孤独だった父、兄、弟の心の絆が繋がるロードムービー
今回はアカデミー作品賞、ダスティン・ホフマンがアカデミー主演男優賞を受賞した、不朽の名作『レインマン』(1988)をご紹介します。
「幼い頃、雨の日に怖くなると、“レインマン”が来て歌ってくれた…」ボクは彼が遊んでくれる時がとても楽しい時間だった。
“レインマン”は幼い頃の心にいた、空想の友達?なぜ、ボクのところにこなくなったのか?この旅はそれを教えてくれた。
高級外車ディーラーのチャーリーは、大口の取引に失敗しそうなピンチにあります。そこに絶縁状態の父が逝去したと連絡が入り、帰省し遺産に関する遺言を聞きます。
ところが、遺産の300万ドルの相続人は、それまで存在を知らされていなかった、自閉症の兄レイモンドのものでした。チャーリーは遺産の半分を要求するため、兄を病院から連れ出しロスへと向います。
映画『レインマン』の作品情報
【公開】
1988年(アメリカ映画)
【監督】
バリー・レビンソン
【原作/脚本】
バリー・モロー
【原題】
Rain Man
【キャスト】
ダスティン・ホフマン、トム・クルーズ、ヴァレリア・ゴリノ、ジェリー・モーレン、ラルフ・シーモア、ジャック・マードック、ルシンダ・ジェニー、マイケル・D・ロバーツ、ボニー・ハント、バリー・レヴィンソン
【作品概要】
『卒業』(1967)で主人公を演じ瞬く間にスターダムへ登り、『クレイマー、クレイマー』(1979)でアカデミー主演男優賞した、ダスティン・ホフマンが“サヴァン症候群”を患っている主人公レイモンドを演じます。
また、そのレイモンドの弟チャーリーには、『トップガン』で爆発的な人気を得て、『7月4日に生まれて』(1989)で、初のアカデミー主演男優賞を受賞、代表作「ミッション:インポッシブル」シリーズのトム・クルーズが好演。
『ウィザード・オブ・ライズ』(2021)のバリー・レビンソン監督が、ラストシーンでレイモンドの問診をする、マーストン医師役で出演しています。
映画『レインマン』のあらすじとネタバレ
高級スポーツカーを扱うディーラーのチャーリー・バビットは、4台のランボルギーニの入管手続きをしますが、環境保護局から納車までに、審査が終わらないと連絡が入ります。
4台とも買い手は決まっていて、手付金も受け取っています。納車の期限を何度か延ばしていたため、ユーザーからはキャンセルの電話が入り、ランボルギーニを仕入れるための借入返済も迫っていました。
社員のレニーは顧客のクレーム対応をしています。チャーリーは嘘の対応をさせて、一旦、混乱を収拾させると彼に仕事を任せ、社員兼恋人のスザンナと週末を過ごすため、パーム・スプリングスへ出発します。
ところが道中、レニーから電話が入り、父のサンフォード・バビットが逝去したという報告を受けます。
チャーリーは父とケンカ別れをして、絶縁状態のまま疎遠になっていました。彼が2歳の時に母親を亡くして以来、2人で暮らしてきましたが、厳格な父親とは良い親子関係が築けませんでした。
そんな父の死はチャーリーにとって、悲しいとか淋しいという感情がわきません。スザンナに葬儀に参列するのか聞かれても、そっけない態度で相槌を打つだけでした。
葬儀に参列するといっても、チャーリーは喪服を着るわけでもなく、少し離れた木陰で終わるのを見ているだけです。
葬儀にはサンフォードの弁護士も参列し、チャーリーは父の遺言状を確認するため、生家へ来るよう言われます。
チャーリーが16歳の時、成績で“オールA”をとります。彼はその褒美として父の愛車、1949年製ビュイック・ロードマスターを運転させてほしいとせがみます。ところが父はそれを許しませんでした。
あろうことかチャーリーは、黙ってキーを持ち出し、友人らとビュイックでドライブに出かけてしまいます。
しかし、父は警察に車の盗難届を出したため、チャーリーは2日間警察に拘留されてしまいます。そのことがきっかけでチャーリーは家を出、それ以降は音信を断ってしまいました。
スザンナに亡くなった父親のことを話しているうちに、チャーリーは幼い頃の記憶を思い出します。「怖いことがあると、“レインマン”が来て歌を歌ってくれた」そして、チャーリーは“レインマン”を子供の空想の中の友達だと言います。
