映画『アンティークの祝祭』は6月5日(金)よりユーロスペースほか全国ロードショー
人生の終焉を悟った主人公が、半生をともにしてきたアンティークをガレージ・セールで処分することにします。それをやめさせようと疎遠になっていた実娘が帰って来ますが……。
映画『アンティークの祝祭』は、フランスを代表する大女優カトリーヌ・ドヌーヴ主演作品。
“モノ”に宿る人の思いと記憶を辿りながら、人生の哀楽を鮮やかに見届ける感動のドラマです。
監督は『やさしい嘘』『パパの木』『バベルの学校』などのジュリー・ベルトゥチェリ。
主演のカトリーヌ・ドヌーヴは、認知力が衰え始めた女性を初の白髪姿で演じるなど、また一つ高みをいく存在感で物語を牽引し、実娘のキアラ・マストロヤンニとの母娘役の共演も注目です。
映画『アンティークの祝祭』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス映画)
【原作】
リンダ・ラトレッジ
【原題】
La derniere folie de Claire Darling
【脚本】
ジュリー・ベルトゥチェリ、マリエット・デゼール マリオン・ドゥーソ
【監督】
ジュリー・ベルトゥチェリ
【キャスト】
カトリーヌ・ドヌーヴ、キアラ・マストロヤンニ、アリス・タグリオーニ、ロール・カラミー、サミール・ゲスミ
【作品概要】
フランスの至宝と呼ばれ、世界的大女優のカトリーヌ・ドヌーヴ主演。認知力が衰え始めた女性を初の白髪姿で演じるなど、また一つ高みをいく存在感で物語を牽引しています。
本作では、カトリーヌ・ドヌーヴは実娘のキアラ・マストロヤンニと母娘役での共演を果たしました。監督は『やさしい嘘』(2003)、『パパの木』(2010)、『バベルの学校』(2013)などのジュリー・ベルトゥチェリ。“モノ”に宿る人の思いと記憶を辿りながら、人生の哀楽を鮮やかに見届ける感動のドラマです。
映画『アンティークの祝祭』のあらすじ
ある夜、少女マリーが自分の部屋のベッドから起き出して、アンティークな置物がたくさんある母の部屋へ行き、ベッドにもぐりこみました。
すぐに少女の母クレールに見つかりました。「そこで何しているの。自分の部屋で寝なさい」と言われます。
マリーは「暗いのが怖いの。象の時計のそばで寝たいの」と言います。
「自分の部屋に戻って」とクレールに連れ出されますが、マリーが自分の部屋で眠りにつくと、そっと象の時計を持って来てくれました。
象の時計の歯車が回り、時は流れていきました。
そして、クレールは熟年のマダムに……。夏のある朝、目覚めたクレールは突然あることを決意します。
70年以上におよぶ長い人生。ここ最近、意識や記憶がおぼろげになることが増えてきていました。
「今日が私の最期の日」と確信した彼女は、長年かけて集めてきたからくり人形、仕掛け時計、肖像画など数々のコレクションをガレージセールで処分することにします。
大きな家財から小さな雑貨まで見事な品々の大安売りに、庭先はすぐにお客と見物人で賑わいはじめました。
破格の値段で売りに出されたそれらの家財や雑貨は、かつて家中を彩り続けたアンティークたちで、いつもクレールの人生と共にあったものです。
それは、彼女の劇的な生きざまの断片であり、切なく悲劇的な記憶を鮮明に蘇らせるものでもありました。
一方、疎遠になっていた娘マリーは、母のこの奇妙な行動を友人のマルティーヌから聞きつけ、20年ぶりに母のいる実家へ帰って来ました。
けれども、久々に会った娘にクレールは「突然帰ってきて、どういう風の吹き回し?」と冷たい反応。
クレールは大切にしていた指輪が紛失したのを、マリーが盗ったと思い込んでいたのです。20年ぶりの再会となっても、クレールはマリーに「盗んだ私の指輪を返して」と言います。
「盗んだのじゃない。お父さんの机の引き出しに入れてあるの」とマリーも反論。
その机はガレージ・セールで売却されていました。マリーとマルティーヌはその机を購入者を捜し、机の引き出しを開けますが、そこには指輪はありませんでした。
クレールの誤解を解けないまま、家の中のアンティークはどんどん処分されていき、マリーの幼少期の思い出ある家とはほど遠いものになっていきます。
映画『アンティークの祝祭』の感想と評価
