Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/07/25
Update

映画『名もなき歌』感想評価とレビュー解説。ペルーのリマに移り住んだ原住民女性に起こった悲劇とは|銀幕の月光遊戯 81

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第81回

実話をベースにしたペルー映画『名もなき歌』が2021年7月31日よりユーロスペース他にて全国順次公開されます。

1988年、政情不安に揺れる南米ペルーを舞台に赤子を奪われた母親と事件を調査する新聞記者の苦悩と葛藤を描いたのは、女性監督メリーナ・レオン。本作で長編映画監督デビューを果たしました。

カンヌ国際映画祭2019監督週間出品を始め、世界各国の映画祭32部門で受賞。アカデミー賞の国際長編映画賞に向けたペルー代表作品にも選出された鮮烈のドラマです。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

スポンサーリンク

映画『名もなき歌』の作品情報


(C)Luxbox-Cancion Sin Nombre

【公開】
2021年公開(ペルー、フランス、アメリカ合作映画)

【原題】
Cancion sin nombre

【監督・脚本】
メリーナ・レオン

【共同脚本】
マイケル・J・ホワイト

【キャスト】
パメラ・メンドーサ・アルピ、トミー・パラッガ、ルシオ・ロハス、マイコル・エルナンデス

【作品概要】
1988年の政情不安に揺れるペルーを舞台に、出産したばかりの赤子を何者かに奪われてしまった女性と、彼女の話を聞き、事件の背後に隠された国家がらみの闇の部分に足を踏み入れる一人の記者の姿を描いています。

監督は本作で長編映画デビューを飾ったメリーナ・レオン。

2019カンヌ国際映画祭・監督週間出品作品。2020年のアカデミー賞では国際長編映画賞・ペルー代表に選ばれました。

映画『名もなき歌』のあらすじ


(C)Luxbox-Cancion Sin Nombre

ペルー南部、中央アンデスに位置する都市、アヤクチョ。先住民の若い夫婦、20 才のへオルヒナ“へオ”と 23 才の夫レオは、家族や親戚たちに見守られる中、歌と踊りで“母なる大地”(パチャママ)を讃える旅立ちの儀式を済ませました。そして、首都リマ近郊の、荒涼たる土地の斜面に建てられたバラックに移り住みます。

妊娠中のへオは、夫が働く市場で仕入れたジャガイモを露店で売り、生計の足しにしていました。ある日、町中で流れるラジオで、ヘオは妊婦に無償医療を提供してくれる産科があることを知ります。

ヘオはバスでリマまで出かけ、産院を受診しました。後日、仕事中に陣痛が始まったヘオは、痛みをこらえながらやっとの思いで産院にたどり着き、無事女の子を出産します。しかし、ヘオは女の子の顔を見ることもなく、一度も抱かせてもらえないまま、一晩、出産台で明かしたのち、また明日来るようにと告げられます。

「娘に合わせて」と何度も叫ぶヘオをふたりの女が無理やり院外へ締め出し、ヘオは追い出されてしまいました。

翌朝、産院を訪れると、ドアは施錠され、何度ノックしてもいくら叫んでも誰も出てきません。産院があった形跡すらありません。

ヘオは夫とともに、警察に向かいますが、有権者番号を持っていない夫婦は、はなから取り合ってもらえず、裁判所に向かうも、徒労に終わり、二人はバラックに帰るしかありませんでした。

レフォルマ新聞社を訪れたヘオは、許可がないと社内には入られないと追い出されそうになりますが、「娘を盗まれた!生後3日の娘が!」と絶叫し、それがメスティーソ(白人と先住民の混血)の記者、ペドロの心を動かします。

ペドロは左翼テロリストたちの事件を担当していましたが、上司からの命でヘオの件を取材することになりました。

ヘオが産院に行くきっかけとなったのがラジオのCMだったことから、ペドロはラジオ局を訪問。一体誰が申し込んだのかと尋ねるペドロに局員は上から圧力がかかっていると言って、最小限の情報だけをペドロに示しました。

