早川監督が描く、静かな漁村に展開する複雑な人間ドラマの映画『凪の海』
愛媛県宇和島市の漁村を舞台に、兄の葬式の為に帰省した圭介と、その周囲の人々のドラマを描いた映画『凪の海』。
本作が長編デビュー作となる早川大介監督。数多くの映像作品に出演している永岡佑をはじめ、小園優、柳英里紗など実力派俳優が顔を揃えています。
登場人物、それぞれが内面に秘めた「ある想い」を抱えており、複雑な人間ドラマを丁寧に描いている本作。今回は、『凪の海』の登場人物の心情を中心に、作品の魅力をご紹介します。
映画『凪の海』の作品情報
【公開】
2019年公開(日本映画)
【監督】
早川大介
【脚本】
いながききよたか
【プロデューサー】
山田真史
【キャスト】
永岡佑、小園優、柳英里紗、湯澤俊典、外波山文明、中井庸友、宇田川さや香、鶴来快斗、安山夢子
【作品概要】
故郷の漁村を飛び出し、ミュージシャンとして活動している圭介。兄の葬式の為、3年ぶりに帰省した事から、さまざまな人の秘めた想いが交差し、動き始める人間ドラマ。
監督は、数多くのアーティストのミュージックビデオや映像演出を行い、本作が長編デビュー作となる早川大介。主演は映画『関ケ原』(2017)など、数多くの映像作品に出演している永岡佑。
共演に小園優、柳英里紗、湯澤俊典、外波山文明など、映像作品や舞台を中心に活躍している、実力派が顔を揃えています。
映画『凪の海』のあらすじとネタバレ
宇和海と山に挟まれた小さな漁村。
生まれ育ったこの場所を10年前に飛び出し、東京でミュージシャンとして活動している井上圭介は、兄の葬式の為、3年ぶりに帰郷します。
実家への到着が遅くなり、葬式に間に合わなかった圭介を、兄の別れた妻で、葬式を手伝いに来た沙織が出迎えます。
しかし、葬式に参列していた兄の友人の洋は、圭介を見るなり無言で立ち上がり帰宅します。
圭介は1人で海を眺めていた父の将人へ「仕事が忙しく、遅くなった」と伝えますが、将人は無言で何も入っていない骨壺を圭介に渡します。
圭介の兄は、漁に出たまま行方不明となっており、将人は「海が好きな奴だったが、最後は丘に戻ってほしかった」と独り言のように語ります。
次の日、実家で圭介が目覚めると、沙織が食事の片づけをしていました。沙織は「夕方のバスで帰る」と、圭介に伝えます。
圭介が亡くなった母親のお墓へ行くと、将人が墓を掘り返し母親の骨壺を取り出していました。将人は、圭介の兄を心から愛していた母親を、兄と一緒に眠らせる為、母親の遺灰を海にまきます。
3年ぶりに戻った漁村を散歩する圭介。その姿を、足の不自由な洋の妹・凪が見つめていました。
圭介は凪と再会し、東京の話などを聞かせますが、洋が圭介と凪を引き離します。洋は幼い頃に事故で両親を失い、真珠の養殖業で、凪を父親代わりとなって育ててきました。
洋は今後も凪と真珠の養殖業を営みながら、静かに生きていく事を望んでいます。ある日、洋は凪と仕事に出ようとしますが、凪は体調不良を理由に断ります。
作業場で、1人で仕事をしていた洋を、沙織が訪ねて来ました。
洋にとって圭介の兄は、唯一心を許せる人物で、圭介の兄が行方不明になった日、最後に会ったのも洋でした。
沙織は洋に「何か隠してるでしょ?」と問いかけます。
映画『凪の海』感想と評価
故郷の漁村を離れ、東京でミュージシャンとして活動している圭介が、兄の葬式の為に帰郷したことから起きる、人間ドラマを描いた映画『凪の海』。
本作は、主人公の圭介を中心に、圭介の父親、圭介の兄の元妻、圭介の兄の友人だった男など、さまざまな人物の秘めた想いが交錯する人間ドラマとなっています。
それぞれが抱く、複雑な心境を丁寧に描いており、主要登場人物の誰に感情移入するか?で、作品の捉え方が人それぞれ変わってくる映画なのですが、物語の中心となる、圭介と洋の心情を中心に考察していきたいと思います。
漁村を離れて、東京でミュージシャンの夢を追いかける圭介と、漁村に残り、妹の凪と静かな生活を望む洋は、正反対のように見えます。
