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リム・カーワイ映画『どこでもない、ここしかない』感想レビュー。シネマ・ドリフターの暖かな視点|銀幕の月光遊戯6

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第6回

こんにちは、西川ちょりです。

今回取り上げる作品は、11月3日(土・祝)より16日(金)まで池袋シネマ・ロサにて2週間限定レイトショー上映されるのを皮切りに全国順次ロードショーが予定されているリム・カーワイ監督の『どこでもない、ここしかない』です。

世界中を旅しながら映画を撮る“シネマ・ドリフター”の異名を持つリム・カーワイ監督が今回選んだ舞台はバルカン半島。現地で知り合った人々と即興で作り上げた異色のドラマが展開します。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

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映画『どこでもない、ここしかない』のあらすじ


(C)cinema drifters

スロベニアの首都、リュブリャナでゲストハウスとアパートを経営しているトルコ系マイノリティのフェルディとその妻ヌーダン。

マケドニアのマトカ渓谷で出逢い、結ばれた二人でしたが、スロベニアの観光と不動産ブームで大金を稼いだフェルディは、宿泊客や観光客を口説いては女遊びにうつつを抜かしていました。

帰宅の遅いことを咎められると、彼は不機嫌になって、黙り込んでしまいます。

ヌーダンは話し合いを求めますが、フェルディは応じようとしません。挙句の果てに妻に出ていくように怒鳴る始末です。翌朝、彼が目覚めると妻は本当に家を出ていってしまいました。

フェルディは今更ながらにヌーダンの大切さに気付き、マケドニア・ゴスティヴァルの妻の実家へと車を走らせます。

しかし、妻の家族からは妻はイスタンブールに行ったと聞かされるのでした。

果たしてフェルディはヌーダンと再会し、彼女の心を取り戻すことが出来るのでしょうか・・・。

リム・カーワイ監督とは

マレーシアのクアラルンプール出身。1993年に日本に留学。1998年、大阪大学基礎工学部電気工学科卒業。東京の外資系通信会社で六年間エンジニアとして勤めながら、毎日のように映画を鑑賞する日々を送った後、映画監督を志し、北京電影学院の監督コースに入学します。

卒業後、北京で『アフター・オール・ディーズ・イヤーズ』(2009)を自主制作し、長編デビューを果たしました。

前半のモノクロパートと後半のカラーパートでがらりと作風が変わりますが、同じシーン、同じ音が随所に現れ、2つのパートはねじれ交錯していきます。どこまでも続くかのように思えるラストシーンは強烈な印象を残しました

その後、香港のリゾート地を舞台にした『マジック&ロス』(2010)、北京と大阪をオールロケした『新世界の夜明け』(2011)、大阪の魅力をたっぷり描いた『恋するミナミ』(2013)を監督。

アイリーン・ワン(温碧霞)、パトリック・タム(譚耀文)を主演に迎えた『愛在深秋』(2016)は、中国全土で一般公開されました。

これまで東アジアで映画を撮ってきたリム・カーワイ監督が初めてバルカン半島を舞台にして撮ったのが本作『どこでもない、ここしかない』です。

2018年夏には、再度バルカン半島へ渡り、セルビア、クロアチア、モンテネグロで『Somewhen, Somewhere』を監督。軽々と国境を超え、国籍にとらわれず映画を撮る制作姿勢から“シネマ・ドリフター”と称されています。現在、待望の大阪3部作の3作目『Come and Go』を準備中。

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映画『どこでもない、ここしかない』の感想と評価

舞台はバルカン半島


(C)cinema drifters

“シネマ・ドリフター”という異名を持つリム・カーワイ監督が今回選んだ舞台はバルカン半島です。

バルカン半島は、イタリア半島の海をはさんだ東側にあたる地域で、旧ユーゴスラビアの国々、スロベニア、クロアチア、マケドニアなどの小国が多数存在、かつてはヨーロッパの火薬庫と呼ばれ、第一次大戦勃発の地となった場所です。

