連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第50回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第50回は、数々の続編を生んだ伝説の大人気ホラー映画『ヘル・レイザー』。
「血の本」などで知られる、ホラー&ダークファンタジー小説家として有名なクライヴ・バーカーが、自作の小説を1987年に自ら監督した作品です。
“究極の快楽”を体験できるパズルボックス“ルマルシャンの箱”。それを解いた時、異界から「ある者には悪魔、ある者には天使」となる存在“魔導士(セノバイト)”が現れる。
顔面および頭に釘を打った“ピンヘッド”を筆頭とする4人の魔導士は、パズルを解いた者に「究極の快楽の源となる、究極の苦痛」を、未来永劫与え続けるのだ……。
妖しくも魅力的なボンテージファッションに身を包んだ”魔導士”の姿は、ホラー映画ファンを越え多くの人々に愛され、後の日本のコミックなど様々な分野に大きな影響を与えた「ヘルレイザー」シリーズ。その原点となる作品を、解説いたします。
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CONTENTS
映画『ヘル・レイザー』の作品情報
【公開】
1987年(イギリス映画)
【原作・脚本・監督】
クライヴ・バーカー
【キャスト】
アシュレイ・ローレンス、アンドリュー・ロビンソン、クレア・ヒギンズ、ショーン・チャップマン、ダグ・ブラッドレイ
【作品概要】
クライヴ・バーカーが自らの世界を映像化し、”魔導士ピンヘッド”の姿と共にホラー映画ファンを虜にした「ヘルレイザー」シリーズの原点となる作品。
本作が映画デビュー作である、ヒロインを演じたアシュレイ・ローレンスは『ヘルレイザー2』(1988)、『ヘルレイザー3』(1992)、そしてシリーズ第6作目となる『ヘルレイザー リターン・オブ・ナイトメア』(2002)に出演しています。
共演は『ダーティハリー』(1971)で、ハリー・キャラハン刑事の宿敵・殺人鬼スコルピオを演じたアンドリュー・ロビンソンに、ホラー映画『ザ・コンヴェント』(2018)に出演のクレア・ヒギンズ、『女王と祖国のために』(1988)のショーン・チャップマン。
“魔導士ピンヘッド”を演じたダグ・ブラッドレイはこの役で怪奇スターの仲間入りを遂げ、世界中のホラー映画ファンから愛される存在になりました。
映画『ヘル・レイザー』のあらすじとネタバレ
太古より存在する謎のパズルボックス“ルマルシャンの箱”。手に入れたフランク(ショーン・チャップマン)が部屋でそれを解いた時、突如鉤爪の付いた何本も鎖が体に突き刺さります。苦痛に絶叫を上げるフランク。
そして部屋の中には、鉤爪付きの鎖に引き裂かれ、細かく寸断されたフランクの肉片だけが残されていました。その部屋に“魔導士(セノバイト)”たちが現れます。
魔導士の1人“ピンヘッド”(ダグ・ブラッドレイ)がルマルシャンの箱を元に戻すと、部屋の中にあった物は全て姿を消しました……。
それから月日の経ったある日。主のフランクがいない家に、彼の弟であるラリー(アンドリュー・ロビンソン)とその後妻ジュリア(クレア・ヒギンズ)がやって来ます。かつて兄弟が育ち、その後フランクが隠れ家のように使っていたこの家で暮らそうとする2人。
そこにラリーの娘カースティ(アシュレイ・ローレンス)から電話がかかります。ラリーは娘とこの古い家で暮らすことを望んでいましたが、先妻の子であるカースティは父の再婚相手ジュリアに気を遣い、家の近くに1人で済むアパートを見つけていました。
父娘が電話で話している間に、ジュリアはフランクが部屋に残したいかがわしい写真を隠します。ラリーの兄フランクに、特別な感情を抱いているジュリア。
引っ越しでラリー夫妻が荷物を運びこんだ日、カースティも手伝いのため家に現れます。一方継母のジュリアはフランクの思い出にひたっていました。彼女は2階にある、フランクが使っていた部屋に入っていきます。
かつてラリーとの結婚を控えたジュリアに、フランクは言い寄りました。彼女は夫とは異なる加虐的なフランクとの肉体関係に溺れ、今も忘れられずにいました。
そこに荷物運びで手を負傷したラリーが現れます。血を見るのが苦手な彼は、妻に助けを求めました。彼の手から流れた血は床に落ちますが、それは床板に吸い込まれていきます。床板の裏側で血を吸収し、怪しくうごめき始める肉片。
