母親の愛情が左右した、思春期の子供に与えた2つの悲劇
映画『フェノミナ』は、『ゾンビ』(1978)、『サスペリア』(1977)を手掛けた、イタリアンホラーの巨匠ダリオ・アルジェント監督による、サスペンスホラー作品です。
舞台はスイス北部の都市チューリッヒ。郊外の観光地でバスに乗り遅れた、観光客の少女が助けを求め、近くの民家を尋ねると壁に鎖で繋がれた何者かが、怪力で壁から手枷を抜くと少女に襲いかかり、殺害し首を切断するという猟奇事件が起こります。
事件解決に乗り出す、昆虫と交信できる美少女役には、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』(1984)でスクリーンデビューし、『ビューティフル・マインド』(2001)で、アカデミー助演女優賞など多数の映画祭で賞を受賞した、ジェニファー・コネリーが13歳の時の主演作です。
映画『フェノミナ』の作品情報
【公開】
1985年(イタリア映画)
【原題】
Phenomena
【監督】
ダリオ・アルジェント
【脚本】
ダリオ・アルジェント、 フランコ・フェリーニ
【キャスト】
ジェニファー・コネリー、ダリア・ニコロディ、ダリラ・ディ・ラザーロ、パトリック・ボーショー、ドナルド・プレザンス
【作品概要】
昆虫学者のマクレガー教授を演じたのは、『007は二度死ぬ』(1967)でボンドの宿敵エルンスト・スタヴロ・ブロフェルド役や、ホラー映画「ハロウィン」シリーズの主人公ルーミス役で有名になった、ドナルド・プレザンスが務めます。
『サスペリア2』(1975)で、女記者ジャンナ役を演じたダリア・ニコロディは、本作では猟奇殺人を繰り返すブルックナー役を怪演。
冒頭でバスに乗り遅れたため殺害された、デンマーク人観光客の少女を演じたのは、アルジェント監督の実娘フィオーレ・アルジェントです。
本作は2021年6月18(金)~7月1日(木)、4Kレストア版にてシネマート新宿・心斎橋で上映。
映画『フェノミナ』のあらすじとネタバレ
ガイガー刑事は昆虫学者として名高いマクレガー教授に、とある事件の見解を求めに来ています。教授は介助ペットのチンパンジー“インガ”と暮しています。
教授は腐敗が進行した頭部を見て、巣くう蛆虫の生育過程から死亡推定時期を、8カ月強経過していると読み取ります。
当時、少女の行方不明者が多発していたことから、被害者はデンマークから観光に来て9月9日に行方不明になった、ヴェラ・ブラント14歳であろうと推察します。
マクレガー教授は事故で車椅子生活です。その教授を補佐してくれていた、グレタという若い女性も行方不明になっていました。
少女ばかりを狙う殺人鬼の捜査に、教授は協力を惜しまないと告げます。
一方、寄宿制のリヒャルト・ワグナー女学校に転入するため、アメリカからジェニファー・コルビノがスイスに到着します。
彼女は有名な映画俳優を父に持っていました。ジェニファーの世話役として学校の職員、ブルックナーが迎えに来ていました。
ブルックナーはこの辺りが、“魔境”と呼ばれる地域だと話していると、車内にハチが迷い込みパニックになります。ところがジェニファーは、ハチを手に止まらせ落ち着くよう言います。
学校に到着したジェニファーは、早々に印象深い夜を迎えます。ルームメイトのソフィはジェニファーの父が有名な俳優と知り、ファンだと言って親しくなります。
芸能情報通のソフィは、ジェニファーの母親は離婚していないことも知っています。ジェニファーは8歳のクリスマスの晩に、愛人からの電話で出て行ったきりと話します。
ジェニファーは就寝すると奇妙な夢を見てうなされ、何度も寝返りを打ち寝苦しそうにしていると、外では再び少女が何者かに追われ、森の中を逃げ回り古い建物の中に逃げ込みます。
ジェニファーは夢遊病の持病があり、ベッドを抜け出し徘徊しはじめました。少女が逃げ込んだのは、学校の使用されていない古い建物です。
ジェニファーは屋上からその古い建物の方へと進みます。そして、その中で殺害される少女の現場に遭遇してしまいました。
ところがジェニファーには意識がなく、足場の抜けた建物の軒から転落し、そのまま外へと徘徊してしまいます。
彼女は少年2人に車で連れ去られそうになり、そこで意識が目覚め車から飛び降り、高台の茂みから転げ落ちて、マクレガー教授のチンパンジーインガに助けられます。
ジェニファーは教授の家で手当をうけ、夢遊病だと打ち明け記憶が全くないと言います。彼女は教授が昆虫学者だと知ると、目を輝かせ研究室の虫と戯れはじめました。
昆虫はジェニファーに対して不思議な生態を見せます。それを見た教授は彼女に不思議な能力を感じ、また訪ねてくるよう言います。
