連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第12回
世界各地の映画が大集合の「未体験ゾーンの映画たち2020」は、今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催。2月7日(金)からはシネ・リーブル梅田でも実施、一部作品は青山シアターで、期間限定でオンライン上映されます。
前年は「未体験ゾーンの映画たち2019」にて、上映58作品を紹介いたしました。
今回も挑戦中の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」。第12回で紹介するのは、南アフリカのアクション映画『RECCE レキ 最強特殊部隊』。
南アフリカ軍の特殊部隊旅団、レックス・コマンドこと通称“レキ”。彼らは東西冷戦の中、紛争の地となったアンゴラに派遣され、秘密裏に作戦を行っていました。
隊員たちの活動の実態と、長きに渡る戦いが兵士を待つ家族に与えた影響など、国境紛争時代の南アの人々の姿を様々な視点から描く意欲的な作品です。
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CONTENTS
映画『RECCE レキ 最強特殊部隊』の作品情報
【日本公開】
2020年(南アフリカ映画)
【原題】
The Recce
【監督・脚本】
ヨハネス・フェルディナンド・ヴァン・ジル
【キャスト】
グレッグ・クリーク、クリスティナ・フィッサー、グラント・スウォンビー、マリウス・ウェイヤーズ
【作品概要】
アンゴラの国境地帯で、単身秘密任務を行う特殊部隊兵士を描いた戦争ドラマ映画。数々の南アフリカ映画・ドラマに出演、そして同地でロケが行われた『メイズ・ランナー 最期の迷宮』や『その女諜報員 アレックス』に出演しているグレッグ・クリークが主演です。
ヨハネス・フェルディナンド・ヴァン・ジルにとって初の長編監督作、ジャック・ファン・トンダーにとっても初めて撮影監督を務めた作品ですが、本作は南アフリカのクニスナ映画祭で、作品・監督・主演男優・撮影・編集の5部門で受賞しました。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2020」上映作品。
映画『RECCE レキ 最強特殊部隊』のあらすじとネタバレ
“故郷”とは何だろうか。育った家、それとも両親の膝の上や腕の中、あるいは国、我々の帰りを待つ人のいる場所…。様々な“故郷”が意味する場所について語られます。
南アフリカ軍軍人、ヘンク(グレッグ・クリーク)は身重の妻ニコラ(クリスティナ・フィッサー)と、両親であるレオンとサンドラと、穏やかな日々を過ごしていました。
1981年、南アフリカに隣接するアンゴラはソ連・中国・アメリカから支援された勢力により、三つ巴の内戦状態に陥っていました。南アフリカもその戦いに介入、人々は長く続く戦争状態の日々を過ごしていました。
ヘンクの友人のウィレムは、戦場で地雷を踏み両足を失っていました。今も妻の支えられ生活しているウィレムですが、すっかり人が変わったと皆感じていました。
日常と離れた場所で行われる、いつ終わるともしれない戦争に皆疲れ果てていました。ヘンクの父レオンは、命をかけて戦場立つほどの、政府への恩義はないと息子に語ります。
自宅に戻ったヘンクの元に、電話がかかってきます。サイレンの音が鳴り響きます。兵士らへの招集の命令が出されたのです。
家に残される妻ニコラは、こんな日々は結婚生活ではないと訴えますが、君も同意した、と言って彼女をなだめ、荷物をまとめ家を出るヘンク。
車に乗った彼は駐屯地へと向かいます。そこには我々は、“故郷”を守る戦いに参加していると信じている若者たちが集まっていました。
特殊部隊レキ(RECCE)の隊員であるヘンクは、ル・ルー大尉(グラント・スウォンビー)から説明を受けていました。渡された写真には、ソビエト軍のゴルチャコフ大佐が写っています。
ル・ルー大尉からの命令は、敵対勢力を支援するソ連軍の重要人物の暗殺でした。ヘンクには敵地に潜入し、任務を完了し回収地点に戻るまで、一切支援の無い単独行動が求められます。
国境を越え様々な任務を果たすのが、特殊部隊レキの役割でした。ル・ルー大尉はヘンクに友好的な先住民と接触、情報を得た上で任務を果たせと命じます。ソ連軍の重要人物の暗殺は、国際関係に影響を与える行為であり、全て秘密裏に行わなければなりません。
ヘンクは命令に従い単独で、密かに敵地に潜入しました。彼が頼りにするコンパスには、妻ニコラの写真が入っていました。誰にも気付かれず自然の中1人眠り、乾いた大地を進んでゆくヘンク。その様は大地に生きる原住民と同様でした。
ターゲットとされたゴルチャコフ大佐も、“故郷”を想い悩んでいました。ロシアと異なるアフリカの地で、先の見えない泥沼の戦いを指揮する日々。きっとこの地で私は死ぬだろう。彼は強くそう感じていました。
