連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第8回
様々な国籍・ジャンルを持つ、世界のあらゆる映画を紹介する「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第8回で紹介するのはフィリピンの格闘アクション映画『ネバー・ダイ』。
隠れたアクション映画大国であるフィリピン。しかしスタントマンの待遇は恵まれたものではありません。それでも父の歩んだスタントの道を目指す娘がいました。そんな熱血スタントガールが、思わぬことから悪と対決します。
……という設定で、フィリピン映画界で活躍する全てのスタントマンにエールを送る、正統格闘アクション映画が誕生しました。本物のアクションがここにあります。
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CONTENTS
映画『ネバー・ダイ』の作品情報
【日本公開】
2020年(フィリピン映画)
【原題】
We Will Not Die Tonight
【監督・脚本・製作総指揮】
リチャード・V・サムズ
【キャスト】
エリッチ・ゴンザレス、アレックス・メディナ、ソウ・レイエス、マックス・アイゲンマン、パオロ・パライソ
【作品概要】
フィリピンの映画界で活躍するスタントウーマンのクレイ。思わぬことから臓器売買を行う極悪組織に立ち向かう彼女たちの姿を、格闘シーンの数々で見せるアクション映画。監督はアクション・ホラー映画や、TVドラマで幅広く活躍するリチャード・V・サムズです。
激しい格闘シーンを見せる主演のエリッチ・ゴンザレスは、意外にもスポーツ界やスタント出身の人物ではありません。14歳でタレント発掘リアリティ番組に出演し、デビュー後テレビや映画で活躍し続けている、フィリピンを代表する人気女優の1人です。
スタントマンの活躍を描いた映画ですが、その一方でフィリピンの俳優たちの、身体能力の高さを確認させられる映画ともいえます。
映画『ネバー・ダイ』のあらすじとネタバレ
「私はクレイ(エリッチ・ゴンザレス)」、と自分の信念を語る主人公。彼女は2台のバイクに追われ街を走ります。自分の命は自分で守ると決意を語った彼女は、逃げることを止めます。
バイクから降りた2人の男に格闘で挑むクレイ。激しい闘いの果てに男たちを倒しますが、ここでカットの声がかかります。全ては映画の撮影でした。
監督からは今のシーンはなってない、アクションは古臭く80年代じゃないぞと、厳しいダメ出しをくらいます。撮影の遅れも、全てクレイに責任があるように責めます。
そこに主演のスター女優が付き人を従えて現れると、監督もスタッフも手のひらを返したかのように、出迎えに走ります。
主演女優がスタント無しで、自らアクションシーンに挑もうと言うと、監督もその提案に調子を合わせます。その姿を苦々しい表情で見つめるクレイ。
撮影が終わると、出演者やスタッフは1日分の日当を渡されます。彼女に手渡されたのは2500ペソ。契約では5000ペソのはずでした。
給与係に抗議するクレイ。しかし係の者は予定した最後まで撮影出来なかった結果だから、文句があるなら監督に言ってくれ、と応じません。
金が必要なので約束通り払ってくれ、と訴えますが、係は耳を貸しません。文句を言うなら仕事を失うだけと言われ、クレイは我慢して引き下がります。
貧しい者たちが住むアパートに帰宅したクレイ。彼女はそこの住民たちから慕われていました。
自宅に戻ったクレイは食事の準備を始めます。彼女は体の具合の悪い父と2人暮らしでした。父に約束の金額の半額しかもらえなかったと告げるクレイ。
彼女は金にならない、スタントの仕事を辞めようか迷っていました。
父は知り合いの店で働くか、と提案しますが、そこの日当は350ペソにしかならず、父の薬代を稼ぐにはとても十分な額ではありません。
クレイの父も、昔は映画業界でスタントマンとして働いていました。今は体を悪くして引退し、彼の後輩が撮影現場のスタントを指導しています。
スタントの世界で生きていくなら、より自分を高めねばと語る父。彼が身に付けた格闘のスタントについて語り出すと、それに従い実践トレーニングを始めるクレイ。
父は様々なシーンのアクションを具体的に指導します。2人は心からをスタント愛していました。
クレイは契約通り支払ってくれない、撮影の仕事を断っていました。しかし改めて撮影に復帰したいとメールを送ります。