誰もいなくなったその夜、フランクの部屋の床から何かが姿を現します。それは骨や脳髄の形をとると繋がって1つになり、やがて不完全な人間の形になりました……。
その夜ラリーは引っ越し祝いのパーティに、娘カースティや親しい人々を招きます。しかしジュリアは関心の無い様子で、先に席を立ちます。部屋を出た彼女は、フランクの部屋の怪しい物音に気付きます。
部屋に入ったジュリアは足首を掴まれ悲鳴を上げます。逃げようとする彼女を引き留める、床をはって迫り来る血肉と皮膚が欠けた人体……それは復活を遂げたフランクでした。
フランクは、弟ラリーが流した血により復活したとジュリアに告げます。しかし完全な姿の人間として復活を遂げるには、より多くの人間の血が必要だと訴えるフランク。
フランクの部屋から出て、厳しい表情で無言で立っているジュリアの姿を、義娘のカースティは目撃します。
カースティはパーティで親しくなったスティーヴとアパートに戻ります。その道筋で、彼女を見つめる怪しい男の存在に気付きました。
その夜、フランクとの関係が忘れられないジュリアは、ひそかに彼の元を訪れ完全な復活を手助けすると約束します。同じ頃、悪夢にうなされてスティーヴに起こされ、不安に駆られ父ラリーに電話をかけるカースティ。
ラリーは無事で彼女は安心します。しかしその会話を盗み聞きしていたフランクは、若いカースティに興味を示したようでした。
翌日、街に出たジュリアは酒場で男を誘惑し家に誘い、フランクが潜む2階の部屋に案内します。部屋に入れると、彼女は隙をみてハンマーで男を殴り殺します。
返り血を浴びて立つジュリアの前に、フランクが現れ部屋から出ろと命じます。部屋に戻ったジュリアが目にしたのは、無残な姿になった男の死体と、皮膚の無い状態にまで再生したフランクの姿でした。
そこにラリーが帰ってきます。ジュリアは男の死骸を片付け夫の目を欺きますが、彼女に更なる犠牲者を要求するフランク。
ペットショップで働くカースティの前に、パーティの夜に見かけた怪しい男が現れます。声をかける彼女に構わず、バッタの入ったケースに手を入れ、掴んだバッタをむさぼり喰う男。スティーヴが現れた時、不気味な男の姿は消えていました。
犠牲となる新たな男を誘い込んだジュリアは、前回と同じ手口で殺害します。男の死体から血を得るフランク。彼の意に従うジュリアに良心の呵責は無く、まるで殺人を犯す快感に目覚めたように見えました……。
映画『ヘル・レイザー』の感想と評価
SM的世界をダーク・ファンタジー風に描いた、「ヘルレイザー」シリーズの原点となるスプラッター・ホラー。スタイリッシュなボンテージファッションで登場する“魔導士(ゼノバイト)”について、監督のクライブ・バーカーはこう語っています。
「パンク文化、カトリック教会、そして訪れたNYとアムステルダムにあるSMクラブに影響を受けて誕生した」と。
その強烈な姿は後のサブカルチャー、特に日本のコミックに大きな影響を与えています。荒木飛呂彦もこのキャラクターを絶賛していますが、彼の代表作「ジョジョの奇妙な冒険」の連載開始は、『ヘル・レイザー』が製作されたのと同じ1987年でした。
最も影響を受けたコミックと言えば三浦建太郎の「ベルセルク」。この人気作を代表する場面といえば、第12巻・13巻で描かれた異界から怪物があふれ出す“蝕”のシーン。怪物こと使徒の頂点に立つ、4人の“ゴットハンド”が登場しますが、その姿は「ヘルレイザー」シリーズの“魔導士”からインスパイアされたものです。
人間界とは異なる異界の存在、激しいバイオレンス描写……設定など様々な面でも本作から影響を受けた「ベルセルク」は、1989年から不定期連載が開始されました。
ゲームの世界にも大きな影響を与えています。1996年に発売された、「バイオハザード」シリーズに登場する敵キャラクターの姿にも、“魔導士”からの影響が見てとれるでしょう。
多くのクリエイターを刺激したホラー映画の傑作『ヘル・レイザー』。過去のホラー映画へのオマージュとパロディ満ちた作品『キャビン』(2012)にも、本作が元ネタのキャラクターとアイテムが登場しています。
原作者こだわりの世界を自ら映像化
スティーブン・キング作品に代表される、「モダンホラー」と呼ばれるホラー小説たち。日常に潜む恐怖を描くなど様々な特徴が指摘されていますが、その一つが濃厚で綿密な描写。これは新世代のホラー作家が、映画やテレビの映像によって表現された恐怖に影響を受け触発された結果と言われます。