その頃アンゴラ国内の某所で、黒人の男インピがホテルの1室で男を射殺していました。彼は依頼に応じて標的を射殺する、特別な任務を請け負う男でした。
自分の部族やアフリカの大地を離れて都会で暮らし、様々な勢力の思惑が渦巻くこの土地で、政治的・軍事的な暗殺を請け負うこの男にとって、“故郷”とはなんでしょうか。
ついにゴルチャコフ大佐の使う邸宅に忍び寄り、その姿をライフルのスコープに捉えるまでに接近したヘンク。しかし建物の周囲には護衛の黒人兵がいます。
任務に遂行を優先するヘンクは、チャンスを逃さず大佐を射殺します。護衛を制圧し逃亡を図るヘンクですが、追跡する黒人兵のリーダーは、巧みに痕跡をたどり追って来ます。その結果ヘンクは、予定の回収地点に着くことが出来ません。
いつまでたっても帰らず、連絡も無いヘンク。彼に命令を与えたル・ルー大尉は自問します。ここで果ても無く戦い続け、これからも仲間を失い続ける。彼らは何のために血を流しているのだ。我々はどこへ帰るというのだ。
ル・ルー大尉は、今回の命令を与えた将軍(マリウス・ウェイヤーズ)に状況を報告します。現地から入った情報を分析した結果、ヘンクは任務を果たしたものの、戦死したと判定されました。
世界中を敵に回して、自国の国境を守るため、先の見えない戦いを続ける南アフリカ。しかし将軍にとっては戦死者が1人増えただけの話でした。司令室からきびすを返し立ち去るル・ルー大尉。
ヘンクが戦死したとの情報は、家族に伝えられました。身重の身の妻ニコラは動揺します。そしてヘンクの両親は悲しみに沈みます。
“故郷”の人々が悲しみに包まれる中、ヘンクは逃亡を続けていました。疲れながらも追跡から逃れた彼は、友好的な部族の元に逃げ込みます。儀式が行われる中、眠りにつくヘンク。
ヘンクの母サンドラは、息子の妻で身重のニコラを気遣い、義父母宅に来るよう伝えます。サンドラは気丈に彼女を迎え入れますが、息子を亡くした夫レオンは、妻よりも深く悲しみに囚われ苦しんでいました。
同じ頃ヘンクが匿われた村は、黒人兵の襲撃を受け住民が次々殺されます。ヘンクもついに追跡者の手に捕らわれました。
映画『RECCE レキ 最強特殊部隊』の感想と評価
南アフリカ軍の特殊部隊“RECCE レキ”とは
映画について紹介する前に、その背景をいくつか紹介したいと思います。まずこの映画に登場する特殊部隊旅団、レックス・コマンドこと通称“レキ”。
南アフリカの北東に位置する地域に、かつてローデシアと呼ばれる白人国家がありました。この国もアパルトヘイト政策をとってましたが、ソビエト連邦・中国の支援を受けた黒人解放勢力が力を増し、激しい内戦を繰り広げます。
結局ローデシアは1964年に一部がザンビアに、残る地域も1980年にジンバブエという黒人主体の国家に生まれ変わります。その際多くの白人住民が南アに移住しました。
このローデシア軍には反乱鎮圧に従事した、様々な特殊部隊がありました。その1つ、ローデシアSAS部隊には、南ア軍兵士で構成された部隊までありました。
これらの部隊の隊員を集め、南ア軍で誕生した特殊部隊が“レキ”で、その性格から国境に隣接する紛争地帯に投入されます。映画で設定された1981年は、将にこの時代です。
なお南アでアパルトヘイト政策が廃止されると、“レキ”は再編成され現在も南ア軍の精鋭部隊として活躍しています。
戦場の舞台となったアンゴラ紛争
1975年同じく南アに隣接する、アンゴラはポルトガルの植民地支配から独立しますが、ソ連・中国・アメリカの支援を受けた3つの勢力が内戦を繰り広げます。
ソ連の支援を受けた勢力が反アパルトヘイトを掲げたため、その影響の拡大を恐れた南アは軍隊をアンゴラ領内に送り、内戦に介入します。
最終的に1988年に南ア軍は撤退、その後ソ連が崩壊し外国勢力はアンゴラ紛争から手を引きました。そしてアンゴラに隣接した南アの支配地域は、1990年にナミビアとして独立、南アは多くの国土を失います。
大国が手を引き南アと地理的に離れ、ようやくアンゴラに平和がおとずれるかに見えます。しかしアンゴラ国内の各勢力は、石油やダイヤモンド資源を巡って争い、その紛争に南アの民間軍事会社=傭兵が活躍する事態となりました。
1994年にマンデラ政権が樹立するまでの、当時の南アを世界から見たイメージは最悪。冷戦が緩和される中、新たな敵を求めたハリウッドは、1989年の『リーサル・ウェポン2 炎の約束』の悪役に南アを抜擢…余談でしたが、これが本作の時代背景です。
しかし植民してから代々暮らしてきた白人、特にアフリカーナー、かつてボーア人と呼ばれた、イギリス人進出以前から住んでいたオランダ・ドイツ系の白人にとって、この土地は簡単に手放せるものではありませんでした。
