『空白』は2021年9月23日(木・祝)より公開中!
スーパーで店長に万引きを疑われ、追いかけられた女子中学生が、逃走中に車に轢かれて死んでしまう。少女の父親はせめて娘の無実を証明しようと、店長を激しく追及するうちに、その姿も言動も恐るべきモンスターと化していく……。
古田新太と松坂桃李が実写映画初共演を果たした『空白』は、現代の「罪」と「偽り」そして「赦し」を映し出すヒューマンサスペンスです。
このたび、『空白』の主人公・添田充役で7年ぶりの映画主演を務めた古田新太さん、そして自身のオリジナル脚本で本作を手がけた吉田恵輔監督のお二方にお話をうかがいました。
※吉田恵輔監督の「よし」の上部分は「土」
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古田新太という「説得力」がある役者
──「主演」での出演オファーを受けた際のお気持ちをお聞かせください。
古田新太(以下、古田):まずは「何でオイラなの?」と。漁師でもモンスターでもないのに(笑)。
吉田恵輔監督(以下、吉田):古田さんには、誰よりも「説得力」があるんです。お芝居にしてもルックスにしても、説得力がなくては添田の暴走の場面すら偽物に見えてしまいますが、古田さんだからこそのリアリティを感じさせてくれる。また少し怒っているような雰囲気でまとっていて畏怖感を抱くけれど、男から見てもどこか色気がある古田さんのイメージも、『空白』という映画にとってよかったんです。
古田:光栄というより幸いです。
──本作は吉田監督が執筆されたオリジナル脚本ですが、古田さんが初めて脚本を読まれた際にはどのような感想を持たれましたか。
古田:「これは困ったぞ」「笑うところがない」ですね。ただ、相手役である青柳は桃李くんが演じると聞いていたので「桃李をいじめるのは楽しそうだぞ」とも(笑)。また原作となる作品のイメージへと近づける必要がないので、ある意味ではのびのび演れる。
オリジナルの方が、役者としてはありがたい。オイラはこう見えて、縛られるタイプなんです。原作があると自分が読んだ際のイメージからあまり逸脱したくないし、原作ファンからも褒められたい。ただ『空白』はオリジナルだから、監督から褒められればいい。演じていて楽しかったです。
吉田:これまでの作品でも、基本的に「任せられる役者さん」をキャスティングしてきました。今回は客席の一番前の良席に座っている感覚で、みなさんのお芝居を見ていました。
自分が書いた脚本ですから、もちろんそれぞれの役へのイメージはあります。ただカットをかけて方向性を直そうと思ったものの、「こっちの方が面白いかも」と思い直した場面がいくつもありました。自分が書いたものに、さまざまな付加価値がついていった感覚です。一人で勝手に「儲けた!」って喜んでいました。そしてお芝居はお任せだったからこそ、現場ではいかにそれらを良く撮るかに集中することができました。
撮ってみたかった漁師という仕事
古田新太さん
──本作にて「漁師」という職業を題材にされた理由は何でしょうか。
吉田:『空白』は自分にとって11本目の長編監督作になりますが、すでに撮ったことがあるシチュエーションで作りたくはなかった。そして海という場所で「浜辺」は撮ったことはあったんですが「海の上」はなかったので、自分の撮ってみたいリストの中には「漁師」がありました。それでイメージの中に「漁師」が入ってきたのだと思います。
──古田さんは漁師の役を演じられる中で、特に船上の場面の撮影は大変だったのではないでしょうか。
古田:楽しかったです。季節(野木龍馬役:藤原季節)と違って船に弱くないから。オイラ、船酔いはしないんです。脚本を読んだ時に船の運転ができると知って「やった!」と思いました。実際の撮影では自動操縦でしたが(笑)。
──貝とり網の作業をはじめ、船上での仕事・技術の習得は事前に指導を受けられていたのでしょうか。
古田:いや、現場で初めてでした。貝とり網の作業や機械操作も指導してくれた漁師さんが「うまい!」と褒めてくれる育て上手な方で、こっちもほどよい具合に調子に乗れました。
吉田:その漁師さんが全部、撮影などの面倒を見てくださいました。本当にありがたかったです。実はロケ期間中に「その日は行けないんです」と漁師さんから言われた日があったのですが、理由を尋ねるとその日は奥さんの出産予定日だったんです。そこで「奥さんのそばにいてあげてください」「その代わりと言ってはなんですが、生まれたお子さんを撮影させていただけませんか」と頼み、田畑智子さんが抱いている赤ちゃんの役として、漁師さんの生まれたてのお子さんに出演してもらいました。
その人間の「すべて」を描く必要はない
──映画を通して「漁師」としての添田の姿を見つめていると、藤原季節さん演じる龍馬が彼の弟子であり続ける理由が伝わってきます。
古田:これはオイラの勝手な想像なんですが、添田は漁師として腕はよく、それゆえに他の漁師から一目置かれているけれど、人間的に難がある。そういう添田に、季節が演じる龍馬は父性を見ているのかなと思いました。
──その一方で添田の龍馬に対する優しさは、映画作中ではあえて明確には描かれていません。
