連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第6回
世界の様々な映画やキワどい作品を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第6回で紹介するのは、ソリッド・シチュエーションスリラー映画『ラブ・エクスペリメント』。
古典的名作『コレクター』(1965)以来、何度も映画化されている美女監禁映画。同じ状況描いた日本映画『盲獣』(1969)は、江戸川乱歩の小説を原作とする作品です。
洋の東西を問わず古来より描かれた監禁モノ。異常な心理と人間関係が織りなす妖しいテーマに、人を魅了されて止みません。
当然B級ジャンル映画の世界でも人気の題材です。しかし繰り返し描かれた設定だけに、新たに誕生する作品には様々な趣向が求められます。
今回登場した作品は、いかなる展開を見せるのでしょうか。
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CONTENTS
映画『ラブ・エクスペリメント』の作品情報
【日本公開】
2021年(イギリス映画)
【原題】
Hippopotamus
【監督・脚本・編集・製作】
エドワード・パーマー
【キャスト】
イングヴィルド・デイラ、スチュアート・モーティマー、ジョナサン・コッブ、トム・リンカーン
【作品概要】
「君を誘拐した。僕を愛するまで君を監禁する」、と告げた男。女を支配する企ては、どのような結末を向かえるのか。かつてないブレイン・サスペンス映画の登場です。
エドワード・パーマーの長編初監督作品は、ザ・マンスリー・フィルム・フェステイバル(TMFF) で最高長編映画賞を獲得しました。
主演のイングヴィルド・デイラは、『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)でレイア姫を演じました。
といっても彼女は、若き日のキャリー・フィッシャーの変わりを務める「ゴースト女優」として出演。確かにレイア姫の雰囲気をもった彼女が、謎の男に監禁されます。
映画『ラブ・エクスペリメント』のあらすじとネタバレ
暗い水の中に沈んでいる、若い女の姿が映し出されます。彼女の手を、何者かが掴みました…。
閉ざされた殺風景な部屋で、1人の女性が目覚めます。彼女は痛みに襲われ動けません。両膝に血に染まった包帯が巻かれていました。
部屋には洗面台とトイレが設置され、洗面台の上には傾いたイスと、脳の断面図を描いた素朴な絵が飾ってあります。
部屋の電灯が点きました。彼女の傍らに男が立っています。
自分の名はトム・オールクロフト(スチュアート・モーティマー)、君を誘拐した。君を監禁する。それは僕を愛するようになるまで、と告げる男。
トムはさらに言葉を続けます。君の名はルビー・ワッツ(イングヴィルド・デイラ)、25歳。大学で法律を学んだと言い、両親の経歴を語り、一人っ子で今も暗闇が怖いと教えます。
君の靭帯は切断した。また歩きたいなら無理に動くな。君の私物のカバンはそこにあって、中身は見ていないと説明する男。
鎮痛剤とピルがあるので飲め、食事は1日3回持ってくる。体は1日おきに拭いてやる。
トイレは介助する、無理に動けば、脚に取り返しのつかないダメージを受けるだろう。
照明は午前7時点灯、午後11時消灯。逃げようとするな、足は傷付いている上に、一番近い家まで10マイル以上あると告げます。
彼女に自分を犯したのかと質問されると、否定して部屋から出るトム。
それ以上多くを語らず、トムは約束通り食事を運び、壁にもたれて眠った彼女の体を床に横たえます。
翌朝、ルビーはトムが姿を消してからカバンの中身を確認します。身分証明書の内容は彼の説明通りでした。
彼女は記憶を失い、自分が何者か理解してないようです。トムの告げた言葉は真実でしょうか。
カバンにはテニスボールが入ってきました。男の足音が聞こえ、カバンの中身を戻すと元の位置に戻ったルビー。
転がったボールを隠した時、食事を持ったトムが入ってきます。薬を飲まないと痛みは悪化すると言い、痛み止めを飲ませるトム。
眠りについたルビーは、自分が水中にいる夢を見ていました。
目覚めた彼女は起きようと試み、痛みを感じ悲鳴を上げます。傍らにいたトムは、そんな行為は傷を悪化させるだけだと告げます。
改めて男が何者か尋ねたルビー。トムは最初に告げた言葉を単調に繰り返しました。
お前には休養と薬が必要で、渡したピルは面倒を減らす処置であり、それ以上の意味はないと説明するトム。
