映画『クー!キン・ザ・ザ』 は2021年5月14日(金) より 全国順次公開
旧ソ連時代の社会主義独裁世界への皮肉、風刺がオフビートな脱力感で展開される他に類をみないSF映画『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)。
ソ連での初公開から27年の時を経た2013年に同作を手掛けたゲオルギー・ダネリヤ監督により、アニメ映画化された『クー!キン・ザ・ザ』(2021)。ダネリヤ監督の遺作ともなった本作の日本公開が、この度決定しました。
『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)と言えば、頬を2度叩き、腰をかがめて「クー!」と鳴く奇妙な挨拶で有名なカルトSF映画。
およそ30年の時を経て、製作国が変わってのセルフリメイクは、摩訶不思議の「キン・ザ・ザ」世界にどの様な影響をもたらしたのでしょうか。
実写からアニメへとメディアを変えてのリメイク映画『クー!キン・ザ・ザ』の魅力をネタバレなしでご紹介します。
CONTENTS
映画『クー!キン・ザ・ザ』の作品情報
【公開】
2013年(ロシア映画)
【英題】
Ku! Kin-Dza-Dza
【監督】
ゲオルギー・ダネリヤ、タチヤナ・イリイナ
【キャスト】
ニコライ・グベンコ、イワン・ツェフミストレンコ、アンドレイ・レオノフ、アレクセイ・コルガン、アレクサンドル・アダバシヤン
【作品概要】
カルト映画の傑作として世界映画史に大きな足跡を残し、今なお映画ファンを虜にしているゲオルギー・ダネリヤ監督作『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)。
本作は、キャスティングを理由にアメリカ映画としてのリメイクを断ったダネリヤ監督による同作のアニメ化作品です。
かつての社会主義体制下で制作された実写版から、連邦共和制となった現在のロシアにおいてスチームパンク色の強いアニメならではの広大な世界観を再構築しています。
なお、本作が2019年に88歳で逝去したダネリヤ監督の遺作となりました。
映画『クー!キン・ザ・ザ』のあらすじ
プライドの高いチェリストのウラジミールは、コンサートで大失態を演じた夜、雪に覆われた騒々しいモスクワの大通りを抜け、帰路を急いでいました。
彼のもとへ親戚を名乗るDJ志望の青年トリクが、お金がないから泊めてくれと声をかけてきました。
ウラジミールがトリクを訝しげに見ていると、そこへ、パジャマ姿の裸足の宇宙人が現れました。
宇宙人は自分の惑星に帰るための番号を忘れており、2人に尋ねてきます。
トリクが誤って宇宙人の持っていた“空間移動装置”のボタンを押してしまいました。
気が付くとウラジミールとトリクは、キン・ザ・ザ星雲の惑星プリュクへワープしていたのです。
大地は見渡す限り砂漠に覆われており、携帯電話も繋がらないため、ふたりは途方に暮れていました。
彼らの前に、彼方から奇妙な音を立てながら釣鐘型の宇宙船(ペペラッツ)がやって来ます。
中から出てきたのは2人の宇宙人と小さなブリキのロボット。彼らは、地球上のどの言語も通じません。
トリクは必死に話しかけますが、答えは全て「クー」と「キュー」。
この惑星では、「カツェ」と呼ばれる地球のマッチ棒に価値があるらしく、ウラジミールとトリクはマッチ棒と引き換えに宇宙船に乗せてもらうことに成功します。
船の中にいると、さっきまで「クー」と「キュー」しか話さなかった2人の宇宙人がロシア語で話し始めました。
2人の名はチャトル人のウエフとパッツ人のビー。
どうやら2人の宇宙人は、ウラジミールとトリクの会話から言語構造を解読したようです。
2人の宇宙人が手にしていた棒のようなものを手にとったトリクがスイッチを入れると、宇宙船が暴走し始めた。それは宇宙船の操縦桿だったのです。
ロシア語が通じるようになったことで、惑星プリュクの奇妙な風習が除々に明らかになっていきます。
惑星プリュクは地球から離れたキン・ザ・ザ星雲にあること。
この星はチャトル人という支配層と従属するパッツ人とで階級が分かれ、パッツ人はチャトルへの忠誠の誓いとして鼻下に鈴をぶら下げ、頬を二回たたき「クー!」と言う奇妙な挨拶をしなくてはなりません。
また履いているズボンの色でも階級が分かれており、芸をするとお金がもらえるが、パッツ人は必ずカゴの中に入って行わなければならないこと。
回転灯を回してやってくる「エツィロップ」と呼ばれる野蛮な警官たちに、道で会ったら丁重に挨拶しなければならないなど。
ウラジミールとトリクは地球へ戻るための冒険の中で惑星プリュクの風習に順応していくことを余儀なくされます。
2人は「グラビツァーパ」と呼ばれる地球へ戻るのに必要な「加速器」を手に入れるために、マッチ棒を手に、地下にいる宇宙人たちとの交渉に向かいます。
映画『クー!キン・ザ・ザ』の感想と評価
オリジナルから27年の時を経てアニメ化
実写版とアニメ版の『キン・ザ・ザ』を比較して、時代の変化の影響を受け、異なる国家体制下で製作された同じ映画として興味深い見方が出来ます。
実写版が、実証を伴わない平等を唱えるソ連時代の社会主義体制を皮肉めいた視点で描いたのに対し、本作は、資本主義社会との文化的・思想的融合により表面化したロシアの新社会を皮肉っています。
実写版アニメ版両作に共通して、一般的な映画が作中内で行う問題提起が、表層的には汲み取りづらいという特徴があります。
それは現実問題、旧ソ連時代の検閲体制下では、映画での問題提起はハイコンテクストな描写にせざるを得なかったからで、図らずもそういった「配慮」が、ソ連映画独自の魅力を引き立てたということは否定できません。
