おすすめの1950年代以前のホラー映画5選。
怪奇を映像で表現する試行錯誤の試みと怪奇スター映画の時代が1950年代以前にありました。それは映画誕生と共に生まれ、人々を楽しませてきたのがホラー映画といっても過言ではないでしょう。
さて、ホラー映画に興味を持った方には、過去の作品を振り返りたいと考えても、何を見たらいいのか迷われている方も多いのではないでしょうか?
そんなあなたのために、各年代のホラー映画から5作品、おすすめの作品を紹介させて頂く「増田ホラー映画セレクション」。まず1950年代以前の、古典的な作品を紹介いたします。
今のホラー映画やサブカルチャーの原点となった作品、今見ても思いがけない発見がありますよ!
CONTENTS
50年代以前おすすめホラー映画:第5位『カリガリ博士』(1920)
映画『カリガリ博士』の作品情報
【原題】
Das Cabinet des Doktor Caligari
【製作】
1920年(ドイツ映画)
【監督】
ローベルト・ヴィーネ
【キャスト】
ベルナー・クラウス、コンラート・ファイト、フリードリッヒ・フェーヘル、リル・ダゴファー
【作品概要】
サイレント映画の時代、映像による様々な表現が試みられ、進化を遂げていました。そんなドイツ表現主義と呼ばれる映画の代表の1つは、驚きのラストを持つサイコホラーでした。歪んだ背景や小道具で作られたセット、手書きの字幕で協調する心理描写、登場人物の誇張されたメイクや演技…今見ても斬新な表現は、シュールリアリズム芸術運動の先駆けにもなりました。サイレント映画を代表する作品の中に、現在のアートシーンでも通用する、様々な手法が見てとれる革新的な作品です。
【映画『カリガリ博士』のあらすじ】
村にやって来たカーニバルの見物しているフランシス(フリードリッヒ・フェーヘル)とその友人のアラン。彼らはある見世物の看板に目を留めます。
それはカリガリ博士(ベルナー・クラウス)と、眠り男チェザーレ(コンラート・ファイト)による出し物でした。博士の口上ではチェザーレは23年間箱の中で眠っており、客からの質問にはどんな内容でも答える事ができる、とのことでした。
面白がったアランが自分の寿命を訊ねると、明日までだと答えたチェザーレ。次の日、フランシスはアランが殺されたと聞かされます。
村では以前、カリガリ博士を冷たくあしらった男が殺されていました。博士がチェザーレを使い、殺しを繰り返しているのではと疑うフランシス。
彼は恋人のジェーン(リル・ダゴファー)と共に、博士の身辺を調べます。それに気づいた博士はチェザーレにジェーンの殺害を命じます。
しかしジェーンの美しさに殺害をためらったチェザーレは、彼女をさらって逃亡しますが村人に追われ命を落します。
そして逃亡したカリガリ博士は精神病院に逃げ込みます。フランシスが病院を訪ねると、自分はここの院長だと名乗って、カリガリ博士が現れます。
果たしてカリガリ博士とは何者なのか。正体を暴こうとフランシスたちは、病院にチェザーレの遺体を持ち込み、博士と対面させますが…やがて思いもよらぬ事実が明らかになります。
ドイツ表現主義とドンデン返しで見せた『カリガリ博士』
見る者を楽しませる、ドンデン返しの展開を持つ作品。ミステリー・サスペンス映画ファンが大好きな作品ですが、ちょうど1世紀前に作られたサイコホラー映画が、このオチを持っていたと思うと驚きですね。
実はこの映画の脚本は、元々はカリガリ博士と眠り男チェザーレの猟奇犯罪を、ストレートに描いていました。ところが当初監督に予定されていていたフリッツ・ラングが、映画に採用されたラストに書きかえた、と言われています。
後に不朽の古典SF映画『メトロポリス』を撮るフリッツ・ラングは、ピーター・ローレがサイコキラーを演じたスリラー映画の元祖『M』も手がけています。フリッツ・ラングの異常心理に対する関心の高さ、そして複雑な展開を映画に持ち込む先見性には脱帽です。
