映画『ワンダーウォール 劇場版』は2020年4月10日(金)より全国順次ロードショー
ある学生が京都で見つけた汚いけれど歴史ある学生寮。そこは、魅力にあふれ、寮生たちが「何としてでも守りたい」と奮闘する場所でした。
京都の学生寮を舞台に、自分たちの居場所を奪われようとしている若者たちの揺れ動きながらも熱い胸の内を描いたドラマ『ワンダーウォール』。2018年の放送後にSNSなどで大きな反響を巻き起こした同作が、未公開シーンなどを追加した「劇場版」として再び登場します。
作品には主演の須藤蓮をはじめ、岡山天音、三村和敬、中崎敏、若葉竜也、成海璃子ら若手俳優が集結。揺れ動く若者たちの心のさまを生き生きと演じています。
そして本作にて脚本を担当したのが、人気脚本家の渡辺あや。京都という街並みを背景に、社会的にも非常にメッセージ性の強い物語を執筆しました。このたび2020年3月1日の「シネマ尾道」映画イベント内での本作のプレミア上映を記念し、渡辺さんにインタビュー。本作の物語を描いた自身の思いの経過などを尋ねました。
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現在の社会と重なり合う廃寮問題
──当初は「京都発地域ドラマ」として描かれた本作の物語ですが、そもそもどのような過程を経て現在の物語は形作られていったのでしょうか?
渡辺あや(以下、渡辺):京都は元々学生の街でもあるので、「『京都発地域ドラマ』として『学生の街』という京都の一面を大事に描いてほしい」というリクエストがあったのが、そもそものはじまりですね。そのため当初は、「京都に古くからある学生寮を舞台に、就職と卒業を控え人生の岐路に立たされた女子大生がそこに迷い込み、さまざまな出会いや事件を通じて次に踏み出していく勇気を得る」という案もありました。
ですがその学生寮のお話を伺った際に、私はそこに廃寮問題という現在の「学生の街・京都」にとって重要なテーマがあることに気づきました。そしてそのテーマを通じてこそ、「学生の街・京都」を舞台とする物語をより面白い形で描くことができると感じられたんです。
また廃寮問題は、京都のみならず全国的にも見受けられるものでもありますし、現在の社会に対して私が日頃から抱いている危機感とも重なり得るものでもあります。「より大きな問題と重ねて描くことで、ドラマとしての魅力をより強調したい」という思いを私はプロデューサーさんや前田悠希監督などのスタッフ陣に伝え、その結果として現在の物語が生み出されました。
学生寮を守る「つながり」づくり
──劇中では、建て替えを迫られた学生寮を守るために闘い続ける寮生たちの姿が描かれています。それを踏まえた上で、京都をはじめ、実際に全国各地で見受けられる廃寮問題の現状を改めてお聞かせ願えませんでしょうか?
渡辺:たとえば、かつて起きた東大駒場寮の闘争では「あくまで自分たちは大学側と闘う」と学生たちが気運を高め、それを訴えるための伝説のライブなどを行ったそうです。そうすることで自分たちが直面している問題を出来る限り盛り上げ、闘争の意味や自分たちの思いを世に訴える機会を作ろうとしたのだと思います。ですがその方法も、「盛り上がり」が終わると問題に対する関心の熱も冷めてしまい、結局駒場寮は失われてしまいました。
そんな過去の例を知る今の学生たちは、「瞬間的な盛り上がりだけで闘争を終わらせてしまうのではなく、より広くこの問題を知ってもらう必要がある」と感じていました。
そして「寮は怖いところではなく、フレンドリーで親しみのある場所だ」ということを近隣の方たちに理解してもらう必要があるとも考え、一般の方に寮内を案内するツアーを企画したり、夏休みには地元の小学生を招待して交流会を催したりと、さまざまな活動を通じて「地元に愛される学生寮」となることに努めました。
今は大学側からの退去勧告通知によって寮生が減少し、寮生と大学間での裁判も行われているんですが、裁判の傍聴には寮生よりむしろ地元の住民や支援者の方々がより多く参加しているという状況が生まれているそうです。寮生たちの活動が、そういった成果に結びついているわけです。
出会ったことのないコミュニティ
──本作の脚本執筆を通じて、「学生寮」という空間にはどのような魅力があると感じられましたか?