古田:監督が見せないように、見せないように撮っていますから。前半の添田は「荒ぶる魂」であり嫌われ者であるのもあって、その添田がなぜ結婚できて、なぜ離婚して、なぜ娘の親権を持っていたのかはよくわからないんです。
吉田:添田の過去についてはいろいろな設定を書いたのですが、説明したところで尺を使うだけです。例えば俺には親が離婚した友だちがいるけれども、その友だちがどんな人間かは知っているつもりだし、親が離婚した理由も俺にはどうでもいい。だからある人間を描くにあたって、その人間のすべてを説明しないといけないことはない。
たとえ添田が嵐のように荒ぶっていても、龍馬がその横にいるだけで「こいつが寄ってくるということは、嵐のような添田にも何か良いところがあるんだろう」と思えるのではと思っています。
「健やか」だった撮影現場
吉田恵輔監督
──本作は「笑い」を封印した作品ですが、撮影現場の雰囲気はいかがでしたか。
古田:映画の内容は、かなり重い話じゃないですか。撮影が始まるまで「現場も重たかったら嫌だな」と思っていたのですが、健やかでした。
吉田:健やかだったなあ。たとえばクランクインから2日・3日目あたりで添田が泣き崩れる場面の撮影があったんですが、「カット!」「OK」と言ったら、さっきまで泣き崩れていたはずの古田さんが「昼から飲めるところはあるんだっけ?」と言い出して(笑)。本当に楽しくやっていました。
古田:毎日、松坂桃李を怒鳴りつけて、寺島しのぶと喧嘩して、田畑智子にビビらされるというある意味ハードな現場でしたから、撮影が終われば「よーし、行くぜ!」とか言っていましたね。
吉田:俺も撮影が終わってスタッフ陣と飲みに行くと、入ってみた店の中で古田さんたちがすでに飲んでいたなんてこともありました(笑)。
松坂桃李というプロフェッショナル
──松坂桃李さんとは本作が実写映画での初共演となりましたが、松坂さんはどのような役者だと改めて感じられましたか。
古田:真面目で真摯なお芝居をする人だし、当初から「面倒臭くなさそうだ」と感じていました。脚本を持って「古田さん、この場面のこの演技ですけど」と細かく言ってくるようなことはないだろうと思っていたら、その通りの人だった。ドライでプロフェッショナルな仕事をする人だと感じたし、芝居の中で引きも押しもできる人だったから、自分は押しっぱなしになれた。だからこそ、最後の場面なども楽しくできました。
──吉田監督はなぜ、添田に追いつめられてゆくスーパーの店長・青柳直人役に松坂さんをキャスティングされたのでしょうか。
吉田:男から見ても松坂さんは可愛くて好きだったのですが、好きだといじめたくなってしまうというか、そういう欲求がそそられる。受けの芝居がリアルだし、華があるのに地味で冴えない役柄も演じられる。役者として無理をしないし、自然体でいてくれる。オールマイティな役者だと思っていましたし、だからこそ一緒にお仕事をしてみたかったんです。他にも、理由はいっぱいありますね。
──古田さんが本作での松坂さんとのお芝居の中で、特に記憶に残っている場面はありますか。
古田:最後の「疲れたな」ですね。役としても自分自身としても、二人とも本当に心身が疲れていましたから。
吉田:あの場面の演技は、二人に任せていました。実際の撮影でも「そうくるか」と二人のお芝居を見つめていましたが、泣かされちゃいましたね。
監督だからいちばん冷めた眼で画を見ていたいんですが、それまでにも何度か意表を突かれる演技があったことも相まって、「疲れたな」の場面でも気持ちが込み上がってしまい「カット」をうまく言い出せなかった。ただ自分の横で、普段はクールなスクリプターさんも泣いていたから、なんとなくほっとしましたね。その場面以外の撮影でも、俺は結構感極まって泣いていました。
片岡礼子の演技がもたらす怪物の「心の揺らぎ」
──この映画の山場の一つといえる、中山緑役の片岡礼子さんとのお芝居とはいかがでしたか。
古田:「がんばれ、礼子」って思っていました。
吉田:本作で誰よりもプレッシャーを感じていたのは片岡さんだったので、クランクイン前から「どうしよう」「どうしよう」と役について悩み、考え続けていましたね。
古田:「もっと共演者に甘えたらいいのに」「一人でがんばるな」と思っていたんです。ただそれも、緑を演じるためには必要だったんだと思う。
緑が抱える苦しみを投げかけてくれることで、添田の気持ちと交じり合って、「母親」としての複雑な気持ちが出てくる。また新たに出てきた緑の気持ちを受けて、モンスターと化していた添田の心が揺らぎ「俺は、悪いことをしたみたいだ」と感じ始めると思っていました。
吉田:片岡さんのポテンシャルをふまえると、「必ずいいものを見せてくれる」と思っていました。片岡さんは撮影の後に「言いたいことがいっぱいあって、添田に向かって独り言のように語っていたのに、古田さんが演じる添田の顔を見て『この人もこれだけ辛かったんだ』と相手の気持ちに思いが及んだら、涙が止まらなくなった」と話してくれました。片岡さんの演技は、そういうところにまで行き着いたのだと感じています。
ギスギスした世の中にこそ映画『空白』を
──これから映画『空白』をご覧になる方へのメッセージをお願いします。
