第70回ロカルノ国際映画祭や第47回ロッテルダム国際映画祭に出品され、海外でも好評を博した二ノ宮隆太郎監督の映画『枝葉のこと』。
シアター・イメージフォーラムにて2018年5月に公開。
劇場デビュー作となる本作『枝葉のこと』は、二ノ宮隆太郎の実体験を基に作り上げた“私小説的な映画”となっています。
周囲の他人を寄せ付けず、常に何かに苛立ち、鬱屈とした日々を過ごす主人公は、かつて日本映画界において、異質な演技を見せた内田裕也や北野武を彷彿させる二ノ宮隆太郎の自身が演じた、独創的な青春映画!
CONTENTS
1.映画『枝葉のこと』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【脚本・監督】
二ノ宮隆太郎
【キャスト】
二ノ宮隆太郎、矢島康美、松本大樹、木村知貴、廣瀬祐樹、三好悠生、新井郁、堀内暁子、辻野正樹、田井竜也、藤田遼平、國武綾、永井ちひろ、岡部成司、嶺豪一、亀井史興、池田薫、いまおかしんじ
【作品概要】
前作『魅力の人間』にて第34回ぴあフィルムフェスティバル準グランプリを受賞した、二ノ宮隆太郎が監督・脚本・主演を務めた私小説的な青春映画。
第70回ロカルノ国際映画祭新鋭監督コンペティション部門正式出品、第22回釜山国際映画祭正式出品、第47回ロッテルダム国際映画祭正式出品。
2.映画『枝葉のこと』のあらすじ
横浜の自動車整備工場で働く隆太郎は、関わることすべてに諦念を抱く無気力な青年。
そんな彼の職場には、何も努力せずに夢だけを見続ける先輩志村勇や、
ただただ無駄話に興じる職場の同僚の水野渉や橋本浩三がいました。
誰にも心の内を語らない隆太郎は、そんな周囲から浮いた存在で、変わり者という扱いされています。
そんなある日、幼なじみの塗本裕佑から電話がかかってきました。
裕佑は隆太郎に「うちの母ちゃんが会いたがっている」と伝えます。
裕佑の母親である龍子はC型肝炎から発症した肝臓癌で余命数日の命となっていたのです。
6歳で母親を亡くした隆太郎にとって、龍子はまるで息子のように、何かと目をかけて世話を焼いてくれた人でした。
そのことは、隆太郎の父親である哲夫も同じように感謝をしています。
しかし、母親代わりのように思ってくれていた龍子の病気のことを、隆太郎は7年前からすでに知っていました。
それにも関わらず、隆太郎は一度も龍子の元に顔を出しには行きませんでした。
電話で余命数日と聞いた隆太郎は、龍子に会いに行くことを決めます。
隆太郎の人生の数日間に起きた“けじめ”のあり方とは…。
3.映画『枝葉のこと』の感想と評価
とにかく隆太郎の魅力にはまってしまう!
二ノ宮隆太郎がこの作品を作ると決めた経緯は、この物語の設定と同じく、幼少期からお世話になった幼なじみのお母さんが亡くなったことがきっけでした。
父親の手が回らない時に、随分と世話を焼いてくれたのが塗本龍子さんという人物のようです。
2012年に二ノ宮隆太郎監督の前作『魅力の人間』が、ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを獲得した上映の際にも、祝福に駆けつけてくれたようです。
しかし、塗本龍子さんはその頃には病気にかかっていたそうです。
二ノ宮隆太郎は龍子さんや、映画への思いをこのように述べています。
「亡くなる前に「いい映画を作ってくれ」って製作費を貰ったんです。この映画を作ろうと思ったのはそれがきっかけでした。何を撮ろうかずっと考えましたが、やはり、そのおばちゃんの人生の一部を映画化しようと決めました。とにかくお世話になった、自分に優しくしてくれたおばちゃんがいたんだ、塗本龍子って人間が存在していたんだということを映画にしたいと思いました」
本作に登場する二ノ宮隆太郎をはじめ、その他の人物像も魅力的な人間ばかりに感じました。
もちろん、隆太郎(監督本人でなくキャラ造形されたという人物)は、自分勝手な面が多くあるし、人間的にも面倒な人たちばかりがこの映画には登場します。
それでもこの映画のタイトルが『枝葉のこと』というように、太い幹や色づいた花ではなく、世界の片隅で生きる枝葉のような人たちと、真正面と向き合う監督の眼差しは優しさすら感じさせてくれます。