自分を犯したのかと問われたトムは、その言葉に怒った態度を見せて部屋から姿を消しました。
彼女の脚のリハビリを丁寧に行い、約束通り体を拭くトム。ルビーはテニスボールを壁に投げて時間を過ごします。
自分の耳の後ろに傷があると気付き、カバンの中の手鏡を割り、その破片で確認したルビー。
トムの来る物音に気付いた彼女は、とっさに鏡の破片を包帯の中に隠しました。
単調な生活が繰り返されます。時間が来ると消灯し、彼女が眠りにつくと部屋を清掃するトム。彼女が寝ている間、録音したメッセージを流します。
彼はタイマーのアラームに従って、決められた生活を繰り返しています。朝になるとメッセージを停め、電気を付けるトム。
彼女が目覚めると、初日と同じメッセージを伝えるトム。この行為が幾度繰り返されたでしょうか。
ある日ルビーは洗面台の配管を傷付け、僅かな漏水を発生させます。
食事を持ってきた後、水回りを確認し始めたトムに、あなたを愛せなかった場合は私はどうなるのと訊ねたルビー。
監禁を続けるだけと言うトムに、彼女は愛の告白に女性の脚を傷付けるのはロマンチックな行為で無いと語りかけます。
水を拭き始めたトムは、君が冗談が言えるようになったのは良い傾向だと語りました。
退屈しているルビーのために、何かしてやろうと言うトム。彼は壁の2枚の絵をどう思うか感想を求めます。
改めて望みを聞かれると、枕と毛布と退屈をしのぐ本が欲しいと頼んだルビー。
マットレスと毛布と枕を用意し、彼女に本を渡したトム。本をめくったルビーに過去の記憶の断片が蘇ります。
途切れたような何かの光景が浮かびます、それ以上のことは思い出せません。彼女はその事実をトムに伝えました。
本は記憶を呼び戻す引き金だ、と語るトム。強い感情が奥底の眠る記憶を復元すると教えます。
本当の自分を取り戻したいルビーは、他に何が記憶を呼び戻すきっかけになるのか尋ねました。
イメージや音、感情や匂い、そしてそれらの組み合わせだと教え、記憶を取り戻す手助けを約束するトム。
監禁された以前の記憶を持たないルビーは、少しずつトムを信用し始めたようです。
食事を持ってきたトムが、温かい飲み物は必要かと尋ねました。ルビーはルイボスティーを頼みました。
それは良い選択だと言い、すぐ持って現れるトム。その香りが彼女の記憶を呼び覚まします。
トムは事前にルイボスティーを用意していました。渡された本といい、彼は確実に自分の過去を知っていると気付くルビー。
なぜ知っているのと聞かれ、君について研究したと答えるトム。
渡された本を眺めていたルビーですが、あるページが外れていました。その下にあった白い紙には、何かが書いてあります。
黒い炭のようなもので記された複雑な模様ですが、彼女はそれがアルファベットに似ていると気付きます。
何かに気付いたルビーは、割った鏡の破片に模様を映してみます。複雑な模様に見えたものは、鏡文字で書かれた文章でした。
そこには「彼を信用するな」と書いているように見えました。
彼女の発見に気付くことなく、嬉しそうにテーブルを持って現れたトム。
テーブルで2人は食事をとりますが、ルビーは何も語りません。どうしたのか尋ねたトムに、私以前に何人監禁したのか聞くルビー。
トムは何の話か理解できない様子です。ルビーは本に記されたメッセージを、以前彼に監禁された者からのメッセージと考えていました。
恐らくトムは目を付けた女性をストーカーし、調べ上げて研究し、誘拐して記憶を奪い監禁する。そして恋に落ちるよう誘導する。
目的を果たせば被害者を殺害し、遺体を処分する。それを何回も、何十回も繰り返してきたと告げたルビー。
それを聞いたトムは、グラスを叩き割って黙り込みます。ルビーは私を最後にして欲しいと言いました。
以前に監禁した人間などいない、君だけだと言って立ち去るトムは、深く傷付けられた様子です。
ある日、ルビーは脚の靭帯の傷が回復していると気付きました。ヨロヨロと立ち上がった彼女は扉に向かいますが、部屋から出る事はかないません。
本に書かれた鏡文字の匂いで、記憶がよみがえり壁のブロックの1つを外したルビー。
中から無数の使用済みマッチの軸が現れます。あの文字はこの部屋に監禁された人物が、使用済みのマッチの軸の炭で記したものでした。
その日、ルビーは共に食事中のトムに、ムードを出すためのロウソクが欲しいと提案します。
ロウソクを用意し火を付けたトムに、私を助けようとしているあなたに対して、混乱して失礼なことを口走ったと語りかけるルビー。
