「なんで弱いやつだけ損せなあかんねん!傷つくだけのために生まれてきたのとちゃうやん!」
映画『ソワレ』が2020年8月28日(金)より、全国順次公開されています。
『燦燦 さんさん』、『わさび』などの外山文治が、和歌山を舞台に村上虹郎と芋生悠演じる若い男女の切ない逃避行を描いたヒューマンドラマです。
豊原功補、小泉今日子、外山監督らで立ち上げた映画制作会社・新世界合同会社の第1回プロデュース作品としても注目されています。
映画『ソワレ』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
外山文治
【キャスト】
村上虹郎、芋生悠、岡部たかし、康すおん、塚原大助、花王おさむ、田川可奈美、江口のりこ、石橋けい、山本浩司
【作品概要】
『燦燦 さんさん』、『わさび』などの外山文治が、和歌山を舞台に描いたヒューマンドラマ。逃避行する若い男女に村上虹郎と芋生悠が扮している。
豊原功補、小泉今日子、外山監督らで立ち上げた映画制作会社・新世界合同会社の第1回プロデュース作品。
映画『ソワレ』あらすじとネタバレ
翔太は俳優を目指して上京しましたが、芽が出ず、今ではオレオレ詐欺に加担して、食い扶持を稼ぐ自堕落な日々を送っていました。
劇団の稽古でも翔太ひとりだけが台詞を覚えてこなかったため、演出家から厳しい言葉をかけられるありさまです。
ある夏、翔太は故郷の和歌山にある高齢者施設で演劇を教えることになり、劇団の仲間と共に施設を訪れました。
その施設ではタカラという少女が働いていました。タカラは口数が少なく、黙々と仕事をこなしていました。怖い顔をして寝ている老人に「笑えないときはこうやって笑うんよ」と口元に指をやってタカラは微笑みました。
翔太たちは和歌山県に伝わる『安珍・清姫伝説』を題材にした物語を上演するために、入居者の老人に熱心に指導していましたが、突然、入居者のひとりが倒れ、息をひきとるのを見て、動揺します。
タカラは、刑務所に入っている父親が出所するという知らせを受け、不安にさいなまれていました。通知に記された罪状は「婦女暴行」とありました。
そんな中、タカラが世話している老人が急に彼女に手を伸ばしてきました。驚いたタカラは悲鳴を上げ、部屋を飛び出します。その間に、老人は部屋を抜け出し、行方がわからなくなってしまいました。
老人はみつかりましたが、老人はタカラを激しく拒みます。施設の別の職員があっさり、老人を説得するのを見て、タカラは落ち込みます。
その様子を観ていたひとりの女性劇団員が、祭りに行こうとタカラを誘います。
仲間から迎えに行くようにと言われた翔太は、タカラの部屋の窓が突然割れてガラスの破片が飛び散り驚きます。あわてて部屋に入ってみると、刑務所帰りの父親から暴行を受けるタカラの姿がありました。
翔太は男にとびついて引き剥がすと、タカラに向かって「逃げろ!」と叫びますが、タカラは動けずにいました。
タカラの父親が翔太を攻撃しだした時、タカラがそこに飛び込んできます。彼女の手には大きな裁縫鋏が握られており、父親は腹から血を流して苦しみ始めました。
あわてて救急車を呼ぼうとする翔太の行為をやめさせるタカラ。「俺が証言するから、本当のことを言ったらいい。君は悪くない」という翔太にタカラは「もう何度も話した。大勢の前で何度も何度も」と言い、「うち、ずっとお父ちゃんにひどいことされてきたんよ。なんで私だけこんなひどい目にあわんとあかんの?」と叫びました。
その言葉を聞いた瞬間、翔太はタカラの手を取り、部屋を飛び出し、2人は真夏の風景の中を走り出しました。
翔太は駅で時間待ちをしていた列車に飛び乗りますが、タカラはドアの前で躊躇します。
「自首してくる。翔太くんに迷惑はかけられない」というタカラに翔太は「なんで弱いやつだけ損せなあかんねん!傷つくだけのために生まれてきたのとちゃうやん!」と叫びました。
タカラは意を決したように電車に飛び乗り、ふたりの逃避行が始まりました。
逃げ切るのは無理というタカラに翔太は「絶対逃げたる。俺、かくれんぼ得意やねん」とおどけたように言い、タカラを励ましました。
廃校に入り込もうとする翔太に『学校にはいい思い出がない』というタカラ。「誰かの心にはタカラのことが残っているかもしれないやん」という翔太に「それはない」というタカラ。翔太は「誰かの心に残っておきたいから役者やってる」と言うのでした。
空き家に入り込んだりしながら転々としていた2人でしたが、ついに所持金がなくなり、通りがかった農家に飛び込み「バイトさせてください」と頼みます。
農家の女性が不審そうにふたりをみるのを見て、タカラは咄嗟に「駆け落ちなんです!」と叫んでいました。
懸命に仕事をしたふたりは、農家に泊めてもらいますが、深夜、翔太がその家の金を盗もうとしているところを見つかり、家を飛び出すことになってしまいます。
和歌山市内にやってきた翔太は、ギャンブルで金を増やそうとしますが、負けてしまいます。「負けるって言ったやん」と責めるタカラに「どっちが多く稼げるか勝負しよ」と翔太は言いました。
翔太がパチンコ屋にはいる一方、タカラはスナックに飛び込み、仕事を得ます。客の相手をしながら、タカラは頬に指をあてて微笑んで見せました。
翔太はパチンコに買って、タカラのためにとマニキュアをゲットしますが、待ち合わせ場所のコインランドリーでタカラを待っていると、彼女はほんの少し頬を赤らめて、やってきました。
