第15回大阪アジアン映画祭上映作品『私のプリンス・エドワード』
毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も今年で15回目。コロナウイルス流行の影響により、いくつかのイベントや、舞台挨拶などが中止となりましたが、連日、熱心なファンが詰めかけ、ついに残すところあと一日となりました。
今回紹介するのはコンペティション部門上映の香港映画『私のプリンス・エドワード』(2019)です。
【連載コラム】『OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録』記事一覧はこちら
映画『私のプリンス・エドワード』の作品情報
【日本公開】
2020年公開(香港映画)
【原題】
My Prince Edward [金都]
【監督・脚本】
ノリス・ウォン(黃綺琳)
【キャスト】
ステフィー・タン(鄧麗欣)、ジュー・パクホン(朱栢康)、バウ・ヘイジェン(鮑起靜)、ジン・カイジエ(金楷杰)、イーマン・ラム(林二汶)
【作品概要】
脚本家兼作詞家として長らく活躍してきたノリス・ウォンの長編映画単独監督デビュー作品。脚本も務め、第39回香港電影金像奨で新人監督賞、脚本賞、主演女優賞、主演男優賞、助演女優賞、編集賞、オリジナル作曲賞、オリジナル歌曲賞の8部門にノミネートされました。
ノリス・ウォン監督のプロフィール
脚本家、作詞家としても活躍。2012年に香港浸会大学で映画制作の修士号を取得。短編作品「Fall(落踏)」で香港フレッシュ・ウェーブ国際短編映画祭・最優秀脚本賞を受賞。『私のプリンス・エドワード』(2019)が初の単独監督長編作。第56回金馬奨において新人監督賞、第39回香港電影金像奨で新人監督賞、脚本賞にノミネートされました。
映画『私のプリンス・エドワード』のあらすじ
太子(プリンス・エドワード)地区の「金都商場」にあるウェディングショップで働くフォンは、同じビルでウェディングビデオのカメラマンとして働くエドワードと同棲しています。
ある時、フォンは、結婚する際に離婚経験があることを記載されることを知りあわてます。
というのも彼女は10年前に、友人たちと部屋をシェアするためのお金欲しさに中国大陸の男性と偽装結婚をした過去があったからです。
彼女にとっては形だけのもので、当然、業者によって処理されていると思い込んでいたのですが、役所に立ち寄って調べてみると、まだ婚姻が継続中であることがわかります。
そんな矢先、フォンはエドワードからプロポーズされ、エドワードの母親の意向で、フォンが特に望んでいなかったいなかった披露宴を行うこととなりました。
偽装婚姻の離婚手続きをとるために相手男性と連絡を取るフォンでしたが、エドワードにその事実を知られてしまいます。エドワードは激しく嫉妬し、2人の仲を疑いますが、フォンに諭されてなんとか落ち着きます。
離婚手続きと結婚式の準備を同時に進める過程で、フォンはこれまで当たり前に受け入れていた事柄に疑問を持ち始め、結婚と幸せについて改めて考え始めます。
『私のプリンス・エドワード』感想と評価
太子(プリンス・エドワード)地区の「金都商場」は、ブライダルショップ関係の店が多く入っていることで知られています。ここを舞台に物語が展開し、ステフィー・タン扮するフォンとジュー・パクホン扮するエドワードという主役の2人は、互いにブライダルショップで働くカップルという設定です。
2人はブライダルショップ仲間から公認のカップルとして認められていて、そろそろ結婚を考え始めています。
フォンが過去に行った偽装結婚というものを通して2人が揺れ動く姿が描かれますが、エドワードが独占欲にかられて大騒ぎする一方で、フォンは静かに覚醒していきます。
映画はこの2人を3つの視点からみつめています。
1つ目は「普遍的な男女の差異」です。
エドワードは、ど派手な演出でフォンにプロポーズをしてみせます。彼にとっては、ここにかけた労力が愛の証なのですが、フォンはこのようなプロポーズを臨んでいたわけではないので素直に感動することができません。
こうした男女の意識のズレはリム・カーワイ監督の『どこでもない、ここしかない』(2018 OAFF2018特別招待作品)の主役のカップルのエピソードを思い出させます。
出ていった妻に夫が復縁を迫ると妻は「愛の形を見せろ」といいます。男は考えた挙げ句、大勢の友人たちの協力を求め、あるモニュメントを築きますが、それは妻が望む愛ではありませんでした。
どちらの場合もどうしようもなくわかりあえない男女の差異がクロースアップされます。
2つ目は「結婚に対する意識の相違」です。
エドワードの持つ結婚感は保守的なもので、妻の主張はいつもいつの間にか立ち消えになり、彼自身や彼の母親の言い分が優先されます。
彼の持つ結婚像には、妻の意志や生きがいなどは入っていないように見えます。
女は結婚して家に入ったらその家のしきたりに従い、子どもを育てるのだという男性の「結婚感」は未だに決して珍しいものではありませんが、女性の意識は明らかに変化してきています。
主題的にはノア・バームバックの『マリッジ・ストーリー』にも通じるものがあるといえるでしょう。
3つ目は「香港にとっての中国本土の存在」です。
偽装結婚の相手である中国人は、中国本土の生活を嫌い、香港に移住したいと考えています。
こうした背景を描くことによって、本作は、一般的な恋愛映画や、いわゆる“女性映画”と定義される作品とは一線を画したものとなっています。
香港人にとって中国本土の存在はいやがおうにも向かい合わなければならないものなのですが、2人の男性の間に立つフォンが、現在における「香港」の立場そのものを体現しているようにも見えます。
まとめ
本作は、『淪落の人』(OAFF2019上映『みじめな人』)などを排出してきた「オリジナル処女作支援プログラム」入選作です。
ヒロインのフォンを演じたテフィー・タンは、全編に渡って、静かなトーンを保ちながら、ゆっくりとですが確実に意志を持ち始める女性を好演しています。
フィアンセのエドワードを演じたジュー・パクホン(朱栢康)は、嫉妬心にかられ、大騒ぎし、フォンを独占しようとする様子をコミカルに演じています。ただの困ったフィアンセではなく、すこぶる善人の部分や、母親に頭があがらないだめな部分など、一人の人間が持つ様々な側面を魅力的に表現しています。
ステフィー・タンとジュー・パクホンは第39回香港電影金像奨の主演女優賞、主演男優賞にそれぞれノミネートされました。
2人が議論する部屋の壁にミシェル・ゴンドリーの『エターナル・サンシャイン』のポスターがデーンと貼ってあるのも、なかなか示唆的です。
ノリス・ウォン監督が脚本も務めた作品は、センス溢れる成熟した作品に仕上がっています。