冒頭、マケドニアのマトカ渓谷の美しい風景の中、いくつかのカットを重ねることで一組の男女の出逢いが描かれます。ユーモアも感じられる洒落た幕開けです。

男女別々に行われる披露宴など、その地域特有の風習が生き生きと描かれる一方、日々の営み、とりわけ人々が仕事をする姿が粛々と描写され、人々の静かな息遣いが感じられます。

2年前、リム監督が東欧を旅した際、出会ったのがスロベニアでゲストハウスを経営するフェルディ・ルッビジ氏とその妻、ヌーダンさんでした。同地を気に入ったリム監督は、翌年、日本人スタッフを引き連れ再訪。彼らを主役に即興で撮影したのが本作です。

即興演出の面白さ


(C)cinema drifters

即興といえば、リム監督が香港のリゾート地を舞台に撮った『マジック&ロス』(2010)が思い出されます。

女優兼プロデューサーの杉野希妃とタックを組み、韓国映画『息もできない』のヤン・イクチュンとキム・コッピを迎えて撮られたこの作品は、ツーリストの女性二人が不思議な体験をする一種の怪奇譚の様相を呈しながら、人間の本質を鋭く観察した傑作ですが、全編即興で撮影されました。

ただ、こちらはキム・コッピと杉野希妃というプロの女優が演じていたのに対し、『どこでもない、ここしかない』ではプロではない普通の人々が演じています。そのことに軽い驚きを覚えずにはいられません。

ヌーダン氏がヌーダン氏を演じているわけですが、現実とフィクションが交錯するような目眩を一瞬感じつつ、いつしか物語に深く入り込んでいました。即興演出のマジックにかかったような不思議な思いと、確かなリアリズムを同時に目撃したような感覚を覚えました。。

漂流者の眼差し


(C)cinema drifters

リム・カーワイ監督の2011年の作品『新世界の夜明け』は、大阪の新世界を舞台にしたユーモア溢れる人情劇ですが、同時に日本と中国の社会状況をいち早く私たちに提示してみせた作品でした。

あれから数年たち、2つの国の“今”を思うとリム監督の視点の確かさに瞠目せずにはいられません。国境を軽々と超えて活動しているリム監督だからこそ、偏見や既成概念などの“しがらみ”にとらわれず、冷静で誠実な視点が持てるのではないでしょうか。

本作も 一組の男女の恋愛事情と、いくつもの国を横断する彼らの姿を描きながら、トルコ系マイノリティの実像を浮かび上がらせていきます。時代を切り取る鋭い目と、全ての人々に注がれる優しい眼差しは健在です。

と同時に、仲間との絆や男女の微妙な心理のすれ違いなど、普遍的な要素も多く、身近な問題として観ることができるでしょう。

また、スロベニア、マケドニア、クロアチアの美しい景色には思わず息を飲むことでしょう。

シネマ・ドリフターという「漂流者」としての視点だからこそ見えてくる傑作がまた一本生み出されました!

まとめ


(C)cinema drifters

『どこでもない、ここしかない』は、11月3日(土・祝)より16日(金)まで池袋シネマ・ロサにて2週間限定レイトショー上映されるのを皮切りに、12月8日(土)からは大阪、シネ・ヌーヴォでの上映が決まっています。その後も順次全国公開される予定です。

リム・カーワイ監督作品上映時には、監督の舞台挨拶や、多くのゲストとのトークが行われることが多く、池袋シネマ・ロサでの上映でも全夜、豪華ゲストとのトークイベントの開催が予定されています。

詳しい情報はオフィシャルHP、またはfacebookをチェックしてみてください!

次回の銀幕の月光遊戯は…

次回の銀幕の月光遊戯は、10月20日(土)より公開される日本映画『ごっこ』をご紹介いたします。

お楽しみに。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

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