アメリカ南部を舞台に韓国出身の移民一家を描く映画『ミナリ』。
2021年3月19日(金)より公開の映画『ミナリ』が映し出すのは、アーカンソー州に越してきた韓国出身の移民一家。
アメリカの大地で災難に見舞われながらも“ミナリ=芹”のように生きていこうとする家族を描く希望の映画です。
移民2世の韓国系アメリカ人であるリー・アイザック・チョン監督が監督・脚本を手がけた半自伝的映画であり、ジェイコブ役のスティーヴン・ユァンも5歳の頃に両親と共に韓国からカナダへと移住、その後アメリカに渡ったというバックボーンを持ちます。
パーソナルな映画でありながら、移民国家であるアメリカの気質、家族の絆の物語として多くの共感を得た本作は、第36回サンダンス映画祭でグランプリと観客賞をダブル受賞、第93回米アカデミー賞では作品賞を含む6部門でノミネートされています。
映画『ミナリ』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
MINARI
【監督・脚本】
リー・アイザック・チョン
【キャスト】
スティーヴン・ユァン、ハン・イェリ、ユン・ヨジョン、アラン・キム、ウィル・パットン、スコット・ヘイズ、ノエル・ケイト・チョー
【作品概要】
監督を務めるリー・アイザック・チョンは『Munyurangabo(原題)』(2007)で長編映画デビュー、カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、絶賛を浴びます。本作が初の日本公開となり、今後の待機作として『君の名は。』のハリウッドリメイク版『YourName』が控えています。
ジェイコブ役を演じるのはTVシリーズ「ウォーキング・デッド」や『バーニング 劇場版』(2019)のスティーヴン・ユァン。妻モニカを演じるのは『ファイティン!』(2018)、『海にかかる霧』(2015)のハン・イェリ。
モニカの母・スンジャを演じるのは『藁にもすがる獣たち』(2021)、『それだけが、僕の世界』(2018)のユン・ヨジョン。ユン・ヨジョンは本作で韓国の女優として初めてアカデミー賞助演女優賞にノミネートされました。
映画『ミナリ』のあらすじ
1980年代。韓国系移民のジェイコブ(スティーヴン・ユァン)は農業で成功することを夢見てアーカンソー州の高原に一家で引っ越してきました。
荒れた土地にトレーラーハウスを見て妻のモニカ(ハン・イェリ)は不安を抱き、少年のような夢を抱くジェイコブと喧嘩がたえません。
長女アン(ノエル・ケイト・チョー)と弟のデビッド(アラン・キム)は新たな土地に希望を抱き、韓国からやってきたモニカの母(ユン・ヨジョン)とデビッドは不思議な絆で結ばれていきます。
試行錯誤しながらも農業に取り組むジェイコブでしたが、水は干上がり、作物は売れず、一家は次第に追い詰められていきます。
映画『ミナリ』の感想と評価
世代の違い
移民2世の韓国系アメリカ人であるリー・アイザック・チョン監督自身の半自伝的映画である本作は移民の物語でありながら家族の物語であり、多くの人の共感を呼ぶ作品になっています。
本作でまず着目したいのは、祖母、ジェイコブ・モニカ、アン・デビッドの三世代による違いです。
劇中で、なぜジェイコブとモニカの夫婦が韓国を離れアメリカに渡ってきたのかは明確にされません。しかし、韓国で生きることは辛かったとジェイコブがモニカに話している場面があります。韓国に息苦しさを感じ、アメリカに渡ってきたのかもしれません。
ジェイコブはアメリカに希望を抱き、自身の夢である農業での成功が家族のためだと信じています。
一方モニカは現実的です。少年のように夢を抱くジェイコブに対し不安を感じ、ジェイコブは家族より農場、自身の夢を優先していると思っています。
ジェイコブを演じたスティーヴン・ユァンは、自身も4歳の頃に韓国からカナダに渡り、その後アメリカに渡るという経験をしています。まさにスティーブンは自身の親がアメリカに渡ってきた世代であり、自身はその2世、つまり本作でいうアンやデビッドに近しい経験をしてきたといえます。
