映画『残された者 北の極致』は、北極に取り残された男性の壮絶なサバイバルを描いた物語。
主演を務めたのは、マッツ・ミケルセン。『偽りなき者』(2013)でカンヌ映画祭男優賞を受賞し、テレビドラマ『ハンニバル』のハンニバル・レクター役で知られる北欧屈指の実力派俳優です。
独自に映像作品を制作して来たジョー・ペニャが監督を手掛け、短編映画を一緒に製作するパートナー、ライアン・モリソンと脚本を共同執筆。批評家から絶賛された圧巻の映画。
映画『残された者 ‐北の極致‐』の作品情報
【公開】
2019年(アイスランド・アメリカ合作映画)
【原題】
Arctic
【監督】
ジョー・ペニャ
【キャスト】
マッツ・ミケルセン、マリア・テルマ・サルマドッティ
【作品概要】
物語は、全て主人公の観点で展開。脚本を書いたのは、監督を兼務するジョー・ペニャと友人のライアン・モリソン。
2人は短編映画『Turning Point』(2015)を製作しインターネットで公開。本作が長編映画デビューとなるペニャは、2019年度カンヌ国際映画祭の新人監督賞に当たるカメラドールにノミネートを果たしています。
映画『残された者 ‐北の極致‐』のあらすじ
飛行機事故で北極に取り残されたオヴァガードは、孤独な生活を送っています。
地表面の雪を除き固く凍った黒い土を棒で削り、上空から見えるようSOSの文字を描くと腕時計のアラームが鳴ります。
氷の穴に仕掛けた釣り針をチェックする時間。糸を引き揚げたオヴァガードの手の中で、1匹の魚がエラを動かします。
事故で不時着した小型飛行機をシェルターとして利用。戻ったオヴォガードは、小型ナイフで魚の腹を裂き腹ごしらえ。
アラームの合図で再び外へ。救難信号のハンドルを黙々と手動で回しますが、今日も赤ランプのまま。
スカーフを鼻まで引き上げ、空の彼方へ視線を向けたオヴァガードはシェルターへ戻り、寝袋へ体を埋め椅子の上で就寝。
翌日、腕時計のアラームで起床。石を積み上げた墓標を参拝。積もった雪を丁寧に払い除け、「また明日」と声を掛けます。
オヴォガードは、釣った魚を入れていた箱が壊されているのを発見。側にホッキョクグマの足跡を見つけ、急いでシェルターへ戻ります。
救難信号を出す時間を知らせるアラームが鳴り、外へ出たオヴォガードは、高台の上からホッキョクグマが歩くのを目撃します。
ある日、墓参りを済ませ、SOSの文字に積もった雪を除き、救難信号を出すルーティーンをこなしていると、信号が緑に点灯。
ヘリコプターが近づいて来るのを見たオヴァガードは、取って置いた信号灯を点火し大声で叫びます。満面の笑顔を浮かべるオヴァガード。
しかし、着陸しようとするヘリコプターは強風に煽られてバランスを崩し墜落。ショックで暫し呆然としたオヴァガードは、突かれたように墜落現場へ急行します。
扉をこじ開けると、操縦士は頭から血を流し息がありません。機内で逆さまになっている女性乗組員に話し掛けますが反応なし。
ナイフでシートベルトを切り、女性を下ろしたオヴォガードが服を捲ると、お腹に大怪我を負っています。
救急キットが何処にあるのか訊いても、女性の返答はありません。医療用ホッチキスで傷を縫合していると彼女が目を開けます。
「ハロー」オヴァガードの呼び掛けに、女性は答えず再び意識を失います。
機内で信号灯2本、地図、そしてピッケルを見つけたオヴァガードは、一緒にあったインスタントラーメンの麺を頬張り、生魚と違う歯触りを噛みしめます。
外に出たオヴァガードは、日本、韓国、タイ、シンガポール、ベトナムの国旗がペイントされた機体の胴体に「2人生存」とマジックペンで走り書き。
墜落の衝撃で剥がれ落ちた機体の一片に女性を乗せ、ロープで結びそりのように引っ張ります。
シェルターへ到着したオヴァガードは、彼女を抱きかかえて中へ運び込みます。椅子に女性を寝かそうとしたオヴァガードは、懐かしい人の温もりに思わず頬を寄せてそっと抱きしめます。
応急手当てした傷を確認し、水筒の水を女性の口にふくませます。ふと薄く目を開けた彼女に、「ハロー」とオヴァガードは呼び掛け、英語が理解できるか尋ねます。
返答しない女性の手を取り、自分の手を握り返すよう身振りで伝えると、彼女はオヴァガードの手を握り返します。
強い握力を感じたオヴァガードは安堵の表情。
すると女性が言葉を発しますが、オヴァガードは理解できません。
微かな声で「パイロット」と絞り出した彼女に、オヴァガードは、助からなかったことを伝えます。
