日本映画大学・第6期卒業制作作品『バクーシャ!』
日本映画大学の卒業制作は4年間の集大成として、企画・脚本・キャスティング・ロケハン・リハーサル・撮影・ポストプロダクションなど、専門コースごとに修得した技術を用い、約1年をかけて学生主体で映画を完成させます。
2020年2月9日(日)の第6回卒業制作上映会では、ドラマ2本・ドキュメンタリー2本の計4本の作品が上映。そのうちの1本である映画『バクーシャ!』は、さえない漫画家の父と暮らす高校生の主人公が、グラフィティアートを通じて改めて家族という存在に向き合おうとするコメディ作品です。
本作の上映を記念し、2020年3月にめでたく日本映画大学を卒業された小林史弥監督に映画『バクーシャ!』に関するインタビューを行いました。
映画『バクーシャ!』に小林監督が込めたご自身の「父子」という関係性への思い、また恩師である緒方明監督からの学び、苦楽を共にした学友たちとの撮影現場での様子など、“いま”しか聞くことができない貴重なお話を伺いました。
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「映画的」で「日本映画大学らしくない映画」を
──小林監督が『バクーシャ!』の監督を務められることになった経緯を改めて教えていただけますか?
小林史弥監督(以下、小林):本作のシナリオは大村恭子さんが執筆したものなんですが、卒業制作用として選出された4本のシナリオの中でも、大村さんの作品が一番内容が面白いと感じられたんです。特に、大村さんが話してくれた「日本映画大学史上、今までにない卒業制作を撮りたい」という思いを、シナリオを読んだ時に受け取ることができたのが決め手でした。
彼女のシナリオは「“映画的に面白いもの”とは何か?」をとことん追求したものでした。4年間をともに学生として過ごしてきた大村さんには、自身の心の内をシナリオに書くイメージを強く抱いていたんですが、本校の教授である映画監督の緒方明さんが講義の中で繰り返しおっしゃっていた「映画的とは何か?」という問いをとても意識してシナリオを書かれたんだと思います。そこに僕は強く惹かれました。自分もそれに感化され、「映画的」を追求した卒業制作を作りたいという思いから監督を務めることを決意しました。
また監督を務めることが決まった際、緒方さんが選考時に僕を推薦してくださったとお聞きしました。緒方さんのその後押しがなければ監督は務められなかったかもしれないので、とても感謝しています。
──緒方明監督の問いである「映画的」、大村さんのシナリオを通じて追求された「映画的」とは一体どのようなものでしょうか?
小林:本作の前半、主人公の章司がグラフィティーアートを描いているところを店主に見つかって逃げ出す場面があるんですが、一方で後半にも章司が父親と二人でお巡りさんから逃げる場面があります。自分にとって、それが「映画的」なのではないかなと感じていますね。
「逃げる」という行動とアクションについて考えた時、どういう画が撮れるかを一筋縄では想像ができなくて、僕の中でワクワクが湧き上がりました。それが「映画的」という言葉につながっているんじゃないかと思っているんです。
また本作に関しては、親子の関係が少し薄いぐらいの描き方が良いと考えていました。それは、その頃に観たピーター・イェーツ監督の『ヤング・ゼネレーション』(1979)という映画に影響を受けています。背景にある人間関係をメインに置かず、どうやってエンターテインメントを描くか。その上で「日本映画大学らしくない映画」を作ることを強く意識していました。
「父子」という関係性の奥にあるもの
──主人公・章司とその父が友だちのように接する場面がある一方で、二人の父子としての対立も印象的に描かれていました。その一見奇妙な父子の関係性はどこから由来しているのでしょうか?
