連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第3回
世界の配信映画ユーザーが待ち望むのが、まだ見ぬホラー映画の数々。
その期待に充分応えた作品が、ホラー映画大国のスペインから登場しました。
『ボイス 深淵からの囁き』は何かが潜み住人に迫る、いわくつきの館を舞台にした恐怖を描きます。
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CONTENTS
映画『ボイス 深淵からの囁き』の作品情報
【公開】
2020年(スペイン映画)
【原題】
Voces / Don’t Listen
【監督・脚本】
アンヘル・ゴメス・エルナンデス
【出演】
ロドルフォ・サンチョ、アナ・フェルナンデス、ラモン・バレラ、ベレン・ファブラ、ネレア・バロス
【作品概要】
新たな家に移り住んだ家族が、突然悲劇に見舞われます。その直後から残された住人に、助けを求める声が聞こえるようになりました。
アレハンドロ・アメナーバル監督の『アザーズ』(2001)や、ジャウマ・バラゲロ監督の『ダークネス』(2002)以来、スパニッシュホラーが得意とする館を舞台にしたホラー映画です。
監督・脚本はアンヘル・ゴメス・エルナンデス。短編ホラー系映画を撮り続け、『Behind』(2016) でC-FEMムルシア・ヨーロッパ・ファンタスティック映画祭などで最優秀短編映画賞を受賞した彼の、初の長編作品です。
主演は『悪人に平穏なし』(2011)に出演し、スペインのドラマで幅広く活躍するロドルフォ・サンチョ。
『誰もがそれを知っている』(2018)に出演するなど、スペインで100本以上の映画に出演しているラモン・バレラと、『マシューランド』(2014)でゴヤ賞新人女優賞を獲得した、ネレア・バロスが共演しています。
映画『ボイス 深淵からの囁き』のあらすじとネタバレ
とある古い邸宅に住む少年エリックの元に、精神分析医のキャロルが面会に訪れます。
あなたのような子供を助けに来たと言うキャロルに、僕のような少年が他にもいるの、と答えたエリック。
彼女は少年が眠れない原因は、引っ越しで環境が変わった影響だと考えていました。
エリックは何者かの囁き声が聞こえて眠れない、その声は絵を描いてなどと語ると説明します。
今も声は聞こえる、その声が語る内容は話せない、と言い黙り込むエリック。
キャロルは両親に、エリックの不眠の原因は豊かな想像力で、引っ越しが影響を与えたと告げました。
彼女が車に乗り立ち去る時、エリックの持つトランシーバーからノイズが聞こえ、彼の部屋から蠅が飛び立ちます。
林の中を走るキャロルの車のラジオから、ノイズ音が流れ始めました。
彼女の耳の穴に蠅が忍び込むと、車は加速し、フロントガラスを何かが貫きます。
その頃自室で、先端が血に染まった木の枝を描き終えたエリック。
キャロルはガラスを突き破った木の枝に、顔面を貫かれました。その耳の穴から、蠅が飛び去ります。
エリックの父ダニエル(ロドルフォ・サンチョ)は、古い家の改修を生業にしていました。現在補修作業中の邸宅に家族で住み、作業に当たっていました。
壁のひび割れから、無数の蠅が現れたと気付くダニエル。そこにエリックがトランシーバーで語りかけてきます。
息子のためにプールに落ちたボールを拾うダニエル。父子をサラ(ベレン・ファブラ)が呼びました。
入浴中のエリックは、設置されたボイスモニターから流れた声に気付きます。それは「憎んでる」と聞こえます。
母のサラがやって来ると、声は消えました。エリックの腕に引っかき傷があると気付く母。
エリックは父が自分を憎んでいて、無線で話してきたのと尋ねます。むろん母はそれを信じません。
テレビで心霊研究家ヘルマン・ドミンゴ(ラモン・バレラ)の番組を見ていたダニエル。
ヘルマンはEVP(電子音声現象、電子機器で霊と交信する現象)について話します。彼は壮絶な苦しみから声は生まれる、と解説します。
しかし本物のEVPは、僅かな数しか確認していないと言葉を続けたヘルマン。
テレビを見ていたダニエルに、エリックを叱ったかと確認するサラ。ダニエルは否定しますが、夫婦はエリックを心配していました。
