岩井俊二監督が描く無垢で残酷な映像美『PiCNiC』
映画『PiCNiC』は、独特な世界観で描いた映像から、“岩井美学”と呼ばれる岩井俊二監督自ら脚本を手掛けました。
様々な事情で心に病を抱えた3人の若者が「精神病院」で出会いました。そこに集められた人々は規則正しい生活をして、そこで決められたルールに従い自分の心に描いた楽園の中で平和に暮らしています。
映画『PiCNiC』は、哲学的なツムジ、臆病なサトル、好奇心旺盛なココの3人が精神病院の敷地を囲む塀の上を伝い歩き、塀の切れ目の境界線から飛び出し“冒険”をする姿を通し、見せかけの優しさやえげつない大人の欲望と矛盾にまみれた世界をファンタジックに描いた作品です。
映画『PiCNiC』の作品情報
【公開】
1996年(日本映画)
【監督・脚本】
岩井俊二
【キャスト】
Chara、浅野忠信、橋爪浩一、鈴木慶一、六平直政、伊藤かずえ、山本ふじこ、佐山真理、武藤寿美
【作品概要】
ショートムービー『undo』(1994)『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(1993)のほか、日本アカデミー賞優秀作品賞を受賞した『Love Letter』(1995)『スワロウテイル』(1996)など人気作品を制作した岩井俊二監督が、2016年『東京国際映画祭』のイベントで1994年頃の日本を“病院みたい”だと感じ、それを『PiCNiC』で表現したと語っています。
制作は1994年にされ1995年の公開予定の作品でしたが当時、阪神・淡路大震災や地下鉄サリンをはじめとするオウム真理教関連の事件、沖縄米兵少女暴行事件など、社会問題となったニュースが多発し、この年の公開は見送られ作品内で描かれた過激な暴力シーンなどをカットした上で1996年に日本ヘラルド映画より公開されました。
主演は映画デビューとなったミュージシャンのCHARAが務めています。また、W主演にはハリウッドでも活躍するまでとなった浅野忠信が好演を見せています。
他にもミュージシャン(ムーンライダース)の鈴木慶一や、個性派バイブレーヤの六平直政、大映ドラマで話題になった女優伊藤かずえなどが、岩井俊二の世界を怪しく盛り立てました。
ヨコハマ映画祭にて主演のCHARAが新人賞、浅野忠信が主演男優賞を受賞。国外ではベルリン映画祭にてベルリン新聞記者賞を受賞。
映画『PiCNiC』のあらすじとネタバレ
精神病院の患者が朝の日課のように、バラの花を1本1本道路に置いています。
そのバラはまるでお姫様の到着を歓迎するかのようでした。しかし、その並べられたバラの上を無情に1台の高級車が踏みつけて行きます。
主人公のココは両親に精神科の施設に連れて来られました。助手席にいたココは施設で待ち構えていた複数の看護師に、無理矢理に引きずりだされ「おかえりなさい。今日からここがあなたのお家よ」と言われます。
そして、不穏な笑顔の看護師達に連れて行かれる娘を「よろしくお願いします」と、一言だけ言って見送ります。
両親を見て「パパ!ママ!」と叫び激しく抵抗するココと、その様子を無表情で見つめる入所者達の顔が、希望のないこれからの生活を暗示させています。
ココは自分の個室で自分に何が起こりなぜここにいるのか、全く理解ができず鉄格子を握りしめ放心状態に陥っていました。そこに意地悪な看護助手が現れました。
看護助手は入院患者用の粗末な白い服に着替えるよう強要します。そしてココの髪から黒い羽の髪飾りを乱暴にむしり取り、持ち物を無造作に分別し、ココのお気に入りの黒い羽飾りのケープを奪い取ろうとしました。
それを死守したココは、鉄格子のある窓から空を飛ぶ無数の鳥たちを羨まし気に眺めます。
ココは「昨夜見た夢を描く」時間に建物の屋上でサトルから声をかけられます。サトルは入所したばかりのココに関心を抱き、隣り部屋のツムジに「もう、ずっと前から好きだった」と告げるのです。