主人公クレールが人生の終焉を悟り、これまでに集めたアンティークや家にあるものを処分しようとガレージ・セールを始めますが、その時に疎遠になっていた娘マリーが帰ってきます。
アンティークに対する監督の思い
『アンティークの祝祭』は、主人公クレールの「激動的な人生」と「本当に残したい思い」を、監督のジュリー・ベルトゥチェリが女性らしい繊細でしなやかな視点を持って描き出しています。
映画の中でたびたび登場するアンティークや絵画の数々は、目を見張るほど立派なモノ。なかでも、冒頭シーンで登場する象の時計は趣があり、しかも物語の鍵を握っています。
家族の死によって崩壊した母と娘の関係を繋ぐ役割をしているこの時計は、ブルボン朝ルイ15世時代のもの。ブロンズ製のずっしりとした象が首を揺らして時を告げる、18世紀中頃のからくり時計です。
17世紀のフランスでは、象は生息しておらず、象というのは未知の生命体だったとか。18世紀になって東インド会社を経由した貿易が活発となり、エキゾチックな動物をモチーフとした置物も出現したそうです。
その他にも、部屋や階段には格調高い調度品やクロード・モネの絵画が飾られ、優雅な生活あるいはコレクターの趣味の良さが想像できます。
ジュリー・ベルトゥチェリ監督自身が、何世代にも亘る熱心なコレクターの家系に生まれたとかで、撮影場所は、監督の祖母の屋敷でした。
旅行の土産物、代々受け継がれた調度品や家具、幸運に恵まれて手に入れた貴重な品やコレクション……。
監督が子どもの頃育った家にはそのようなモノが多くあり、それらに纏わる思い出と思い入れもたくさん抱いて大人になったそうです。
本作に込められた監督のアンティークに対する愛は、作品全体をふんわりと優雅に包み込み、温かな情緒ある映画となりました。
実母娘が演じる母娘の絆
アンティーク好きにはたまらないお宝の数々が贅沢に揃えられたお屋敷。そこで半生を過ごして家庭を築き、いつしかひとりになったクレールがいました。
クレールの他の家族はどうしたのかとか、なぜクレールがひとりで暮らすことになったのか、といった説明やセリフなどはありません。
けれども、クレールがこれから手離すアンティークの一つを愛おし気に眺める仕草や、そこから突如現れる過去のワンシーンから、彼女のやむを得ない事情と決断の深さが分かります。
物語が進むにつれて徐々に解き明かされるクレールの病気と家族の歪。自分の余生が残り少ないと悟ったとき、自分の貯めた”モノ”を処分しようとしたクレールの行為は、今風にいえば「終活」といえるでしょう。
自分の死後何の縛りも残さないようにしようとするクレールの決意には同調します。
こんなクレールをカトリーヌ・ドヌーヴは、白髪にして体当たりで演じています。しかも娘のマリー役には、実娘のキアラ・マストロヤンニが抜擢されました。
いがみ合いながらも、いつしか絆を取り戻していく母娘。実母娘の2人のとても息のあった演技に、“本当になるかもしれない近い将来”を見る思いがしました。
まとめ
参考動画:アンティークの祝祭 本編動画(2020)
映画『アンティークの祝祭』では、アンティークをガレージ・セールで処分するクレールの姿が印象的です。
大切なコレクションを潔く処分できるのは、自分の未来にはもう必要無いと悟った時。クレールは、ときどき意識や記憶が朦朧となる認知症に近い症状が出るようになっていましたので、「思い出を売ろう」と決心を固めたのです。
他人が息子に見えたり、幻覚が見えたり、やかんをガス台にかけ忘れたり、急に町の祝祭を思い出したりと、クレールはかなり危ない症状です。
けれども、クレールが彷徨う夢か現かわからない幻想的な世界は、どこか懐かしい思いをさせてくれます。
それは、私たちも持っている忘れ去った子どもの頃の思い出や、大切にしていたアンティークに寄せる思い入れが蘇ってくるからかもしれません。
そして、私たちが美しいものや好きなものに囲まれて暮らすことは素晴らしいと分かっているからでしょう。
“モノ”に対する愛着を再認識しながらも捨て去る勇気を、ひとりの老婦人の生き方になぞらえた本作は、自分の人生を見つめ直すきっかけとなるに違いありません。
映画『アンティークの祝祭』は6月5日(金)よりユーロスペースほか全国ロードショー