連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第19回
映画『バナナパラダイス』は中国国共内戦時、国民党軍に身を投じ、軍とともに台湾に渡った青年2人が辿る悲喜こもごもの綱渡り人生を描いたヒューマンドラマです。
主演はニウ・チェンザー。監督は『無言の丘』『村と爆弾』のワン・トン。本作と併せてこの三作は「台湾近代史三部作」と言われています。
1989年に製作され、劇場初公開となる『バナナパラダイス』は、「台湾巨匠傑作選 2020」の中のひとつとして、2020年9月19日(土)~11月13日(金)の間、K’s cinema ほか全国順次公開されます。
映画『バナナパラダイス』の作品情報
【日本公開】
2020年(台湾映画)
【原題】
香蕉天堂
【英題】
Banana Paradise
【監督】
ワン・トン(王童)
【脚本】
ワン・シャオディー(王小棣)、ソン・ホン(宋紘)
【キャスト】
ニウ・チェンザー(鈕承澤)、チャン・シー(張世)、ゾン・チンユー(曾慶瑜)、リー・シン(李欽)、ウェン・イン(文英)
【作品概要】
『村と爆弾』『無言の丘』で知られる台湾ニューシネマのワン・トン監督が、大陸から台湾へと渡った男の数奇な人生を通して戦後台湾史を描いたドラマです。
後に『モンガに散る』(2010)などで監督としても活躍するニウ・チェンザーが、身分を偽って他人の人生を必死に生きる主人公メンシュアンを好演しています。日本では、特集上映「台湾巨匠傑作選 2020」(2020年9月19日~、新宿K’s cinemaほか)にて劇場初公開。
映画『バナナパラダイス』のあらすじ
1949年。中国は共産党と国民党との間で内戦がおこっていました。
気の弱い世間知らずの青年メンシュアン(ニウ・チェンザー)は、幼馴染みの兄貴分ダーション(チャン・シー)を頼って、の国民党軍に潜り込んできました。
ダーションとメンシュアンは、バナナを腹いっぱい食べられるパラダイスを夢見て、国民党軍の敗退と共に、寒風吹きすさぶ荒涼たる中国華北から、バナナが実る緑豊かな南国台湾へと辿り着きます。
2人は、部隊の慰安隊員という名目で隊員の慰安イベントの下準備をしたりしていましたが、使用していた偽名から共産党軍のスパイ容疑がかけられ、メンシュアンは命からがら1人で部隊を逃げ出します。
途中、助けを求める女性・ユエシャン(ゾン・チンユー)に出くわし、病気で苦しむ彼女の夫であるリー・チーリンの臨終に立ち会ったメンシュアン。
その後、幼子をかかえ「やっと主人の仕事が見つかったのに」と落ち込むユエシャンと話し、「兄貴のいる田舎に行く途中だ」とメンシュアンは嘘を言います。
兄貴とはもちろん離れ離れになったダーションのこと。
「早くお兄さんのところへ行って」と優しくユエシャンから言われ、本当は逃亡中の身で行くところなどなかったことを思い出し、メンシュアンは泣き出してしまいます。
事情があると察したユエシャンは、メンシュアンに彼女の夫・リーになりすまして仕事に就くことを持ち掛けます。
メンシュアンは、こうして、見ず知らずの男が得た職業と後に残された妻と幼子とを手に入れ、新しい名前で人生を過ごすことになりました。
住居を用意してもらい仕事を始めて、順調に生活を送っていけるように思えたのですが、しばらくすると“噓”がバレそうになります。
仕方なくメンシュアンとユエシャンは、居所がわかったダーションを訪ねて行くことにしました。
映画『バナナパラダイス』の感想と評価
映画『バナナパラダイス』は、南国のパラダイスを夢見て台湾へ流れ着いた青年が、他人になりすまして、その後の人生を歩む姿を描いています。
精一杯生きることの美しさ
寒風吹きさらす中国の華北で厳しい軍隊生活を強いられていた青年には、バナナの実る台湾は、夢のように住みやすい国と描かれたことでしょう。
