地獄と化した学校の悪夢が蘇るホラー映画『返校 言葉が消えた日』。
台湾版アカデミー賞第56回ゴールデン・ホース・アワード最優秀賞受賞のホラー映画『返校 言葉が消えた日』。
この映画は、同名の人気ホラーゲームを原作に、誰もいない夜の学校に残されたファンとウェイが、学校にまつわる恐怖の秘密を暴いていく物語です。
監督・脚本を務めたジョン・スー(徐漢強)は、台湾版アカデミー賞第56回ゴールデン・ホース・アワードにて新人監督賞を受賞。
主演に新人女優の王淨(ワン・ジン)、曾敬驊(ツォン・ジンファ)、傅孟柏(フー・モンブォ)などが出演。
1960年代の台湾の思想統制、禁書制度を施行していた時代を描いており、反逆の意味を込めた「絶対に忘れない」という社会的メッセージを伝えます。
また、既存のゲームファンとホラーファンの熱い支持と爆発的な反応が起こり、最高のホラー期待作とされています。
※物語の確信に触れている箇所がございますので、未見の方はご注意ください。※
CONTENTS
映画『返校 言葉が消えた日』の作品情報
【日本公開】
2021年(台湾映画)
【原題】
返校 Detention
【監督】
ジョン・スー
【キャスト】
ワン・ジン、ツォン・ジンファ、フー・モンブォ、ツァィ・スーユン、ヂュ・ホンヂャン、シァジン・ティン、ヂャン・ベンユー、ユン・ヂョンユェ、リー・グァンイー、パン・チン・ユー、リー・ムー、ワン・コーユエン
【作品概要】
台湾の有名なホラーゲームを原作とした『返校 言葉が消えた日』は、1960年代に戒厳令が宣布された台湾を背景としており、当時の証言と記録を基に制作された作品です。
2019年9月20日より台湾にて公開され、観客動員数が公開24日間で100万人を突破。その後、香港などアジア諸国にて随時公開して大ヒットとなりました。
第56回台湾金馬奨授賞式で新人監督賞、脚色賞、美術賞、視覚効果賞、主題歌賞の5冠、第22回台北映画祭で大賞、最優秀映画賞、主演女優賞、視覚効果賞、美術賞、音響賞など6部門を受賞。
映画『返校 言葉が消えた日』のあらすじとネタバレ
台湾中部に位置する翠華高校。校門の入口で、登校する生徒たちを一人の教官が見張っています。
そんな中、帽子を深く被っているアソンを止めた教官は、きちんと帽子を被るよう注意します。そして鞄の中を見せるように言いました。
その時やって来たウェイは「持って来るなと言ったのに」と言いながら、アソンの鞄の中から人形を取り出して教官に渡します。その様子を見ながら、ファンが登校しました。
朝礼に生徒全員が集まり、その中にいるファンを見つめているウェイ。
その日の放課後。ウェイは人目を気にしながら、学校の倉庫に向かいます。
そこでは、音楽担当のイン先生と生徒たちが集まり、個人の権利と自由のためにと、自由に関する禁書を読む秘密読書会が開かれていました。
“1962年の戒厳令が宣布された時代。自由な思想に関連した図書を読むことは禁止。禁書を読んだ者は死刑。”
テロップが流れ、拷問を受けるウェイ……。
何をされても口を開かないウェイは、秘密読書会のこれまでのことと自分が思いを寄せているファンを思います。
【悪夢】
過去。
嵐が吹き荒れる夕方、誰も居ない教室で目を覚ましたファン。
ろうそくに火をつけて教室から廊下に出たファンがゆっくりと歩いていると、女性の泣き声が聞こえました。
恐ろしくて逃げようとするファンの前に、美術担当のチャン先生が現れます。しかし、ファンの呼ぶ声が聞こえないかのようにチャン先生は、講堂の中に入って行きます。
すると、先程の女性の泣き声と共に、自分に似た服装と長い前髪で顔を隠した女子学生が、ろうそくを持ったまま近付いて来ました。
あまりの怖さにファンは、講堂の扉をこじ開けようとし、やっとの思いで扉を開いて講堂の中に入りました。
講堂の舞台には、台湾の国旗と蒋介石総統の肖像画がかかっており、「国は君に感謝している」という声が聞こえて来ます。
すると、天井に一人の女子生徒が首をつってぶら下がっており、椅子に座っている生徒たちが拍手をするのが見えました。
