ホロコーストを生き延びた者同士の年齢差を超えた触れ合いを描く
映画『この世界に残されて』が、2020年12月18日(金)よりシネスイッチ銀座ほかで全国順次公開されます。
第二次世界大戦後のハンガリーを舞台に、42歳の男性医師と16歳の少女の、家族を失った同士の心の交流を、ネタバレ有でレビューします。
映画『この世界に残されて』の作品情報
【日本公開】
2020年(ハンガリー映画)
【原題】
Akik maradtak
【監督・共同脚本】
バルナバーシュ・トート
【脚本】
クララ・ムヒ
【製作】
モニカ・メーチ、エルヌー・メシュテルハーズィ
【撮影】
マロシ・ガーボル
【キャスト】
カーロイ・ハイデュク、アビゲール・セーケ、マリ・ナジ、カタリン・シムコー、バルナバーシュ・ホルカイ
【作品概要】
1948年のハンガリーを舞台に、ホロコーストを生き延びた16歳の少女クララと42歳の医師アルドの出会いを描くヒューマンドラマ。
クララ役を本作が映画初主演となるアビゲール・セーケ、アルド役を、本作でハンガリーアカデミー賞及びハンガリー映画批評家賞最優秀男優賞を受賞したカーロイ・ハイデュクが演じます。
監督はこれまで短編映画を手掛けてきたバルナバーシュ・トート、製作は、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した『心と体と』(2017)のモーニカ・メーチとエルヌー・メシュテルハーズィが担当。
2020年のアカデミー賞において、国際長編映画賞ショートリストに選出されました。
映画『この世界に残されて』のあらすじとネタバレ
第二次世界大戦が終わった1948年のハンガリー。
首都ブダペストで婦人科医をしている42歳のアラダール・ケルネル(アルド)は、病院とユダヤ人会の孤児院、そして待ち人のいない自宅を行き来する毎日を過ごしていました。
そんなある日、アルドは生理不順となっていた16歳の少女クララ・ヴィーネルを診察します。
大叔母のオルギと二人暮らしのクララは、ホロコーストで両親と妹を亡くしたにもかかわらず、「家族はまだ生きている」と言い、周囲に心を開きません。
しかしなぜか彼女は、わざわざ生理が来たことを告げにアルドを訪ね、さらに彼の住むアパートに行こうとします。
疎ましく思うも、アルドはクララを自宅に招き、お茶を飲ませることに。
「生きていることは不幸。私は取り残された」と悲観するクララに抱きつかれたアルドは、一瞬動揺するも優しく抱擁するのでした。
それ以来、会話を交わすようになったアルドとクララでしたが、2人が外で抱擁していた姿をオルギに見られ、誤解を招いてしまいます。
話し合いの末、クララのもう一人の保護者になってほしいとオルギに懇願されたアルドは快諾し、クララは週の半分をアルドの家で過ごすという同居生活が始まります。
勉強をみたり、映画館に足を運んだりと、アルドと過ごす時間が格段に増えたクララは、彼に父の面影を重ね、アルドもまた、一人暮らしの時にはなかった充実感を得るのでした。
ある日、相変わらず学校に馴染めず、先生たちからも疎ましがられるクララは、高熱を出して寝込んでしまいます。
友人の小児科医ピシュタにクララを診てもらったアルドは、久々の再会でした。
ある夜、ベッドで化学の本を読んでいたクララは、塩化水素4つと酸素2つが化合すると酸素が水素を連れ去って水となり、塩素2つが残ることを4人家族に例えて話すと、アルドは無言でトイレに籠ってしまいます。
心配してドアの前に駆け寄ったクララの呼びかけで出てきたアルドは、「私たちは塩素か?」と尋ねるのでした。
後日、アルドはクララ宛に、棚の中にある古いアルバムを見るよう記した置き手紙を残します。
アルバムにあったアルドの妻や2人の子どもの写真を見て泣き崩れるクララ。
アルドもまた、ホロコーストによって家族を失っていたのです。
互いの心の傷を知ったことで、以前にも増して離れがたい存在となった2人。
しかし、公園で2人でいる場を学校の教諭で共産党員のヴィダークに見られたクララは、その関係を疑われてしまいます。
アルドは、次第に級友も増え、ダンスパーティーにも行くようになったクララを心配する一方で、診察を受けに来た女性エルジが気になるように。
映画『この世界に残されて』の感想と評価
本作『この世界に残されて』は、ナチス・ドイツにより約56万人ものユダヤ人が虐殺されたと言われるハンガリーを舞台としたヒューマンドラマです。
ホロコーストで妻子を失った中年男性医師のアルドと、やはり両親と妹を失った16歳の少女クララの2人は、ふとしたきっかけで同居生活を行います。
自分だけ生き延びてしまったことを悲観していたクララはアルドに亡き父の面影を重ね、アルドも保護者的な立場で彼女と接します。
2人は日々を過ごすうち、空となった心を補い合っていきますが、思春期真っただ中のクララは、アルドに対する感情に変化が生じていきます。
かたや自分にとって、クララが「5歳にも70歳にもなれる」存在だったアルドも、そんな彼女の思いを察していくにつれ、ひとりの男性としての生き方を模索していきます。
2人の間に漂う、淡くも危うい関係性が、本作の要となっています。
もう一つ、本作の要と言えるのが、2人が暮らすハンガリーの時代背景にあります。
スターリン政権によるソ連共産党の猛威に晒されたハンガリーの国民は、常に党の監視下におかれ、少しでも逸脱した行為を取れば、党員に目をつけられて逮捕されてしまう。
そのため、アルドの知人で小児科医のピシュタのように、国民の中には波風立てずに生きるために、やむなく入党したという者も少なくなかったのです。
ようやくナチス・ドイツから解放されたにもかかわらず、戦後も新たな弾圧・迫害に晒されることとなるハンガリー。
劇中序盤でのクララの言葉、「生きていることは不幸」は、ある意味でハンガリー国民の総意だったのかもしれません。
本作のラスト、スターリン死去のニュースを聞いたクララとペペは喜びますが、その3年後には、国民が政府に対して蜂起した、いわゆるハンガリー事件が起こることに。
クララ、そしてアルドも、その先に待っている混迷に巻き込まれるのは確実でしょう。
しかし、エンドロール直前の穏やかな表情をするクララから、アルドとの出会いを経て、人間として生き続けていこうという意志が感じられます。
まとめ
本作では、登場人物たちの背景に何が起こったのかについての具体的な説明が、極力省かれた作りになっています。
特に、戦時中および戦後のハンガリー時世をある程度把握しておかないと、物語について行けなくなるかもしれません。
ただ、ひとつ言えるのは、戦争で愛する家族を失った者同士が次第に寄り添っていく過程を、優美に包んだ作品です。
映画『この世界に残されて』は、2020年12月18日(金)よりシネスイッチ銀座ほかで全国順次公開。