連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第12回
映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。
今回紹介するのは2021年3月26日(金)より全国公開予定の『騙し絵の牙』です。
『罪の声』の映画化公開も待ち遠しい人気小説家・塩田武士が、大泉洋をイメージして主人公を「あてがき」した小説『騙し絵の牙』が、大泉洋本人の主演でいよいよ映画化です。
監督は、『髪の月』『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督。共演者には、松岡茉優、佐藤浩市、リリー・フランキーら実力派キャストが勢揃です。
交錯する邪推、画策、疑惑。舞台となるのは出版業界。人たらし編集長・速水が牙を剥く。仁義なき騙し合い合戦の末、速水が仕掛けた最後の大逆転劇とは。
映画公開に先駆け、原作のあらすじ、映画化で注目する点を紹介します。
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CONTENTS
小説『騙し絵の牙』のあらすじとネタバレ
出版大手「薫風社」に勤める小山内甫(おさないはじめ)は、作家の二階堂大作のデビュー40周年記念パーティーに出席していました。
業界では「将軍」と異名をとる二階堂のパーティーなだけに、そうそうたるメンバーが集まっています。
「では、ここで各社の担当者から一言いただこうかな」。二階堂の無茶ぶりは有名で、トップバッター指名はお気に入りの証であり、編集者にとっては紛れもない栄誉となります。
「じゃあ、速水、君からいこうか」。二階堂が指名したのは、「薫風社」所属で今はカルチャー誌の編集長を務める速水輝也(はやみてるや)という男でした。
小山内と同期の速水は以前、二階堂の担当をしていたこともありますが、幹部でも現役でもない一介の雑誌編集長が先陣を切るという展開に、場内はざわつきます。
小山内の隣で雑談をしていた速水は、「先生、私、今、ロブスターに手をつけたところですよ」と、戸惑う幹部を他所にその場を笑いに変えました。
ロブスターを持ったまま壇上にあがった速水は、二階堂にロブスターを預け、さらに笑いを取り、「お待たせしました。薫風社の速水です」と挨拶。
「誰も待ってねぇよ!」と野次が飛び、二階堂も上機嫌です。嫌な緊張感を瞬時に和やかな笑いに変える彼の才能を、小山内はかっていました。
速水が編集長を務める月刊誌「トリニティ」は、半歩先の粋な情報を幅広い層の大人に届けるカルチャー誌で、文芸部出身の速水が物語を重視していることもあり、小説と漫画の連載を持つ稀な雑誌でした。
しかしネットが定着する現代では、社会問題やゴシップ、エンタメ情報誌や新聞は、電子化に移行し、雑誌がとにかく売れない時代です。雑誌「トリニティ」も売上に伸び悩みを抱えていました。
そんなある日速水は、編集局長の相沢徳郎に、行きつけの蕎麦屋の個室に呼び出されます。ここでの密談は初めてではありません。
速水の嫌な予感は的中し、相沢は雑誌「トリニティ」の廃刊の可能性を匂わせます。「持ってあと1年や」。ここから、速水の雑誌存続をかけた奔走が始まります。
雑誌の収入源は、販売、広告、コンテンツの二次利用の3つ。まずは、作家とのタイアップ広告の拡大です。
石鹸を売り出したい化粧品会社と作家・霧島哲也のタイアップ短編小説連載が決まりました。担当の篠田充は、編集の仕事に特別な思い入れもなく、察しが悪いタイプです。
石鹸にかけて「スベル」のお題が設けられた霧島の初回原稿は、面白みに欠けていました。霧島とデビュー以来の付き合いがある速水は、彼の性格を考慮し、改良点や自分の案を交え、ダメ出しと呼ばれる「エンピツ」作業に取り掛かります。
作家によっては怒りだす人もいるこの作業ですが、速水は作家と一緒に良い作品を世に出すための必要作業として、とても大事にしていました。
しかし、篠田の安請け合いで決まったスポンサー側と霧島の飲み会の席で、篠田が霧島に暴言を吐く事件が勃発します。怒った霧島は仕事を降りると言い出しました。
帰る霧島を追いかけた速水は、バリカンを掲げ頭を丸めようします。「原稿は作家の命です。それを預かるからには、編集者にも覚悟が必要です」。
速水の剣幕に霧島は、怒りを通り越し、笑ってしまいます。「速水さんに言われれば仕方がないね」。
どうにか危機を乗り越えた「トリニティ」。新たに人気女優・永島咲の小説連載の案も出てきました。決めてきたのは、フットワークの軽さで女性エッセイストと密な関係を築く、中堅社員・高野恵でした。
恵と速水とは、いわゆる不倫関係にあります。どちらも都合の良い時だけ会うドライな関係でしたが、仕事のサポートしてくれる速水を、恵は上手く利用しているようです。
最後の一押しとして、速水は勝負にでます。将軍と呼ばれる大物作家・二階堂の新作を雑誌「トリニティ」で連載しようと二階堂を接待します。
雑誌の危機、そして小説への熱意を率直にぶつける速水に、二階堂は新しい連載を承諾します。
二階堂の新作は、長年温めてきた世界を舞台に飛び回るスパイ小説の大作です。取材費は相当な額が必要になります。
速水は相沢の紹介で、パチンコメーカー勤務の清川徹と出会います。清川は、市場分析の研究実績を買われヘッドハンティングされたという、やり手でした。
パチンコ業界にありながら、アニメ制作会社を買収し、テレビアニメや映画と遊技台との連動を計っていました。
清川は、二階堂の過去作で映像化は難しいとされていた作品のアニメ化とパチンコ台への使用許可を条件に、新作の取材費と「トリニティ」の年間広告を約束します。
二階堂がその作品を大切にしていることを知っている速水は、無理な話だと一度保留にしますが、のちに清水の策略もあり、二階堂の許可を取り付けることに成功します。
すべては雑誌「トリニティ」存続のため。すべては順調に進むかに見えた矢先、速水は思わぬトラブルに巻き込まれていきます。それは、雑誌廃刊を示す予兆となりました。
映画『騙し絵の牙』の作品情報
【公開】
2020年(日本)
【原作】
塩田武士
【監督】
吉田大八
【キャスト】
大泉洋、松岡茉優、宮沢氷魚、池田エライザ、斎藤工、中村倫也、坪倉由幸、和田聰宏、石橋けい、森優作、後藤剛範、中野英樹、赤間麻里子、山本學、佐野史郎、リリー・フランキー、塚本晋也、國村隼、木村佳乃、小林聡美、佐藤浩市
映画『騙し絵の牙』ここに注目!
