朝がくれば白鳥に戻ってしまう。
呪いをかけられた悲しいお姫様たちの物語。
トランスジェンダーで女性として生きる凪沙(なぎさ)と、母親に育児放棄された少女一果(いちか)の、血のつながりを超えた親子愛を描いた映画『ミッドナイトスワン』。
生きづらい世界で孤独な2人が出会い、頼りなくも身を寄せ合い、懸命に幸せを掴もうともがく姿に心揺さぶられる作品。
凪沙を演じる草彅剛と、一果を演じる14歳の新人・服部樹咲の演技力が、公開まもなくすでに話題となっています。
心が伴わない体を持つ苦しみ、愛を知らず自分の体を傷つける痛み、目を逸らしたくなるような暗闇の中で見つけた一筋の光とは。映画『ミッドナイトスワン』を紹介します。
映画『ミッドナイトスワン』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
内田英治
【キャスト】
草彅剛、服部樹咲、田中俊介、吉村界人、真田怜臣、上野鈴華、佐藤江梨子、平山祐介、根岸季衣、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖
【作品概要】
トランスジェンダーの主人公と、親の愛情を知らない少女の絆を描いた映画『ミッドナイトスワン』。
元アイドルの草彅剛がトランスジェンダーの凪沙を熱演。バレリーナを夢見る少女一果役には、新人・服部樹咲がオーディションにより選ばれました。
監督は、映画『下衆の愛』『獣道』、NETFLIX『全裸監督』など、大胆な性描写や暴力、社会問題を真っ向から映し出す内田英治監督。
他の共演者には、水川あさみ、田口トモロヲ、真飛聖など安定感あるベテラン俳優が勢揃い。そして、こちらも気鋭の新人となる上野鈴華の演技にも注目です。
映画『ミッドナイトスワン』のあらすじとネタバレ
新宿のニューハーフショークラブ「スイートピー」の楽屋では、バレリーナの衣装に身を包んだキャスト達が、お化粧に恋バナにと忙しそうです。
「男に消化されたら負けよ、うちらみたいなのは」。そうアドバイスするのは、トランスジェンダーの凪沙(なぎさ)です。
皆は揃いの赤いトゥシューズを履きステージへと上がります。「白鳥の湖」のコール・ド・バレエの一糸乱れぬ動きと踊り、とは言えませんが煌びやかステージが幕を開けました。
その頃、凪沙の故郷でもある広島のスナックでは、従妹の早織が酔っ払いぶっ倒れていました。
早織の娘・一果(いちか)が迎えにきます。「なんや、あんたのために働いとるんで!」。一果を殴る早織。
「ごめんな、ちゃんとしようと思おてもダメなんよ」。一果は、やり場のない感情を自分の腕を噛むことで耐えていました。
凪沙のもとに実家の母から電話が来たのはそんな時でした。早織が育児放棄になり、少しの間、一果の面倒を見て欲しいという内容でした。
田舎の親には、東京で女性として生きていることを打ち明けていない凪沙は、しぶしぶ一果を受け入れることにしました。
新宿駅で顔を合わせた凪沙と一果。互いに第一印象は最悪でした。親戚のおじさんが迎えに来ると思っていた一果の前に現れたのは、女装した男の人?。無表情で何もしゃべらない一果に、「子供は嫌い」と凪沙はイライラをぶつけます。
それでも一果の新しい学校へ転入手続きに出向く凪沙。案外、面倒見が良い性格のようです。
学校では凪沙の恰好をみた男子生徒が、「あれってお前の父さん?いや、母さんだったりして」と、一果をからかいにやってきます。一果は何も言わず、イスを投げつけました。
転校早々、問題を起こした一果のおかげで、凪沙は学校から呼び出しをくらいます。理由も聞かず怒る凪沙に、一果は心を閉ざしたままです。
そんなある日、一果は学校の帰り道でバレエ教室を見つけます。凪沙の部屋で舞台衣装のチュチュをこっそり身に付けていた一果は、バレエに興味を抱いていました。
バレエの先生・実花に声をかけられた一果は、一度逃げ帰りますが、どうしてもやりたい気持ちを抑えることが出来ず、体験レッスンに飛び込みます。
バレエを続けるにはお金が必要なことは、一果も知っていました。諦めかけていた時、同級生の桑田りんが一果を家に招きます。りんは、バレエ教室の生徒でもありました。
裕福な家庭で育ったりんは、バレエ経験者である母の期待を受け、何一つ不自由のない暮らしをしていました。
りんは、お金がなくてバレエを続けられないと言う一果に、バレエの練習用レオタードやトゥシューズなど自分のお下がりをあげ、割の良いバイトも紹介してくれました。
バレエに夢中でのめり込む一果は、先生も驚くほどにめきめきと上達していきます。あわせて立ち振る舞いや顔つきも変化し、笑顔と口数が増えたようです。
ある晩、凪沙がひどく汗ばみ苦しそうに帰ってきました。驚く一果を前に、凪沙は薬を飲み込み「泣けばだいたい治まるわ。なんで私だけ、なんで、なんで……」と泣き続けました。凪沙の生きる辛さを目の当たりにした一果は、公園でひとりバレエを踊ります。