ヘオは食堂で知り合った女性から、同じように出産後、赤ん坊を取り上げられた被害者たちがいることを知らされます。

組織的な乳児誘拐事件が起こっているのではないか、と考えたペドロは疑惑の産科を探して周り、ある女に出会いますが・・・。

スポンサーリンク

映画『名もなき歌』の解説と感想


(C)Luxbox-Cancion Sin Nombre

リマ近郊に移り住んだ原住民女性に起こった悲劇

オープニングに1980年代ペルーのアーカイブ映像が流れます。当時、ペルーは、ハイパーインフレーションの発生で深刻な経済危機に陥っていた上に、政府と左翼テロリストの内戦状態が続き政情不安で、深夜は外出を禁止されていました。

継いで、舞台は1988年のアヤクチョへ。若い原住民の2人の夫婦の旅立ちを祝う地元の伝承、儀式が映し出されます。ペルー中央部の高地で生まれたシザー・ダンスは言葉のとおり、はさみを使って音をたてながら他の楽器とともに演奏し踊るという独特のものです。

「シャイニングパス」という左翼テロリストの集団の創設者がアヤクチョ出身ということもあり、この地はテロの被害を被ることが多く、軍との衝突もしばしば起こっていました。おそらく、家族たちは、若い前途ある夫婦をここよりは安心と思われる首都リマ近郊へと送り出すことにしたのでしょう。

しかし、ヘオたちが暮らすのは砂漠のような場所で家もバラック造りのあばら家です。ヘオ夫妻のような人たちは、当然、国家から発行される有権者番号も所有しておらず、それはのちのち、彼女たちに重い問題としてのしかかってきます。国の体制が生んだ最も貧しい人々の代表として、ヘオたちはここに登場してくるのです。

それでも彼女たちは子供が生まれてくることを楽しみにし、いかほどの儲けがあるのだろうと観ていて心配になるほどのじゃがいも売りの仕事も笑顔でこなしています。

しかし、ラジオでたまたま聞きつけた無料を謳う産科のCMが彼女の運命を変えてしまいます。実際にペルーで起こった国際的な乳児誘拐事件がベースになっており、サスペンスフルな展開へと変わっていきますが、メリーナ・レオン監督はヘオに対して、突き放すのではなく、寄り添うような眼差しを向け続けます。

4:3のアスペクト比フレームで展開する映像はモノクロで、ドキュメンタリータッチなスタイルで撮影されていますが、身重のヘオが自宅から市場へと砂山の斜面を一歩一歩進んでいく様子をロングショットで捉えた様は影絵のように詩的で美しく、その豊かな映画的感性に、誰もが魅了されるでしょう。

事件を追う新聞記者


(C)Luxbox-Cancion Sin Nombre

生んだばかりの娘が盗まれたというヘオと夫の訴えにまともに取り合ってくれたのは地元の新聞社の記者ペドロだけでした。調査を進めていくうちに彼は大きな陰謀の存在に気づくこととなります。

彼のモデルになったのが、メリーナ・レオン監督の父親イスマエル・レオン氏です。レオン氏はペルー最大の新聞社の 1 つ、「ラ・レプブリカ」を創立した記者の 1 人でした。1981 年に設立され、子供の人身売買の事件の調査にあたったのだそうです。

父親からその話を聞かされていたメリーナ・レオン監督は自分自身の記憶が残っている1988年に時代を変更し、登場人物の感情を想像し、その感情に寄り添うことができるように、架空の人を主人公に設定しました。

ヘオは人種差別や貧困の問題にさらされ、ペドロは同性愛者であることを隠して生きています。彼らを取り巻く環境は、非常に厳しく、それらは80年代の過去の話ではなく、現在にも通じる問題として描かれています。実際、幼児売買は今でも続いているといいます。

サスペンスフルな社会派映画、個人の内面を見つめる人間ドラマとして見応え十分な作品ですが、魅力的なショットに溢れているのも本作のみどころのひとつでしょう。

ペドロが暮らすアパートメントの高低を独特のカメラワークで捉えたショットや、疑惑の産院が入居している建物や階段、裁判所などの建築物と人間を絶妙なアングルで捉えた視覚的効果にはすっかり感嘆させられます。

またペドロがある建物のスイッチを押すと、奥の壁が開き、外のテロ組織絡みと見える混乱が垣間見えるショットには、一瞬、アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』の1971年のメキシコのコーパスクリスティの大虐殺を描いた場面を連想しました。

