ドキュメンタリー映画『どこへ出しても恥かしい人』は全国順次公開中
ちあきなおみ、大島渚、中上健次ら多数の芸術家・文化人を魅了するなど、根強い人気を持つアーティスト・友川カズキ。1975年にアルバム『やっと一枚目』でデビュー。代表曲に「生きてるって言ってみろ」、ちあきなおみに提供(作詞作曲)した「夜へ急ぐ人」などがあるほか、画家・詩人・競輪愛好家など多方面に渡る才能をみせています。
ドキュメンタリー映画『どこへ出しても恥かしい人』は、友川カズキの競輪に明け暮れる日常と、絵画・音楽の表現活動における孤高の姿を映し出しています。
時は2010年・夏。佐々木育野監督は友川さんにカメラを向け続けました。今回のインタビューでは、完成までに10年をかけた背景や、映画に込めた思いなどを佐々木監督にたっぷり語っていただきました。
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友川カズキを通して見えた「家族の在り方」
──友川カズキさんと初めて言葉を交わされた時のことを教えていただけますか?
佐々木育野監督(以下、佐々木):別に企画していた作品のナレーションを友川さんにお願いしようと思い、友川さんのご自宅にプロデューサーと伺ったことがあるんです。
その際、本棚に西村賢太さんの著書を見つけて「西村賢太さん、読まれるんですね」と話しかけたら、友川さんも西村賢太さんにハマっていらっしゃったらしく、非常に盛り上がりました。そしてお話をさせてもらっていくうちに、「友川さんご自身を撮りたい」という思いが強くなっていきました。
──実際に撮影に入られてからは、友川さんのお姿はどのように映りましたか?
佐々木: 撮影時は、アーティストというよりも「ダメな父親」という印象が強かったです。僕自身、基本的には人を怒らせてばかりいるダメ人間なんですが、その時はちょうど自分に一人目の子どもが生まれ、これから父親として頑張ろうというタイミングだったんです。そう自分が意気込んでいる時に友川さんはというと、家族と離れて単身生活を送り、一日中競輪を打っている。「こうなったらおしまいだ」という意識が強くありました。
ただ撮影時はそうだったものの、その後自分が3人の子持ちとなり、いろいろな経験を重ねていくうちに「友川さんの親子関係というのは決して悪いものではない」「それぞれが『続けていこう』という意志をもって家族として過ごしてきた中で、ああいう距離感に辿り着いているのはある種の幸せではないか」と思えるようになりました。その境地に至るまでには10年もかかってしまいましたが。
10年がかりの編集を経て映し出すもの
──本作の編集には10年かかったと伺いましたが、そのことについてより詳しくお聞かせ願えませんか?
佐々木:友川さんの生き方をポジティブに描けるようになるのに、それ程の時間が必要だったと感じています。編集バージョンもいくつかあったのですが、それは現在のバージョンよりも暗くネガティブな内容でした。
それでも、友川さん自身はポジティブとかネガティブとかいうのではなく、もっと力みがなく、絶望と楽観が共存しているような印象ですね。そんな日常が全体としてはある種の喜劇と言うか、「あっけらかんとしていて、むしろ面白いんじゃないか」と受け止められるようになっていきました。最終的には友川さん、僕自身も納得できるものを作り上げることができました。
編集途中では新しく撮影した映像を追加することも考えたんですが、3.11以前のまだいろんなものがバラけてしまう前の緩やかな時代が画面には映っていて、いろんな人にとって共通のものが観せられるのではないかと考え、あくまで10年前に撮った映像だけで構成しました。
編集に時間はかかってしまったのですが、時代の流れに囚われず自分自身で判断するという友川さんの変わらぬ自由な生き方は、撮影当時よりも不寛容で厳しいものとなった今の時代にこそより際立つものとして迎え入れられるのではと感じています。
アーティスト・友川カズキが持つ”魔法”
──作中、友川さんのマネージャーへのインタビューが映像で映し出されるものの、友川さんご本人をはじめそれ以外にインタビュー映像が描かれることはありません。そのような形で本作を構成された理由とは何でしょう?
