連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第39回
映画『完全なる飼育ètude』は、少女と中年男の歪んだ純愛を描いてきた「完全なる飼育」シリーズ第9作めの作品です。
これまでのシリーズと大きく違って、本作が女性演出家と若手男優が稽古という名の「飼育」で、女性が男性を「飼育」するという構成になっています。
2020年11月27日(金)ヒューマントラスト渋谷他にて公開中のこの映画、監督は加藤卓哉が務め、元宝塚の女優・月船さららが女性演出家、「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」出身の市川知宏が若手男優を演じています。
厳しい演出指導の女性演出家のもと、若手男優はどんどん「飼育」されていくのですが、彼にはある目的がありました。「飼育」の果てに待っていたものとは?
激しい欲情と愛が展開する映画『完全なる飼育ètude』をご紹介します。
CONTENTS
映画『完全なる飼育ètude』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
松田美智子『女子高校生誘拐飼育事件』(幻冬舎)
【脚本】
山本浩貴
【監督】
加藤卓哉
【キャスト】
月船さらら、市川知宏、金野美穂、寺中寿之、永井すみれ、松井るな、竹中直人
【作品概要】
1999年の第1作以降、劇映画として数々の衝撃作を送りだしてきた「完全なる飼育」シリーズ。本作はその第9作目です。ノンフィクション作家・松田美智子の小説『女子高校生誘拐飼育事件』を原作に、少女と中年男との歪んだ純愛を描いてきた究極のシリーズですが、本作では女性演出家と若手男優が織りなす稽古という名の「飼育」で、女性が男性を「飼育」するという構成になっています。
監督は新鋭・加藤卓哉。『裏アカ』(2021年春公開予定)で長編映画デビューし、本作が2作目の長編映画です。主演は元宝塚の女優・月船さらら、「ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト」出身の市川知宏。共演者には「完全なる飼育」第1作に主演し、これまでのシリーズ8作中7作に出演した竹中直人もいます。
映画『完全なる飼育ètude』のあらすじとネタバレ
美しい海岸に一人の男性がいます。彼は、ただじっと海を見つめていました。
街の小さな劇場では、舞台演出家の小泉彩乃が竹牢のセットが組まれた舞台を前にいら立っていました。
新作舞台『完全なる飼育』の開幕があと2日だというのに、彩乃の演出についていけなくなった主演俳優が突如降板したのです。
急きょ代役を募り、オーディションをしているのですが、適任者が見つからず、ついに舞台を辞めようと彩乃は決意し、立ち上がりました。
そこへ、「まだオーディション、間に合いますか?」と一人の青年が駆け込んできました。
彼の名前は、篠田葵。彩乃の大ファンで、ぜひこの舞台で演技がしたいから、オーディションを受けさせて欲しいと懇願します。
もういい、と背を向けた彩乃ですが、篠田はいきなり舞台に駆け上がり、『完全なる飼育』の主人公・安次郎のセリフを言い始めます。
その声にふと興味を持ち、舞台に立つ篠田を見つめる彩乃。それでも途中で、辞めるように言いました。
「舞台はキャンセルします」。言い切る彩乃に篠田は、「それでいいのですか。久しぶりの新作でしょう? 僕はこのチャンスを逃したくないし、出演させてくれたら何でもやりますから」と食い下がります。
「何でもするの? じゃ、裸になって3回まわってワンって言ってよ」。あまりの成り行きに篠田は躊躇しますが、「ほら、やっぱり口先ばかりじゃない」という彩名に、篠田は決意します。
服を脱ぎ棄て素っ裸になると、その場で3回まわって「ワン」と言いました。
そんな彼の行動に熱意を感じた彩乃は、「もうしばらく、演技を見てあげるわ」と言います。
彩乃は海外でも大きな成功をおさめた舞台演出家。日本でも有名でしたが、ここ数年は観客動員が伸び悩み、役者を追い込むサディスティックな演出スタイルも俳優たちから敬遠されていました。
厳しいと評判の彩乃の舞台稽古が始まりました。
舞台の時代背景は江戸時代です。懸命に舞台稽古をする篠田ですが、刀を持って逃亡する安次郎の歩き方一つにしても、「何が足りないかわかる? 考えて」と彩乃の怒声が飛び、激しくなじられます。
彩乃は人を殺す場面では緊張感がないと迫り、刃物で自らの手を傷付けて血を手に付け、その手を篠田の口に突っ込んで、「もっと狂えよ」と言います。
