不穏さが渦巻く日常を、迷いながらも懸命に生きる女子学生の姿が胸を打つ!
芥川賞作家・津村記久子作品の初にして待望の映画化作品『君は永遠にそいつらより若い』。
大学卒業を間近に控え、児童福祉職に就職も決まったヒロインに佐久間由衣が、彼女が出会う一年後輩の女子学生イノギに奈緒が扮し、退屈な日常に潜む闇に傷つきながらも対峙していく姿を描いています。
『あかぼし』(2013)、『スプリング、ハズ、カム』(2017)の吉野竜平が監督・脚本を担当。脇を固める小日向星一、笠松将、葵揚ら若手俳優も渾身の演技を見せています。
映画『君は永遠にそいつらより若い』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(日本映画)
【監督・脚本】
吉野竜平
【原作】
津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』(第21回太宰治賞受賞作品)
【キャスト】
佐久間由衣、奈緒(本田なお)、小日向星一、笠松将、葵揚、森田想、宇野祥平、馬渕英里何、坂田聡
【作品概要】
芥川賞作家・津村記久子のデビュー作『君は永遠にそいつらより若い』の映画化作品。脚本、監督を務めたのは『あかぼし』(2013)、『スプリング、ハズ、カム』(2017)の新鋭・吉野竜平。
就職も決まり卒業までの日々を漫然と過ごしていた大学生が、自身の周囲に潜む社会の闇の存在に気づくことで物語が進行していきます。『“隠れビッチ”やってました。』(2019)の佐久間由衣が主演を務め、『ハルカの陶』(2019)の奈緒、『花と雨』(2020)の笠松将が共演。
映画『君は永遠にそいつらより若い』あらすじとネタバレ
大学卒業を間近に控えたホリガイは、児童福祉職の試験に合格し、あとは卒業論文を仕上げるだけという手持ちぶさたな日々を送っていました。
ホリガイは、大学のゼミのコンパの席で処女であることをからかわれますが、冗談で返しその場をやり過ごそうとします。しかし別の男子学生が、「なんでもそうやって冗談にしてしまう」と言って、絡み始めました。
ホリガイは遅れてやってきた友人のヨシザキのところに避難し、そこでホミネという男子学生と知り合います。
彼はアパートの階下に住むネグレクトの子供をかくまったため、誘拐犯に間違われ、嫌疑が晴れたあと、ヨシザキが迎えに行って警察から帰ってきたばかりでした。
夜の道をふたりで歩いていると、ホミネが「そもそもどうして児童福祉司になりたいと思ったの?」と尋ねてきました。
「話すと長くなるから今度会ったときに話すね」とホリガイは応え、卒論のためのアンケートに答えてほしいと用紙をホミネに手渡しました。次会うときに、と挨拶を交わしてふたりは別れました。
「人の生まれ育った環境と将来の夢」の関係を考察するため、ホリガイは周囲の友人たちにアンケートをお願いしていました。
友人のひとりから「集まったアンケートをただでは渡せない。授業に出てノートをとってきてくれたら渡す」という交換条件をつきつけられたホリガイは、仕方なく引き受けることに。
ところがその授業が一時間目だったため、寝坊して遅刻してしまいます。授業が終わったばかりの教室で呆然と立ち尽くしていましたが、たまたま彼女の横を通り過ぎようとした女子学生に声をかけ頼み込んでなんとかノートをコピーさせてもらうことができました。
女子学生はイノギと名乗り、このことをきっかけにふたりの交流が始まります。お礼におごると言ってふたりで行ったカフェバーですっかり酔いつぶれてしまったホリガイをイノギは自分の下宿先に連れて帰りました。
目を覚ましたホリガイは、しばらくイノギとゲームをしていましたが、負けてばかり。テレビでは未解決事件の特集をしていて、失踪したまま行方がしれない少年のことを報じていました。
ホリガイは「ゲームはあまり好きじゃない。自分は戦う前から負けることを前提にしている女なんです」と話し始め、イノギは静かに聞いていました。