本作の凝った映像は、ダリとルイス・ブニュエルのシュールの極みの映画『アンダルシアの犬』に直接的な影響を与え、アルフレッド・ヒッチコックら多くの映画監督が手本とした事で知られています。
また早くも1921年には日本で公開され、“カツベン”こと活動弁士の語りを交えて上映されていました。大正時代の日本文化にも大きな影響を与えています。
また本作の映像はティム・バートンなど、現代活躍するクリエイターにも大きな影響を与えています。古さの中に今だ鋭さを感じさせるこの映画、騙されたと思って見て下さい。
50年代以前おすすめホラー映画:第4位『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)
映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』の作品情報
【原題】
Nosferatu – Eine Symphonie des Grauens
【製作】
1922年(ドイツ映画)
【監督】
F・W・ムルナウ
【キャスト】
マックス・シュレック、アレクサンダー・グラナック、グスタフ・フォン・ワンゲンハイム、グレタ・シュレーダー
【作品概要】
ドイツ表現主義といわれる古典映画を代表する巨匠、F・W・ムルナウの作品。ヴァンパイア映画の元祖としても名高い作品。この映画の魅力は何と言ってもマックス・シュレック演じる、吸血鬼オルロック伯爵の姿!このインパクトは今でも通用するでしょう。映像で見せる怪人、そして怪奇表現の先駆けとなった作品です。
【映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』のあらすじ】
ドイツの不動産屋で働くフッター(グスタフ・フォン・ワンゲンハイム)は、トランシルヴァニアの貴族、オルロック伯爵(マックス・シュレック)の城に向かいます。オルロックの正体は吸血鬼で、フッターは彼に襲われその餌食となります。
その頃オルロックの悪夢に悩まされていた、フッターの妻エレン(グレタ・シュレーダー)。オルロックは自身が潜む棺と共に、船でドイツへ向かっていました。それを阻止しようと試みるフッターだが、失敗して城に幽閉され、船はドイツの街に到着してしまう。
何とか帰国したフッターはエレンと再会するが、街はオルロックの乗った船からネズミが大量発生し、ペスト流行の恐怖に怯えていました。そしてエレンを狙い迫りくる吸血鬼オルロック。吸血鬼と対決を余儀なくされた2人は、どのような運命を迎えるのか…。
サイレント時代に描かれたヴァンパイアの姿
あらすじを読んで、これ、「吸血鬼ドラキュラ」そのままだよね、と思った方は正解です。
監督のF・W・ムルナウは、ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」を映画化しようと考えていました。ところが映画化の権利を得ることができませんでした。
でも吸血鬼の伝説は昔からあるよね、じゃあ登場人物の名前を変えて、他の吸血鬼の話にすれば問題無し!と強引に映画化した作品が『吸血鬼ノスフェラトゥ』です。
そんな裏話を持ちながらも、ムルナウ監督とマックス・シュレックが創造した“吸血鬼ノスフェラトゥ”は、映画史に残るキャラクターとして、後の多くのクリエイターに影響を与えています。
ヴェルナー・ヘルツォーク監督はこの映画を、1979年『ノスフェラトゥ』としてリメイク、その際は“吸血鬼ノスフェラトゥ”をクラウス・キンスキーが演じます。
人間離れした姿のオルロック伯爵は、実は本物の吸血鬼だった、という設定の2000年製作の映画『シャドウ・オブ・ヴァンパイア』では、ムルナウ監督をジョン・マルコヴィッチ、マックス・シュレックをウィレム・デフォーが演じています。
