映画『アボカドの固さ』は2020年9月19日(土)より、渋谷ユーロスペースほかにて全国順次公開!
劇作家・平田オリザが主宰する劇団「青年団」に所属し、『友だちのパパが好き』『あの日々の話』などの話題作に出演する若手俳優・前原瑞樹が、かつて実際に経験した「失恋」を映画化した『アボカドの固さ』。
この度、本作を手がけられた城真也監督にインタビューを敢行。
前原さんの実体験を「映画監督」という他者として描くにあたって意識されたこと、自身が追求し続けてきた映画制作におけるテーマなど、貴重なお話を伺いました。
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「大したことない話」として描く
──主演を務めた俳優・前原瑞樹さんの実体験を劇映画という「フィクション」として描くにあたって、どのようなテーマを最初に意識されたのでしょうか。
城真也監督(以下、城):まず大きなテーマとして、「失恋した男が“その後”を過ごしていく」という日常の時間を撮ろうと考えていました。「失恋した男の物語」自体はこれまでに多くの作品が描いていて、失恋後に様々なドラマが展開され続けるものですが、僕は本作を通じてそうしてドラマティックな物語ではなく、失恋直後の帰路、失恋直後の食事など、「ドラマ」として取り上げられないし退屈ではあるけれど、けれど確かに何かしらの感情が伝わってくるような時間、「その心の内では何かが起こっている」と想像できるような時間にフォーカスしようと考えていました。「失恋した男の物語」である本作に関しては、「大した話」ではなく「大したことない話」として描きたかったんです。
今現在の社会で「映画」という存在は絶対に必要と言える理由はありません。そのような状況下で映画を作るのだからこそ、自分たちにとっての映画を作る理由が必要だと思っています。「失恋した男の物語」は、あまりにも普遍的な物語であると同時に多くの人々にとって「どうでもいい」物語でもあります。実際前原君の失恋の物語が、この世界に大きな変化をもたらすわけではない。それを無理にドラマティックに描いてしまうことは、映画にとっても前原くん本人にとってもよくないと感じたんです。
その一方で、「俳優本人の実体験を“他人”である監督が撮る」という物語の捉え方に対する大きなねじれが、本作の面白さだとも思っています。ある意味では匿名的な立場に立たされた人間が、ある人間の実体験を批評した映画とも受け取ることができる。だからこそ本作をご覧になる方々には、劇中で描かれる「失恋」という日常への共感や感情移入に基づいて観るだけでなく、「他者」として一人の人間である前原くんを見つめてもらえると、また違う本作の面白さを感じてもらえるんじゃないでしょうか。
実体験をフラットに演じてほしかった
──本作の物語の大半は「自身が一度体験した出来事」でもある前原さんが主人公の「前原瑞樹」を演じるにあたって、城監督からはどのような演出をされたのでしょうか。
城:その場面における感情や情緒が過多にならないよう、フラットに演じてほしいとは伝えていましたね。「悲しい場面に対し、演者が“悲しい”という感情を抱きながら演じるのは避けてほしい」と話しました。
脚本上に書かれた場面設定やセリフ、実際に撮影を行うロケーションを通じて、感情は自然と表れてくる。ましてや前原くんは一度体験しているわけですから、心の内に生じた感情は必ず漏れ出てくるはずです。そこへ更に感情を乗せてしまうと、どうしても感情や情緒が過多になってしまうんです。それは本作にとってのリアリティを失われてしまう原因になってしまうため、できる限りフラットに演じてほしいとお願いしました。それは前原くんに限らず、他のキャスト陣にも言い続けていました。
弱者の強者性
──先ほどを城監督は映画を作る理由について触れられていましたが、城監督が「映画監督」として映画を作る理由とは何でしょうか。
城:僕にとっての映画とは、他者とのコミュニケーションによって生まれる「まなざし」の表現なのかもしれません。
これまで作った映画には「“虐げられた者”の視点から世界を見つめる」というテーマが共通してあります。『アボカドの固さ』の場合、恋人にフラれた男はある種の虐げられた者であり、「可哀想」な人、「辛い」な経験をした人と扱われる意味で、社会的な「弱者」と言えるかもしれません。