古田:不要不急ではありませんが、ぜひ観てください。何かしら気に食わなかったり、何かしら引っかかる映画だと思うので。オイラは普段、こんなに「自分の作品を観てください」とは言わないのだけれど、この映画はぜひ観てほしい。
吉田:コロナによってみんなストレスが溜まっていて、世の中がギスギスしているかしれません。この映画で描かれる悲惨な出来事とその顛末を通じて、「明日も生きるぞ」という気持ちになってくれればありがたいです。役者さんたちがとにかく素晴らしいので、見応えのある映画になっていると思います。
インタビュー/ほりきみき
吉田恵輔監督プロフィール
1975年生まれ、埼玉県出身。東京ビジュアルアーツ在学中から自主映画を制作し、塚本晋也監督作品の照明を担当。2006年に『なま夏』を自主制作し、「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門のグランプリを受賞。2008年には小説『純喫茶磯辺』を発表し自らの手で映画化する。
その他の監督作品に『メリちん』(2006)、『机のなかみ』(2007)、『さんかく』(2010)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013)、『麦子さんと』(2013)、『銀の匙 Silver Spoon』(2014)、『ヒメアノ〜ル』(2016)、『犬猿』(2018)、『愛しのアイリーン』(2018)、『BLUE/ブルー』(2021)などがある。
古田新太プロフィール
1965年12月3日生まれ、兵庫県出身。「劇団☆新感線」の看板役者。劇団での活動と並行して、多くのレギュラー番組や、雑誌の連載などを持ち人気を獲得する。俳優としても他に代わる者のない存在として様々な作品で活躍中。
主な映画出演作は「木更津キャッツアイ」シリーズ(2003・2006)、『超高速!参勤交代 リターンズ』(2016)、『土竜の唄 香港狂騒曲』(2016)、『脳天パラダイス』(2020)、『ヒノマルソウル 舞台裏の英雄たち』(2021)など。テレビドラマ出演作はNHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013)、『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)、『俺のスカート、どこ行った?』(2019)、「小吉の女房」シリーズ(2019・2021)、「半沢直樹」シリーズ(2020)、NHK連続テレビ小説『エール』(2020)など。声の出演も多く『パディントン』(2016)とその続編(2018)の日本語吹替版でブラウンさん役を務め、パディントン役の松坂桃李と共演している。
映画『空白』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本】
吉田恵輔
【キャスト】
古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子、寺島しのぶ
【作品概要】
スーパーで店長に万引きを疑われ、追いかけられた女子中学生が、逃走中に車に轢かれて死んでしまう。それまで娘に無関心だった父親はせめて娘の無実を証明しようと店長を激しく追及するうちに、その姿も言動も恐るべきモンスターと化していく。
企画したのはスターサンズの河村光庸プロデューサー。これまでにも第43回日本アカデミー賞で作品賞を含む主要三冠を獲得した『新聞記者』(2019)など、意欲的かつ挑戦的なテーマの作品を次々と生み出してきました。
河村とタッグを組んだのは『ヒメアノ~ル』(2016)、『犬猿』(2018)、『愛しのアイリーン』(2018)、『BLUE/ブルー』(2021)など吉田恵輔監督。自ら手掛けたオリジナル脚本で現代社会の危険性を浮き彫りにし、「罪」と「偽り」そして「赦し」を描いています。
モンスターと化していく父親を演じたのは古田新太。劇団☆新感線で劇団の看板役者であり、今回7年ぶりの映画主演を務めます。女子中学生が死亡したきっかけを作ったスーパーの店長・青柳直人を演じたのは松坂桃李。『新聞記者』で主演を務めた松坂桃李が古田新太と実写映画では初共演を果たしました。
『空白』のあらすじ
全てのはじまりは、中学生の万引き未遂事件でした。スーパーの化粧品売り場で店主の青柳(松坂桃李)に万引きを疑われた女子中学生の花音(伊東蒼)はスーパーから逃げ出し、国道に出た途端、車に轢かれ死亡してしまいます。
女子中学生の父親の添田(古田新太)は「娘が万引きをするわけがない」と信じて疑念をエスカレートさせ、関係者を追い詰めます。事故のきっかけを作ったスーパーの店主は父親の圧力にも増して加熱するワイドショー報道によって、混乱と自己否定に追い込まれていきました。
そして父親の狂気は女子中学生を車ではねた女性ドライバー、加害者の母(片岡礼子)、前に進もうとする前妻(田畑智子)、弟子の漁師(藤原季節)、娘の教師(趣里)、正義感のスーパー店員(寺島しのぶ)などを巻き込み、この事件に関わる人々の疑念を増幅させ、事態は思いもよらない結末へと展開していきます。