作家・塩田武士が大泉洋をイメージして「あてがき」しただけあり、主人公の大手出版社「薫風社」の編集長・速水輝也は、実に大泉洋であります。
ものまねのレパートリーから、人たらしな人柄まで。読者は初めから大泉洋を思い浮かべながら読み進めることが容易に出来ます。
映画化にあたり、実際に大泉洋がどのように演じるのかが見どころです。そして、その他の曲者揃いの登場人物を演じるキャスティングにも注目です。
原作と映画では、登場人物名が異なるものが多く、それぞれがどのような登場の仕方をするのか楽しみでもあります。原作にはない新たなキャラは登場するのでしょうか。
大泉洋という男
大泉洋が原作の解説に当てた文章には「不思議な感覚でしたねぇ」という書き出しがあります。舞台や映画では経験があっても、小説であてがきというのは初めてという大泉洋。
「塩田さんの技量の凄さを感じたのは、僕の中にある、けっしてわかりやすくないものを掘り出してくださった所です」とも言っています。
一般的に皆が描いている大泉洋のイメージをちゃんと捕えながらも、陰の部分や期待する部分を上手く足した速水という人物。もうひとりの大泉洋の誕生とも言えるでしょう。
哀愁を背負ったダークヒーロー・大泉洋は、映画『探偵はBarにいる』シリーズを彷彿とさせるかもしれません。
映画化に向け、大泉洋は「あなたの想像どおりになるのか、それとも、あなたの想像を裏切るのか、楽しみにしていただきたい」と締めています。
白熱する会議・中央委員会
主人公の速水は、小説へ愛情と力を注ぐ真の編集長です。一方で、会社組織のなかで、権力争いに巻き込まれ、上司の命令は絶対という歯がゆいサラリーマンの一面もあります。
出世のためにコロコロ態度を変える上司・相沢に、速水は散々振り回されます。会社と作家の板挟みになり、何度も危機を乗り越えて行きます。
しかし、とうとう堪忍袋の緒が切れる時がやってきます。経営陣と現場編集者たちの交渉の場「中央委員会」です。
相沢の命令で経営陣側の援護をするはずの速水が一変、雑誌存続に向けた発言を編集者たちを代表して言ってのけます。
この演説の上手さが速水の特徴でもあります。会議は白熱し、裏切者の存在もあぶりだされます。この会議の模様は、映画でも見どころ間違いなしです。
部下のために熱い演説をする大泉洋。ドラマ『ノーサイド・ゲーム』の君嶋隼人、再来です。
騙しの爽快感
『騙し絵の牙』の面白い所は、主人公の見事な裏切りにあります。爽快感あるどんでん返しに、誰もが驚かされることでしょう。
完璧な仕上がりなだけに、騙し絵ということにすら誰も気付かない名画のように、最後まで速水の裏の顔は明かされることがありません。
むしろ、作り上げた表の顔が、非の打ちどころない完璧な人間であり、愛嬌をもって好かれる性格であるなら、騙されていたとしても怒りを感じる人はいません。
巧みな話術とスマートな立ち振る舞いで人を愉快にさせる、そんな人たらしな一面も、素の大泉洋と重なります。
映画化でどのように大泉洋が大泉洋を演じるか。気持ちよく騙してくれることを期待します。
まとめ
『騙し絵の牙』の原作の紹介と、映画化に伴い注目する点をまとめました。
映画のあらすじは、出版社「薫風社」の社長が急逝し、次期社長の座をめぐって権力争いが勃発。速水が編集長を務める雑誌「トリニティ」の廃刊をめぐり、無理難題が降りかけられた速水はピンチに陥ります。
原作とは少し違う展開が待っていそうな映画化で、くせ者だらけの登場人物たちがどのように暴れまくるのか。とても楽しみです。
お調子者で世渡り上手の人たらし速水が、最後に見せる裏の顔とは。巧妙な騙し絵に隠された牙を、あなたは見抜くことが出来るのか。
映画『騙し絵の牙』は、2021年3月26日(金)より全国公開です。
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