エリックが自分に腹を立てるのは、共にいる時間が無いからだ、と語るダニエル。もっと親子の時間を増やそうと提案します。
その夜庭のプールの扉が開き、風で音を立てていると気付いたダニエル。扉を閉めて戻った彼は、トランシーバーの音に気付きます。
それを手に取り、息子が誰かと会話していると気付いたダニエル。
エリックの部屋の中で様々な電気で動く機器やおもちゃが誤作動を起こし、蠅の羽音が聞こえていました。
ビニールシートの向こう側の、何者かの気配に気付いたエリックはベットの中に飛び込みます。
現れた父の姿にパニックを起こしたエリックを、サラが抱いて落ち着かせました。
翌日エリックは学校で隠れて授業をさぼり、校長に噛みつく騒ぎを起こし退学処分になります。キャロル先生に来てもらうと言うサラに、彼女は死んだと告げるエリック。
驚く両親に、精神分析医の死は声が教えてくれたと言うエリック。ダニエルが連絡すると、確かにキャロル医師は事故で亡くなっていました。
エリックに昨晩トランシーバーで誰かと話していたか、と尋ねるダニエル。息子は父と話したと説明しますが、そんな事実はありません。
自分は頭がおかしいの、と尋ねたエリックはこの家は嫌いと訴えます。しかし改修工事を終え、売却するまでは引っ越せないと語るダニエル。
その夜エリックは、トランシーバーの声に従い何かの絵を描き、どこかへと向かいます。部屋には何か気配がありました。
夫妻は異常に気付きます。そしてダニエルは、ブールに浮かぶエリックの姿を見つけます。
エリックの埋葬を終え、絶望に沈む夫婦。サラは家にいることが耐えられず実家に帰りますが、1人残り工事を続けると決めたダニエル。
全財産をつぎ込んだ家の改修工事を済ませ、売却するしか道はありません。その夜息子の思い出に耽っていたダニエルは、物音に気付きます。
翌朝、サラからの電話で目覚めるダニエル。彼が妻の留守電に入れたメッセージは、聞き取れない奇妙なものだと告げられました。
妻に送ったメッセージの背後に、助けを求めるエリックの声を確認したダニエル。
ヘルマン・ドミンゴの著作のサイン会に訪れたダニエルは、EVPに関する記述が真実か尋ねます。
真実だと告げたヘルマンに、死んだ息子の声を録音したと彼は訴えました。
録音内容を確認したヘルマンは、助手でもある娘のルース(アナ・フェルナンデス)と共にダニエル宅に向かいます。
ヘルマンとルースを迎え入れ、死んだ息子はトランシーバーで誰かと話していたと説明するダニエル。
息子の声は助けを求めていたと言うダニエルに、真実は知らない方が良いかもしれない。あの世は我々が思うものではない、とヘルマンは説明します。
エリックの死因を聞かれ、警察は事故死と判断しましたが、息子は泳げるし1人でプールには行かないと答えたダニエル。
ルースはエリックの部屋に各種の機器を設置します。彼女は父の助手を務めるものの、死者の声の存在に否定的でした。
早速調査を開始するヘルマン。ルースはエリックの部屋に、熱感知カメラにしか映らない人影を確認します。
ヘルマンは2階から聞こえる奇妙な音をマイクで拾います。彼がエリックの部屋に入ると、娘からの無線は途切れがちになりました。
マイクを通してしか聞こえない音を確認したヘルマン。そこに彼の前に何かいると警告する、ルースの声が聞こえてきます。
肉眼では何も見えませんが、熱感知カメラはヘルマンの前に立つ何者かの姿を捉えていました。
突如ノイズに襲われたヘルマン。実体の無い何かの姿をルースは記録していました。ダニエルにも映像を見せ、間違いなく超常現象が起きていると告げるヘルマン。
その夜、悪夢で目覚めたヘルマンは声に誘われ歩きます。その先に若くして死んだ妻ソフィア(ネレア・バロス)の姿がありました。
この時を待ちわびたと言う妻に、私もだと答えるヘルマン。するとソフィアは、包丁でヘルマンの手首を切り裂きます。
死を恐れないでと言い、夫の腕を傷つけるソフィア。ヘルマンは娘ルースの声で我に返ります。彼は自らの手で、自分の手首を傷付けていました。
その夜、実家に戻ったサラのスマホに電話がかかります。それは亡きエリックからのものでした。
