デジタル社会ならではの“ミステリー・オンタクト・ホラー”!
2020年にアメリカで公開されたホラー映画『カム・プレイ』。
様々なスマートデバイスを通じて人々が常につながっている今の時代を反映し、スマートデバイスを介してのみ見える正体不明の怪物“ラリー”から逃げる母子の物語を描きます。
本作を手掛けたジェイコブ・チェイス監督が制作した短編映画『Larry』(2017)を原作とし、画面を圧倒する奇怪なクリーチャーにも驚かされる『カム・プレイ』。
韓国製英語(コングリッシュ)で表現するならば、“オンタクト(un-contact:非接触、非対面)”の時代を迎えた現代のデジタル社会でこそ“リアル”な恐怖を描いた本作は、「ミステリー・オンタクト・ホラー」という新たなジャンルを標榜しています。
CONTENTS
映画『カム・プレイ』の作品情報
【公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
Come Play
【監督】
ジェイコブ・チェイス
【キャスト】
ギリアン・ジェイコブス、ジョン・ギャラガー・Jr、アジー・ロバートソン、ウィンズロウ・フェグリー、ジェイデン・マリーン、ギャヴィン・マックアイヴァー=ライト、ダルマール・アブゼイド、エボニ・ブース、レイチェル・ウィルソン、アラナ・アシュリー・マルケス
【作品概要】
映画『カム・プレイ』は、スマートデバイスを通じてのみ見える存在のターゲットとなった家族が、もう一つの逆転した世界から逃げようとする「ミステリー・オンタクト・ホラー」。
ジェイコブ・チェイス監督が演出を、『ヴィジョン/暗闇の来訪者』(2016)のギリアン・ジェイコブズと『アンダーウォーター』(2020)のジョン・ギャラガー・Jrが主演を務めます。
『アナベル:死霊人形の誕生』(2017)、『死霊館のシスター』(2018)などの制作陣、Netflixシリーズ「ストレンジャー·シングス」の制作陣の多くがスタッフとして参加しています。
映画『カム・プレイ』のあらすじとネタバレ
オリヴァーは、自閉症児です。言葉を発することが出来ないため、他者との会話にはスマートフォンでの文字入力ならびに音声出力を利用しています。
彼は学校にも何とか通っているものの、スマートフォンが生活には必要不可欠でした。また定期的に母親のサラと病院への診療に通っていますが、そこでも決して話すことはありません。
父親のマーティは毎日仕事漬け。それは家族のためでもありましたが、オリヴァーやサラとの心の距離は遠くなっていました。またオリヴァーの定期診療に関しても、いつも付き添うサラと仕事を優先するマーティはよく言い争っていました。
マーティは朝早くから夜遅くまで働き、家ではいつも寝るだけ。サラとも一緒に寝ず、ソファで一人寝る父の姿を、オリヴァーは見つめていました。
結局、翌朝にマーティは家から出ていき、家族は別々に暮らすことになります。
その日の夜、オリヴァーは自身のスマートフォン内にいつの間にかインストールされていた謎のアプリ「Misunderstood Monsters」で、友達を欲しがる“ラリー”という名の怪物の物語を読みます。
やがて、オリヴァーの周囲に不可解な現象が起こり始めます。夜寝ていても誰かの気配をそばで感じるようになりますが、そのことを話せないオリヴァーは恐怖から悪夢を見るように。そんな彼を、サラは慰めてくれます。
翌日、学校で授業を受けるオリヴァー。話せない為にスマートフォンを持って来ています。教師が問題を出すと、彼はスマートフォンで文字を入力し回答しますが、他の同級生達はそれが気に入りません。「何故、オリヴァーだけスマートフォンを使っていいのか」と。
放課後、オリヴァーはいつものように、お気に入りのスポンジ·ボブのアニメを一人スマートフォンで観ていました。
その時1人の同級生が、野原で会おうと言います。オリヴァーは喜んで野原に向かいますが、同級生の姿はどこにも見えません。すると、突然現れた3人の同級生にオリヴァーは囲まれ、3人にからかわれ始めます。
オリヴァーはスマートフォンで文字を打とうとしますが、3人のうちのバイロンはそれを投げ捨て、どこかへ行ってしまいます。オリヴァーは大切なスマートフォンを探しますが、見つけられませんでした。
その後、病院で言語治療を受けるオリヴァー。サラは、何があったか尋ねても答えない彼にもどかしさを感じていました。見守るしかない母に対し、オリヴァーは口は固く閉じたままです。
