連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第12回
様々な事情で公開の危ぶまれた、中には実力ある映画もお届けする「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第12回で紹介するのは、アンソニー・マッキー主演のSF映画『シンクロニック』。
タイムトラベルを扱う作品は数多くあります。その手段・方法は多種多様、シリアスな作品からコメディまで、様々な映画が誕生しました。
実際にそれが可能になった時、どんな光景が広がり何が起きるのか。様々なクリエイターがこのテーマに挑みました。
そしてまた1つ、ユニークなアイデアで描いた作品が誕生しました。
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CONTENTS
映画『シンクロニック』の作品情報
【日本公開】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Synchronic
【監督】
アーロン・ムーアヘッド、ジャスティン・ベンソン
【キャスト】
アンソニー・マッキー、ジェイミー・ドーナン、ケイティ・アセルトン、アリー・ヨアニデス、ラミズ・モンセフ
【作品概要】
謎のドラックは、タイムトラベルの入り口だった。斬新な設定で描かれたSFスリラー映画。
『モンスター 変身する美女』(2014)、『アルカディア』(2017)とユニークなSF作品を放つ、アーロン・ムーアヘッド&ジャスティン・ベンソン監督コンビの最新作です。
主演は「キャプテン・アメリカ」「アベンジャーズ」シリーズのアンソニー・マッキー。その友人役を「フィフティ・シェイズ~」シリーズのジェイミー・ドーナンが演じます。
『処刑島 みな殺しの女たち』(2012)の監督・主演のケイティ・アセルトン、TVドラマ『バッドランド 最強の戦士』(2015~)のアリー・ヨアニデスが共演した作品です。
映画『シンクロニック』のあらすじとネタバレ
とあるホテルの1室で、若い男女がトリップ体験を楽しもうとドラックを服用します。
ベットの女の目の前に枝が伸び、それが木々の茂る荒野の光景に変わり、奇妙なマスクを付けた原始人のような人物が現れます。
エレベーターで上階に向かった男の前に、砂漠のような光景が広がります。
女にヘビが這い寄ります。なぜか空中にいた男は、砂漠が広がる大地に落下して行きました…。
ニューオーリンズの救急隊員のスティーブ(アンソニー・マッキー)とデニス(ジェイミー・ドーナン)は、救急車を降り現場に向かいます。
住所を間違えた運転手のトムの仕事ぶりをボヤきながら、到着した現場には薬物の影響が残る女がいました。
通報で到着した現場には若い男と女が倒れています。
男は胸を貫通する大きな傷を受けていました。デニスが何があったか聞くと、寝ていたらフランス語の会話と、風の音を聞いたと答えた女。
意識の無い女を診たスティーブは、誤って怪我をします。そこに警官たちが入ってきました。
2人は怪しげな合成ドラッグを服用していました。それを入れた袋には「シンクロニック」と書いてあります。ヘロインでなければ手出しできない、と言う警官。
男を突き刺したのは長い剣のようです。警官たちは凶器が無いか探し回ります。
女の側に落ちていた奇妙な形のメダルを拾いあげたスティーブは、デニスと共に男を搬送します。隣の部屋の壁に、奇妙な形の剣が突き刺さっていました。
次の出動に備え待機中、横になって休むスティーブに濁流に流される棺の記憶が甦ります。そんな彼に18歳離れた子供がいると大変だ、と告げるデニス。
年頃の娘ブリアンナ(アリー・ヨアニデス)は難しい時期を迎えたが、それでも娘を死ぬほど愛しているとデニスは話します。
今日の怪我でHIVに感染していないか、血液検査をしてもらうスティーブ。薬物使用の反応が出ても目をつむるという言葉に、彼は礼を述べました。
晴れた日、ミシシッピ川に面した公園でくつろぐスティーブとデニス。2人は軽口を交わす古くからの友人です。
デニスの妻、タラ(ケイティ・アセルトン)が生まれたばかりの子を見せにきます。独身で多くの女性と関係を持ったスティーブをからかうタラ。