また現在、ギレルモ・デル・トロ監督映画のモンスターの演じ続けている、ダグ・ジョーンズがオルロック伯爵を演じる映画、『Nosferatu』の製作が進行中です。
50年代以前おすすめホラー映画:第3位『オペラの怪人』
映画『オペラの怪人』の作品情報
【原題】
The Phantom of the Opera
【製作】
1925年(アメリカ映画)
【監督】
ルパート・ジュリアン
【キャスト】
ロン・チェイニー、メアリー・フィルビン、ノーマン・ケリー、スニッツ・エドワーズ、ギブソン・ゴーランド、ヴァージニア・ペアソン
【作品概要】
今やミュージカルとして、それをジェラルド・バトラー、エミー・ロッサム主演で映画化した作品として名高い『オペラ座の怪人』。
その原点は1925年に製作されたユニバーサル・ピクチャーズの映画、『オペラの怪人』(日本初公開時のタイトル)にあります。
フランスの作家ガストン・ルルーの小説を、メイクや扮装を工夫して数々のサイレント映画に出演し、“千の顔を持つ男”と呼ばれた元祖怪奇スター、ロン・チェイニーが“ファントム”を演じ映画化した作品です。
【映画『オペラの怪人』のあらすじ】
1880年のパリ、オペラ座。そこに恐ろしい幽霊が現われるという評判が立ち、出演者や裏方たちは恐怖に襲われていました。
支配人引退興行の夜、プリマドンナのカルロッタ(メアリー・ファビアン)が病気で休み、代役を無名の歌手クリスティーヌ(メアリー・フィルビン)が演じ大成功を博します。
クリスティーヌに思いを寄せるラウール子爵(ノーマン・ケリー)は彼女の部屋を訪れますが、そこには怪しい男の声がしていました。実はクリステーィヌはオペラ座に潜む、怪しい人物から指導をうけていたのです。
そのエリックと名乗る怪人こそ、オペラ座に現れる幽霊の正体“ファントム”(ロン・チェイニー)でした。クリステーィヌを愛するあまり、凶行に走る“ファントム”。やがて彼女は“ファントム”から究極の決断を迫られる事になります…。
『オペラの怪人』が無ければ、あのモンスターたちは存在しなかった
1923年『ノートルダムのせむし男』でタイトルの人物、カジモトを演じたロン・チェイニー。幼くして舞台に立ちダンスに歌、コメディの才能もあった彼は、社会の弱者の気高い姿を演じる事を好み、メイクや扮装の工夫も、そういった登場人物の性格描写と捉えていました。
ロン・チェイニーが熱演を見せた『オペラの怪人』ですが、完成当初の版は上映時間が長く不評、再編集版の試写の反応も悪く、改めて編集される事となりました。
その最終版が公開されるや大ヒット、トーキー映画の時代を迎えた1930年には音声入り版が作られると、更なるヒットを記録します。
成功は怪奇スターの力と判断したユニバーサル・ピクチャーズは、これ以降“ユニバーサル・モンスターズ”と呼ばれる怪奇映画の製作に着手、ドラキュラやフランケンシュタインの怪物、狼男にミイラ男、透明人間といった、お馴染みのモンスターが登場する作品を産み出します。
ロン・チェイニー自らの特殊メイクで作り上げた、“ファントム”の素顔がスクリーンに映し出されると、当時の人は悲鳴を上げ気絶する人までいたとか…。現在のミュージカル版の『オペラ座の怪人』より、性格も行動も歪んだ“ファントム”、こっちの方が気に入りますよ。
50年代以前おすすめホラー映画:第2位『魔人ドラキュラ』(1931)
映画『魔人ドラキュラ』の作品情報
【原題】
Dracula
【製作】
1931年(アメリカ映画)
【監督】
トッド・ブラウニング
【キャスト】
ベラ・ルゴシ、ヘレン・チャンドラー、デビッド・マナーズ、ドワイト・フライ、エドワード・バン・スローン
【作品概要】
1930年代、“ユニバーサル・モンスターズ”の怪物映画として登場したのが“ドラキュラ”を描いた作品でした。『吸血鬼ノスフェラトゥ』と異なり、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」を、初めて正式映画化した作品です。
