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Entry 2019/11/22
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アンジェイ・ワイダ映画『死の教室』あらすじネタバレ結末と感想評価の考察【タデウシュ・カントルの舞台記録】

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

アンジェイ・ワイダ監督の隠れた名作『死の教室』。

2019年開催のポーランド映画祭にて上映された名作のひとつが、巨匠アンジェイ・ワイダ監督の『死の教室』

ポーランドの前衛演劇家タデウシュ・カントールが演出した『死の教室』の舞台記録した作品で、キャストは劇団クリコット2のメンバー、演出は“抵抗三部作”など世界を席巻したアンジェイ・ワイダ監督。

映画『死の教室』はテレビ用に制作されたものですが、本国ポーランドでは、テレビ放映、劇場公開もされていない注目作。

今回は一度観たら忘れられない不可思議なインパクトを放つ作品の背景と、監督のアンジェイ・ワイダについてご紹介します。

映画『死の教室』の作品情報

【公開】
1976年(ポーランド映画)

【原題】
The Dead Class

【監督】
アンジェイ・ワイダ

【キャスト】
タデウシュ・カントル、劇団クリコット2

【作品概要】
監督は“抵抗三部作”『世代』(1955)、カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞した『地下水道』(1957)、ヴェネツィア国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した『灰とダイヤモンド』(1958)はじめパルム・ドールを受賞した『鉄の男』(1981)など、映画史に残る名作を数多く製作したアンジェイ・ワイダ。

『死の教室』の原作者はポーランドの演出家、画家、造形作家であり20世紀の世界の演劇に大きな影響を与えたタデウシュ・カントルです。

『死の教室』あらすじとネタバレ

廃墟のような場所に観客たちが集まってきます。

待ち構えているのは顔に泥のようなものを塗った12人の老人たち。

彼らは一旦退出し、人形を体にくくりつけて戻ってきます。ソロモン王や神話の話、意味のない言葉、様々な言語を脈略なく発し続け、時折部屋の外も歩き回ります。

終盤に差し掛かった頃彼らは野原に出て踊り、再び暗いもとの場所へ戻ってきます。

映画『死の教室』の感想と評価

蒼然の闇が支配する怪しげな地下室で観客を待ち構える、死人のような顔をした12人の老人たち。

いきなり挙手をしてそのまま背後へ下がり、人形を携えてまた戻って来る。映画冒頭から今までに観たことのない摩訶不思議な世界が精神を侵食する『死の教室』。

本作は1976年に初演された舞台『死の教室』を映像に記録した作品です。

海外で何度も上演されたこの舞台を演出したのは20世紀を代表する前衛芸術家、タデウシュ・カントル。彼は演出家の他に人形の造形作家、画家、ハプニング・アーティストと様々な面を持ち、作品はシュルレアリスム、物質的絵画、、オブジェ、メイル・アート、コンセプチュアリズムなど様々な芸術運動から影響を受けています。

その作品数は膨大ですが一番重要視されているのが演劇作品。自身が演出する舞台では役者の傍らに立ち指揮者のような役割を果たしたカントルは、映画『死の教室』でも死人のようなメイクをする劇団員たちの隣に飄々と佇む姿がみられます。

『死の教室』に登場するキャラクター12人は死期が近づいている老人たちで、彼らが連れている人形は子供時代を表します。

物語は世界の歴史と個人的な記憶や思い出が並行する空間で進んでゆき、カントルの死期により様々な言語が時に無意味に発せられて音楽と化してゆきます。

子供のように振舞って無意味と思しき言葉を発し続ける人物たちにあっけにとられてしまいますが、鑑賞しているうちにそれぞれ個性的なキャラクターがあることがわかります。

誰かに動かされなければ席も立とうとしない最前列の男性、機械的なゆりかごを持っている女性、トイレに行ってしまう男性、人形をボロボロの自転車に乗せている男性…。彼らは歴史や個人の思いの断片をコラージュし、ある種の成就か崩壊かわからない不安定さを抱えて演劇を進めてゆきます。

あまりの突飛な言動は面白おかしくありますがキャラクターたちが面しているのは大きな“死”であり、地下室も彼らを取り巻く暗闇も大きな圧迫感と憂い、無慈悲な印象を与えます。

また、ユダヤの表象の登場やドイツ語でのドイツ国家合唱などはどうしても戦争の忌まわしい記憶を呼び覚まし、老人たちのそばにいる人形は死体の群れのようにも感じられます。

『死の教室』は無造作に音をつなぎ合わせただけの言葉やキャラクターたちそれぞれの意味、語る内容の意味を考え考察しようとすればキリが無く、解釈を拒絶するほど強烈な作品です。

カントルは自分の演劇を記録しようとはしませんでしたが、映像に閉じ込めたのがポーランドを代表する映画監督アンジェイ・ワイダです。

ウッチ映画大学を卒業した後『世代』(1955)を発表し監督デビューしたワイダは、ポーランドの政治や生活の中でタブー視されていた問題を取り上げ、歴史と正面から向き合い芸術に昇華させる“ポーランド派”を代表する存在です。

表現方法もテーマも様々な“ポーランド派”の中でワイダの『地下水道』(1957)『ロトナ』(1959)はロマン主義、表現主義的な傾向と評されています。

世界にワイダの名が知られたきっかけの作品の一つ『灰とダイヤモンド』(1958)は“ポーランドのジェームズ・ディーン”と言われたズビグニエフ・チブルスキーが主演し、彼のキャラクターのサングラス姿は“反抗精神の象徴”としてのちに様々な映画で用いられるようにもなりました。

そんなワイダは舞台監督としても活動し、演劇活動を通して日本とも関わりがありました。

ドストエフスキーの『白痴』を原作とした舞台『ナスターシャ』では坂東玉三郎を主演に起用し、映画化も行っています。そんなワイダは自伝『映画と祖国と人生と…』にて、タデウシュ・カントルのことを「私の長い人生でも、天才肌の芸術家との出会いはそう多くなかった。そうした一人がタデウシュ・カントルなのは確かである」というように語っています。

草原へ出て踊るところなどワイダが手を加えたことにカントルは怒ったようですが、芸術に携わり生きた天才同士深いところで互いに尊敬しあっていたに違いありません。

まとめ

発し終わった言葉が過去となり消えていくように、幕が閉じれば二度と同じ空間を観ることはできない演劇を、映画という不滅の箱に閉じ込めたアンジェイ・ワイダ。

タデウシュ・カントルが指揮をする不思議な言動のコラージュも、字幕つきで鑑賞すれば視覚と聴覚両方から飛び込んできてより大きな印象を植え付けます。

鑑賞経験が自分の時間に刻まれたことそのものに無二の感動を覚えてしまう作品が『死の教室』です。


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