小学生のときに、ひとりの男子生徒と大喧嘩したことがあり、明らかに悪いのは相手で、こちらに落ち度はなかったのに、もうひとりの男子生徒がいきなり立ち上がり、私を殴った。2人に袋叩きにされて、なんて理不尽なんだろうと感じた、それ以来、そんなふうに思うようになったのだとホリガイは続けました。
それを聞いたイノギは「その場にいれなかったことが悔しいわ」と呟き、憤ってくれました。
そんな折、ホリガイは、ヨシザキからホミネが死んだと聞かされます。交通事故とのことでした。児童福祉司になりたいと思ったきっかけを聞いてもらえないまま、ホミネは突然この世を去ってしまいました。広島で行われる葬式にヨシザキは出席するとのことでした。
しばらくして大学で久しぶりにヨシザキをみかけたホリガイは、彼を呼び止め、頼んでいたアンケートについて話しかけました。するとヨシザキは人が変わったようにきつい調子で「うるさいな!お前は人に頼ってばかりだ!」と怒鳴り、振り切るように立ち去りました。呆然とするホリガイ。
バイト先で3ヶ月後にやめるホリガイの代わりを務めるため研修中の安田が職場に出てこなくなったので、ホリガイは彼のアパートを訪ねて飲みに行こうと誘いました。
彼は自分の悩みを打ち明け、すっかり酔っ払ってしまいました。以前、彼が洋モノのポルノ写真の切り抜きをノートから落とした時、ホリガイが笑ったことで彼はひどく傷ついていました。彼と共に、自分のアパートに帰ってくると、そこに自転車に乗ったイノギがいました。
部屋に入ると安田はすぐに眠ってしまい、ホリガイとイノギは夜遅くまで、2人で話し込みました。ホリガイは児童福祉司として自分が務まるのか不安を感じていることを吐露し、イノギは「なんで児童福祉司になろうと思ったの?」と、一度その聞き手を失くした質問をしてきました。
ホリガイは初めてイノギの部屋に行ったときに、テレビで放送していた失踪した少年の話をはじめました。あの時、自分は高校2年生で、その少年がどうしているのだろうと考えたら眠ることもご飯も食べることもできなくなった上に何もできない無力感に愕然とした、いつか少年を見つけてあげよう、探し出そうと思ったのがきっかけだったと告白します。
「今、この瞬間、テレパシーで話せるとしたらなんて声かける」とイノギに質問され、ホリガイは応えました。「いつかきっと私が見つけ出すから諦めないで待ってて。君を弄んで侵害しているそいつらはどんどん年をとって弱っていくから、絶対諦めないで。君は永遠にそいつらより若いんだよ」
こんなことしか言えないやつなんですと落ち込むホリガイにイノギは言いました。「その言葉で十分だよ」と。
そして自分の秘密を公開しようかなといって、就職セミナーの授業で、「不潔だから髪をあげろっていわれたんだよね」と言うと、髪をかき上げて耳元をホリガイに見せました。
耳にはひどい傷跡があり、ホリガイは衝撃を受けました。「採用してくれるかわからない人にそこまで腹を割れないわ」とイノギは呟きました。
朝、イノギが帰ったあと、目を冷ました安田もおとなしく帰っていきました。
あの夜の気分を背負ったまま学生生活最後の冬を迎えたホリガイ。バイト先では送別会をしてもらいましたが、「私がいなくなってもこの工場は留まることなく進んでいくのだ」という印象だけが残りました。
卒論も集まったアンケートをもとに仕上げましたが、まとまりのないものになってしまったという感は拭えません。
卒論を提出したあと、ホリガイは校内でヨシザキに呼び止められました。ずっと探していたと言うヨシザキ。「卒論は提出した?遅くなったけど」と言って、彼は例のアンケートを手渡してくれました。「遅いね」といいながら、受け取って礼を言うホリガイ。
その中に、ホミネが回答してくれたものがありました。用紙の裏にはイラストが書き込まれ、「ガンバレ」と書いてありました。
映画『君は永遠にそいつらより若い』感想と評価