妻は仕事と育児に追われ、長女のブリアンナは悩んでいると打ち明けるデニス。
公園にあるallways(alwaysの誤り?)の文字が刻まれた岩が、ブリアンナのお気に入りの場所でした。
岩の上に座るブリアンナに声をかけるスティーブ。子供の頃から知る彼女が18歳とは考えたくないと、軽い調子で話しかけます。
ブリアンナが何か話そうとした時、スティーブに医師から電話が入ります。重要な内容で2人の会話は途切れました。
行きずりの女と飼い犬のホーキングに残し、スティーブは職場に向かう準備をします。窓の外の木には刻まれた文字や印が残っていました。それを眺め物思いにふけるスティーブ。
デニスは妻から、ブリアンナが家を出て大学の寮に入りたいと望んでいると聞かされます。娘がいないと寂しい、と答えるデニス。
出動したスティーブとデニスは、乱暴なトムの運転で廃遊園地に到着しました。
あったのは焼死体です。連絡の手違いにデニスは怒りますが、焼死体の周りに全く火の気がありません。
警官は人体自然発火だ、と呟きます。死体の側に焼けた古風なドアのハンドル、そしてドラック「シンクロニック」の袋が落ちていました。
スティーブは医師の指示で頭部のCTスキャンを受けます。その際、流れ出た3つの棺を思い浮かべたスティーブ。
今日スティーブとデニスが出動したのは、冒頭に登場した男女がいたホテルの部屋です。ベットの上の女は足を蛇に噛まれています。
毒の種類を確認しようと、女に蛇の特徴を訊ねますが答えは要領を得ません。彼女には連れの男がいたと確認できました。
ホテルに蛇がいるなら一大事、しかしルイジアナ州にいる蛇に噛まれた傷と症状に思えません。
彼女の側に「シンクロニック」の袋と、それを購入した煙草店の紙袋がありました。
ホテルの従業員からエレベーターに異常があると聞かされたスティーブとデニス。
調べるとエレベーターシャフトの下に、転落してバラバラになった男の死体がありました。
女を病院に搬送するデニスは、何かの薬を服用するスティーブを苦々しく見つめます。
病院で検査の結果を聞くスティーブ。医師は彼の脳の松果体の上部に腫瘍があると告げました。
松果体は通常、加齢と共に石灰化しますが、スティーブの脳にはそれが見られず、まるで10代のようだと説明する医師。
魂のありか、第3の目とも呼ばれる松果体の働きが、あなたに良い影響を与えているかも、と言葉を続けます。
腫瘍はゆっくりとした死をもたらすのか、スティーブは医師に訊ねました。
同じ頃、両親のデニスとタラに別れを告げ、家を出て大学の寮に向かうブリアンナ。
そして余命は6週間か、60年か判らないが、腫瘍の治療は必要だと言われたスティーブ。
医師は支援団体や代替医療、家族への連絡方法のパンフレットを渡します。スティーブはデニスに電話しようとして止めます。
デニスはブリアンナとバスケをしながら会話を交わします。将来を心配する父と思い悩む娘の会話は、すれ違っていました。
酒場でスティーブの誕生日を祝ったデニスは、彼にランプのオブジェをプレゼントします。
自分の結婚生活への疑念を口にし、気楽な独り身のスティーブをデニスは羨みますが、何の感動も無い10年を過ごしたと応じるスティーブ。
目の前で鎮痛剤を飲んだスティーブに、懸念を口にしたデニス。スティーブは中毒にならないと答えます。
ある夜、スティーブとデニスは大学の寮に出動します。2階のバルコニーに1人が倒れ、1人が眠っていました。
目覚めた女学生に自分は警官ではないと伝え、倒れた学生が何を服用したか尋ねるスティーブ。
彼女はブリアンナも一緒にドラッグを使用したと答えます。その姿はありません。
ブリアンナが座っていた椅子に、「シンクロニック」の袋が残されていました。デニスは妻タラに娘の行方不明を伝えます。
スティーブは「シンクロニック」を売る煙草店を訪れ、それを全て買い取ります。在庫はあるか聞くと、製造中止になったと伝える店員。
このドラックで人が死んだとスティーブが怒鳴ります。それを背後から男が見ていました。
男は店を出たスティーブに、高値で「シンクロニック」を売ってくれと頼みます。強い剣幕で拒絶したスティーブ。
デニスはブリアンナを探す様々な手を尽くしますが、娘は死んでいないと噛みつくタラ。夫婦は険悪な関係になっていきます。