彼女がバイトしてきたことを知り、翔太は恥ずかしくなって、ゲットしてきた商品を隠します。タカラは「ちゃんと働けてるって言われた。別の人生みたい」とご機嫌でした。
自分の不甲斐なさに直面した翔太は「俺ら、逃げてるんやぞ! 遊びやないねんぞ」と怒鳴ります。
挙げ句に、お前のせいで人生台無しや、どうてくれるねんと口走り、ふたりは決裂してしまいます。
タカラは翔太が戻ってくると信じて待ち続けますが、彼は帰ってきません。自首しようと警察署も訪ねますが、結局何もできずに出てきてしまいます。
県立美術館のすみで眠っていたタカラは、翔太が立っているのに気が付きました。「タカラっていい名前やな」と翔太がいうと「大っきらい!自分が全部嫌い」とタカラは叫んでいました。
「いいな、役者って。いろんな自分になれて。私もなろうかな」とタカラが翔太に向かって言うと、翔太は「なれるで」と応えました。
ふとみると、翔太の姿はありませんでした。しかし、タカラが少し歩くと翔太が再び現れ、ふたりは向かい合って安珍と清姫の台詞を交わしあいました。しかし翔太の姿はまた消えてしまい、タカラだけが残されていました。
橋の欄干に登り、川に飛び込もうとするタカラ。しかし、飛び込めず、橋の上にうずくまってしまいます。そこに誰かが通りかかりました。翔太でした。
「ごめんな、遅くなって」と翔太はタカラに歩み寄り言うのでした。「ほんまはなんもないねん。才能もない、人の心に残るような特別なやつやないねん。人には言えへんこともした。どうしようもないねん。俺かて一人やねん」
2人は堅く抱き合いました。
映画『ソワレ』感想と評価
2020年に観た作品で本作が一番泣かされた作品かもしれません。
地獄のような境遇の中で罪を犯した少女・タカラと、夢も自信も失い人間性すらすり減らしている少年・翔太。孤独な2人の逃避行が切なく、哀しく、そして美しく胸に迫ってきます。
2人がノンストップの逃避行に踏み出すまでには二度、躊躇する場面があります。救急車を呼ぼうとする場面、自首しようと電車に飛び乗るのをためらう場面です。しかし、2人は「憤り」という感情を吐露することにより、結びつきます。
「なんで私だけこんな目にあわんとあかんの!?」「なんで弱い者だけが損せなあかんねん!」社会の中で虐げられ、見捨てられた孤独な者の叫びがストレートに響いてきます。
魂の叫びは、一瞬のうちに2人を連帯させます。2人の精一杯の抵抗の姿は痛々しい一方、、映画の中で何度か映し出される澄んだ水のように清らかで汚れのないものに見えます。
金に困り、2人が別々に金銭の工面に出かける場面では、ギャンブルで金を増やすことしか頭にない翔太に対し、タカラはスナックでバイトして金を稼いで帰ってきます。
ほんのり酒に酔い、大人に認めてもらった嬉しさに頬を染めるタカラが艷やかな表情を見せ、翔太は己の不甲斐なさから声を荒げます。
この時の芋生悠と村上虹郎は、どことなく『洲先パラダイス 赤信号』(1956/川島雄三)の新珠三千代と三橋達也を連想させます。
芋生悠は、実年齢よりも幼いように見えるかと思えば、ふいにおとなびた表情を見せて観るものをドギマギさせます。村上虹郎は三橋達也のように無様に居直ることなどできず、恥ずかしさを隠そうと激昂する少年を演じ見事です。
和歌山県に伝わる『安珍・清姫伝説』が物語に巧みに組み込まれています。夜の和歌山県立近代美術館(黒川紀章設計)のエントランスが、安珍と清姫を浮かび上がらせる幻想的な舞台空間へと変貌します。
しかし、すぐに安珍である翔太は消えてしまい、タカラ一人が残されます。タカラは神も仏にもすがらない代わりに空想の世界の中で、いつか自分が優しくなれる日が来ることを願いながら、なんとか耐えて生き延びてきたのです。
映画はそうした彼女の生き方をなぞるように、魅惑的な幻想シーンを折り込みます。とりわけ、空き家に入り込んだ2人が古いラジオの音楽を聴いているときの、影だけのダンスシーンは甘くて麗しく、息を呑むほどの美しさです。
和歌山県の様々な風景は、常に2人を暖かく迎え入れているような懐の深さを見せます。決して2人を放り出そうとするような荒涼とした街には描かれていません。水は澄んで、田畑は輝き、寂れたように見える路地裏ですら、冷たさを感じさせません。
時々、BGMが止まり、あらゆる音が消える映像がはさまれますが、ラストの村上虹郎のしゃくりあげるような嗚咽のアップに胸が締め付けられる思いです。
誰でも、知らず知らずのうちに誰かの心に残ったり、誰かに影響を与えているのだ、そんな人間というものの存在の不可思議さと可能性を映画は静かに映し出し幕を閉じます。
まとめ
素晴らしいのは芋生悠と村上虹郎だけではありません。全ての出演者がリアルな存在として映画に溶け込んでいます。
農家の夫婦を演じる江口のりこと塚原大助、スナックのママ役の田川可奈美などは実際の農家やスナックのママさんに出演を頼んだかのようなリアリティさで画面に現れます。
また、娘に冷たい言葉を投げつける母親役の石橋けいは、表情も体つきもくたびれつくしてしまった女性として登場し、むきだしの太ももが映し出される際はどきりとさせられます。
非道な父親を演じた山本浩司、高齢者施設の責任者役の康すおんや、逃避行の2人を追う刑事たち、全ての俳優が素晴らしい存在感を醸し出しています。
外山文治監督の繊細な演出とそれに応えた俳優たちの一挙手一投足が、心に深く染み渡ります。