弁護士のムーニーが屋敷に来て、遺言状の前に彼に宛てた手紙を読み上げます。そこには母親を知らないチャーリーの頑なな心を理解し、父親を拒んだことを許し、息子のいない人生を与えたが、幸せな一生を祈るというものです。
そして、遺言状です。父がチャーリーに残された遺産は、親子関係を終わらせるきっかけとなった、1949年製のビュイック・ロードマスターと、数々の品評会で優勝したバラの木だけでした。
およそ300万ドル相当のそれ以外の遺産は、遺言状に書かれた受取人のために、信託銀行に預けられると言います。弁護士は受取人のことなど詳細は開示できないと言い、チャーリーは落胆します。
諦めのつかないチャーリーは、信託銀行へ行き受取人が誰なのか調べ始めます。そこでわかったことは財産を管理する管財人が、ブルーナーという医師ということです。
彼はブルーナに会うため病院に行き、遺産の相続人を聞きますが、ブルーナーは教えません。サンフォード・バビットのことは、チャーリーが2歳の時から知っていて恩義があるから、管財人を引き受けたと話します。
チャーリーは出るところに出る覚悟はあると帰ろうとしますが、ビュイックの運転席に妙な男が座っていて、降りるよう言いますが、男はこの車を運転したことがあると言います。
さらに「シートは茶色の革だったのに、赤に変わってる」と、チャーリーにしか知り得ないことを言い、年式や生産台数まで知っていました。
更に男は「パパが土曜日なら運転していい」と言ったため、名前を聞くと“サンフォード・バビット”と答え、母の名前を聞くと“エレノア・バビット”そして、亡くなった日も知っていました。
そこにブルーナーが現れると、彼はチャーリーの兄だと教えます。チャーリーは兄の存在を知らされておらず驚きます。
ブルーナーは兄の名前は“レイモンド”で、“自閉症”という先天的な病気があると教えます。チャーリーが詳しく尋ねると、知能指数は極めて高いが、感情のコントロール機能に障害があると教えます。
そんなレイモンドは一定の習慣的行為で暮すことが必要で、そのパターンから外れると、不安になりパニックを起こすと説明しました。また、300万ドルの遺産が入っても、お金の概念もないとも……。
チャーリーはレイモンドの部屋で、彼の私物を触りレイモンドを神経質にさせます。彼は極度の不安感があると、アメリカのコメディアン、アボット&コステロの「一塁は誰だ」というギャグを繰り返ししゃべります。
介助士のバーンはレイモンドに“親友”だと言いますが、9年担当していても身体に触れることを嫌がり、彼には人への興味もなく、明日自分がいなくなっても気にしないと言います。
チャーリーにはある思惑が浮かび、散歩に連れ出します。そして、レイモンドの好きな野球の話しを持ち出して、ロサンゼルスでドジャースの試合を一緒に観ようと誘います。
レイモンドは外出時間は2時間までだと教えますが、チャーリーは構わずにレイモンドのリュックサックを持つと、病院に黙って彼を連れ出してしまいます。
映画『レインマン』の感想と評価
レインマンは実在の人物がモデル
ダスティン・ホフマンが演じた“レイモンド・バビッド”にはモデルとなった実在の人物がいました。
先天性脳障害として誕生したキム・ピーク氏(享年58歳)です。キム・ピーク氏は“サヴァン症候群”という特殊能力を持っていました。
サヴァン症候群の能力には様々な特徴がありますが、キム氏はレイモンドが電話帳を一晩で覚えたように、9000冊以上の書籍の内容を記憶しました。彼には“直感像”による記憶能力もあり、カメラのように画像化して記憶をしていました。
ウエイトレスの名前から住所と電話番号が言えたのも、記憶した映像を元に引き出せたのでしょう。床に落ちた爪楊枝の数を瞬時に言えたシーンは、キム・ピークの実際にあったエピソードが、そのまま映画に採用されました。
そして、作中でレイモンドがカメラで写真を撮るシーンがあります。その写真がエンドロールの中で流れてきますが、それはレイモンドの“記憶術”を映像化したのではないでしょうか?