ある夜スティーブは、誰かが自宅に忍び込んだと気付きます。侵入者は「シンクロニック」を買おうとした男でした。
危害を加える意図は無い、と男はケルマーニ博士(ラミズ・モンセフ)だと名乗ります。
自分は「シンクロニック」を開発した化学者だと言うケルマーニ。彼は違法にならない合成ドラッグの製造に従事していました。
幻覚物質DMTに似たドラッグを開発していたと語る彼は、スティーブの松果体に異常があると聞き、話し始めます。
「シンクロニック」は松果体に働きかけ、通常と異なる別の感覚で時間を体験させる。
それは同じ場所であっても、針を落とす場所で異なる音が流れるレコードのようなもの。
「シンクロニック」はそのレコード針の役割を果たす、と説明するケルマーニ博士。
大人は部分的にしか過去に行かず、過去の側から見れば幽霊のような存在に過ぎない。
しかし松果体が活性化している若者が使用すると、実体を持ち過去を訪れ、時にはそのまま帰えらないと告げました。
「シンクロニック」は過去へのタイムトラベルを可能にする薬品です。
それに気付き製造を中止し、販売中の「シンクロニック」を回収・処分しようと店舗を回り買い集めた博士。
最後に訪れたのがスティーブが購入した店でした。「シンクロニック」は全て焼いて処分したと告げるスティーブ。
彼は博士を帰します。しかしゴミ箱の中に「シンクロニック」が残されていました。
腫瘍の放射線治療を受けつつ、救命士の仕事を続けるスティーブ。その姿にデニスは疑念を抱いています。
デニスに対し共に医学を学んでいた頃、物理学に興味を持っていたスティーブは、アインシュタイン博士のあるエピソードを話します。
アインシュタインの友人、ミケーレ・ベッソが亡くなった際、彼の妻にこんな手紙を送りました。
「彼はこの奇妙な世界を去りましたが、何の意味もありません。私たちのような物理学を信じる者には、過去・現在・未来など頑固な幻想に過ぎないのです」
放射線治療の後遺症で吐いたスティーブ。デニスは本部からモルヒネの在庫が合わないと聞き、彼を疑います。
娘が行方不明になって以来、妻との関係が険悪なデニスは、家に帰らなくなっていました。
ある日、ブードゥ教の扮装をした男の救護に向かった2人。酔ったその男とは話しが通じません。
吐いてしまったスティーブを見て、モルヒネの件を追求するデニス。スティーブもお前は良き妻や家族に対する、不満しか口にしないと責めます。
2人は搬送すべき男の前で喧嘩を始め、その場を去るスティーブ。
スティーブは自宅に戻り酒を口にします。TVは行方不明のブリアンナについて報じていました。
ゴミ箱の中にあった「シンクロニック」を手に取り、服用するスティーブ。
何も起きない様子です。TV放送が終わりスイッチを切ろうとした時、彼の周囲の光景が変化し始めます。
映画『シンクロニック』の感想と評価
参考映像:『ある日どこかで』(1980)
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)はデロリアン、『TENET テネット』(2020)は逆行装置。映画の中では様々な手段で時間を旅行します。
中には持って生まれた特殊能力で時間を旅する人物を描く、SFとはまた違う切り口の『アバウト・タイム 愛おしい時間について』(2013)のような作品もありました。
本作で登場する脳内の器官・松果体。現在は研究が進みましたが、過去には哲学者に「魂のありか」と呼ばれ、ヨガの世界ではチャクラの1つとされています。
この器官が覚醒すれば「第3の目」になり、超能力が使えるという設定は、発展して手塚治虫の漫画「三つ目がとおる」や、「ドラゴンボール」の天津飯など、様々な作品に登場します。
『シンクロニック』は個人の能力として働く松果体と、ドラッグの合わせ技で過去へ旅する、時間は超えるが空間は超えないタイムトラベルを描きます。
中々ユニークな設定の作品です。他にどんな変わり種タイムトラベルがあるでしょうか。
行きたい時代のアイテムを身に付け催眠術を利用する、なりきりと思い込みで時間を旅する、リチャード・マシスン原作・脚本の『ある日どこかで』(1980)という映画があります。