女性は顔を歪め意識を喪失。墜落現場へ戻ったオヴァガードは、亡くなった操縦士を埋葬し、岩を積みます。操縦士のジャケットからライターを見つけ、オヴォガードの顔に笑顔が浮かびます。
操縦桿の側には、操縦士と怪我をした女性が幼い子供と写る写真が飾ってありました。大切に自分のポケットへしまいます。
機体の後尾にそりを見つけ、使える物資を乗せてシェルターへ戻ったオヴァガードは、持ち帰った写真を女性の側に立て掛けます。
応急手当てしたお腹の傷を見ると赤く腫れあがっており、オヴァガードは傷の上に薬液を垂らします。
使用料を均等にする為、ペンで薬瓶に印をつけます。プロバンガスにライターで火を点けたオヴァガードは、肌に伝わる温かさをゆっくり味わいます。
オヴォガードが手作りしたマップとヘリコプターで見つけた地図を照らし合わせて行くうちに、建物が北に存在していることに気が付きます。
仕掛けた罠が音を立て、大きな魚が釣れているのを見たオヴァガードは、両手を突き上げ雄叫び。
インスタントヌードルの麺と魚を煮込み、備え付けのフォークで女性の口に食べ物を少しずつ運びます。
「君を探しているはずだ。心配するな。明日か明後日には迎えに来る」「心配するな」そう何度も声を掛けるオヴァガード。
何本も線が引かれた薬瓶が底をつき、最後の薬液で女性を手当てします。
自分の手を握らせ「すぐに救助が来る」そうオヴァガードが言葉を掛けると、彼女の手がそっとオヴァガードの手を握ります。
晴天の彼方へ視線を走らせたオヴァガードは、地図で見つけた建物を目指すことを決意。
映画『残された者 北の極致』の感想と評価
本作の冒頭、腕時計のアラームを合図にルーティーンをこなすことでオヴォガードが平常心を保ち、孤独な生活にバランスを取りながら日々生活している様子が紹介されます。
しかし、もう1人の人間が現れることでその均衡は破られ、怪我をした女性を助けることが目的へと変化。
主演のマッツ・ミケルセンは、本作はサバイバルと生きる事の違いを描いていると述べています。
人の温もりに触れたオヴォガードが息を吹き返すように再び生きようと決意するプロセスを、ミケルセンは迫真の演技で描写。
そして、ほぼ台詞の無い本作で重要な言葉が「ハロー」。オヴォガードと女性が心を通わせる瞬間を単語1つで見事に表しています。
脚本を担当したのは、監督を務めたジョー・ペニャとこれまで一緒に映像製作をしてきたライアン・モリソン。
参考映像:短編映画『TURNING POINT』(Joe Penna)
Youtubeで制作した動画を配信する活動をしてきた2人は、2016年に短期間で本作の脚本を書き上げました。主人公の背景を描かないのは、これまでコンビが製作した短編映画でも同じ。
「オヴォガードは、結婚指輪もしていないし写真も持っていない。それ以上説明する必要性は無く、主人公の行動を見た観客の想像に任せられる部分」と独創的なビジョンを語っています。
劇中1つの見所となるのがホッキョクグマの襲撃場面。『レヴェナント:蘇りし者』を彷彿とさせますが、ペニャはノウハウを学ぼうと同作のプロダクションデザイナーへ連絡。
レオナルド・ディカプリオと格闘するグリズリーは完全特撮ですが、ペニャは、本作を低予算で製作していた為、資金が足らずVFXを断念。
そこへ、ホッキョクグマと一緒に水泳する動画を見つけ、所有者に出演交渉。
ミケルセンの大ファンだった男性は破格でホッキョクグマを貸してくれたそうで、動物トレーナーの「笑って~」に気持ち良く口を開けてくれた体重360キロ超えのクマを撮影し、後から唸り声を付加したとペニャは明かします。
尚、オヴォガードが自分の髪の毛を切って釣り用の擬似餌にするシーンや女性の家族写真を雪穴に忘れ急いで取りに戻る所など、充分見応えのある場面が惜しくも編集でカット。
また、ミケルセンは、主人公について「ヒーローかもしれないが彼女を捨てるオヴォガードは悪役でもある」と評しています。
美しさ、醜さ、強さ、弱さ、人間の全てを赤裸々に映し出す本作は、演技だと感じさせない凄みのあるミケルセンが成立させた作品です。
まとめ
北極に取り残されたオヴォガードは、規則正しい生活をしながら救難信号を出す日々を送っています。
救助ヘリがやって来るものの強風で墜落。瀕死の女性乗組員を救助したオヴォガードは、命を賭してサバイバルの旅へ出掛けます。
そりを引きながら厳寒の大雪原を歩く主人公の姿は、1人では生きられない人間の証明。
終始臨場感の途切れ無い『残された者 北の極致』は、圧巻の演技と映像がエンディングまで観る者を釘付けにするヒューマンドラマです。