渡辺:学生寮には、行ってみないとわからない不思議な魅力があります。たとえば、前田監督が取材として寮を訪ねた感想として「この感覚は、今までの自分の人生において一度も味わったことがない」とおっしゃっていたことがすごく象徴的でした。
その取材時には寮生のみんなが鍋を振る舞ってくれたらしいんですが、前田監督は「自分はNHK製作のドラマを手がける予定の監督」と意識しながら訪ねたにも関わらず、そんな自分に対してもすぐにフレンドリーに受け入れてくれたそうです。その寛容なコミュニティに対して前田監督の心はとても温まり、そのときの感覚が忘れられなかったんだと。
近年の若い人たちは、たとえ「友人」であっても一定の距離を置いて付き合ってしまう傾向があるのだそうです。それは前田監督も同様で、友人たちとともに映画サークルを設立し活動してはいたけれど、どこかある程度の距離を置いて、お互いの深い部分をつつき合ったりしないように接し続けていたらしいです。
「自分は他者との関わりを通じて『熱いもの』を互いに感じ合うような体験を知らないまま、大人になり、この年齢に至ってしまった。けれども学生寮を訪ねた際に、出会ったことのないコミュニティ、そして『熱いもの』を感じ合える空気を初めて実感できた」と前田監督はおっしゃっていました。その点を踏まえると、『ワンダーウォール』という物語は非常に現代的なテーマだと感じられました。
人々を隔ててしまう「ワンダーウォール」
──劇中でも象徴的に描かれている「壁/ウォール」についてですが、作品タイトルにて「ウォール」に付け加えられている言葉「ワンダー」にはどのような意味が込められているのでしょうか?
渡辺:京都の学生寮には私自身も取材のために訪ね、寮生たちと実際に会ったんですが、そこで感じ取った闘争の熱量は、かつてニュースを通じて見聞きしていた東大駒場寮の闘争とは全く違うものでした。
私は取材に際して「能動的に事件を起こして強く訴えてくる」といったイメージの寮生たちのもとへ行くつもりで構えていたんですが、寮生たちはとても冷静でむしろ「逆に熱くなったら負けだ」という意識を強くもっているんじゃないかと感じられました。
私の世代の若者たちは「話し合えばわかる」「喧嘩し合えばわかり合える」という空気が社会の共通認識としてあった気がします。ですが、現在の若者たちの間にはそういったものは存在せず、空気に漂う「低い温度」を感じられます。その良し悪しは別として、なぜそういう状態なのかという点に私は非常に興味をもち、その上で寮生たちと会話を交わしました。
その中で、「『ワンダーウォール』ともいえる目に見えない壁が大学と寮生の間に存在し、もしかしたら寮生同士にもあるかもしれない」「そのことを寮生たちは理解しているのではないか」と思ったんです。自分たちの知らない間に、目に見えない「ワンダーウォール」ができている。そして今、私たちはそういうところに暮らしているんだという実感。現在の社会状況を理解してしまっているメンタリティーが、寮生たちの闘争に対する意識、若者たちの間にある「低い温度」を作り出しているんじゃないかと。
作品とメッセージを生かし続けるために
──あるインタビューにて渡辺さんは「東日本大震災以降に作品執筆に対する渇望や、執筆への意識が湧いてきた」と語られていました。その渇望や意識は現在も強く感じられていますか?
