Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2020/05/17
Update

映画『異端の鳥』感想レビューと評価。発禁書となった原作コシンスキの東欧州での映像化は“観るものが試される”|銀幕の月光遊戯 59

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第59回

映画『異端の鳥』はTOHOシネマズシャンテ他にて2020年10月9日(金)ロードショー!

自身もホロコーストの生き残りであるポーランド出身のイェジー・コシンスキの著書をチェコ出身のバーツラフ・マルホウルが映画化。

第32回東京国際映画祭では『ペインテッド・バード』のタイトルで上映され、賛否両論を呼んだ作品です。

少年を襲う数々の暴力的な出来事に、第76回 ベネチア国際映画祭では席を立つ人が続出した問題作がいよいよロードショー公開されます!

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『異端の鳥』の作品情報


COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN CESKA TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKY

【公開】
2020年公開(チェコ、スロバキア、ウクライナ合作映画 2019年制作作品)

【原題】
The Painted Bird

【監督・脚本】
バーツラフ・マルホウル

【キャスト】
ペトル・コラール、ステラン・スカルスガルド、ハーベイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー、ウド・キア、イトゥカ・ツバンツァロバー、アレクセイ・クラフチェンコ

【作品概要】
ポーランド出身のイェジー・コシンスキの著書をバーツラフ・マルホウルが脚色、監督を務め映画化。

ユダヤ人迫害の戦時下、頼るべき大人を持たず、一人で生きる主人公が理不尽な差別や迫害に次々と出会う。少年に抜擢されたのは新人のペトル・コラール。「ニンフォマニアック」シリーズなどのステラン・スカルスガルドやハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズらが共演。

第76回 ベネチア国際映画祭(2019年)コンペティション部門・出品作品。第32回東京国際映画祭では『ペインテッド・バード』というタイトルで「ワールド・フォーカス部門で上映。第92回アカデミー賞チェコ代表。

映画『異端の鳥』のあらすじ


COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN CESKA TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKY

ユダヤ人迫害の戦時下、ホロコーストを逃れて疎開した少年は、近隣の子どもたちから暴力を受け阻害されていました。

早く家に帰りたいという思いをつのらせる中、預かり先である一人暮らしの叔母が急死してしまいます。その姿を見てあわてて落としたランタンの火がまわりに燃え移り、建物は全焼してしまいました。

家に帰ろうと、少年は一人でさまよい歩きますが、集落に着くたびに、人々は彼を異物とみなし迫害します。、

ある村では、魔術師で医師の女に買われ、医療の手伝いをしますが、患者の病気がうつり病に倒れます。女は彼を土に埋め、回復させますが、彼の頭部はカラスに襲われ血だらけになっていました。

川で魚を釣っている時、厳しい顔をして近づいてきた男は少年に向かって大声を出し、驚いた拍子に少年は川に落ち、そのまま流されていきました。

行く先々で酷い仕打ちに遭いながらも、彼はなんとか生き延びようと必死でもがき続けます。そんな彼の周囲に、ロシア兵とドイツ兵の両者が交互に姿を見せ始めます。

映画『異端の鳥』の感想と評価


COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN CESKA TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKY

途中退出か、スタンディングオベーションか!?

原作は、ユダヤ系ポーランド人のイェジー・コシンスキが1965年に発表した『ペインテッド・バード』という作品です。あまりにも衝撃的な内容に当時ポーランドでは発禁扱いとなりました。チェコ出身のバーツラフ・マルホウル監督は本作を映画化するために、シナリオ作成から完成まで11年の歳月をかけたそうです。

鳥飼いが鳥に色を塗って群れに返すと、群れはその鳥を異端者として迫害し、色を塗られた鳥は墜落して死亡します。タイトルはその挿話から来ており、異質なものを排斥する動物的本能を表しています。

黒色の髪、黒い瞳を持つ少年は、彼がさまよう世界ではまさに異質の象徴です。両親と引き裂かれ、田舎の叔母のもとにひとり身をよせた少年は、異端者とみなされ周囲から迫害を受け、叔母が急死したあとは “地獄めぐり”としかいえないありとあらゆる苦難を受けます。

上映時間の169分は観客にとっても地獄の169分といえます。第76回 ベネチア国際映画祭(2019年)コンペティション部門で上映された際には、途中で席をたつ人々が続出する一方、上映後はスタンディングオベーションが起こったそうです。

退出派となるかスタンディングオベーション派となるか、観るものがためされる作品です。

戦争の恐怖で歪んだ東ヨーロッパの世界


COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN CESKA TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKY

白樺の森、牧歌的な集落、ゆるやかに流れる川など、35mmレンズで撮られた東ローロッパの澄み渡るようなモノクロの風景は静謐で神秘的です。

しかし、そこで展開する少年の受難は目をそむけたくなることばかりです。それは大戦の恐怖によって、荒廃した東ヨーロッパの非人道化を意味しています。

平時では善良であったかもしれない人々が、考えられないような残虐行為をしたり、道徳性を失くしている姿が執拗に描かれています。まれに善人もでてきますが、そうした人々はしばしば暴力を受ける対象となり、決してその善人さにより報われることはありません。