佐々木:友川さんの音楽や絵画作品には、何の前置きもなく突然、心の深いところに誘うような瞬間があります。今回の制作にあたって、その原因や理由を言葉で説明するような、手品の種明かしをするようなことは考えていませんでした。
それよりも、その瞬間を1つの魔法として捉えて、そこで感じた衝撃をダイレクトに映画の中に刻むように意識はしました。その意味ではドキュメンタリーというよりもフィクション的なアプローチかもしれません。ハリー・ポッターじゃないですけど、アパートでの粛々とした日常の中で突如深遠なものが覗くような、日常に現れる奇跡の実在を感じさせる作品にはできたという手応えは感じています。
意外と優しい世界で
──10年がかりで完成された作品が劇場公開を迎えた今、改めてその心境をお聞かせください。
佐々木: 今私は39才なのですが、30代をまるまるこの作品に注ぎ込んだことになります。みなさんが本作をどういう風に観てくださるのかなと思っていたのですが、東京での公開時には何回も観てくださる方もいるなど、好意的に観ていただけることが多く嬉しかったですね。思ったよりも幅広い層の方に観てもらえていると感じています。
本作は手探りというか、文字を用いて設計図的に構成することはせずに作っていきました。もともと僕は文字でまとめるのに時間のかかるタイプなので敢えてそうしたんですが、観た方がそれぞれの場面を自分自身の言葉で落とし込んでくださる様子にとても感動させられました。
この10年でわかったのは、言葉にすると曖昧になってしまうものも、映像などを介せば意外と共有できるんだなということです。それはスタッフでもお客さんでも同様で、だからこそ「世界って意外と優しいんだな」と感じられました。
そして映画制作にあたって、もっと積極的に確信だけを信じて走り出してもいいのかなと思えるようになりました。誰かを動かすような「企画書」に神経を注ぎ過ぎるのではなく、取り敢えず始めてから出来上がるところに辿り着けばいいかなとも感じています。
インタビュー・撮影/西川ちょり
佐々木育野監督のプロフィール
1980年12月9日生まれ、岩手県宮古市出身。大学在学中から自主映画の制作を始め、東京で映像製作の仕事に携わります。
その後は長野県御嶽山、瀬戸内の島など国内を転々としながら、様々な職種を経験。現在は大阪で暮らし、山小屋業務をまとめた映像作品『或る山』は第2回恵比寿映像祭にて上映されました。
映画『どこへ出しても恥かしい人』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
佐々木育野
【出演】
友川カズキ、石塚俊明、永畑雅人、及位鋭門、及位然斗、及位玲何、大関直樹、安部俊彦、林秀宣、六兵衛鮨、菊池豊
【作品概要】
ちあきなおみに楽曲を提供するなど、歌手・画家・詩人として知られるアーティスト・友川カズキの競輪狂いの日常と歌や絵画の表現活動に迫ったドキュメンタリー映画。
作家・中上健次作家、映画監督・大島渚ら多数の芸術家や文化人からも惜しみない賛辞を浴びた異形のアーティスト・友川カズキ、2010年夏の記録です。
映画『どこへ出しても恥かしい人』のあらすじ
2010年、夏。歌手・画家・詩人として知られるアーティスト・友川カズキは、川崎の小さなアパートで家族と離れて一人で暮らしています。
彼は一日の大半を、競輪場で車券を握りしめながら、あるいは家のテレビに向かって声を上げながら、レースの予想に明け暮れて過ごしています。大穴狙いのため、当たることはまれですが、たまに大当たりがやってきます。
離れて暮らしている息子たちと会うときも競輪場に誘い、ただ予想するだけでなく実際に車券を買うこと、リスクを負うことの大事さを説く友川。
近所の公園の噴水で水浴びをする姿が映し出される一方、無心に絵を描く様子はアーティストそのもの。ライブで歌う姿は別人のように鬼気迫るものがあります。そして友川は「人間下には下がある」とうそぶきながら自分自身を貫き、日々を生きています。
映画『どこへ出しても恥かしい人』劇場上映情報
【2020年4月3日(金)〜】
出町座(京都)
▶︎出町座公式HP
【2020年4月4日(土)〜】
シネ・ヌーヴォ(大阪)
▶︎シネ・ヌーヴォ公式HP
横浜シネマリン(神奈川)
▶︎横浜シネマリン公式HP
【近日上映】
元町映画館(神戸)
▶︎元町映画館公式HP
横川シネマ(広島)
▶︎横川シネマ公式HP
ドキュメンタリー映画『どこへ出しても恥かしい人』は全国順次公開中