その時に、ファンの後ろからウェイがドアを開けて現れます。
そして……再び教室。
ファンとウェイは2人とも教室で寝過ごしてしまったようです。目が覚めたら他の生徒たちは家に帰り、2人だけが学校に残っていました。
校庭にはなかったはずのお墓が見えます。彼らは家に帰るために学校の正門を出るのですが、雨水で増水したため道が途切れています。渡れないので彼らはまた教室に戻って来ました。
すると電話のベルが鳴り、受け取ると雑音の中から「ここから出て行け」と言うチャン先生の声が聞こえて来ました。
不思議に思った2人は職員室に行くことにしますが、「学校で体制転覆を夢見る秘密組織が見つかり封鎖する」という張り紙が、壁一面に貼られているのを発見。
秘密読書会の一員だったウェイは、読書会の場所として使われた倉庫に行くために管理室に鍵を探しに行きました。
その廊下には「忌中」と書かれた貼り紙があり、気味悪く思ったウェイはそれを破り取ります。
管理室には管理人が座っており、彼は「煙草を何本か貰って鍵を貸しただけなのに、反逆者を助けたと、自分は拷問された」と話します。
こちらへ振り向いた管理人は顔の半分を失っており、自分の潔白を証明するためにウェイを殺すと追い掛けて来ました。
ウェイとファンは逃げながら、ある部屋に入って身を潜めます。
ウェイがドアの鍵穴から外の様子を覗くと、管理人の前に軍服を着た恐ろしい怪物が現れました。怪物は「スパイは通報する義務がある」と言うと、管理人の首を捻じ曲げます。
怪物が去った後、2人は倉庫へ入ります。そこで、ファンはウェイからチャン先生のことを聞きました。秘密読書会を主導したのはチャン先生だったのです。
朝、自転車で通勤して来たチャン先生は、管理室の前に自転車を止めたため、管理人から自転車をどかせと言われます。
煙草と交換に見逃すようお願いするチャン先生の元に、強張った顔でやって来たイン先生。チャン先生はイン先生に禁書は隠しているから大丈夫だと話します。
朝会の真っ只中、現れた憲兵車輌と数人の軍人の姿に怯え、掲げられる国旗を見ながら校歌を歌う生徒たち。
その中で、軍人に強制的に連れて行かれる1人の先生が「国家の人殺し」と叫ぶと、軍人から暴力を振るわれました。
驚いて歌い止めた先生や生徒たちですが、彼らを監視する業務を受け持つバイ教官の命令によって、続けて校歌を歌います。
放課後の秘密読書会で、生徒たちはメンバーの誰かが捕まったら自分も密告されないかと不安がります。
そんな彼らに、「俺は捕まっても皆の名前を絶対に言わない」と言うウェイ。別れ際に、イン先生はウェイに倉庫の鍵と管理人への口止め料としての煙草を渡します。
管理室へ向かうウェイは、廊下の曲がり角でファンとぶつかりました。散らばった教科書を拾うファンに、禁書を見られてしまいます。
慌てて取り返したウェイは「誰にも言わないよね」と尋ねると、「私が見たのは音楽のノート」と去って行くファン。
そして、現在。
ウェイとファンは校庭にある森で、秘密読書会の一員であるウォンが禁書を破って燃やすのを見ました。
ウォンは、秘密読書会の一員であるアソンが密告をしたためにこうなったと話します。
ウェイは、チャン先生になぜアソンを秘密読書会に入れたのか尋ねた時のことを思い出します。その場で慰めてくれたチャン先生や読書をするイン先生の温かい言葉を思い出して泣き出すウェイ。
その時に、ウォンの背後から怪物が現れ、ウォンは殺されてしまいます。
怪物は「スパイをしたり隠したりする場合、罪を受けなければならない」と言いながら、ウェイたちを追い掛けて来ました。
ウェイとファンは、秘密読書会の別の場所として使われていた防空壕に逃げます。そこには、イン先生と秘密読書会の生徒たちがいました。
しかし、態度が急変したイン先生たちから、ファンが密告者だと聞いたウェイはファンを責め立てます。
「何も知らない! 私は違う!」と叫んだファンは逃げて行きました。
映画『返校 言葉が消えた日』の感想と評価
既に死んで地縛霊となったファンが、自分が犯した行動を永遠に繰り返すという呪いを受け、ウェイによって全ての呪いが解かれて過去を乗り越えるという物語の『返校 言葉が消えた日』。