原作者のバリー・モローは、キム・ピーク氏の取材から、インスピレーションを受けました。そして他のサヴァン症候群の特徴なども脚色し、レイモンド像が完成しました。
また、そのレイモンド役を演じるにあたり、ダスティン・ホフマンもキム氏と何度も面会し、役作りに励んだというエピソードがあり結果、主演男優賞を受賞します。
「Main man」なれる日までの旅
サンフォード・ダビッドは自分が死の淵にいる時、何を思ったでしょう? 施設にいるレイモンドのことは、遺産を残せば何とかなっても、20年間音沙汰のないチャーリーが兄の存在を知った場合を想定したら、それは悩みの種ともいえます。
チャーリーに残された“1949年型ビュイック・ロードマスター”は、親子の縁が切れた因縁の車ですが、兄の存在を知る鍵ともなりました。
レイモンドにずば抜けた記憶力があったおかげで、兄弟を引き合わせることができ、ビュイックには切れた兄弟の縁を取り戻す役割もあったということです。
父はいつかチャーリーのことを話さねばと思ったはずです。単に愛情だけを注ぐだけでなく、障害のある兄とどう向き合っていくか、厳しく育てたのかもしれません。
しかし、チャーリーは家を出て行き、音信不通になり手だてがなくなりました。父はビュイックに乗って、レイモンドを探し出すことに賭けたとも思えます。
兄弟の旅は雨の日には出かけない……雨の日にはレインマンがやってきて唄を歌ってくれる。そして、兄の記憶から施設へ行ったきっかけ、全てが旅の中で解明されました。
チャーリーはこの旅を通じ、レイモンドとの絆を感じますが、彼の病は感情的な部分の回復は見込めません。
それでもこの旅はレイモンドに、弟の存在を思い出させ、閉鎖的で同じルーティーンの中でしか暮らしてこなかった、彼の記憶は上書きされていきました。
レイモンドがカメラで写真を撮るシーンがありました。その写真がエンドロールで流れます。これはレイモンドが見た病院以外の世界であり、チャーリーと兄弟の絆ができる旅の証で、レイモンドの記憶そのものです。
「C・H・A・R・L・I・Eは“Main man”」と言って、レイモンドがチャーリーのおでこに、自分のおでこをつけたシーンが、絆を示す象徴的なシーンとなりました。
まとめ
映画『レインマン』は6日間3,755kmの旅で、弟の意識を急速に変え、兄に弟との絆を育む姿を描きました。20年間の空白を6日間で埋めることはできませんが、旅は追憶の時間と新たな生き方を兄弟に与えます。
ビュイック・ロードマスターは兄弟の父となり、2人を乗せて兄弟の絆を育みました。時々面会に行った父は亡くなりましたが、今度はチャーリーが訪れ、施設の中でレイモンドはビュイックを運転するはずです。
ビュイック・ロードマスターのトランスミッション商標「Dynaflow」のロゴが最後に出たのは、2つのギアがかみ合ってはじめて起動する、未来の兄弟の関係を示したのでしょう。そして、この作品自体が脚本と演出、演技が絶妙にかみ合った名作ともいえます。
さらに、当時あまり知られていなかった、“サヴァン症候群”を広く認知させた秀逸作でもありました。