作中でも、洋と圭介は揉めていましたが、実は内面的には似たもの同士なのです。
まず、行方不明になってしまった圭介の兄が、2人にとってかけがえのない存在であること。
圭介にとって兄の存在は、言うまでもなく、かけがえのない人となります。
圭介の兄は、誰からも好かれる存在で、別れた妻の沙織は「この村の朝日みたいな存在だった」と語っています。
しかし、優秀な兄だからこそ、圭介は密かに劣等感を抱いていました。
また、洋にとっても、圭介の兄は村で唯一心を許せる大事な存在でした。
生きていた圭介の兄を最後に見たのが洋で、圭介の兄は漁の準備もせずに船に乗って海に出たことから、自殺した可能性があります。
洋は、圭介の兄の自殺の可能性を、誰にも話さず内に秘めますが、沙織によって暴かれます。
また、圭介も内に秘めた兄への劣等感を、沙織に見抜かれており、兄への想いを表に出すキッカケとなります。
この沙織も圭介の兄の死を受け止められず、自身の感情に答えが出せないという複雑なキャラクターで、沙織の想いが、前半の物語を動かすキッカケとなっています。
内に秘めた圭介の兄への想いと、対峙しなければならなくなった圭介と洋は、その想いを家族にぶつけます。
圭介は、兄の代わりに漁村に残り、1人になった父親を支えようとしますが、父親は激怒し「お前は誰だ!」と怒鳴ります。
これにより圭介は、兄への劣等感から放たれ、自分の存在意義に気付くのです。
一方、洋の想いは、唯一の家族である凪へと向かいます。
電気コードで凪の体を縛り、全ての自由を奪うという異常な行動に出ますが、凪との静かな生活を望む洋が、凪を失うことを恐れた結果の行動です。
この場面で、海で行方不明になった圭介の兄への、洋の特別な想いを感じる事ができます。
このように、一見すると全く違う生き方をしているように見える圭介と洋は、内面は圭介の兄への、特別な想いを持っていたことが分かり、沙織にその想いを揺さぶれる辺り、似た者同士であるといえます。
もう1つ、圭介と洋にとって重要な存在となるのが凪です。
凪は、家族を失った洋にとって、唯一の家族で大切な存在です。また、圭介にとっても、居心地が悪い漁村において、凪は唯一自然に接する事が出来る存在です。
そして、凪にも圭介や洋同様、内に秘めた想いがあり、その事が物語を大きく動かします。
漁村を離れる事を望む凪の想いを叶える為、圭介が凪を東京に連れて行く事を決めますが、当然、洋が受け入れる訳はありません。2人は衝突しますが、凪の幸せを祈る洋は、凪を圭介に託します。
ここから、ラストへと向かうのですが、最後にいかだで作業していた凪が、どうなったのかは明確に描かれておらず、台詞でも語られていません。
最後の圭介と洋の表情から、凪を失ったのだと推測するしかありません。
本作を最後まで鑑賞した後、あらためてポスターを見てみると、主要登場人物の間を、凪の残像が駆け抜けるような、意味深なデザインであることに気付きます。
凪を失った後も、皆の心の中で凪は生き続ける、悲しい海への思い出と共に。
そんな事を考えさせられる『凪の海』は、丁寧に人物を描いた、味わい深い人間ドラマとなっています。
まとめ
登場人物の複雑な内面を、丁寧に描いた『凪の海』。
物語の中心となる圭介と洋の他にも、別れた夫を失い複雑な心境に陥る沙織や、圭介の全てを見透かしており、時には突き放し、時には励まそうとする圭介の父親など、魅力的な人物が登場します。
特に「自分は10年くすぶっている」と泣く圭介に、父親が「違う、10年も出来ているんだ」と語る場面は、心を掴まれました。
ただ、本作は圭介が凪を東京に連れて行くという、ハッピーエンドでも良かった作品だと思います。
作品を鑑賞していて、精神的に成長した圭介が凪と共に新たな生活を送ることを、内心期待していました。
ですが、あえて物悲しさの残る結末にしたのは、早川監督の物語への想いがあるのでしょう。ラストに関して、人によって、いろいろな解釈があるでしょうね。
そういった部分も含めて、あらためて本作は、人間ドラマとして味わい深い作品であるといえます。