一方、マーティはいつもの残業中でした。彼は駐車場警備の仕事をしていましたが、顧客が置いていった紛失物から、充電切れのタブレットを見つけます。
スマートフォンを失ったオリヴァーの為に、マーティはタブレットを持って行きます。タブレットを受け取って喜ぶオリヴァーは早速充電をします。
オリヴァーの自閉症について、夫婦は改めて話をします。互いにより息子に寄り添うことを要求し合っても、仕事に忙しいマーティは「最善を尽くしている」と言います。サラも「自分だけが子供の面倒を見ている」と訴えます。
充電を終えたオリヴァーは、自室でタブレットを使って、カメラアプリで遊んでいました。そのアプリは人の顔を自動で認識した上で、仮面を着けるなど動画の加工・合成を行うものでした。
オリヴァーはアプリを通じて骸骨の仮面を被ってみます。面白がりながら部屋を回っていると、室内にいるのは自分だけのはずなのに、自身の横に「骸骨の仮面を被った何か」が映っているのに気づきます。驚いたオリヴァーはアプリから目を離しますが、アプリ上に映っているその場所には何もありませんでした。
翌朝、オリヴァーはタブレットでアニメを観ながら朝食を食べていました。そのタブレットに、以前読んだラリーという怪物の物語が、再び自動的に表示されます。「ただ友達が欲しい」「寂しい」と話しかけてきたラリーに、オリヴァーはびっくりしタブレットを隠します。
サラはその晩、オリヴァーが同級生と一緒に遊びたがっていることから、同級生3人とその中の1人の母親を家へ招待しました。その3人とは、オリヴァーをからかったバイロン達です。
就寝の時間、オリヴァーはタブレットの隠し場所を見つめています。そんな彼の視線に気付いたバイロン達は、隠し場所からタブレットを見つけます。
すると、例のアプリが自動的にラリーの物語を再生し始めます。ラリーは「友達が欲しい」というメッセージを送ります。怖がるオリヴァーをよそに、バイロン達は物語を読み進みます。
その時、キッチンの方から物音が。何かが確かにそこにいたのですが、その姿は見えません。
オリヴァーはタブレットを取り返し、カメラを起動してキッチンへと向けます。そこにはキッチン内で、背中を向け座り込むラリーが映し出されていました。
ラリーを目撃してもその存在を信じないバイロンは、オリヴァー達の制止を無視し、ラリーのいる位置にまで行きます。するとラリーはバイロンを攻撃しました。
騒ぎを聞きつけたサラと友達の母親に、2人の友達は「オリヴァーのせいだ」と言います。そのせいでサラは駆け付けたバイロンの母親や他の同級生の母親達に責められます。そしてサラの謝罪も無視し、バイロンとその母親達はそのまま家を去ります。
翌日の教室、やはり学校に来なかったバイロンの席を見るオリヴァーは、彼のことを心配していました。
映画『カム・プレイ』の感想と評価
作品の魅力を際立たせるためのミステリー(謎)
スマートフォン、タブレットなど、様々なデジタル機器なくしては成り立たない現代社会を舞台に、恐ろしい存在との避けられない対決を描いた映画『カム・プレイ』。従来のホラー映画の枠を超え、デジタル社会ならではの“リアル”な恐怖を表現し注目を集めた作品です。
その一方で、基礎にミステリー(謎)を据えた物語の展開は、いわゆるハウスホラー(家という“密室/擬似密室”に出現する恐怖を描いた作品)としての本作の魅力、何よりも謎多き怪物ラリーの魅力を一層際立たせています。
特にスマートフォン内のアプリが起動した瞬間表示される《別のひっくり返った世界と繋がります》というメッセージは、未知の怪物がさまよう異界とデジタル社会としての現実世界が結合し、恐怖とその謎の物語が始まったことを観る者に感じさせ、その好奇心を増幅させます。
制作陣のこだわった怪物の造形
本作に登場する怪物ラリーのように、映画で登場する‟未知の存在”は大抵、登場人物達がそれを幻影や妄想の類と錯覚してしまうかように曖昧に描かれることが多く、その中でも、CG技術が発展した現在の映画界では、映画に登場する‟怪物”の大半はCGで表現されることが主流となりつつあります。
しかしジェイコブ・チェイス監督は、「デバイス画面上でのみ映し出される怪物の威圧的な面貌は、CGではなく‟現実世界に確かに存在する、3次元の立体物”で表現してこそ、登場人物達の体験する恐怖をよりダイナミックに伝えられる」と考えました。
チェイス監督とプロデューサー陣は、最高の実写模型製作会社を訪問し怪物の造形について相談しました。その中で特に重要視されたのは、身長2.7mと巨大な怪物の‟動き”でした。