しかし返事は、今回の件でプロデューサーが怒っているので、少し休めというものでした。
翌朝。多くの人々が暮らすアパートの屋上。そこには「人身売買の被害に遭う者の50%は、16歳未満の子供たちだ」と警鐘するポスターが貼ってありました。
その一角で、用意した砂袋にキックやパンチ、ひじ打ちを加え、懸垂を行うなど1人黙々とトレーニングに励んでいるクレイ。
そこに彼女の仲間、ジョンスキー(ソウ・レイエス)とチェチェ(マックス・アイゲンマン)が現れます。2人はクレイとの再会を心から喜んでいました。
ボクシングの達人ジョンスキーも、男勝りのチェチェも彼女同様に、金になる仕事を求めていました。2人はラミーユが仕事の話を持ってきたと彼女に告げます。
ラミーユが生きていたと知り、複雑な表情を見せるクレイ。2人はかつてクレイとラミーユが付き合っていたことを知っていました。
そこにラミーユ(アレックス・メディナ)と巨漢のレニボーイが現れます。こうして以前の様に仲間が揃い、大いに盛り上がる5人。
クレイに声をかけた後、ラミーユはまた5人でチームを結成したいと告げます。大きな儲け話があると説明する彼に、前回の失敗を忘れたのかと釘を刺すクレイ。
ラミーユはかつて仕事で仲間をトラブルに巻き込んでおり、皆の表情は固くなりました。しかし金が必要なのも確か。ジョンスキーはクレイに今回は彼を信じ、一緒にやろうと説得します。
今度の話に危険は無いと言うラミーユに、クレイは前回の埋め合わせをしろと言って軽くパンチを浴びせ、仲間に加わることを承諾しました。
皆はまた一緒に仕事が出来ると喜びます。そのあまり、仕事相手と電話で話すラミーユの厳しい表情に、気が付かなかった4人。
彼らは協力して食事の準備をしますが、テレビのニュースはマニラ市内で多発する、ストリートチルドレンら子供を狙った、誘拐事件について報道しています。
誘拐は組織的な犯罪で、臓器売買が目的らしくさらわれた子供がバラバラの遺体で発見され、人々を恐怖とG不安に陥れていました。
番組にゲストとして招かれた、幼い娘イザベルを誘拐された父親が、どうか娘を返して欲しいと涙ながらに訴えます。キャスターは情報を求め、イザベルの顔を紹介しました。
絶望的な世の中だ、とジョンスキーは呟きます。チェチェはまとまった金を得たら、田舎に帰ろうと考えていました。マニラでは弱い者は喰い物にされるだけだ、と言うジョンスキー。
彼は貧しさからボクシングで八百長に応じ、その世界での成功を断たれていました。
酒を持って現れたラミールに、クレイは今回の仕事相手は、本当に信用できるのか尋ねます。正しく生きる事を信念にしており、違法なことに関わることを望まないクレイ。
ラミールは相手は古い友人で、信用できる人物だと強調します。大きく儲かる一仕事をこなし、皆でこの暮らしから抜け出そうと訴えました。
5人はタクシーに乗り、夜のマニラのスラム街に到着します。ラミールの前に1人の女が現れます。
バンキルの友達か、と訊ねる女。その女、ターニャはラミール1人が現れるものと思っていたようですが、仕事は連れてきた仲間たちと行うと説明するラミール。
女は納得すると、ラミールについて来いと言いました。残る4人は相手は堅気ではないと感じながらも、その後について行きます。
彼らは強面な男女がたむろする、ドラム缶やバイクが並ぶ怪しげな倉庫に案内されます。女は5人を客人として迎え入れました。
ターニャは彼らをビニールに囲まれた倉庫の一角に案内します。そこに組織のボス、バンキル(パオロ・パライソ)がいました。アミールに兄弟と呼びかけるバンキル。
クレイたちは、そこで何が行われているのかを目撃しました。台の上で人体が解剖され、臓器が摘出されていたのです。
アミールが仲間を紹介すると、バンキルは満足そうにうなずきます。傍らで泣いている女の子が、テレビが誘拐されたと報じていたイザベルだと気付くクレイ。
バンキルは昔馴染みのアミールが、仲間と共にストリートチルドレンを誘拐し、ここに連れてくる事を望んでいました。クレイたちはこんな仕事ではなかったはずと、アミールを責めます。
その姿を見たバンキルの手下たちは警戒します。アミールもこんな仕事が与えられるとは思っていませんでした。何か問題があるのか、と凄んでくるバンキル。
話が違うとアミールは答えますが、子供の誘拐も仕事の1つだとバンキルは応じます。彼は誘拐も単純なビジネスに過ぎない、と強調します。