ツムジは時々、不気味な男の幻影を見ました。その男は「担任の先生」を名乗り、「いくら誤魔化しても先生は何でもお見通しだぞ。お前はなんでそうやっていつも人のせいにばかりするんだ?」と言います。
「先生こそなんで生徒のことを信じられないんだよ!それでも教師かよ」ツムジはその男にいつも責め立てられていたのです。
その幻影は6月20日の雨の日にツムジが殺害した担任の先生でした。それ以来、ツムジはことあるごとに不気味な姿で現れる先生の幻影に苦しめられるようになりました。
一方、ココは自分の部屋の窓際で休むカラスを捕獲し何か作業を始めました。部屋のキャビネットにはココによく似た女の子と二人で写るフォトフレームが飾られています。
ココは薄明かりの部屋でカラスの羽をむしり取り、ケープに縫い付けていたのです。そして、黒い絵の具を取り出し白い入院服に塗りたくります。
ココがこの施設に入所したのは、その様子を両親に見られたからなのでしょう。そして、そんな奇行をするようになったのは、写真に写るココとよく似た女の子と関係するのです。
映画『PiCNiC』の感想と評価
本作品『PiCNiC』は、68分という短編映画です。
セリフは極端に少なく役者達の表情とバックに流れるピアノ演奏が淡々と流れる演出は、心の病と社会から隔離された小さな世界の中に、あらゆるメッセージが凝縮され、短編とは思えない長編のロードムービーを観終えた感覚があります。
岩井俊二監督はもともと小説家志望であったことから、映画の魅せ方も小説を読みながらその世界を想像している感覚にさせているように感じさせてくれます。
大学が美術学科専攻だったのも、小説を絵的な感覚で表現するためといわれています。
記事内の作品概要でも触れたとおり、岩井俊二監督は“日本は病院みたい”と語りました。細かいルールと時間で管理された病院を日本に例え、純真無垢な患者は国民、医師や従事者を政治家や権力者に仕立てたと考えれば納得もできるでしょう。
また、撮影終了後の1995年におきたニュースの一端を見ても偶然でありながらも、その社会的な影響が映画の内容と重ねて観ることもできます。例えば天変地異が起きて、新興宗教のマインドコントロール、イジメや暴行などあらゆることがリンクしているように思えてうすら怖く感じます。
近代の日本社会は様々な闇を抱えています。インターネットやスマホの出現によってイジメのスタイルは変わり、顔が見えず匿名性の高い「ヘイト発言」にも発信者の心の闇があると言えるのではないでしょうか。
無償の愛を与えるべき親は幼い子供の命を奪い、信頼されるべき聖職者が不正を行う、弱気を挫き強気にへつらう構図は本当に地球が滅亡しなければ無くならないのだろうと、絶望させられます。
映画『PiCNiC』はそんな絶望的な人間の弱さと疚しさを、岩井俊二監督ならではの「岩井美学」を開花させ、無垢な残酷さを表現できた作品だといえるでしょう。
まとめ
本作は双子の妹を絞殺して心を失くし、 “親に見放され精神科施設に入所させられたココと、同じく心を病んだ青年達との無垢で儚い“冒険”の物語”でした。
無垢な子供達は大人の都合でいとも簡単に心や人生を捻じ曲げられてしまう。強い意志や興味に好奇心さえあれば、知らない世界へ行くことは難しくないけど、それには様々な困難や苦しみが伴い、それが正しい道だったのかどうかは最後までわからないと表現した作品です。
劇中に出てくる讃美歌は映画用のオリジナルで、シンガーソングライターのREMEDIOSが作った「Oh,Saviour」という楽曲です。
その歌詞は聖書を手にしたツムジが神からの救いを求め、曲がりくねった壁を伝って行った先で、夕陽の光の中にココという“Jesus Christ”が現れ救ってくれたという内容でした。
「Oh,Saviour…Oh,Saviour…」ああ、救世主よ…、ああ、救世主よ…と、何度も繰り返し歌われる場面を描くことで、悲しくも美しい効果を見る者に与え、救いようのないラストにさらなる追い打ちをかけ、強く印象深いものが残ります。