小林:僕の実家の話になってしまうんですが、新潟に住んでいた祖父は大工職人として若い衆を抱え「頭領」と呼ばれていました。一方で父親は小さな工務店を営み、ひとりでリフォームなどの仕事をしています。
僕は「大工」ではなく「映画監督」という職業に憧れを持ちましたが、『バクーシャ!』の父子が「漫画家」と「グラフィティーペインター」とともにビジュアルに関わるアーティストであるのと同じように、ともに時間と空間に関わるアーティストであるという点に関してはある種の相関があるのかもしれません。
僕自身は父親と喧嘩することはありませんが、あまり仲が良いとも言えません。「無理に向き合いたくもない」という思いも漠然と抱いてはいますが、『バクーシャ!』を撮り終えた今は「父親とはいつか向き合わなければいけない」と改めて思っていますね。
そのため、『バクーシャ!』の舞台の一つである章司の自宅兼父の仕事場はとてもこだわって探しました。章司が必ず、漫画家の父が働く仕事場を通らないといけない家の構造にしたかったんです。実は僕の自宅は、父親と一日中会わずにいられる構造の建物なんですよ。ですが、それでは父という存在を意識する機会が減ってしまう。だからこそ章司の自宅はそういう構造にしたくなかった。父子としての関係性を深く描かずとも、相手に対する負荷を感じられる空間を演出したかったんです。
──それでも、『バクーシャ!』と父子はともに手を取り合い、空に向かって跳んでいる。その姿を描かれた中で、小林監督は何を感じられましたか?
小林:今、自身の父について話をする中で思ったのは、「自分が主人公であれば一緒に走っていない」ということです。『バクーシャ!』における父子の関係性は「羨ましい」と感じる部分がありますね。
どこか心の片隅で「理想の親子像」を求めているのかも知れません。普遍的なことかもしれませんが、多くの人が「理想の親子」を目指そうとしますし、そうなれずに苦しでしまう。近すぎて衝突してしまう。思春期なんて特にそうですよね。
それでも「父」や「子」をはじめ、他者を理解しようとすることは映画を作る上において永遠のテーマといえます。だからこそ映画を作ることは難しいし、その点を上手く描き切れなかったことが本作における監督としての反省点だと感じています。
学友であるスタッフのこだわりを信じる
映画『バクーシャ!』メイキングスチールより
──先ほど本作における空間の演出について触れられていましたが、小林監督はもともと空間に対する興味・関心が強いからこそそのような演出にこだわられているのでしょうか?
小林:そうですね。僕自身、様々な対象から空間的な構造を見つけることは好きです。ただ『バクーシャ!』における空間の演出は、僕だけでは決して実現できないものでした。
シナリオの大村さんとカメラマンを担当した小田高裕くんは、空間の演出をするためには不可欠なロケハンについて慎重なまでのこだわりをもって尽力してくれました。その二人の姿は学友として、監督として誇らしかったです。
特に小田くんは、被写体との心の距離に合わせてカメラの位置を上手く決めることができるカメラマンだと感じています。そのため画作りに関しては小田くんの技量を信じ、自分は敢えて強く主張することはせずフォローに徹しました。劇中後半での父子が逃げる場面についても、小田くんのアドバイスによって本当に良い瞬間を撮影することができました。
その一方で、撮影許可が下りない場所が多々あったため、シナリオでの設定から大幅に舞台を変更した場面もあります。例えば、章司の祖父が暮らす実家はシナリオ上では当初「パン屋」だったのですが、結果的に「銭湯」へと変更しました。ロケハンに伺った銭湯には壁画が描かれていたこともあり、グラフィティーアートとシンクロすると思いそのアイディアを採用したんですが、それはプロデューサーの峯重建志くんが提案してくれたものでした。
卒業制作である本作を通じて、スタッフ全員が相手への信頼感を抱きながらもお互いの仕事をブラッシュアップできたと感じています。
恩師との信頼関係
──『バクーシャ!』の制作において、大学教授である緒方明監督と当時は生徒であった小林監督の関係性もまた、ある意味では「父子」という関係性に近いのでは感じています。
小林:やはり卒業制作なので、学生であるスタッフ全員が「自分たちのやりたいことをやりたい」という思いは強く抱いていました。僕自身もスタッフたちのその思いを理解する反面、教授や講師の方々の意見を真摯に受け止めることで演出の選択肢を持ち続け、その上でより深く作品について考えることをスタッフたちに提案しました。
もちろん、『バクーシャ!』の監督としてどうしても意見を受け入れられない場合もありました。それでも緒方先生のことは映画監督として、先輩として尊敬していますし、たとえ相容れないものだったとしてもその意見を慎重に聞き入れることを心がけました。
──緒方監督と小林監督との信頼関係はどのようにして築かれていったのでしょうか?