アミールは仲間を代表して仕事を断り、この場所から立ち去ろうとします。しかし組織の実態を見られた以上、彼らが黙っているはずがありません。バンキルと部下たちが追ってきました。
昔のよしみで声をかけたのに、と怒るバンキルに、墜ちるところまで墜ちたなと怒鳴るアミール。するといきなり、アミールの腹をナイフで刺したバンキル。
悲鳴を上げるアミールを助けようとする4人。しかし彼らにバンキルの手下が迫ります。しかし隙を見て、数で勝る敵に反撃するクレイと、ジョンスキーにチェチェ、そしてレニボーイ。
クレイたちと、バンキル率いる臓器密売組織の激闘の幕が斬って落とされました……。
映画『ネバー・ダイ』の感想と評価
参考映像:『BUYBUST/バイバスト』(2017)
隠れたアクション映画大国であるフィリピン。古くから自国の映画産業が盛んでしたが、1970年代頃から、独自の風土を持ち安い費用で撮影が可能で、公用語が英語であるこの国を、ハリウッド映画がロケ地に使うようになります(有名な映画が『地獄の黙示録』(1979)です)。
その後ビデオバブルの時代を迎えると、アメリカ・イタリア製のB級アクション映画が、続々フィリピンの地で製作され、やがて自国製アクション映画も続々誕生。
こうしてフィリピン映画の中でアクション映画は、大きな地位を占めるようになります。
その流れは現在も健在で、より進化したアクション・スタントと共に、優れた作品を次々作り出しています。
ワイヤーやカンフーを駆使したアクションシーンとは異なる、骨太な格闘シーンが見たければ、フィリピン映画の存在は外せません。
「未体験ゾーンの映画たち2019」で上映された『BUYBUST/バイバスト』はその代表格。銃や格闘のあらゆるアクションシーンが登場し、長回しで次々に敵と闘うシーンは圧巻。
主人公は有名な美人女優、『ネバー・ダイ』に興味を持つ方なら絶対に見るべき映画です。
スタントマンたちにエールを贈る
ラストに「フィリピンの全てのスタントパーソンに捧げる」と表示される本作。なるほどアクションシーンに対するリスペクトはハンパありません。
リチャード・V・サムズ監督は、かなり厳しい予算とスケジュール(撮影期間8日間)で、この作品を作り上げました。本作主演のエリッチ・ゴンザレス…この人はスタントマンどころか、フィリピンを代表する人気女優です…は、この趣旨に賛同して撮影に臨みました。
監督は彼女とスタンドコーディネーターに、撮影前に何らかの武道を学ばないよう求めました。流行のマーシャルアーツの動きではなく、80年代のフィリピン映画の様な、古典的西洋スタイルのアクションを本作で描きたかったのです。
現在の視点で見ると粗雑なアクションに見えても、これこそがフィリピン映画界の伝統的なスタイルだ、と監督は語っています。
この発言を踏まえて作品を振り返ると、本作の意図したものが良く見えてきます。ワイヤーは無し、銃を使うシーンは脇役。
特殊メイクやCGによる人体破壊も無く、ひたすら殴り合い(手近な物を使用した乱闘、刃物による斬り合い含む)が続きます。
いうなれば西部劇の酒場の乱闘シーンや、それに影響を受けた60~70年代の日活・東映アクション映画に見られる、アクションの種類としては「技闘」と呼ばれた手法を現代的にアレンジし、延々と見せてくれたのが本作だといえるでしょう。
スタントマンにエールを送る本作ですが、スタントの世界と無縁のエリッチ・ゴンザレスは見せたアクションに、かえってフィリピンの俳優の身体能力の高さ、また撮影現場で求められるアクションへの対応力を実感させられました。
本作で激しい格闘シーンを見せる俳優も、実は「スタント」とクレジットされていません。専門スタントマン的な彼らも役者扱い、いうなればかつての邦画で、大部屋役者と呼ばれる人たちが、スタントシーンを演じているようなものでしょうか。
これはスタントの仕事に対して、専門職としての敬意が不足している結果とも受け取れます。同時にスタント専門の役者も、人気が出れば様々な役を演じ、役柄を広げスターにもなれる可能性があることを示しています。
フィリピン映画界は役者とスタントの距離が、様々な意味で身近だといえるのです。
長すぎるスタントシーン
ところで全編105分の本作。30分少し過ぎた辺りで主人公たちと犯罪組織が殴り合い、その後逃げ出して決戦場の廃ビルに移動、あとは延々と闘います。本当に延々と。
これが実に長すぎます。長いアクションがダメとは言いませんが、味方側がバラバラになるため、各個のアクションシーンを、ブツ切りに見せる形になるのです。