ジェニファーは夢遊病のことを気にし、土地のせいか風のせいかもとつぶやきます。教授はアルプスから吹くフェーン風は、人を狂わせるとも言われていると教えます。
そして、夢遊病になったら「これは夢遊病だ!目覚めろ!」と何度も言い聞かせるよう、ジェニファーに助言しました。
映画『フェノミナ』の感想と評価
映画『フェノミナ』はスプラッター映画として、生々しい殺害シーンや描写が出てくると共に、美少女のジェニファーが恐怖におののく、サディスティック性が魅力としてヒットしました。
日本では1980年代後半に連続幼女殺人事件がありました。この事件の犯人は手に軽度の障害があり、両親から障害を隠される幼少時代がありました。
結果、上手くいかないことは障害のせいにするような、歪んだ人格が形成されたとみられています。
奇しくもこの事件に類似した本作は、この事件の3年前に公開しており、何かしらの因果を感ぜずにはいられません。
少女ばかりを狙って殺害した真相を推理
少女ばかりを襲い殺害していたのは、ブルックナーの息子でそのことを黙認していたブルックナーが、息子をかばうために、少女の失踪事件を追う刑事と教授を殺害しました。
15年前ブルックナーは凶悪な精神病患者に暴行され、息子を妊娠し出産したとわかります。しかし、生まれてきた子は奇形で醜い顔をしていました。
ブルックナーは人里離れた山小屋で、ひっそりその子を育てていたと思われますが、成長するにつれ身体の大きさは子供でも、精神的、生理的な面では思春期を迎えます。
彼に反抗期が訪れていたとすれば、ブルックナーは息子が外に出ないよう、手枷を壁に打ち付け監禁していたとも考えられます。
ところが息子は異常な腕力で手枷を破壊し、偶然迷い込んできたヴェラを襲ったことで、彼は凶悪な父親の遺伝子を受け継いだと想像ができます。
彼は自分の醜さには自覚があり、鏡を嫌っていました。しかし、最初の殺人で快楽を知った彼は、深夜に外に出て泣いていれば、優しい少女が心配し声をかけてくれると知ったのでしょう。
犠牲者となった少女たちは声をかけ、顔を見たとたん悲鳴をあげ逃げ出すため、怒りを爆発させ少女に悲劇をもたらしたのでしょう。
ブルックナーの息子はこうして、少女への異常な興味を示し殺人に快楽を覚えます。そして、殺害しては死体を屋敷へ運び、隠し持つようになったと考えることができます。
昆虫の知覚能力と退化した人の知覚能力
映画『フェノミナ』のダリオ・アルジェント監督が、1975年に制作した『サスペリア2』では、テレパシー能力を持った女性が冒頭で登場します。
その際にテレパシーに関する概要が説明されました。全ての動物に具わっている特殊能力がテレパシーで、それを使って仲間同士で情報交換をしているという説です。
超能力は本来、人も持っている能力で言語を得たことで、退化していると言います。サスペリア2では、そのテレパシーを失わなかった稀な人物が登場しました。
ジェニファーもその能力を失わずにいたのでしょうか?彼女は幼い時に母親が愛人と蒸発してしまうという、情動的に悲しい経験がありました。
しかも、クリスマスの晩にプレゼントを開けている最中という、忘れられないシチュエーションです。
彼女には“夢遊病”の持病がありましたが、夢遊病とは遺伝性のものと、情動的ストレスがあると発作としておきると言われています。
ジェニファーの夢遊病は後者にあたると思いますが、寄宿舎生活という新しい環境、忘れていた悲しい出来事を思い出し、夢遊病を再発させてしまったと考えることができます。
そしてそのことをきっかけに、昆虫とテレパシーで交信できる能力が、開眼したともいえるでしょう。
まとめ
映画『フェノミナ』は同世代でありながら、母親から育児放棄され特殊能力を開眼させた少女と、歪んだ母親の愛情で、殺人鬼となった少年が野放しにされたサスペンスホラーでした。
アルジェント監督の『サスペリア2』は女優の母親が、クリスマスの晩に息子の目の前で夫を殺害し、息子にトラウマを植えつけました。本作も母親が子供の将来に影響を与えたストーリーです。
現代において育児は母親一人、父親一人で切り盛りするワンオペという考えではなく、共同で協力しながら行うものという感覚が広く認知されています。
しかし、必ずしもそれが叶うわけではありません。親としていかに愛情を注ぐ時間を作り、困った時には地域全体で子供を育むのが、近代子育てのあるべき姿といえます。
“Phenomena(フェノミナ)”とは直訳で“現象”という意味です。親が子供に与えた影響が現象として現す…そう捉えると、子供が安心安全に育つ社会が、悲劇を生まないと考えざるを得ない作品です。