19世紀後半、イギリスがボーア人の住む地の資源目当てに起こしたボーア戦争は、激しいゲリラ戦に手を焼いたイギリスは強制収容所を設置、そこにボーア人を押し込める強行手段をとります。それはナチス・ドイツに手本を見せた行為とも言われています。
ボーア戦争という苦難の歴史の果てに、南アを構成する一員になったアフリカーナー。映画の登場人物もそういった歴史を背負った人物です。彼らのこの土地、“故郷”に対する想いには、とても複雑な感情がありました。
それぞれの人物が“故郷”を自問する
この映画で多くの人物が、“故郷”への想いを自問自答するのには、こういった背景がありました。白人にとっては戦争を行い、人種隔離政策をとり、世界から嫌われてでも守りたい場所。同時にそこまでする価値がある場所なのか、と問いかける場所です。
そして故郷を成すのは国か、政府か、人種か、言語か、それとも自分と家族の周囲にある小さな世界なのか、そしてこれらを混合していないか、という疑問にぶつかります。
この映画は決して南アの白人を、悩める被害者として描いた訳ではありません。強硬な姿勢の将軍たち軍の高官は、彼らから見て弱腰なル・ルー大尉を、アフリカーンス語(アフリカーナーの言葉)を上手く話せない奴と軽蔑します。
ル・ルー大尉は名前からして、フランス系の白人でしょうか。白人内部にも対立があり、悩む者がいると同時に、頑迷に自分たちの権益を守ろうとする者がいる事を描いています。
“故郷”への思いは、黒人の側ではより複雑です。工作員インピは自分を、白人や権力者の争いに巻き込まれ、土地からも部族からも切り離された孤独な存在だと感じ、世の中を斜に構えた視点で冷たく見つめる人物です。
そんな冷酷な人物が、主人公の遺品に対して取った態度に、単なるセンチメンタルな描写を越えた意味を感じました。
そして一番の犠牲者は、紛争地に根付いて暮らしていた原住民。恐らく主人公は軍事目的で彼らに接近したものの、その生き方に羨望を感じていたのでしょう。
しかし戦場となった地に住む以上、否応なく争いに巻き込まれ、武力を持たぬ彼らは虐殺されます。彼らにとって“故郷”とは何だったのでしょうか。
深みある映画ですが、アクション映画としては?
監督のフェルディナンド・ヴァン・ジルは、この映画をほぼ20年続いた南ア国境紛争に、翻弄された全ての家族を代表する形で描いた、と語っています。
モデルとなる人物や作戦があった訳でも、直接的な隠ぺい工作があった訳ではないでしょうが、戦争中起きた多くの悲劇や、軍に対する不審を代表して描く物語となっています。
またアフリカの荒野を背景とした映像は美しく、本作が初の撮影監督であったジャック・ファン・トンダー(『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の映像制作に参加)は、この作品でポーランドで開催されるカメリージ(映画撮影技術者と撮影監督の国際的祭典)に、最優秀新人撮影監督賞にノミネートされました。
美しい映像と思索的なモノローグで綴られたこの作品、あえて似た映画を紹介するならテレンス・マリック監督の、『シン・レッド・ライン』でしょう。
同時に本作は、戦争・アクション映画としてはテンポが遅く、人物の内面を描く寄り道描写の多い作品であるとも言えます。特殊部隊の派手な活躍を期待して鑑賞した人の、期待を大きく裏切る結果にもなっています。
本作をテレンス・マリックの映画のようだ、と紹介されて「美しい映像で人間の本質を描いた、素晴らしい映画」を期待するか、「まったりとしたリズムで進む、何とも小難しい映画」だと身構えるかは、…皆様の判断に委ねます。
まとめ
ド派手なアクションや戦場の駆け引きを期待した人はガッカリ、しかし当時南アフリカの置かれた状況を興味深く描いた作品、それが『RECCE レキ 最強特殊部隊 』です。
戦争映画としては否定的に紹介しましたが、80年代の装備で武装した南アの兵士や、ジャングルや市街地、中東の砂漠と異なる、アフリカのサバンナ地帯での潜入・追跡の描写は、戦争映画ファンには見応えあるでしょう。
それにしてもアフリカの乾いた広大な大地は、映画人に美しく幻想的な映像を描かせる環境かもしれません。ピーター・ウィアー監督の映画など、オーストラリアの映画の中にも見られた独特の映像美です。
「未体験ゾーンの映画たち2019」の南ア映画『ファイブ・ウォリアーズ』も、映像と物語に幻想的な要素を持つ作品でした。
恐らく湿度の高い環境で撮影される、日本映画には生み出せない映像世界の数々。異なる風土で生まれる映像の違いに注目して外国映画を見るのも、楽しみ方の1つです。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第13回は情け無用の残酷描写で見せるスラッシャー映画『フューリーズ 復讐の女神』を紹介いたします。
お楽しみに。
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