渡辺:最近も強く感じますね。ただそれと同時に、これまでの「切り口」の限界を非常に感じています。
実はドラマ版に関しては、BSでの初回放映の後に、より多くの人に見てもらえる地上波での放映があったのですが、NHKの数ある番組の一つであったために、どうしても広報の機会が限られてしまっていました。そんなときに、ドラマを見て共感してくれた仲間が、本作の思いをより広げる必要があると考え、有志で「広報室」という名のブログを立ち上げてくれたんです。そこに私自身も参加しながら、ドラマ版『ワンダーウォール』の地上波放映に向けての広報活動を地道に続けてきました。
その際には廃寮問題に対して同じような危機意識を感じられている方とつながることができたなど、作品に込めたメッセージがある程度の広がりを見せたんですが、その一方でこの問題のみならず現在の政治に対する批判的な発言をした瞬間に、相手から拒絶されてしまう傾向が今の世の中にはあることも感じたんです。
これは若い人たちの考え方を聞いていても感じたことなんですが、現在の社会に生きている人々は、「怒り」という感情にとても敏感で、苦手とする傾向が強いのかもしれません。怒らなくてはいけないことは現在の日本には無数に存在するはずですが、その表現に「怒り」が感じられると、そこにコミットしたくない、距離を置きたいと怖がってしまう方が多い気がしています。
だからこそ、本作とそこに込めたメッセージをより広く伝えていくためには、新しい語り口が見つけていかなくてはならないんだと感じつつあります。ある問題への意識についても、人々に「自分のこと」として意識してもらえるように伝えるためには、時には「怒り」とは違う切り口、たとえば「楽しい」「面白い」といった切り口による発信を考えていく必要があるんだと思っています。
インタビュー・撮影/桂伸也
渡辺あや(わたなべあや)のプロフィール
1970年生まれ、兵庫県出身。大学卒業後にドイツにて5年間生活し、帰国後は島根県で主婦として暮らしていましたが、1999年に映画監督・岩井俊二のオフィシャルサイト内のシナリオ募集コーナーに応募。そして2003年に映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビューを果たしました。
以後、ドラマ『ロング・グッドバイ』(2014)『カーネーション』(2011)、映画では『メゾン・ド・ヒミコ』(2005)『天然コケッコー』(2007)『ノーボーイズ,ノークライ』(2009)など話題作の脚本を執筆しています。
映画『ワンダーウォール 劇場版』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督】
前田悠希
【脚本】
渡辺あや
【音楽】
岩崎太整
【キャスト】
須藤蓮、岡山天音、三村和敬、中崎敏、若葉竜也、山村紅葉、二口大学/成海璃子
【作品概要】
大きな力に居場所を奪われようとしている若者たちの純粋で不器用な抵抗の姿を通して、その輝きと葛藤を映した物語。2018年にドラマとして放送された後にSNSなどで多くの反響を呼び、公式写真集やトークショーが行われるなど異例の広がりを見せ、劇場映画として公開を果たすことになりました。
映画『ジョゼと虎と魚たち』(2003)や『その街のこども』(2010)の渡辺あやが手がけたオリジナル脚本をもとに、ドラマに引き続き前田悠希が監督を担当。映画化にあたって寮内を撮影した未公開カットを追加。さらに『全裸監督』(2019)ほか数々の映画、ドラマを手がける音楽の岩崎太整がドラマ版の続きとなるテーマ曲を書き下ろし、クライマックスにはドラマに共感した人150人が参加し演奏した一大セッションを実現。その後の寮のエピソードとともに作品に追加されました。
主人公キューピー役を務めたのは、1500人のオーディションから選ばれた須藤蓮。さらに主要キャストの志村役を岡山天音、マサラ役を三村和敬、三船役を中崎敏、ほか若葉竜也、成海璃子らが出演しています。
映画『ワンダーウォール 劇場版』のあらすじ
古都・京都の片隅に100年以上の歴史をもつちょっと変わった学生寮がありました。その建物の名前は「近衛寮」。
一見無秩序のようでいて、“変人たち”による“変人たち”のための磨きぬかれた秩序が存在し、面倒くさいようでいて、忘れかけている言葉にできない“宝”が詰まっている場所でした。
そんな寮の写真を見つけて憧れ、この大学に入学した主人公・キューピー。
しかしその学生寮に、老朽化による建て替えの議論が巻き起こります。新しく建て替えたい大学側と、補修しながら現在の建物を残したい寮側。
双方の意見は平行線をたどりまとまりません。ある日、両者の間に壁が立ちました。
両者を分かつ壁をめがけて、団体交渉に出向いた寮生の目の前に、ひとりの美しい女性が現れて……。
映画『ワンダーウォール 劇場版』は2020年4月10日(金)より全国順次ロードショー