一果のバレエの才能に気付いた実花先生は、指導にも力が入ります。一果中心のレッスンに生徒たちからの不満がつのり、りんは嫉妬を覚えます。
事件が起こったのはそんな時でした。警察に呼び出された凪沙は、一果が違法のバイトをしていたことを知ります。りんに紹介されたバイト先は、お金をもらって写真を撮られるという違法なお店でした。
さらに、りんは一果に、バレエコンテストに出場するためにもっとお金を稼ぐ必要があると言い、危険な撮影をすすめていました。個室での撮影に身の危険を感じた一果は、大声で叫び出します。
バレエのこと、バイトのことを何も聞かされていないと怒る凪沙に、「もういい」と言い残し逃げ帰る一果。
「めんどくさっ」と言いつつも後を追いかけた凪沙は、泣きながら自分の腕に噛みつく一果を見つけます。
とっさに後ろから強く抱きしめる凪沙。「もっと自分を大切にし、うちらみたいなんは、ずっとひとりで生きて行かなきゃいけんけえ、強うならんといかんで」。
一果の体からひしひしと伝わってくる心の痛みを、凪沙は誰よりも理解していました。その日、凪沙は一果を自分の店に連れていきます。
ニューハーフショーのステージで、バレエの衣装に身を包み「白鳥の湖」を踊る凪沙たちの姿に、一果の目は釘付けです。
しかしステージの途中で、タチの悪い客がヤジを飛ばしてきたことで、店は乱闘になってしまいます。
その中で、ステージにひとり立つ一果。まるで音楽が流れているかのように、バレエを踊り出します。気付くと、軽やかで可憐な一果の踊りに、誰もが惹き込まれていました。
先生が言っていたことは本当でした。一果の才能に凪沙は驚かされます。衣装で使った白鳥の頭飾りを一果にあげる凪沙。
この子にバレエを習わせてあげたい。凪沙はそう決意するのでした。
映画『ミッドナイトスワン』の感想と評価
元アイドルの草彅剛が、トランスジェンダーの凪沙を演じることで話題となった映画『ミッドナイトスワン』。
映画は、草彅剛の存在感と合わせて、一果を演じる14歳の新人・服部樹咲の堂々とした演技にも注目です。
トランスジェンダーとして幼い頃から心が伴わない体を持つ苦しみ、愛を知らず自分の体を傷つける少女、目を逸らしたくなるような負の連鎖が続きます。
それでも、暗闇の中で見つけた光が輝きを増し、誰かのために生きる喜びを感じた時、生きる意味を見つけ前へ進む2人。
凪沙と一果の関係は、無償の愛とは血の繋がりばかりではないのだと教えてくれます。
また、そんな危げな凪沙と一果の生きる世界が、映像美にも反映されていて惹き込まれます。儚くも煌めく夜の街・新宿。手足の先までも命が宿るバレエの神聖さ。人間の欲と天使の無垢さが相反しイケないものを見ているかのような錯覚に陥ります。
映画のタイトル『ミッドナイトスワン』は、クラシックバレエの定番「白鳥の湖」を連想させます。呪いで白鳥にされ、夜にしか人間の姿に戻れないオデット姫の物語は、日陰を生きて行くしかなかった凪沙の人生と重なります。
映画のワンシーン、夜の公園でじゃれ合いバレエを踊る凪沙と一果の前に、現れる老人の言葉が印象的です。
「踊りが上手だね、お姫様たち。しかし、朝がくれば白鳥に戻ってしまう。なんとも、悲しいことだ」。朝が来ても、本当の自分で幸せに生きられる凪沙と一果の姿を願わずにはいられません。
現代では、LGBTという言葉も一般的で、性の多様性を認めようと活動も増えていますが、実際に理解出来ている人はどのくらいいるのでしょうか。
映画の中では、凪沙が女性の恰好で就職面接を受けるシーンがあり、面接官が「この会社はLGBTにも理解があります。流行ってますよね。大変ですね。私も勉強してるんですよ」と、口先だけの対応をみせます。その対応にドキリとさせられました。
今回、草彅剛が演じた凪沙は、トランスジェンダーです。物心ついた時には女性の心で、海へ行った時、「何で自分はスクール水着ではないのか」と疑問を持ったエピソードがあります。
身体の性と心の性が一致しないことで、体の性に違和感を持ち続け、外的手術を望むトランスセクシュアルです。映画ではホルモン注射や性適合手術についても細やかに描かれています。
そして、やはり草彅剛という俳優に触れなくてはなりません。ロングヘアーを上手に触って、長い手足を生かし踊り、凛とした歩き方を見せたかと思うと、本当に醜い泣き顔や、目を背けたくなるような衰退ぶりを振り切った演技で見せてくれます。
草彅剛になのか、性別は関係ない凪沙という人物になのか、とにかくひどく没頭させられます。草彅剛の憑依型演技、必見です。
まとめ
トランスジェンダーの主人公と、親の愛情を知らない少女との疑似親子的な愛を描いた映画『ミッドナイトスワン』を紹介しました。
日陰を歩いてきた孤独なトランスジェンダーが、夢を追う少女の母親になりたいと願った時。厳しい現実の中で、掴みかけた幸せの行方は・・・。
誰かのために生きるということ、無償の愛の美しさを感じる映画『ミッドナイトスワン』。生きづらさを感じた時におススメの映画です。