いわゆる一つ(あるいは複数)の被写体をカメラワークや編集で追う、流れるようなアクションになっていません。
スラム街とは異なる場所を求め、監督が見つけたマニラ港付近の放棄された建物を舞台に、様々な場所で行われる異なるアクションを、次々と見せたかった結果でしょう。
しかし撮影期間の短さゆえ、闘いの流れにそって展開する綿密なアクションを、設計出来なかったと思われます。
そして各キャラクーが最期を迎える時、エモーショナルに訴え過ぎです。スローモーションで大層に、壮絶な最期を描いた結果、アクションのリズムが途切れます。それが何回も繰り返されると、正直ストレスすら溜まります。
さらに臓器密売組織から助け出した少女。可哀想だし、そりゃ怖いんでしょうが、泣き叫ぶはお荷物だわで、これもまた観客のストレス要因。
こんな感想を持つ私は、酷い人間だと反省しておりますが、これもアクションのテンポを阻害しているのは間違いありません。
酷な意見ですが、多くの方が同意してくれるでしょう。良いアクションを生むにはスタントマンの力量だけでなく、カメラワークや編集で紡ぐ映像のリズム、それに見合う脚本が必要です。
昔馴染みにお仕事をあげようとした犯罪組織のボスが、つい詳細を伝えなかった為に、そいつらに手のひら返しされ、組織も自らの命も失うなんて、聞く方も伝える方もうっかり過ぎて、もはやボスが被害者にすら思えます。
というのは言い過ぎですが、これだけで100分の映画を作るのは無謀。脚本の枝葉を広げるか、もしくはアクションの物量より、見せる状況にこだわるべきでしょう。
本作が捧げられた名スタントマン
参考映像:「アクションスター、バルド・マロを紹介したニュース映像」
この作品はバルド・マロ、本作の主人公クレイの父を演じた俳優に捧げられています。
バルド・マロは70年代からスタントマンとして活躍し、その後80年代にフィリピン映画界を代表する、アクションスターの地位を築きました。
その後監督・製作者となり、スタントで活躍する後身の育成に尽力した人物です。
本作の冒頭でクレイのアクションは80年代風で古い、と言われる一方、彼女は父の築き上げたスタイルのアクションの指導を喜んで受けます。
バルド・マロこそ、この映画がエールを送ったスタントパーソンを代表する人物でした。
バルド・マロは本作の撮影の3週間後に亡くなり、完成した映画を見ることはありませんでした。そして監督は、この作品を彼に捧げたのです。
彼が自分の技を娘に伝授する姿を描いたシーンからは、この作品がフィリピン映画界で低賃金で奮闘するスタントマン、スタントウーマンへの賛辞と、80年代アクション映画へのオマージュに満ちた作品だと、改めてご理解いただけるでしょう。
まとめ
フィリピンのスタントマンに熱いエールを送る作品『ネバー・ダイ』。美人女性主人公による、漢気あふれる熱血映画としてお楽しみ下さい。
但し正直長い作品です。もし本作が『午後のロードショー』などでTV放送され、CMの関係で適度にカットされ、説明不足や展開補足を果たすセリフを持つ、熱血日本語吹替版が製作すれば、がぜん面白くなること間違い無しです。
アクション映画ファンはシーンを良く見ると、画角的には当たっているけど実は当てていない、日本の「殺陣」やそれから発展した「技闘」と同じスタイルの、クラシックなアクションシーンを確認できるでしょう。
また監督は本作は、ウォルター・ヒル監督の『ウォリアーズ』(1979)を強く意識して作った作品だと語っています。展開もさることながら、主人公たちや敵の衣装も『ウォリアーズ』にオマージュを捧げた物になっています。
但し観客を混乱させないよう、やり過ぎないよう注意したと監督は笑って語っていました。
そんな登場人物の衣装ですが、主人公の仲間の大男、レニボーイの着ているTシャツ、よく見ると日本の東映動画のTVアニメ「大空魔竜ガイキング」(1976~)のTシャツです。
彼はアニメオタクです、なんて描写はありません。フィリピンで「大空魔竜ガイキング」が、果たしてどんな人気や知名度を持っているのやら……、誰か私に教えて下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」は…
次回の第9回はあおり運転は、恐るべき恐怖の始まりだった。オランダ発のカーアクション・サイコスリラー映画『ロード・インフェルノ』を紹介いたします。お楽しみに。
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