ただここでいいたいのは、弱者にもまた「強者」の一面があるという点です。例えば劇中、友人たちが居酒屋で前原くんの話を聞く場面がありますが、友人たちが失恋とは別の話題に移ろうとすると、前原くんは「俺の話をしろよ」といったセリフを言う。友人たちは空気の読めない人間、弱者に対して気の使えない人間だと思われるのも不本意なので、前原くんの言葉を無視できない。そういう意味では、弱者は強者にもなり得る。状況によっては誰もが弱者であるし、あるいは誰かにとっての強者でもあり得る。そういった個人間や社会における弱者の強者性について問題意識を持っています。
社会によって生み出される「空気感」
──「弱者」そして「弱者の強者性」という映画制作におけるテーマを城監督が抱くようになったきっかけとは何でしょう。
城:僕は親戚の集まりで大人たちの会話に耳をすませているような子どもでした。「この人は“えらい”んだ」「この人は冷遇されている」とか、幼いながらも大人たちの微妙な軋轢を感じとるんですよね。そういった強者のいやらしさが垣間見える様子、弱者を生み出そうとする嫌な空気感を目にしては、「それ変じゃない?」と言ってわざと困らせるようなことをしてました。そうした態度は今の映画制作につながっている部分があるかもしれません。
──城監督にとって「空気感」とは一体何でしょう。
城:やはり個人だけで生じるものではなく、複数の個人によって構成される社会という空間の中で生じるものだと感じています。だからこそ特定の個人が悪いのではなく、社会がその原因を生み出しているんだと。
僕は個人を見つめるという行為を通じて、その背後にある社会のあり方を描きたいのかもしれません。だからこそ僕にとっての映画は「まなざし」の表現であり、他者としての個人とのコミュニケーションがなくては成り立たないのかもしれません。それ自体はこれからも大きく変わることはないはずです。
インタビュー/河合のび
撮影/出町光識
城真也監督プロフィール
1993年7月1日生まれ、東京都出身。早稲田大学入学後の2017年、是枝裕和監督が講師を担当する映像製作実習内で制作された中編『さようなら、ごくろうさん』が第39回ぴあフィルムフェスティバルに入選。
そして2019年、自身初の長編『アボカドの固さ』が「TAMA NEW WAVE」ある視点部門にて入選、第41回ぴあフィルムフェスティバルにてひかりTV賞を受賞しました。
劇場公開にあたってのコメント
4月に公開予定でしたがコロナ禍で夏以降に上映延期となり、5月には急遽立ち上がった「仮説の映画館」での先行公開を行いました。
当初イメージしていた劇場公開とは異なる道のりをたどってきた『アボカドの固さ』ですが、いよいよユーロスペースのスクリーンで上映することができます。
先行公開でご覧になった方も、そうでない方も、是非劇場に見にきてくださると嬉しいです。よろしくお願いします。城真也
映画『アボカドの固さ』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
城真也
【キャスト】
前原瑞樹、多賀麻美、長谷川洋子、小野寺ずる、並木愛枝、兵藤公美、空美、山口慎太朗、西上雅士、日下部一郎、坊薗初菜、松竹史桜、金子鈴幸、野川大地、長友郁真、用松亮、宇野愛海、田中爽一郎、堀山俊紀、シイナマキ、阪本真由、二見悠
【作品概要】
主人公・前原瑞樹を演じたのは俳優である前原瑞樹・本人。劇団青年団に所属し、近年では『友だちのパパが好き』『あの日々の話』のほか、ドラマでも話題作に相次いで出演する実力派若手俳優であり、本作の出発点となった自身の失恋の実体験を上塗りするように、かつての自分を演じ直しました。
また彼にやさしく寄り添うのでなく、かといって突き放すのでもなく、徹底して「他者」として映画を制作したのは、本作が長編処女作となる城真也監督。是枝裕和監督・監修のもとで制作された前作『さようなら、ごくろうさん』はPFFアワード2017に入選し、三宅唱監督や五十嵐耕平監督の作品制作にも参加している期待の新人監督です。
映画『アボカドの固さ』のあらすじ
ある日突然、5年付き合った恋人・清水緑に別れを告げられた俳優・前原瑞樹。
どうにかヨリを戻したい一心で、周囲に失恋相談をして回り、ひとまずは1カ月後に迎える25歳の誕生日まで待つと決める。しかし、待てど暮らせど清水からはなんの音沙汰もない……。
復縁への淡い期待を抱きながら右往左往する男の<愛と執着の30日間>。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。