エリックの声は助けに来てと訴えます。パパが連れてきた男の人が僕を傷付ける、僕はベットの下に隠れていると訴えます。
映画『ボイス 深淵からの囁き』の感想と評価
今も世界を席巻するスパニッシュホラー
90年代後半から始まった”Jホラー”ブームの後を追うように、2000年頃から世界を席巻した“スパニッシュホラー”ブーム。
それはスペイン語圏・ラテン文化圏の各国に広まり、メキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督らを巻き込み、今も様々なホラー映画を生む土壌を作りました。
大まかに”スパニッシュホラー”を紹介すると、屋敷や集落など閉ざされた空間で、光と闇を駆使して身近に潜む魔を描き、人の哀しみを情感を込めて物語った作品が多いと言えるでしょう。
もちろんこれ以外の傾向の作品もありますが、視覚的にも物語的にも日本の怪談的な作品が多く、我々にも親しみやすい、数々のホラー映画を生んできました。
しかし”スパニッシュホラー”は遥か以前にも、1度ブームを巻き起こしています。
悪趣味スパニッシュホラーの設定が蘇る
1960年代になると世界各国で今までにない刺激的な映画、暴力や性描写などを売りにした、後にポルノグラフィに発展する映画が登場します。
その時代から80年代まで精力的に活躍したジェス・フランコ監督の作品を中心とする、拷問や猟奇趣味を全面に打ち出した悪趣味映画の数々のスペイン映画が登場します。
同時期にイタリアで生まれた同様の作品と含め、”ユーロ・トラッシュ・ムービー”として映画史に名を刻む作品たちです。
スペインと言えば、長らく異端審問が行われた歴史があります。その残酷性は過大に伝承されたきらいもありますが、正式に廃止されたのは1834年でした。
本作に「この家は300年前、魔女を裁く異端審問の裁判所だった」とのセリフが登場しますが、決して荒唐無稽のウソ設定、という訳ではありません。
そんなスペインで生まれた、ジェス・フランコの古城で人を拷問にかける残酷映画は、さすが異端審問が行われた国だ、とホラー映画ファンを妙に納得させたものです。
『ボイス 深淵からの囁き』は舞台が古城ではないものの、古い館と魔女裁判の設定が”ユーロ・トラッシュ・ムービー”の香りを漂わせる作品です。
しかしそれらの作品の様に、悪趣味な残酷描写を売りにした作品ではありません。雰囲気も恐怖表現も、現在の”スパニッシュホラー”の手法で描かれました。
ゆえに闇の中に何かがいる、という恐怖表現が見事。驚かす演出は嫌だ、という人には地獄でしょうが、それをビックリ箱のように楽しめる方にはたまらないでしょう。
残酷描写は控えめですが、油断は禁物。暗闇や見えないものの向こう側が、実に怖い作品です。
まとめ
スペインホラー映画の集大成、といった感のある映画『ボイス 深淵からの囁き』。家に潜む邪悪が人々の運命を狂わせますが、少年に絵を描かせた存在は、果たして何者でしょうか。
同時に本作は魔女映画でもあります。魔女の呪いが建物にいる者に理不尽に襲い掛かる設定は、中でも『ジェーン・ドウの解剖』(2016)に近いでしょうか。
心霊現象に対し科学的に挑み対決するスタイルのホラー映画は、古くは『ヘルハウス』(1973)、最近では『オキュラス 怨霊鏡』(2014)を挙げることができます。
また呪われた屋敷と知りながら、様々な事情で離れることが出来ない住人の姿は、『悪魔の棲む家』(1979)の流れをくむもので、その系譜に『事故物件 恐い間取り』(2020)を入れても良いかもしれません。
また”Jホラー”に似た性格を持つ”スパニッシュホラー”だけに、本作に『呪怨』(2000)シリーズや、『残穢 住んではいけない部屋』(2016)と同じ不気味さと救いの無さ感じるでしょう。
多くのホラー映画のタイトルを列挙しましたが、本作は「館もの」ホラー映画の面白い部分を、全て詰め込んだ作品とも言えます。
それだけに本作は、間違いなくホラー映画ファンを満足させるでしょう。
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