1部‟悪夢”、2部‟密告者”、3部‟生き残った者”で構成されており、物語はそれぞれのセクションが絡み合い、最後にパズルのピースが一致してエンディングに至ります。
台湾で20年間語られなかった白色テロ
映画は1962年、台湾の軍事独裁時代を背景にしています。
ウェイを含む何人かの生徒とチャン先生、イン先生が読書会を作って学校の倉庫で密かに禁書を読む姿は、その時代の台湾という国がどれほど人々の自由を抑圧したかを示しており、その黒歴史をこの作品ではしっかりと取り上げています。
1948年、中国共産党との内戦に敗れて台湾島に本拠を移した蒋介石政権は、国共内戦を宣言しました。
国共内戦の敗北後、体制の安定を図ってきた国民党政権は、1949年から1987年までの約40年の間戒厳令を宣布し、政府の体制に反対する勢力の言論の自由や権利を抑圧します。
そんな暗黒時代に理不尽な迫害を受けた事件は‟白色テロ”と呼ばれました。
国民党体制守護の実状は、成果制によるむやみな捜査と個人的恨みによる告発が多かったため、戒厳令の中で生徒たちは、タゴールの詩集さえ自由に読むことが出来なかったのです。
また、市民には相互監視と密告が強制されていました。
自由と民主化を求める多くの人々は、国民党政権にスパイや反体制人物の烙印を押され、いわゆる禁書とされていた本を読んだだけでも、投獄と拷問を受けて死刑に処された時代だったのです。
ホラーの演出
この映画のカメラは一人称視点、アウトフォーカス、クローズアップ、パンニングショットを巧みに使い、約4時間分の原作を映画にしました。
高い再現度を誇りながら、それ以上の映像美と演出、各種小品と美術も満足で、映画全般を導く悲しい音楽も上手く盛り込んでいました。
あらゆる超現実的な恐怖要素でいっぱいの学校、がらんとした講堂での1体の首つり死体、絶えず聞こえて来る奇怪な音と、赤と緑のトーンに歪曲された照明、そして銃声。
老朽化した椅子の演出まで、原作の要素を全て忠実に盛り込んでいます。
学校でファンが目覚める場面からぞっとする雰囲気を醸し出して、ファンが見る不気味な夢や幻想、正体不明の怪物が、映画の緊張感を倍増させました。
そして、真っ暗になる場面も、ゆっくりと恐怖感を引き上げて爆発させるような恐怖を誘発し、背筋がぞっとする戦慄を受ける点で、この映画はホラーとしてかなりの満足感を与えます。
社会的メッセージ
この映画は、台湾戒厳令時期の暗い歴史を絶対に忘れないという確固たるテーマ意識を込めながらも、難解な概念を列挙せず、主題意識に執着し過ぎない上に、ホラーとしての完成度を持った映画です。
ホラー映画であるにも関わらず、時間を行き来しつつ、全ての図書を自由に読むことが出来なかった台湾戒厳令の背景の中、禁書、秘密読書会、拷問、死刑、愛などをストーリーに盛り込んで、グロテスクな雰囲気の恐怖を演出。
全体的に戒厳令の時代メッセージと恐怖が調和して、教訓と感動までが全て一つにまとめられています。
悲しみの歴史を描くなか、時代に対する反省と省察まで込められ、歴史が残した痛みを忘れないように、自由と生きている限り、希望はあるという映画のメッセージが強く感じられます。
まとめ
自由が抑圧されていた台湾の時代を描いた映画『返校 言葉が消えた日』。
一般的なホラー映画よりは、暗い時期に自由を切望した台湾の人々の奮闘と犠牲を思い出し、その過程の中で予期せぬ結果として苦しんでいた人々を忘れないとするメッセージが盛り込まれています。
1962年の戒厳令下での台湾の時代的な状況まで上手く溶け込ませたストーリーと演出で、ホラーなのに心に留まる期待以上の作品でした。
返校は”また学校に戻る”という意味ですが、永遠に地獄の中でさまようファンの姿かも知れませんし、再びその時代の学校に戻って自由のために戦った人々を憶えようという意味かもしれません。
今、自由に読んでいる文と本。これがどんなに有り難いことなのか……。その自由のために台湾ではどれだけ多くの人が血を流したのかと、今の時代の自由に感謝を感じさせる映画でした。