静かな田舎町で、突如起きたある男の不可解な死が波紋を呼ぶ
死の真相を知る2人の男が、何故か真実を隠そうと悪戦苦闘するダークコメディ映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』。
「アメリカの病的な部分」を描いた本作の、コメディ作品には収まらない魅力をご紹介します。
映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』の作品情報
【公開】
2020年公開(アメリカ映画)
【原題】
The Death of Dick Long
【監督・製作】
ダニエル・シャイナート
【脚本】
ビリー・チュー
【キャスト】
マイケル・アボット・Jr.、バージニア・ニューコム、アンドレ・ハイランド、サラ・ベイカー、ジェス・ワイクスラー、ロイ・ウッド・Jr.、スニータ・マニ、ダニエル・シャイナート
【作品概要】
異色のサバイバルアドベンチャー『スイス・アーミー・マン』(2016)のダニエル・シャイナート監督が、『スイス・アーミー・マン』に続き、気鋭の映画スタジオ「A24」と再び組んで、ある田舎町の騒動を描いたダークコメディ。
キャストには、あえて無名の役者を起用し、南部の田舎町のリアルな雰囲気を作り出しています。
映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』のあらすじとネタバレ
アメリカ南部の田舎町。
「ピンク・フロイト」という売れないバンドを結成している、ジーク、アール、ディックの3人は、ガレージでの練習の後に、酒とドラッグでハイテンションになっていました。
数時間後、必死の形相で車を運転するジーク。
助手席のアールは、後部座席で血を流し倒れているディックに話かけますが反応がありません。
2人は、意識が戻らないディックを、町の緊急救命病院の前に投げ捨て立ち去り、それぞれの自宅に帰宅します。
ジークは、仕事で出かける妻のリディアに、娘のシンシアを学校に送るように頼まれます。
キッチンでコーヒーを飲んでいたジークは、自宅にディックの免許証が入った財布が残っている事に気付き、咄嗟に隠します。
その事に気付いたシンシアに、ジークは「財布を拾っただけ」と伝えごまかします。
シンシアを学校に送る途中、ガソリンスタンドに立ち寄ったジークは、後部座席にディックの血がベッタリと付着している事に気付きます。
また、シンシアが、ガソリンスタンド内の食糧売り場で、女性保安官のダドリーに「パパが財布を拾った」と伝えてしまった為、ジークはディックの財布をダドリーに渡す事になります。
シンシアを連れて自宅に戻ったジークは、証拠隠滅を図る為に、アールを呼び出します。
アールはすでに町を出ようとしていましたが、ジークに呼び出され、仕方なくジークの自宅に向かいます。
一方、緊急救命病院の前に捨てられていた、ディックを発見した医師のリクターは、すでに死んでいたディックの検死を行います。
結果「誰かに暴行を受けた」と確信したリクターは、町の女性保安官であるスペンサーを呼び出します。
スペンサーは殺人事件と断定し、部下であるダドリーと捜査を開始します。
ディックが亡くなった事と、殺人事件として捜査が始まった事を知ったジークは、アールと共にディックを乗せた自分の車を町の湖に沈めます。
アールは自分の車で、シンシアを学校に送りますが、そこでディックの妻、ジェーンに会います。
学校で教師をしているジェーンは「昨日からディックが帰って来ない」とアールに相談しますが、アールは何も知らないふりをします。
静かな田舎町で発生した殺人事件、事件の真相を知るジークとアールは、何を隠しているのでしょうか?
映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』感想と評価
突如発生した事件をキッカケに、静かな田舎町で巻き起こる騒動を描いた映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』。
タイトルにもなっている通り「ディック・ロングの死」がストーリーの主軸になっているのですが、本作は「死の真相を明かすサスペンス」ではなく、悪ふざけでディックを殺してしまったジークとアールの2人が、何とか事実を隠そうとする、どちらかというとコメディに近い作風です。
ジークとアールが、事実を隠す為に、悪戦苦闘する様子を描きつつ、徐々にディックの死の真相が明らかになっていく構成ですが、本作はストーリー構成より、個性の強い登場人物のやりとりが見どころとなっています。
ディックの死後、何かとテンパって、その場しのぎの嘘を重ねるジークと、全てを悟って、町から出て行く事しか考えていないアールは対照的なキャラクターで、特に証拠隠滅の為に、車を湖に落とそうとする時の、ジークとアールの、高校生の会話のようなグダグダ感は必見です。
本作は、ディック・ロングの死の真相はハッキリとは描かれていませんが、若い頃から馬と性交を繰り返していた、ジークとアールの「変態的な趣味に巻き込まれたらしい」という部分までは判明します。
馬と性交を楽しんでいたらしい、ジークとアールの趣味は、一般的には全く理解できない事ですが、ここを読み解くには「静かな田舎町」という部分がキーワードとなります。
ディックの死を受けて捜査を開始する保安官、スペンサーは杖をついて歩く老婆で、その部下のダドリーが太った女性という、保安官として「大丈夫か?」と不安しか感じないキャラクターとなっています。
この2人の保安官から、田舎町が静かで平和な場所である事が分かります。
杖をついて歩く老婆が保安官でも、平和が保たれている町ですから。
しかし、この「静かで平和」という部分は、言い換えれば、何の刺激も無く退屈な町と言えます。
ジークとアールが、いつから馬と楽しみ始めたかは定かではありませんが、この退屈な町で生きていく事に刺激を求め、そしてその行為が度を過ぎてしまい、ディックは死んでしまったのでしょう。
つまり「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」と言うと、「田舎町が退屈すぎたから」という結論になります。
本作は実際の事件にヒントを得て製作された作品です。
具体的には、何の事件をヒントにしたかは定かではありませんが、作中の描写から、おそらく2005年に起きた「イーナムクロー馬姦事件」ではないかと思われます。
「イーナムクロー馬姦事件」について、けっこうキツイ内容なので、ここでは深くは掘り下げません。
興味のある方は自己責任で調べてみて下さい。
そして、恐ろしい事に、少し調べるとアメリカの田舎町では、馬に性的虐待をした事件などが、いろいろ起きている事が分かります。
本作のラストで、スペンサーは「殺人事件」ではなく「事故死」として片付けようとします。
これも、静かな田舎町の秩序を守る為の判断なのでしょうが、こういった田舎町で発生した、一般の感覚では理解できない事件は、実際にかなり揉み消されているのかもしれません。
ポンコツ男の、グダグダなやりとりが印象的な本作は、ダークコメディと見せかけて、アメリカの病的な部分を描いた、恐ろしい作品であるという印象を受けました。
まとめ
映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』は、普通に考えると、かなり刺激の強い内容なのですが、監督のダニエル・シャイナートの意向により、ショッキングな場面は描写されていません。
その為、登場人物の個性が際立つ映画となっており、コーエン兄弟の作品のような、何ともいえないクセのある作品に仕上がっています。
作中のジークとアールのやりとりは、本当にポンコツですが、考えてみると、生きている中で人に知られたくない、最後まで隠し通したい秘密の1つや2つ、誰にでもあるのではないでしょうか?
疑われながらも、嘘を重ねて、どんどん気まずくなっていくジークの様子に、共感する人もいるでしょうし、ダニエル・シャイナートも、気まずい瞬間を、リアルに映像に収めるように努力した事を語っています。
実際の事件をヒントに製作された本作は、人間のどうしようもない部分を浮き彫りにさせた、味わい深い作品となっています。