しかし現実はそんなに甘いものではありません。やっと辿り着いた台湾のバナナ農園の人々は純朴で優しかったのですが、バナナの生産・出荷だけでは家族3人は暮らしていけませんでした。
大学卒のリーの学歴で手に入れた英語の翻訳などの仕事は、メンシュアンにはとても難しいものです。
学力のないことを嘆きつつ、それでもユエシャンと子供を養うメンシュアン。特技を持たない世渡り下手な男ですが、何よりも生きることに誠実でした。
仮地に家を建てて地主ともめ、職場で仕事の不出来を上司に怒られて悔し涙を流しながらも、メンシュアンたちは必死に生きようとしました。
メンシュアンたちの様子をハラハラしながら観ているうちに、生後1年にも満たない子供が、いつの間にか歩き出し、やがて小学校へ通い、大人になっていきます。
時の流れを示す会話も何もないのですが、子供の成長ぶりが描き出されるだけで、“生きている”ことがわかります。
夫婦間のこともさりげなく描かれ、しっかり者のユエシャンに頭があがらない気の弱いメンシュアンにクスリと笑える場面も……。
ラストには意外などんでん返しが用意され、脱走兵として隠れながら生きてきたメンシュアンはもちろん、戦争を体験したユエシャンの過去にホロリとさせられます。
ワン・トン監督が描く台湾の姿
本作を手掛けたワン・トン監督は、メンシュアンと同じように、1949年に中国から台湾へ渡ってきたという過去を持っています。このあたり、主人公のメンシュアンの設定と重なるところです。
台湾へ渡ってきた主人公の半生を描く『バナナパラダイス』は1989年に製作され、ワン・トン監督「台湾近代史三部作」の2作品目として位置づけられます。
1作品目は『村と爆弾』(1987)。第二次世界大戦下にあった日本統治時代の台湾の農村を舞台に、飛来してきた不発弾に振り回される村人を描いたコメディ。
3作品目は、ゴールドラッシュに湧く1920年代の金瓜石(きんかせき)を舞台に、日本人が経営する鉱山で働くことになった貧しい兄弟と、彼らを取り巻く複雑な人間模様を描いた『無言の丘』(1992)です。
『バナナパラダイス』は中国内戦から逃れてきた青年たちの辿る人生を描いていますが、他の2作には日本が出てきます。当時の歴史を紐解いてみると、日本は台湾と親密な関係にあったのです。
複雑な政治事情が絡まる国と国との思惑で、いつも翻弄されるのは人の繋がりを大切に思う国民たち。
監督の幼少期から半世紀以上たち、鮮明に描かれたその頃の台湾の人々の姿は、強烈なインパクトがありました。
これら「台湾近代史三部作」でワン・トン監督は、歴史のうねりの中で、流れに抗うこともままならない弱い立場の人々が、必死に生きようとする姿を描き出していたのです。
『バナナパラダイス』の数奇な運命を辿る主人公も、常に“偽装人生を送っている”という負い目を持ちながら、大地に根をはるバナナの木ように、逞しく生きていると言えるでしょう。
まとめ
1989年に製作され、今回初劇場公開となる台湾映画『バナナパラダイス』。
明るくて緑豊かな南の国のパラダイスというイメージの台湾にもこんな歴史があったとは……。
複雑に入り組んだ歴史の流れを超えて、知られざる台湾社会の一面を見た思いがし、台湾と中国、そして日本との関係も改めて考えさせられます。
本作『バナナパラダイス』は、台湾映画の魅力を伝えきる「台湾巨匠傑作選 2020」の中の一作品として、2020年9月19日(土)~11月13日(金)までK’s cinema ほか全国順次公開予定。
「台湾巨匠傑作選 2020」では、劇場初公開となるワン・トン監督の本作をはじめ、台湾映画の伝道師として活躍する江口洋子のセレクト未公開6作品『停車』『盗命師』『古代ロボットの秘密』『血観音』『天龍一座がゆく』『河豚』も上映されます。
アニメ、ドキュメンタリーからホラー、サスペンスまで幅広く盛りだくさんのラインナップが全部で33本! この機会に、台湾映画の世界にどっぷりつかってみてはいかがでしょう。