公開時人気が無かった『ある日どこかで』は、後に注目されSFファン以外からも支持され、クリストファー・リーヴにとって『スーパーマン』(1978)に並ぶ代表作になりました。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』と異なる「暗い時間旅行」
コンビで監督し、製作・脚本・撮影・編集と様々なパートを手分けして担当、次々奇抜なSF映画を生み出すアーロン・ムーアヘッド&ジャスティン・ベンソン。
2人が高い評価を受けた『アルカディア』に続き製作したのが本作。松果体への刺激が人間の能力を開花させる設定は、H・P・ラヴクラフトの短編小説「彼方より」の影響だと語っています。
この映画のアイデアは、バラ色のタイムトラベル映画、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のアンチテーゼとして誕生しました。
多くの人にとって、過去は明るい世界ではないだろう。そもそも『バック・トゥ~』の主人公マーティが黒人だったら、とんでもない目に遭うのではないか、というのが企画の原点です。
その舞台に、有色人種にとって複雑な歴史を持つニューオリンズはうってつけです。また同時に「シンクロニック」のような、デザイナードラックが蔓延する地でもあります。
そして監督たちが長期間住みたい、多くの映画製作に関わる人々が働きたいと思う場所はどこか。様々な検討の末、撮影場所にニューオリンズが選ばれました。
『アルカディア』を見て気に入ったエージェントのお陰で、幸運にも本作の脚本はアンソニー・マッキーとジェイミー・ドーナンの目に触れました。
こうして2人の出演も決定し、従来の彼らの作品とは異なる、スケールの大きなSF映画が誕生したのです。
本作を深く考察するファンが続出!
あらすじネタバレ紹介では、重要な役割を果たす岩に刻まれた文字を紹介しました。
この文字に類する言葉は、劇中に様々な形で登場しています。その意味を巡り、映画を深堀りした人々が様々な解釈を表明し、ちょっとした盛り上がりを見せています。
他にも主人公の名はスティーブ、彼の飼い犬はホーキング。世界的理論物理学者で、映画『博士と彼女のセオリー』(2014)に描かれたスティーブン・ホーキング博士にちなむものです。
また劇中にアインシュタイン博士の手紙が引用されますが、主人公の飼い犬は『バック・トゥ~』のドクの愛犬、アインシュタインと同じ犬種。
他にも主人公の家の外にある木の使い方や、セリフや細かい描写に深く解釈したいものが盛りだくさん。
タイムトラベルを扱った、難解だが考察しがいのある映画、『ドニー・ダーコ』(2001)や『バタフライ・エフェクト』(2004)同様、本作も様々な議論を呼んでいます。
ただし、裏を返せば明確な答えを提示しない映画です。何だかよく判らない説明不足のSF映画、そんな感想も多いようです。
それでも見れば見るほど奥深い要素を持つ映画だと、強調しておきましょう。
まとめ
予想に違わぬユニークな、SFファン必見の映画『シンクロニック』。深堀りが楽しい作品です。
本作はニューオーリンズの歴史を知るにも最適。ハリケーン・カトリーナで被害を受けた以降、復興支援も兼ねてこの地は多くの映画のロケ地になりました。
劇中の登場する廃墟となった遊園地も、ハリケーン被害で廃墟化した場所。以降様々な映画のロケ地に使用されています。そんな点にも注目して下さい。
ニューオーリンズを背景に描かれた本作の登場人物は、皆が何らかの孤独を抱えた人物です。
そんな人物が奇妙なタイムトラベル体験を通じ、ある境地にたどり着く。寂しげで美しい風景の下で描く本作のストーリーに、多くの人が魅了されています。
最初に紹介した異色のタイムトラベル映画、『ある日どこかで』は詩的で美しく、そして「幸福なバットエンド」を迎える作品です。
『シンクロニック』も同様です。優れたSF作品には詩的な要素がある、そう思いませんか?
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第13回は、誰が敵で誰が味方か!国際テロ組織を相手に世界各地で死闘を繰り広げるアクション映画『インビジブル・スパイ』を紹介します。お楽しみに。
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