クライヴ・バーカー作品はその代表で、極めて詳細に残酷でグロテスクな描写を描いています。活字であっても苦手、という人なら逃げ出す記述と言ってよいでしょう。
劇作家として舞台演出に関わり、イラストレーターとしても活躍しているクライヴ・バーカー。短編映画の監督経験もある彼は、自作を映像化した映画に並々ならぬ思い入れがありました。
しかし彼の原案・脚本を映画化した『アンダーワールド』(1985)、『ロウヘッド・レックス』(1986)は彼が満足する作品にはなりません。これらは恵まれた環境で作られたとは呼べないものでした。ならば自ら製作・脚本を担当し、監督も務め望む映画を作ろうと挑んだのが『ヘル・レイザー』です。
グロテスクだけではない、どこかセンチメンタルな作風
参考映像:『ミディアン』(1990)
彼の望むビジュアルを目指した『ヘル・レイザー』。当時爛熟期を迎えていた特殊メイク技術を使い、現在見ても強烈な人体破壊シーンを登場させています。
光学合成や異界のモンスターの造形など、当時の技術的ではご愛敬といった要素もありますが、彼の世界観を見事に映像化した作品です。人によっては作りものの怪物や残酷描写より、本物の虫やネズミのシーンの方が苦手、という方もいるかもしれません。
ちなみにアメリカでは映倫にSMじみたシーンが問題視された『ヘル・レイザー』。イギリスでは「撮影でネズミが傷付けられていないか」が審査の対象になった、と本作のプロデューサーは証言しています。“魔導士”が聞いたらどんな顔をするでしょうか。
極めて悪趣味な映画と思われがちですが、『ヘル・レイザー』は「邪悪な悪い継母から、父を守ろうとする娘」のお話。物語の根幹にはおとぎ話的要素があります。
その悪い継母も、許されぬ関係とはいえ夫の兄へ一途で盲目な愛を捧げています。SM的拷問をテーマにした猟奇的な映画ながら、ロマンチックな雰囲気を漂わせているのも見逃せません。
また劇中ではキリスト教的なアイテムが否定されています。これは宗教への反発というより、世間の常識・良識の名の元に行われる抑圧を否定した態度と受け取るべきでしょう。
「究極の快楽」を求めてしまう。そんな一般とは異なる価値観を時に抱く、それが人というもの。歪な思いを抱くマイノリティーへの関心が、クライヴ・バーカー作品に貫かれているのです。
彼は次に原作・脚本・監督を務めた映画『ミディアン』(1990)で、そんな異形の者たちへの憧れ……煩わしく、連続殺人鬼の精神科医(演じるのはデヴィッド・クローネンバーグ!)に追われる人間社会より、闇の世の住人が住む異界の方が幸せかも……といった憧れを描きました。
まるで泉鏡花や水木しげる作品のように、異形の者が住む世界への憧れを描くクライヴ・バーカー。これが血みどろホラー以外の面で、多くの人々に愛されている理由です。
まとめ
「ヘルレイザー」シリーズの映画は、2018年までに合計10本が作られました。しかし第1作に満足したのか、クライヴ・バーカーは2作目以降は製作総指揮、やがて原案のみと製作の現場から離れていきました。
その結果、シリーズはジェイソンの「13日の金曜日」(1980)シリーズ、フレディの「エルム街の悪夢」(1984)シリーズ同様の迷走を繰り広げます。
そんな作品に触れるのも、B級映画の楽しみ方の一つ。これらの作品を通して登場したのは“魔道士ピンヘッド”であり、ほとんどの作品でこの役を演じたダグ・ブラッドレイこそ、このシリーズの顔と呼ぶべきでしょう。
しかし。アメリカのHBOが「ヘルレイザー」シリーズのドラマ化を発表。パイロット版は製作されましたが、パンデミックの影響で以降のエピソード製作は停止。まだリリース日は未定ですが、2021年中に製作が再開される予定になっています。
そして2022年公開を予定して、第1作『ヘル・レイザー』のリブート版も製作されています。監督は『ザ・リチュアル いけにえの儀式』(2017)のデヴィッド・ブルックナー、そして製作・脚本にはクライヴ・バーカーが久々に参加しています。
ドラマだけでなく、ついに原作者が参加して製作される新作リプート版待機中の『ヘル・レイザー』。その原点をお楽しみ下さい。
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