しかし、映画冒頭の場面では観客は、まだ、それに気付かされません。
ジッと見つめた隆太郎がトボトボと歩く高齢者の女性を追いかけると、一体何をしでかすかと彼を色眼鏡館で見てしまうのではないでしょうか。
煙草をスパスパと吸い、紫煙を潜らせる隆太郎は、何とも見るからに厄介そうな人だなと思い込むはずです。
でも、隆太郎は、高齢の女性が落としたハンカチを拾って手渡してあげただけでした。
それがこの映画のすべてと言っても良い象徴的な場面です。
隆太郎という人物は、自分より年齢を重ねた先に行く者、先に命を費やして行く人たちをしっかりと見て、等しく優しい人柄なのです。
そのことは、6歳にして自身の母親を亡くした経験や、その後、母親代わりの塗本龍子が隆太郎を面倒を見てくれたことで育まれたのでしょう。
また、彼の一貫する人間性は、鬱積した青春というなかですら理由なき反抗に出ることなく、優しさは色褪せません。
まるで先行きを見通すことのできない青春特有の靄の中にいる苛立ちを拭うように、手をゴシゴシと洗い、顔を洗い、口を濯ぎ、自慰行為しようとスッキリしない何か。
でも、隆太郎はカツカツと歩くのです。いつもカツカツ歩きます。
それはかつて、北野武が自ら出演した様を思い起こさせる北野映画の緊張感を持って、生きていることを見せつけてくれます。
北野武監督の場合は、多くは刑事とやくざという人物たちを、暴力とコミカルに満ちた反骨の世界観でストイックに描きました。
一方で二ノ宮隆太郎監督は、その対極にある優しさとペーソスの人情味ある人物たちが、社会の枝葉である片隅に生きてる豊かさを見せてくれるのです。
それを見つめる二ノ宮隆太郎の顔、その長いまつげとつぶらな瞳で真正面から何かと向き合うことこそ、青春そのもの“生”だと伝えてくれるはずです。
『青春の門』があるから、それが青春なんだ!
映画のなかで小説家志望の隆太郎の部屋には、五木寛之の著書『青春の門』が登場します。それはかつて映画化もされた書籍です。
1975年に第1作、1977年に「自立篇」というタイトルで公開され、脚本は早坂暁、監督は浦山桐郎で制作されました。
浦山監督が所属した日活退社後に東宝で挑んだ映画で、この作品の主人公である伊吹信介にも義理の母や、彼を陰日向で助けるやくざの親分などが登場することは、血の繋がりに関係のなく人情のあることは、『枝葉のこと』に通じるものがあります。
ちなみに浦山桐郎監督も義理の母親に育てられた経験を持ち、映画『青春の門』という作品で吉永小百合に義理の母を演じさせ、思いを馳せたことでも知られています。
人生には本筋ではなく、枝葉のような人物や出来事があるのがことも、実は豊かなのかもしれませんね。
まとめ
本作『枝葉のこと』に登場する横浜は、人が住み、人が生きる住む魅力的な町に見えました。
決して美しい風景や場所が描かれているのではないけど、良い意味で監督の冷めた目線で凝視した人間味ある人物が多く描かれた作品だからでしょうか。
地に足のついた二ノ宮隆太郎監督のそんなことにも、監督自身が本作『枝葉のこと』を現時点での集大成と言い切っていることも頷けます。
これまで近年に観た映画でも、114分間ものあいだ緊張感と滲んだ優しさで、グイグイと観る者を惹きつける映画は『枝葉のこと』のみしか知りません。
二ノ宮隆太郎の演出もさることながら、ぜひ、二ノ宮隆太郎という人物を凝視してください。
塗本龍子さんが生きた証がきっかけで製作された、現在の日本映画きっての渾身の一作!
二ノ宮隆太郎を見逃すことなかれ!
二ノ宮隆太郎プロフィール
1986年8月18日生まれの神奈川県鎌倉市出身。中学生の時に継母の持っていた沢山のビデオテープを観て映画を好きになり、木下恵介、成瀬巳喜男の作品を観て育ち、高校生の時に映画監督を志します。
その後、日本映画学校に入学するが1年で退学。職を転々として24歳の時にENBUゼミナールの映像俳優コースを受講します。
在学中には初監督作の短編『楽しんでほしい』を製作。2012年にぴあフィルムフェスティバルに初長編監督作品『魅力の人間』が準グランプリを獲得すると、海外映画祭でも上映され好評を得ます。
自作以外でも豊島圭介監督、今泉力哉監督、平波亘監督などの作品にも俳優部や演出部として参加しています。