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Entry 2021/03/08
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韓国映画『三姉妹』あらすじと感想評価レビュー。トップモデルから俳優としての可能性を高めたチャン・ユンジュ|OAFF大阪アジアン映画祭2021見聞録1

  • Writer :
  • 西川ちょり

第16回大阪アジアン映画祭上映作品『三姉妹』

毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も今年で16回目。2021年3月05日(金)から3月14日(日)までの10日間にわたってアジア全域から寄りすぐった多彩な作品が上映されます。

さらに本年度は「オンライン座」として、2021年2月28日(日)から3月20日(土)までの期間、過去のアジアン映画祭で上映された作品から特に好評を博した作品を中心にしたオンライン上映も開催されます。

今回はその中から、特に注視しておきたい潮流、才能を厳選してピックアップする「特別注視部門」で上映される韓国映画『三姉妹』(2020)をご紹介します。2021年1月に韓国で公開され好評を博した作品です。

【連載コラム】『OAFF大阪アジアン映画祭2021見聞録』記事一覧はこちら

映画『三姉妹』の作品情報

【日本公開】
2021年(韓国映画)

【原題】
세자매(英題:Three Sisters )

【監督】
イ・スンウォン(이승원)

【キャスト】
ムン・ソリ(문소리)、キム・ソニョン(김선영)、チャン・ユンジュ(장윤주)

【作品概要】
演劇の演出家であり映画監督、俳優として知られるイ・スンゥオンが、自身の妻、キム・ソニョンとムン・ソリを念頭にシナリオを執筆。三女役には『ベテラン』のチャン・ユンジュが抜擢された。

ムン・ソリがプロデューサーに名を連ねている。

イ・スンウォン監督プロフィール

1977年生まれ。舞台の演出、映画監督、俳優として活躍。2015年、初の長編作品『소통과 거짓말』(英題:Communication&Lies)が釜山国際映画祭で上映され好評を博した。本作は第21回全州国際映画祭シネマプロジェクト、第25回釜山国際映画祭の今日-パノラマ部門で公開され、2021年1月27日より韓国で劇場公開された。その他の作品に『해피뻐스데이』(英題: Happy Bus Day/2016)がある。

次女役を演じたキム・ソニョンは公私に渡るパートナーである。

映画『三姉妹』のあらすじ

生花店を営んでいる長女ヒスクは、夫の借金の返済もあり、経済的に苦しい生活を送っていました。売れないミュージシャンの追っかけをしている娘にも低姿勢で接するヒスク。口から出るのは「ごめん」、「大丈夫」という言葉ばかりです。

敬虔なクリスチャンである次女ミジョンは、教授の夫と二人の子供と共に高級マンションに住み、非の打ち所のないように見える生活をしていましたが、ミジョンは夫に対し、密かな疑念を抱いていました。

劇作家の三女ミオクはバツイチの夫とその息子の三人暮らし。スランプに陥って執筆が進まず、優しい夫につれない態度ばかりとっています。ミオクはしばしば忙しいミジョンに電話しては彼女を困らせていました。

父親の誕生祝の席に久しぶりに故郷に帰ってきた三姉妹。心の奥底に眠っていたものが不意に立ち上がり、押さえていた感情が弾け飛びます。

映画『三姉妹』の感想と評価

走っている2人の幼い少女の後ろ姿を捉えたモノクロの映像から映画はスタートします。少女たちは手をつなぎ懸命に走っています。なぜ彼女たちは寒空の中、パジャマ姿で走っているのか、その事情は語られぬまま、ポニーテールの少女の髪は大人のそれに変わり画面もカラーへ移行し、現在の三姉妹の生活が綴られていきます。

次女のミジョンは傍目には恵まれた幸せな家庭を築いているように見えます。しかし、全てを完璧にしなくてはならないという彼女の家庭経営が家族に重圧を与え、生活は少しずつ綻び始めています。ミジョンは本人が自覚している以上に暴力性を内包しており、それが振るわれる様や自分が起こしたことに対する毅然とした「知らぬふり」は観るものを震撼させるほどです。