「キン・ザ・ザ」独特の芸術性は、前提となる文脈の高度さによって培われたものであるというのは、実際に映画を観なければ分からないことです。
『不思議惑星キンザザ』(1986)は、独特の世界観を演出しながらも、主な舞台となる惑星プリュクの風習や文化、作品内でのルールを十分に描くほど、画面上の情報量が多くありませんでした。
それが今回、作品をアニメというメディアに変えたことで、「キン・ザ・ザ」世界の醸し出す独特の雰囲気が、背景からより伝わりやすくなりました。
加えてアニメ作品とは、実写映像作品のように映り込みや編集のミスなど偶然性が作品に介在しにくいメディアなので、オリジナル以上に、監督のビジョンをダイレクトにトレースしたありのままの「キン・ザ・ザ」を描けるメディアであると言えます。
オリジナル版の『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)は、現在日本で公開されているストップモーション映画『JUNK HEAD』にも、多大な影響を与えたことを同作を手掛けた堀貴秀監督が公言していました。
「クー!」をはじめとした間の抜けた言語感覚、世界観との強い結びつきを求めるオフビートな作風など、シュールアニメとして統一感のある「ゆるさ」が共通するのみならず、両作品とも、多様な生命のあり方についての形而上学的な問いかけ、意外にハッとさせられるメッセージ性も似通っているように感じます。
社会主義下の検閲を潜り抜けてきた「キン・ザ・ザ」の精神性は、異なる文化圏で培われた作家性へ継承されています。
ジャンルは変えずに角度を変えたリメイク
実写版も決してテンポの悪い映画ではありませんでしたが、30年以上経った今の目線で観ると、映画全体が間延びした印象を受けます。
しかし現代にリメイクされたことで、120分以上あった映画は、変更はあれど描写を省略することなく90分にとどめ、観客を置いてきぼりにしないペース配分という恩恵を受けました。
およそ30分の切り詰めは、カットの切り替わるタイミングやシーンの繋がりが劇的に改善したことによるものでしょう。
それも決して急ぎ足になった、ということではなく、描写のひとつひとつが実写版と同じシーンにおいても、少しの工夫を加えたことで抽象的な描写に対する理解度を深めているのです。
それでいて本作は、全てを分かり易くするために大胆な改変やアレンジがされたリメイクとも一線を画しています。
登場人物や一部ストーリーには大胆なアレンジが加えられているものの、宇宙船(ペペラッツ)、被差別人種パッツ人が鼻につける鈴(ツァーク)マッチ棒(カツェ)の硫黄を削り取るシーン、キン・ザ・ザ星雲の地図の見方など、細かな描写や世界観を構築する美術は、オリジナルを踏襲しています。
リメイク作品におけるこのバランスは、日本の作品で例えるところの、テレビアニメシリーズ第1作目「機動戦士ガンダム」(1979)と同作のキャラクターデザイナー、安彦良和による実質のリメイク「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」との微妙な整合性、バランス感覚に近いのではないでしょうか。
反対にアニメ化に際するアレンジとして挙げられる最大の特徴は、実写版よりも大規模な世界を描いているということ。
両作を比較すると、アニメ版での世界観構築が、実写版で描かれた「キン・ザ・ザ」世界をも補完する役割を意識的に担っていると分かります。
実写版では、制約のある体制下で独特の世界観を表現するための創意工夫が、人間の描写に向けられていました。
キン・ザ・ザ星雲の惑星プリュクに住む宇宙人は、全て人間が演じ、衣装や道具などで異星感を演出していました。
対してアニメ版は、宇宙人を全てディフォルメされたキャラクターにしているため、実写版が表現していた現実の人種差別をトレースする意義は後退しています。
そこで、アニメ版でこそ描くべきと注力されたのが、「キン・ザ・ザ」世界の深堀りでした。
砂漠にオブジェの一部や遺跡のようなものを置くことしかできなかった実写版からイメージを膨らませていき、砂漠を渡るトロッコや線路、宇宙人の多くがいる船の先端を模した「センター」など、スチームパンクを思わせる背景描写のディティールに工夫が凝らされていました。
まとめ
『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986)の続編ではなく、新解釈版である本作は、オリジナルの実写版を知らない人にとっても単体のアニメーション作品として十分に楽しむことが出来ます。
そしてオリジナル版のファンにとっては、実写では抽象的なイメージだったスチームパンク風の世界が、より具体的に、緻密に描き込まれたアニメになったことで、実写版「キン・ザ・ザ」世界の補完をすることが出来ます。
実写版もアニメ版も、冒頭の下りから一筋縄ではいかない地球への帰還まで、似た展開をするため、まるで同じ映画を観ているようですが、制作時期とその当時の国家体制の違いがそれぞれ反映された結果、ここまで印象に違いが生まれるというのは、大変興味深いです。
特にこの2021年の日本では、『JUNKHEAD』(2021)をはじめとしたインディーズアニメブーム加速の影響で、本作に対する注目度も上がってきています。
そして改めて「キン・ザ・ザ」が日本では生まれ得ない作品であったことが分かります。
ロシアの芸術家が爆発させたセンス・オブ・ワンダーの不可思議な方向性を感じる作品です。
映画『クー!キン・ザ・ザ』は2021年5月14日(金) より、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺にてロードショー 全国順次公開。