小林:緒方先生のもとで学び始めたばかりの頃は、信頼関係が築けていなかったと感じていますね。僕が未熟だったからこそ、最初は緒方先生が伝えようとしていることが理解できない場面もありましたし、僕自身の中に「他者を受け入れられない」という弱さを持ってました。
ですが、だんだんと緒方先生の作品や、授業での言葉を受け入れるようになってからは、とても魅力的で面白い大人だなと思えるようになったんです。僕のそんな心境の変化が伝わったのかはわかりませんが、3年生の後半からは緒方先生も自分のことを信頼してくれましたし、自分も信頼しています。言われてみれば、たしかに『バクーシャ!』の親子に近いのかもしれないですね(笑)。
“いま”の思いとこれからの展望
──学友であるスタッフたち、緒方監督をはじめ講師の方々の協力や対話を経て『バクーシャ!』を完成された今、小林監督の心のうちにはどのような思いが宿っているのでしょうか?
小林:やはり「もっと面白くできた」とはいまだに感じてしまいますね。「撮り直したい」とまでは言わないですが、あくまで後悔として、「もしかしたら、もっと凄い映画にできたかもしれない」とは思っています。
具体的に反省すべき点は山ほどあるものの、自分が撮影当時には見えていなかったことに“いま”この瞬間も気づくことができ、完成させた本作に対する捉え方が日々変化し続けていくことがとても楽しいです。
──『バクーシャ!』の主人公・章司が跳んだように、小林監督も本作を経て日本映画大学から羽ばたいていくわけですが、今後はどのような目標をお持ちでしょうか?
小林:1番強く抱いているのは「もう1度、映画監督をしたい」という思いです。『バクーシャ!』を完成させたことで新たに生まれた課題や反省点は、もう一度監督を務めることでしか晴らせません。それに何となくの予感でしかありませんが、次に撮る映画は絶対に面白くなるという自信を持っています。
インタビュー/出町光識
撮影/河合のび
映画『バクーシャ!』の作品情報
【上映】
2020年2月9日(日本映画)
【監督】
小林史弥
【キャスト】
若林元太、齊藤あきら、藤入鹿、鈴木一功、惣角美榮子、藤原未砂希、奥村秀人、高畠麻奈、遠藤奏斗、二階堂新太郎、加藤有里
【スタッフ】
脚本:大村恭子、プロデューサー:峯重建志、撮影:小田高裕、照明:藤﨑宏平、録音:市川伶、編集:中村操希、記録:柴山珠咲、美術:大村恭子、助監督:梅中郁弥、小川晟輝、大村恭子、制作:栂野道之、撮影助手:服部若菜、田中太一、照明助手:彭譞、録音助手:平知起、鈴木規弘、編集助手:柴山珠咲、張雨琨、アクション指導:齋藤應典、田中里佳、車両:清水健司、音楽:倉田龍之介
【作品概要】
本作品『バクーシャ!』をコミカルに盛り上げるのは、酒に溺れた漫画家の父、その息子で主人公である章司に付きまとうクラスメイトの女子高生、銭湯を営む祖父祖母、酒屋の店主にお巡りさんです。マンガの世界から出てきたような個性的なキャラたちにクスッと笑顔が溢れます。
また映画冒頭から軽快な音楽とともに繰り広げられる逃走シーンは必見。情緒あふれる街並みと色彩豊かなグラフィティーアートとのコントラストに加え、作り込まれたセットや美術からはスタッフの遊び心が溢れ出ています。アクション指導に『GTO』『252―生存者あり―』等でアクション監督を務めた齋藤應典、「バクーシャ」のデザインは世界で活躍するグラフティアーティスト、KAZZROCK協力のもと、スタッフでデザインを考案しました。
映画『バクーシャ!』のあらすじ
さえない漫画家の父と暮らす高校生の章司の日課は、夜な夜な町に出かけては壁の落書き、グラフィティーアートをすることだった。描くのはいつも青いクマ、その名も「バクーシャ」。それは、幼いころ章司の前から姿を消した母が教えてくれた、2人だけの秘密の名前でした。
ある日、章司は落書きの上に誰かが書き加えた文字を見つけます。それはバクーシャ、母との思い出の言葉でした。母が近くにいるかもしれないと思い、章司はさがしはじめるが……。