そんなミジョンに、しばしば三女のミオクが電話して来ます。彼女は劇作家で、バツイチの男と結婚し、連れ子もいますが、極度のスランプに陥っていて、優しい夫に対しても冷たくあたっています。

電話もいつもとりとめのないことばかりで、忙しいミジョンを困らせるばかりですが、なぜかミジョンは、ミオクを気遣い、子や夫よりも優しく接しています。それはなぜなのか。ここに不思議な違和感が立ち現れてきます。

長女のヒスクは花屋を経営していますが、別れた夫が定期的に金を取りに来ます。自分の謝金の返済を妻に負わしているようなのですが、この時の元夫の態度はモラハラとしかいえないひどいものです。元夫から傷つけられ、子からは無視され、その上、彼女は癌を患っていました。

決して幸福とはいえない3人の生活が綴られているわけですが、三姉妹に対して同情が芽生えるかというと、むしろ覚えるのは困惑であり、とりわけ三女のミオクに関しては不快感さえ感じてしまうほどです。

ところが、巧みな構成のもと、最後にはこの3人に対して、まったく違った感情を持つようになり、共感さえ覚えてしまうのですから驚きです。そこに本作の面白さがあります。

忙しさ故に忘却してしまったこと、あるいは、あえて封印して記憶から消していた過去の事柄が少しずつ、掘り起こされていきます。観るものは冒頭のモノクロ映像がその秘密を握っていることに既に気がついています。

父の誕生日を迎え、久々に故郷に帰ってきた三姉妹。こうしたシチュエーションで家族がこれまで抱えてきた問題が暴露され、罵詈雑言が飛び交う映画は珍しくありません。例えばフランス映画『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』(2019/セドリク・カーン)の家族なども相当なもので、観る者をどっと疲れさせたものです。

しかし、『三姉妹』においての深刻さは、それらを凌駕するものであり、と同時にそれほど深刻な問題が描かれているにも関わらず、そこには圧倒的なユーモアが満ちあふれていることに驚きを隠せません。

まさに人間喜劇とも呼べる泣き笑いの世界に、三姉妹の存在はいつしか身近な、親近感さえ覚えるものへと変容し、彼女たちを愛しく思いさえするでしょう。

困難なものを取り払うことは難しい。でも人間は支え合うことが出来る。三姉妹の連帯が心にじわっと染み渡る、非常に優れた作品に仕上がっています。

まとめ

次女を演じたムン・ソリはイ・チャンドン監督作品やホン・サンス監督の『ハハハ』などで知られる韓国を代表する俳優の一人。大阪アジアン映画祭作品でも2019年上映作品であるチャン・リュル監督の『群山:鵞鳥を咏う』(2018)やグランプリに輝いた『なまず』(2018/イ・オクソプ)でお馴染みです。イ・スンウォン監督がムン・ソリを想定して脚本を書いたというだけあって、複雑な内面を持つ次女役を品を落とさずに絶妙な塩梅で演じています。

長女のキム・ソニョンは大ヒットドラマ『愛の不時着』でご存知の方も多いことでしょう。イ・スンウォン監督とは夫婦で、長年、共に映画や演劇の活動を続けて来ました。生活の匂いをリアルに感じさせる演技と不幸な境遇にも関わらずどこか暖かい雰囲気をまとった佇まいが印象的です。

三女を演じたのは『ベテラン』(2015/リュ・スンワン)のミス・ボン役で知られるチャン・ユンジュです。韓国で最も成功したファッションモデルとしても知られており、今回の役柄はこれまでのイメージを覆し、役者としての可能性をさらに高めるものとなりました。

本作は2021年1月に韓国で公開され、スマッシュヒットを記録。作品も高い評価を得ています。

映画『三姉妹』は、2020年3月14日(日)の10:30よりABCホールにて2度目の上映があります。

【連載コラム】『OAFF大阪アジアン映画祭2021見聞録』記事一覧はこちら



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