潤沢な資金で制作された『ROMA/ローマ』がスペクタクルな展開をさせたのに対して、こちらはわずかな隙間から、せっぱつまった様子で走り去る人々の姿がちらっと映るだけです。しかし、それだけで、この国に起こっている深刻な状況が見る者の心にしっかりと刻まれるのです。

まとめ


(C)Luxbox-Cancion Sin Nombre

ヘオを演じるパメラ・メンドーサが実に素晴らしい存在感をみせています。「アンデスの雰囲気もない名の知れたペルーの女優は使いたくない」と考えたメリーナ・レオン監督に見いだされ、本作で映画初出演を果たしました。ヘオを演じるにあたって7kgの増量を行ったといいます。彼女の歌声の誠実さも強く印象に残ります。

メリーナ・レオン監督は被害者や社会的弱者に焦点をあて、社会の理不尽さを告発すると共に、彼女たち、彼らの尊厳を浮かび上がらせます。

映画『名もなき歌』が2021年7月31日よりユーロスペース他にて全国順次公開されます。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『ハチとパルマの物語』感想評価と解説レビュー。実話感動の愛犬物語と主題歌を歌う堂珍嘉邦の“愛の待ちぼうけ”が胸を打つ|映画という星空を知るひとよ62

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第62回 ロシアの忠犬パルマを描いた『ハチとパルマの物語』は、2021年5月28日(金)より、新宿ピカデリー、なんばパークスシネマ、シネ・リーブル梅田、MOVI …

連載コラム

NETFLIX映画『タイタン』ネタバレ感想とレビュー評価。人体改造から惑星移住の新境地を開いた異色作|SF恐怖映画という名の観覧車90

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile090 人類の発展と共に着実に地球の環境は破壊され、環境に対する取り組みはより重要視されるようになりました。 映画の世界では「地球の滅亡」を題材 …

連載コラム

映画『赤い雪 Red Snow』ネタバレ感想と考察。永瀬正敏が見せつけた独特の世界観|サスペンスの神様の鼓動10

連載コラム『サスペンスの神様の鼓動』10 こんにちは、映画ライターの金田まこちゃです。 このコラムでは、毎回サスペンス映画を1本取り上げて、作品の面白さや手法について解説していきます。 今回取り上げる …

連載コラム

映画『ブリタニー・ランズ・ア・マラソン』あらすじネタバレ感想と結末解説。5万人のランナーの多種多様の人種やLGBTQなどダイバーシティをも描く|Amazonプライムおすすめ映画館2

連載コラム「Amazonプライムおすすめ映画館」第2回 Amazonプライム・ビデオから最新作として配信されたオリジナル映画・ドラマの中から“大人向け・女性向け・映画ツウ向け”な作品を厳選。 Cine …

連載コラム

映画『君が世界のはじまり』ネタバレあり解説レビュー。ブルーハーツと“えん”が描く青春の夜明け前|映画道シカミミ見聞録50

連載コラム「映画道シカミミ見聞録」第50回 こんにちは、森田です。 今回は7月31日(金)よりテアトル新宿ほか全国公開中の映画『君が世界のはじまり』を紹介いたします。 原作はふくだももこ監督の短編小説 …

U-NEXT
CINEMA DISCOVERIES【シネマディスカバリーズ】
架空映画館 by ReallyLikeFilms Online
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
【連載コラム】光の国からシンは来る?
映画『哀愁しんでれら』2021年2月5日(金)より全国公開
映画『写真の女』
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【KREVAインタビュー】映画『461個のおべんとう』井ノ原快彦の“自然体”の意味と歌詞を紡ぎ続ける“漁師”の話
【玉城ティナ インタビュー】ドラマ『そして、ユリコは一人になった』女優として“自己の表現”への正解を探し続ける
【ビー・ガン監督インタビュー】映画『ロングデイズ・ジャーニー』芸術が追い求める“永遠なるもの”を表現するために
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
アーロン・クォックインタビュー|映画最新作『プロジェクト・グーテンベルク』『ファストフード店の住人たち』では“見たことのないアーロン”を演じる
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
【平田満インタビュー】映画『五億円のじんせい』名バイプレイヤーが語る「嘘と役者」についての事柄
【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた
【Cinemarche独占・多部未華子インタビュー】映画『多十郎殉愛記』のヒロイン役や舞台俳優としても活躍する女優の素顔に迫る
日本映画大学