コサック兵が村の住民をおもちゃのように殺害していたと思ったら、直後に現れたドイツ兵がコサック兵をおもちゃのように殺害していきます。

本作はこのように、少年の受難を通して戦争をスクリーンの中に再現し、観る者にも戦争を体験させるのです。

しかし、その一方で、バーツラフ・マルホウル監督は、そもそも人間の持つ原罪を見つめているようにも見えます。

少年を救おうとした牧師が少年を少年性愛の男に(そうとは知らずに)委ねてしまうという皮肉な悲劇などは、まさに人間の救いのない愚かさの現れとして描かれています。

子供は何を学び取るか?

少年を演じたペトル・コラールは、本作がデビュー作です。本作は数年に渡って撮影され、物語の進行に従って少年も年をとり、顔つきも変わっていきます。

最初は無垢な少年を通して、残虐な大人の世界を描いていく作品かと観ていましたが、このような環境で育った子供自身も、当然大人社会の影響を受けていくことになります。

映画『異端の鳥』は「教育」の物語ともいえるのではないでしょうか。子どもたちは周りの大人の生き様を見て育ち、そこから様々な事柄を学んでいくからです。

彼にもっとも親切にしてくれた人は誰でしょうか? 唯一彼を一人前に扱ってくれた人は? その人物の行動や言葉は果たして正しいものなのでしょうか? 仮に間違っていたとしても、唯一自分に優しく接してくれた人の言葉なら少年は信じてしまうことでしょう。

そうした意味からも、映画は“人間の責任”、“大人の子どもに対する責任”に鋭い視線を向け、一種の絶望感と共に子どもたちの声にならない声を響かせているのです(実際、少年は途中から言葉を話せなくなります)。

まとめ

ヤン・ブラサークによるプロダクション・デザインは、茅葺きの小屋や、いくつかの集落、教会などをシンプルにかつ精巧に作り上げていて見事です。

シネスコ、モノクロの映像の中で、水や炎や雪が鮮やかに輝き、リアルというよりはあまりに美しく現実離れした雰囲気を醸し出しています。その地で繰り広げられる人間の残酷な営みとのコントラストが鮮やかです。

使用される言語は、特定の国のイメージがつかないように、人工言語「スラヴィック・エスペラント」語が使われています。

幼い少年にとってあまりにも過酷に思える役柄を見事に演じきったペトル・コラール。彼を取り巻く大人には、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー、ウド・キアーなど、名優たちが顔をそろえています。ハーヴェイ・カイテルが牧師を演じるなど、意外な配役が楽しめます。

衝撃の話題作、映画『異端の鳥』はTOHOシネマズシャンテ他にて2020年10月9日(金)ロードショーされます!

次回の「銀幕の月光遊戯」は…


(C)2020「MOTHER」製作委員会

2020年夏にTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開予定の映画『MOTHER マザー』』(大森立嗣)を取り上げる予定です。

お楽しみに。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら


関連記事

連載コラム

映画『エイリアン3』ネタバレあらすじと感想。ラストまでゼノモーフに立ち向かうリプリーの表情はデビッドフィンチャーならでは!|SFホラーの伝説エイリアン・シリーズを探る 第3回

連載コラム「SFホラーの伝説『エイリアン』を探る」第3回 未知の完全生命体の悪夢が再び!?ヒロイン・リプリーの、三度目の戦いを描いたシリーズ第三弾、『エイリアン3』。 『エイリアン3』は前作『エイリア …

連載コラム

ブラジル映画『SNS殺人動画配信中』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。ラスト怒涛の展開でサイコサスペンスを描いた問題作!|B級映画 ザ・虎の穴ロードショー73

連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第73回 深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞す …

連載コラム

映画『インヘリタンス』感想評価と解説レビュー。本格ミステリーにリリー・コリンズ扮する女性検事の“正義”が揺らぐ|サスペンスの神様の鼓動42

サスペンスの神様の鼓動42 映画『インヘリタンス』は2021年6月11日より全国公開予定! 財政界に巨大な影響力を持つ父親から、1本の鍵を託された娘のローレン。 その鍵で地下室の扉を開いたことで明かさ …

連載コラム

映画『スキンウォーカー|寄生体XXX』あらすじネタバレと感想。最後までラストの意味を掘り下げた監督ジャスティン・マクコーネルの秀作とは⁈|未体験ゾーンの映画たち2020見破録38

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第38回 「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第38回で紹介するのは、恐るべき生態を持つ、謎の怪物を描いたSFスリラー映画『スキンウォーカー(寄 …

連載コラム

ジョコ・アンワル×斎藤工映画『母の愛』『TATAMI』あらすじと感想レビュー。フォークロア・シリーズはアジアの絆という存在|TIFF2019リポート22

第32回東京国際映画祭・国際交流基金アジアセンターpresents CROSSCUT ASIA部門「フォークロア・シリーズ『母の愛』『TATAMI』」 2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学