むせる篠田を見て「それ、いいね。初めての殺しで血のニオイにむせる安次郎。これ使おう」と言いました。
心の底から湧き上がる怒りを表現するために、わざと篠田を殴って怒らせてみたり、殺しの場面ばかりでなく、劇中のヒロインである菊姫との絡みにまで厳しい指導は及びます。
菊姫は安次郎の妻の仇。安次郎は、菊姫を捉えて辱めながらいたぶり、自分の想い通りの女にするために竹牢で飼育を始めます。
その飼育の仕方にまで、サディスティックな彩乃の徹底的な指導が入りました。
菊姫役の女優を気遣って演技する篠田に、彩乃は「こうするのよ」とビンタを要求し、強姦シーンも本気でやるよう指示しました。
映画『完全なる飼育ètude』の感想と評価
従来の作品と異なる点
映画『完全なる飼育ètude』の劇中の舞台は、江戶時代の藩主の娘・菊姫を貧しい鍛冶職人が拉致・監禁し、次第に2人に恋愛感情が芽生えるという時代劇の設定です。
江戸時代であろうと現代であろうと、変わりなく行われる拉致・監禁。そして捉えた女性を従順な奴隷として飼い慣らしたいという男の欲望は変わりがないようです。
ですが、本作では今までと違って、女性が男性を舞台での演技指導で「飼育」するという設定になっています。今までとは違った目線の歪んだ愛がスクリーン一杯に広がりました。
演出家・小泉彩乃の男優・篠田の飼育目的が、良い演技を求めるがためにあると分かっているせいか、演じる月船さららの凛とした気迫に満ちた存在感のせいか、エロい場面なのに少しもグロさを感じない映像に仕上がっています。
月船さららの存在感に負けず劣らず、精一杯の気魄で篠田役に臨んだ市川知宏の渾身込めた熱演も見ものです。
また本作がオール台湾ロケというのも、妖艶な異次元ムードが漂う高いビジュアル性がある理由でしょう。
台湾ならではの、艶やかで美しい極彩色に彩られた舞台照明と衣装や美術セットが、劇中の舞台のみならず、主役の2人の迫真のラブシーンに妖艶な雰囲気を醸し出しています。
激しい愛憎劇の合間の癒しの存在
さて、飼育される方もする方も鬼気迫る表情で演じ切っている本作において、フッと和むシーンがたびたびあります。
「完全なる飼育」シリーズのほとんどに出演している竹中直人の存在です。今回の竹中の役どころは、彩乃が篠田に演技指導をしている劇場の警備員です。
誰もいないはずの夜の劇場の警備をする独身の中年男。これまでのシリーズの流れでいき、パッとみると彼の方が“飼育する男”に見えます。
実際に第1作では主演だった竹中直人ですが、本作ではあくまで脇役に徹していました。
彩乃と篠田が「飼育」と呼ばれる劇の猛特訓をしている頃、劇場の片隅でイチャイチャといちゃつくのは劇団関係者2人。
懐中電灯で不審者がいないか見回りにきた竹中扮する警備員が2人の密会を見つけて、「本当にいた!」と驚く場面では、思わず吹き出します。
その後、捉えた2人を前に嫉妬半分妬み半分で、自分の若い頃の話を始める竹中警備員は、憎めない良きオジサンでした。
本作が、エロだけで終わらず、どこか温かな人情を感じるのは、篠田の狙いが亡き婚約者の敵討ちにあることでしょうが、竹中直人の存在も要因の一つかもしれません。
まとめ
1999年から続く「完全なる飼育」シリーズ。原作は、1965年に起きた実在の誘拐事件・女子高生籠の鳥事件を基に書かれた松田美智子の小説『女子高校生誘拐飼育事件』(幻冬舎)です。
第1作『完全なる飼育』(1999)、第2作『完全なる飼育 愛の40日』(2001)、第3作『完全なる飼育 香港情』(2002)、第4作『完全なる飼育 秘密の地下室』(2003)、第5作『完全なる飼育 女理髪師の恋』(2003)、第6作『完全なる飼育 赤い殺意』(2004)、第7作『完全なる飼育 メイド、for you』(2009)第8作『TAP 完全なる飼育』(2013)。そして本作『完全なる飼育ètude』と続いています。
第8作『TAP 完全なる飼育』以来7年ぶりとなる本作は、劇中の舞台の中で繰り広げられる“飼育”と、その舞台に挑む若手俳優を演出家が稽古という名で「飼育」をするという、二重構造となっています。
演出家という仕事にかける炎のような彩乃の執念が、男女間の秘め事をも魅惑的に映し出し、一味ちがった「完全なる飼育」を成しました。
“孤独な少女と中年男との歪んだ純愛”をテーマに描いてきたこれまでの作品とは、ここが大きく違うところです。
本作はオール台湾ロケ。台湾ならではの雰囲気が、男女間のサディスティックな世界感をより一層際立たせているのでしょう。