それを聞き記憶を取り戻すために、より多くの刺激を与えようと提案するトムに、彼女は水の中に沈む夢をよく見ると話します。
それは悪夢ではなく穏やかなもので、最後に誰かが私の手をつかみ引き上げくれる、と説明したルビー。
新たな本を持ってくる、と言って部屋を出て行くトム。ルビーは彼が残した、使用済みのマッチの軸を手に入れました。
与えられた本を読み、そして何かを記すルビーは、夜はトムに気付かれぬ様に足を鍛え始めます。
現れたトムには、まだ足は不自由で身動きがとれない風を装います。
彼女は本の余白に、マッチの軸の炭で「騙されたふりをする」と記していました。
映画『ラブ・エクスペリメント』の感想と評価
本作をよからぬ行為を繰り広げる、美女監禁映画と思って見た方はビックリしたでしょう。
『メメント』(2000)など、記憶喪失を扱う映画は多々ありますが、このようなスタイルで切りこんだ映画は思いつきません。
強いて類似作を求めるなら『50回目のファーストキス』(2004)、それを悪夢のような展開にした映画と言えるでしょう。
倒錯した世界の際どさは無いものの、脳と記憶について扱ったユニークなミステリーです。
そして報われぬ男の愛がハートに刺さるお話。ジャンル映画が大好きな男のハートを刺激してくれます。
低予算で作られたソリッド・シュチュエーション映画
参考映像:『Hippopotamus』(2015)メイキング映像
本作はエドワード・パーマーが、クラウドファンディングを利用し2015年に製作した映画を、さらに発展させた作品です。
2015年作品のメイキング映像を見ると、映画製作を学ぶ若者たちが手掛けた作品、ということが伝わってくるでしょう。
本作とは異なるセットを使用していますが『ラブ・エクスペリメント』の主要キャスト2名が、すでに2015年作品に出演しているのが確認できます。
2015年の作品は製作費500ポンド、そして今回の作品も監督が大学在学中に、製作費5000ポンドで完成させたと知って驚きました。
『ソウ』(2004)を思わせる状況から始まる、意外な目的を持って女性を監禁した誘拐犯の物語は、大きなプロジェクトに成長し日本で劇場公開されるまでになったのです。
タイトルのお遊びはイギリス流?
本作の原題は”Hippopotamus”、動物のカバ(河馬)です。しかし脳の記憶をつかさどる部分は”hippocampus”、海馬と表記します。
英語も日本語も2つの言葉は似た表記です。本作の劇中には登場人物が、2つの言葉の間違いを正すシーンがありますから、意図して使用したタイトル表記だとお判りでしょう。
ルイス・キャロルの小説など、イギリスと言えば言葉遊び文化が盛んなお国柄です。
このタイトルが映画を読み解くヒントになるのでは、と考えました。主人公に与えられた本はルイス・キャロルの著作?と疑いましたが、本のタイトルまで判明しません。
何かここに監督の意図、映画に用意された仕掛けがあるように思われます。
まとめ
ありがちなジャンル映画に見えて、実は記憶をテーマにした、ユニークなミステリーである『ラブ・エクスペリメント』。
ところで本作のラストに困惑する方が多いようです。男の行為が報われるハッピーエンド、全く報われないバットエンドいずれかを提示してくれた方が、疑問は湧かなかったでしょう。
ですが本作は、謎めいたシーンで幕を閉じます。単純に解釈すれば、邦題になった「愛の実験」が繰り返されたと解釈すべきです。
しかし原題の言葉遊びなどがが、ルイス・キャロルの文学世界を示すなら、本作の出来事は全て迷宮の中の出来事。例えば主人公の脳の中で起きているとも解釈できます。
そうであれば2人以外いない孤島、成り立つとは思えない2人だけの生活も、別の意味を持ってきます。
いささか深読みですが、主人公が見る水の中の夢や、繰り返し使用される地下室など、映画は様々な迷宮の中の物語であることは間違いありません。
強引で破綻を秘めた設定と見るか、深い謎と解釈の余地を残した映画と見るか、あなたはどちらを選びますか。
エロのあるジャンル映画、を期待して見た人が妙な気分になるのも当然です。若きエドワード・パーマー監督の次回作が、非常に気になります。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回、第7回は旧神と呼ばれる邪神と人類は密かに闘っていた!邪神を巡る攻防を描くサバイバル・アクション『Black Site』を紹介します。お楽しみに。
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