ジェイコブをはじめとした移民1世の世代は家族のため、それぞれの事情を抱えアメリカに渡ってきて、アメリカという大地に希望や自由を夢見てきたのかもしれません。そもそも“アメリカという国自体が多くの移民”によって形作られれてきた国であり、“アメリカンドリーム”というのはこの国に夢や希望を抱いてきた移民の精神にも通ずるものがあります。
両親とは異なり、幼くしてアメリカで生活し始めたアンとデビッドにとって、韓国はもはや身近な存在ではありません。韓国語より英語の方が馴染みがあり、朝食はシリアルなど食文化もアメリカに親しんでいます。しかし、自分たちはアメリカ人とは少し違う、移民であるが故のどこにも属せない曖昧さを感じています。
韓国を体現する祖母の存在
一家に加わった祖母スンジャは毒舌で破天荒で、英語はあまり話せず、料理も作れません。デビッドからは「おばあちゃんらしくない、おばあちゃんは優しくてクッキーを焼いてくれる」と言われます。更に心臓が弱いデビッドに漢方薬を飲ませる祖母。
祖母はまさに“韓国”を体現しており、デビッドのイメージする、アメリカ的な祖母とは程遠い存在です。そのような祖母はデビッドからすると異質な存在であり、デビッドは祖母と寝ることを嫌がり、更には祖母に悪戯までしてしまいます。
韓国を体現する祖母と、韓国を知らない孫のデビッド、一種の異文化交流のような2人の関係は次第に絆が深まっていきます。
アメリカと韓国のはざまで
祖母と孫という一種の異文化交流のようなものが描かれているなか、ジェイコブ自身もアメリカと韓国のはざまで揺れ動く人物として描かれています。
ジェイコブは「ダウジング」を進めてくる業者を断り、現実的な根拠から水源を探し、農地を開墾しようとします。ジェイコブを手伝いに来たキリスト教に心酔している風変わりな隣人ポール(ウィル・パットン)も非科学的なことを言いますが、ジェイコブは聞き入れません。
モニカは悪魔祓いをしたほうがいいというポールを家に招き入れ、儀式をしてもらいますが、ジェイコブはよく思いません。その土地に迎合することはなく、韓国人らしさも持ち得ながらアメリカンドリームを夢見るという矛盾した側面がジェイコブにはあります。また、栽培する野菜も韓国の野菜を栽培し農業を展開していこうと考えており、商売の相手はニューヨークに住む韓国人です。
しかし、納屋が燃え再び再出発となったジェイコブは「ダウジング」の業者を呼び水源を探すことから始めています。アメリカと韓国のはざまで揺れていたジェイコブが、この土地に本当の意味で自身が根をはり生きていこうとする現れなのかもしれません。
タイトルの“ミナリ”は韓国語で芹を意味し、芹はたくましく根をはり、2度目の旬が最も美味しいことから親が子のために懸命に生きるという意味が込められています。親だけでなく、本作は祖母から孫へ、そしてジェイコブから子へ。
アンやデビッドの世代ではこの土地にしっかり根をはって生きることができるようにという意味が込められているのかもしれません。
アメリカの大地で根をはる“ミナリ”。アメリカにも韓国にも属していない曖昧さがありながらも、二国それぞれのアイデンティティを持ち得ながら生きていく移民の様子を象徴しているのかもしれません。
まとめ
1980年代のアメリカ南部を舞台に、韓国からアメリカにやってきた移民一家を描く映画『ミナリ』。
アメリカと韓国のはざまで揺れ、どこにも所属していない曖昧さを持つ移民の姿を丁寧に描いている一方で、新たな地で根をはっていこうとする家族の生きる力、絆を描いた映画でもある本作。
自身も移民2世の韓国系アメリカ人であるリー・アイザック・チョン監督ならではの視点、監督と似たような境遇を持つスティーヴン・ユァンがジェイコブを演じ、映画にリアリティを持たせます。移民の曖昧さ、移民1世である親世代と移民2世の子供世代の違い、そして韓国を体現する祖母の存在。アメリカと韓国のはざまで揺れ動く一家のアイデンティティ。
“移民”であるが故にコミュニティに所属出来ない、経済的に不利な状況にある、そのような状況を直接的に描いた移民映画とは異なり、本作はどこまでも家族の物語として丁寧に描き、そのベースに“移民”を落とし込むことで共感をよぶ感動の物語になっています。