原作小説は1920年代に戯曲化され、舞台劇として上演、アメリカではブロードウェイで成功していました。それを聞いたユニバーサル・ピクチャーズは、これをトーキー映画化しようと動きます。
当初怪奇スター、ロン・チェイニーがドラキュラを演じる予定でしたが、彼が1930年に死去したため、舞台でドラキュラを演じていたハンガリー出身の俳優、ベラ・ルゴシが演じる事になります。
舞台劇を元に映画化したため、映画のセットは格調高い雰囲気を漂わせ、ベラ・ルゴシの東欧なまりの英語が、彼の風貌と共にエキゾチックな魅力をアピールする事になります。
【映画『魔人ドラキュラ』のあらすじ】
イギリスの弁護士レンフィールド(ドワイト・フライ)は、ロンドンの土地の購入を希望するトランシルヴァニアの貴族、ドラキュラ伯爵(ベラ・ルゴシ)の招きでドラキュラ城を訪れます。しかし、伯爵の正体は吸血鬼であり、襲われたレンフィールドは下僕にされます。
レンフィールドに手引きでイギリスに渡ったドラキュラ伯爵。その一方で精神を病んだとされ、セワード博士の病院に入院させられるレンフィールド。
そしてドラキュラはセワード博士一家に接触し、セワードの娘ミナ(ヘレン・チャンドラー)の友人、ルーシーはドラキュラに血を吸われて死亡します。
その頃セワード博士の元を、ヴァン・ヘルシング教授(エドワード・バン・スローン)が訪ねます。教授はレンフィールドは血を吸われ、吸血鬼になったと睨んでいたのでした。
ついにミナも血を吸われ、毎夜悪夢を見て衰えてゆきます。ヘルシング教授はミナの婚約者ハーカー(デビッド・マナーズ)と共にミナを訪れますが、教授はそこで出会ったドラキュラ伯爵は吸血鬼だと見破ります。
ヘルシング教授とハーカーは、ドラキュラの魔の手からミナを救う事ができるのでしょうか…。
「セックス+恐怖」を結び付けた『魔人ドラキュラ』
恐怖や暴力は性と強く結びつき、古来より物語や芸術のモチーフとなっています。今まで紹介してきた全ての映画にも、女性を襲いさらう怪人の姿が登場しています。
「吸血鬼ドラキュラ」の原作小説にもその要素は色濃く出ていましたが、映画という新たな表現形式を得て、強烈な輝きを放つ事となりました。
『魔人ドラキュラ』でベラ・ルゴシの演じたドラキュラは、恐怖映画を好む男性だけでなく、女性をも虜にしました。性の隠喩として血を吸う、魅惑的な吸血鬼のイメージは本作で完成し、世界に広がり現代のティーン向けヴァンパイア小説に至る、ポップカルチャーの原点になります。
大人気となった吸血鬼ドラキュラ伯爵は、当時から続編や亜流作品と無数の類似品を生み、キャラクターとして独り歩きを始めました。映画によるキャラクターの創造と、商品化の元祖と呼べるかもしれません。
そんな本作のドラキュラ伯爵は、今でも強烈なインパクトを残す存在です。その姿を一度確認すれば、後のコメディやパロディ作品に登場するドラキュラを、より楽しめるようになりますよ。
50年代以前おすすめホラー映画:第1位『フランケンシュタイン』(1933)
映画『フランケンシュタイン』の作品情報
【原題】
Frankenstein
【製作】
1931年(アメリカ映画)
【監督】
ジェイムズ・ホエール
【キャスト】
コリン・クライブ、メイ・クラーク、ジョン・ボールズ、ボリス・カーロフ、ドワイト・フライ
【作品概要】
“ユニバーサル・モンスターズ”の怪物映画で、『魔人ドラキュラ』に続いて登場した作品です。
原作はメアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン』。科学の暴走を描いたこの作品は、今もその古典として、様々な状況で警鐘の言葉として引用されています。