彼らは人とは全く異なる怪物ラリーの奇妙な‟動き”を表現すべく、細部まで精魂を注ぎました。アルミニウム、ラテックス、ゴムなど多様な素材を使用して造形された皮膚はシワなどグロテスクな部分までをも描写し、スプリングで怪物の脊椎にあたる部分を形作ることで、その巨体ゆえに表現するのも高難度となる怪物の‟動き”を自然に表現することが出来ました。
その結果、まるで目の前の現実に本当に存在しているかのようにリアルな怪物ラリーのビジュアルは、観る者の心拍数を一気に高め、「デバイス画面上でのみ映し出される怪物」という斬新な設定にリアリティを持たせています。
オリヴァー役アジ・ロバートソンが演じる“至上の恐怖”
主人公オリヴァー役を務めたアジ・ロバートソンは、第92回アカデミー賞受賞『マリッジ・ストーリー』(2019)で、アダム・ドライバーとスカーレット・ヨハンソンの息子役で出演しました。その時の彼を見て、スティーブン・スピルバーグが直接本作への出演を推薦したそうです。
アジ・ロバートソンの大きな瞳から、観客は目が離せないでしょう。そして彼の演技を通じて表現される、言葉を発せないがゆえの孤独、孤独ゆえに増幅されていく怪物への恐怖には、誰もが「実際に自分がその状況下にいるのでは」と錯覚する程の没入度を体感することになります。
オリヴァーは現実の世界に触れるための手段として、スマートフォンやタブレットの画面上に広がる世界、限りなく現実に近い現実が展開される世界を利用していました。しかしその世界が突如、現実とは全く異なる未知の異界と化し、自身に襲いかかってきたとしたら、それ以上の恐怖はないでしょう。
作中では具体的なセリフが一切ないと言っていい中、表情と視線のみによってオリヴァーが体験する“至上の恐怖”と心情を表現したアジ・ロバートソンの演技には、息が止まる程に圧巻されます。
怪物ラリーの正体とは?
尋常ではない孤独と恐怖に見舞われるオリヴァーに、「友達になろう」と手を差し出す怪物のラリー。あまりにも寂しいオリヴァーの心をスマートデバイス越しに狙うラリーの手口は、インターネット上で孤独に苛まれる人々に付け入る“怪物”のような人間を連想させます。
デジタル社会と化した現代社会では、誰もが何処かで見たことがある“怪物”じみた人間に似たラリー。ただ悪しき怪物というよりはむしろ哀れな生命体に見えるその怪物の姿は、外見は違えど実はその中身は人間と同じであり、孤独と恐怖に耐えられなくなった現代を生きる人々の“成れの果て”であるとも考えられます。
またラリーは作中「世界の人々が画面だけ眺める世の中になった」と語ります。人々はコミュニケーションをとらず、他者に向けるはずのその“目線”もスマートフォンなどのスマートデバイスの画面へと向ける状態を、『カム・プレイ』は作中でのオリヴァーの目線を通じて演出しています。
怪物ラリーとオリヴァーの目線の演出。そこには、家族や友人との関係性の崩壊を経て、自らを「自閉」する段階にまで至った現代人の状態、その先には怪物という“成れの果て”への変貌が控えているということへの警告を表しているのかもしれません。
まとめ
映画の終盤、息子オリヴァーを何としてでも生かそうとする母サラの愛は、彼女に‟自己犠牲”を選ばせました。その選択に誰もが悲しみを抱いた一方で、ラストシーンで描かれる母子の光景には、母の愛とは‟異なる世界を超えてしまう”程に無限なのだという事実を観る者に魅せてくれました。
多くの人々がスマートデバイス上の世界に依存する、現代のデジタル社会でこそ“リアル”な恐怖を描いた本作。怪物ラリーは、まさにこのような社会とスマートデバイスが生んだ弊害を投影しています。
そしてチェイス監督は、デジタル社会ならではの“リアル”な恐怖の根幹にある“孤独感”という感情から、コミュニケーションの問題に直面した家族の物語、そして“孤独感”と立ち向かうための真摯な愛の姿を見出しました。その結果、斬新な設定のホラー映画であると同時に、心を打つ魅力的なドラマ性を持った本作が完成したのです。
デジタル社会を迎えた現代は、“オンタクト(un-contact:非接触、非対面)”の時代でもあります。そして2020年以降のリモートアプリなどの普及も相まって“オンタクト・ホラー”が世界各地にて多数制作され続ける中で、『カム・プレイ』はその完成度において一線を画しています。
オンタクトの時代に次元を超える“オンタクトホラー”を披露する本作は、まさに観るに値するホラー映画となっています。