ホリガイという名の女子学生の大学生活最後の数ヶ月を描く本作は、社会へ歩みだそうとしている若者が抱く不安や、自信のなさ、ふがいない自分への嫌悪感に包まれる姿を見つめ、普遍的な青春映画として胸に迫って来ます。が、それと同時に、本作には「暴力」がいたるところに顔を見せています。
広い宴会場をワンカットで捉えた序盤のシーンから、ざわざわと心がざわつきました。酔った勢いで飛び交うセクハラまがいの言葉や、人格攻撃ともいえる説教男など、なんだかとてもいやな光景がひろがっているように感じられたのです。
それらは学生のコンパ会場のよくある光景に過ぎないのかもしれません。しかし、その場には人を傷つけることに無頓着な暴力性が確かに漂っていました。
冒頭のひっくり返った赤い自転車の意味が明らかになる映画の終盤に語られるエピソードは心底恐ろしく、痛ましく、また、テレビで未解決事件として流れる少年失踪事件やヒロインが語る小学生時代に受けた子供同士のけんかの話、虐待を受けている少年の問題など、様々な暴力のケースが浮かび上がってきます。
就職ガイダンスの教師がふいに無防備な他者である学生の髪をつかみ、「清潔感がないからくくるように」というシーンなども一種の目に見えない暴力の典型といえるでしょう。
自分たちの周囲にはそんことは起こっていないと思っていても、日々、テレビでは恐ろしい事件が報道されています。ただ、見えてないだけ、あるいは見ようとしていないだけで、いたるところに「暴力性」は潜んでいるのだということを映画は示唆しています。
ホリガイ自身、事情も知らずに他人の持っていた写真を笑って、知らぬ間に相手を傷つけてしまっていたことがわかります。こうした無自覚な言葉の暴力となると、日常茶飯事の出来事といってもおかしくないかもしれません。
ホリガイはそうした社会不安を敏感に感じ、「児童福祉司」として事態に対峙しようとしているのですが、自己評価が低いために自分にその資格があるのかとたびたび不安に駆られ、他者との関係に悩み、その不安をひょうきんな態度で誤魔化しながら生きています。
そんな彼女がイノギという下級生と偶然知り合います。この女性ふたりの関係が、とても丁寧に描かれています。ホリガイの自虐的ともいえる言説に静かに耳を傾け、肯定してくれるイノギは、恐ろしい事件からのサイバイバーです。
2人の間に芽生える友情、愛情は、全編を貫く「なんだか嫌な感じ」を、払拭してくれる力を持っています。お互いが受けた暴力に関する告白で、2人は共に「その場に自分がいることができていたなら」という言葉を発します。この言葉は本作の大きなキーワードとして胸に響きます。
他者となるべくいざこざを起こさないように、上手に付き合い、うまく誤魔化し、適度な距離を置くということが懸命な生き方になっている今の社会で、誰かを救いたいと思う気持ち、誰かの人生に大きく関わろうとする気持ちの尊さが、ここにはあります。
「マリッジ・ブルーのような時期」を経験して、不器用ながらも覚醒していくヒロインの姿は、たくましく、眩しく、ラスト、見違えるように凛々しく引き締まった彼女の表情には、はっと息をのむことでしょう。
まとめ
ひょうきんさの中に、どうしようもない自己評価の低さを垣間見せながら、饒舌になるホリガイを佐久間由衣が、過去の大きな傷を抱えながらもそんなホリガイを静かに穏やかに受け止め、言葉少ないながらも、適切で暖かな言葉を紡ぐことができるイノギを奈緒が演じ、2人とも心に深く染み入る演技を見せています。
大学の友人役の小日向星一、ヒロインのアルバイト先の後輩役の葵揚、そして出番は少ないながらも、強烈な印象を与える笠松将と、脇を固める役者たちも皆、素晴らしい存在感を発揮しています。
こうした人々に囲まれた日々の生活が徐々に主人公を目覚めさせ、文字通り壁を突き破っていく糧となる様を、吉野竜平監督は、冷静に、かつ暖かく描写しています。
作品タイトルにもなっている台詞が、暴力にさらされている人々、虐げられている人々を励まし寄り添おうとする言葉として、強く印象に残ります。