキーの生産地となった現場では、警察の調査が入り、その場所で煙草をふかすハリマ。ソウジは荒川区町屋駅に住んでいるアオイに会いに行きました。
電話で約束したお土産を渡そうとしますが、子供が泣き出し、あやしている姿を見ると渡すタイミングを失ってしまいました。
ハヤに会うと、ゴールデンモンキーで得た利益を口座に送り続けていたのはサコのシグナルで、まだ俺はここにいるぞと伝えたかったんだろうと言います。
また、サコにとって社会に順応してすいすい生きていくように見えるソウジの姿がとても憎く同時に羨ましかったんじゃないかと。ソウジはその言葉に、たしかに幸福だったと思うけど楽に生きてきたわけではないと言います。
その気持ちがわかると言ったハヤは、はじめて自分の生い立ちについて打ち明けました。
ハヤは、中東の難民キャンプで生まれ、戦争によって母国は荒廃し、両親とともにイギリスに亡命したこと、英語を話せない両親は条件のいい仕事に着くことができず、仕事を掛け持ちして朝から晩まで働いていたこと、兎に角勉強をして、奨学金を得て、大学を卒業し家族を支えられる仕事に就くこと当時の私にとってそれだけがこの世界で生きてゆくための唯一の選択肢だったことを話しました。
ハヤは、影を輸出している犯罪組織を見つけだすためにまだ日本に残ると言い別れました。ソウジは、アパートの一室でやっと自分の居場所をみつけたという実感がわいていました。
それは、大した居場所じゃないかもしれないけど、サコが居場所をみつけられなかったその差は紙一重みたいなもので俺があいつであいつが俺でだった可能性もあるんだろうと。
ソウジのアパートの窓をノックする音が聞こえます。カーテンを開けてそこに立っていたのはハヤでした。
映画『バトルクライ』感想と評価
(C)2021battlecry
1980年の架空の日本。舞台となる街並みは、建物の狭い間を路面電車が走り、入り組んだ高架線には列車が、そして、空を飛び交うようにモノレールが行き来する光景に引き込まれます。
その交通網は列車で上海、台北、香港、サイゴンなどの海外を出入国できる鉄道が網目のように敷かれてます。
また、煌々と照らす建物のネオンサインは香港のようでもあり、上野のリトルサイゴンと呼ばれる地区は、その名の通り昔のサイゴンの街並みやハノイの旧市街を思わせます。
一方で六本木の娼館では、日本の古い旅館であったり、渋谷のブラックマーケットでは、赤提灯や着物、金魚といった日本のアイコニックなものが描かれますが、その混在した世界観がかえって国のアイデンティティを喪失しているように見えてくるのです。
そして、ひしめき合うように立ち並ぶ建物の間から見える空は、どんよりとした暗い夜の風景を映し出し、空の青さや人の賑わいといったものは描かれてません。
時代が決して、1960年代の戦後資本主義の黄金時代の日本でなはく、格差資本主義によっての貧困化、環境悪化が生み出された1980年代であることもこの世界観からして納得がいきます。
ネオンサインが山のようにそびえたち、きらびやかに光る。それもまた、欲望のカタマリを象徴したようで印象的に映し出されたりと、独自のテイストを放っています。
また、主人公のソウジは首の大きな傷跡と手には刀といった独特の雰囲気。一見男女の区別がつかないハヤは、流暢な日本語でありながら、時々間違った日本語でとぼけた発言をしたりとソウジとの掛け合いでシュールな笑いを誘います。
ゴールデンモンキーという麻薬が核実験による放射線にさらされ、突然変異の種として生息するといった痛烈なモチーフでありながら、その麻薬の実態を追っていくことで、明かされるソウジの生い立ち、その過去と一体となって紐解かれていくストーリー展開にハラハラさせられることでしょう。
まさにアニメーションで独自の世界観を見事にエンターテイメントに昇華させた作品です。
まとめ
(C)2021battlecry
谷中屋監督が一人で作り上げたという長編CGアニメーション『バトルクライ』。その圧巻の映像美に目を奪われ、独自の世界観と壮大なストーリーに引き込まれることでしょう。
本作は、日本の格差社会を取り上げ、あぶれた労働者たちの声をも代弁されています。
そして、復讐という名で日本社会にばらまかれたバケモノとの戦いは、とてもパーソナルで悲痛な叫びとなり心に響いてくるのです。