フランケンシュタイン博士が創造した、モンスターを演じたのがボリス・カーロフ。後に様々なフランケンシュタインのモンスターが登場しますが、今も本作の怪物の姿が最初に頭に浮かびます。
この映画で“ユニバーサル・モンスターズ”の人気は不動のものとなり、ベラ・ルゴシ、ボリス・カーロフにロン・チェイニー、そして彼の息子で後に『狼男』が代表作となるロン・チェイニー・ジュニアは、怪奇映画のスターとして名をとどろかせました。
【映画『フランケンシュタイン』のあらすじ】
男爵家に生まれた若き科学者、ヘンリー・フランケンシュタイン(コリン・クライブ)は、生命の創造と復活という禁断の研究に憑りつかれ、醜い助手のフリッツ(ドワイト・フライ)と共に墓場から死体を盗み出し接合、人造人間を作り出そうとします。
完成した肉体に、恩師ウォルドマン教授が持つ脳の標本を移植を企てるヘンリー。彼の身を案じた婚約者のエリザベス(メイ・クラーク)は、友人のヴィクター(ジョン・ボールズ)と共にウォルドマン教授を訪ね、2人は教授からヘンリーの実験を聞かされます。
エリザベスとヴィクター、ウォルドマン教授の一行は、ヘンリーが実験を行っている古城を訪れますが、そこでは今まさに、人造人間を創造する実験が行われていました。
雷の電流を浴び、生命を得て動き出した怪物(ボリス・カーロフ)。ヘンリーは実験の成功に狂喜します。しかし怪物の頭部には、誤ってフリッツが持ち帰った殺人者の脳が移植されていました…。
虐げられる異形の『フランケンシュタイン』
ホラー映画やモンスター映画に登場する怪物は、その醜い姿から世間から拒絶され虐げられます。逆襲に転じても最期は身を滅ぼす。その姿に感情移入する人々が、昔から多数存在しました。
1933年に登場する怪獣映画『キングコング』はその極みですが、『フランケンシュタイン』のモンスターもその代表格。今もオタク気質な映画ファンは、同様の気持ちを抱いて作品を見るものですが、こういった怪物とファンの関係は、この時代に成立していました。
ところで『魔人ドラキュラ』ではドラキュラ伯爵の下僕レンフィールドとして、『フランケンシュタイン』ではヘンリーは醜い助手のフリッツとして、ドワイト・フライが出演しています。
共に登場するモンスター以上に狂気を秘めた登場人物。この作品が現在のものであれば、怪奇スターと呼ばれた人物より、彼の演技に注目が集まったかもしれません。B級映画を愛する人は、そんな影に隠れて怪奇映画を支えた名優に注目して下さい。
まとめ
50年以前のホラー映画5選は、いかがでしたか。50年代以前と言いながら、30年代までの作品を選んでしまいました。しかしそれには理由があります。
これらの作品が誕生した頃、アメリカでは過激化する映画の内容に対する抗議の動きが広がり、1934年にハリウッドの映画業界は、ヘイズコードと呼ばれる自主規制を導入します。
これはホラー映画の描写だけを対象にしたものではなく、暴力・犯罪描写に性描写、当時の基準で倫理に反する描写を制限した、反動的かつ保守的な内容でした。
これ以降40年代にも、“ユニバーサル・モンスターズ”の映画は作り続けられますが、表現に制約を受けた結果、その魅力と輝きは失われてゆきます。
この傾向は世界的なもので、表現主義映画を産んだドイツはナチス政権の誕生という、映画に対しより強権的な圧力が加えられます。その先の世界に待ち受けていたものは、第2次世界大戦でした。
戦争の時代を迎えるとホラー映画は力を失い、より現実的な恐怖の対象、戦争や犯罪を描いた映画が主流となります。そう、ホラー映画が自由であった時代は、平和な時でもあったのです。
出来るだけユニークな作品を紹介しよう、と試みた「50年以前のホラー映画ベスト5選」でした。
それでもその作品の持つ恐怖の中に、エロと良質な悪趣味が間違いなく存在している事にご注目下さい。これからもこの視点を大切にしながら、以降の時代の作品を紹介していきますよ!