映画『ミッドサマー(原題:Midsommar)』は2019年7月3日より全米公開。
原題Midsommarはスウェーデン語で夏至祭(ミッドソンマル)の意。
2018年、『ヘレディタリー/継承』で長編デビューを飾り「21世紀最高のホラー映画」と評され世界の観客を阿鼻叫喚させたアリ・アスター監督。
「みんなが不安になればいいな」そんなコミカルなコメントと共にアスター監督が新たな作品を発表しました。
ホラー映画らしからぬポップで可愛らしいポスターも話題の『Midsommar』(2019)です。
ゴアな描写たっぷり、笑いもたっぷり、「こんなことあったら嫌だ」もたっぷり…。
今回は「黙示録的破局映画」と言われている本作を考察していきます!
映画『ミッドサマー』の作品情報
【製作】
2019年(アメリカ・スウェーデン合作映画)
【日本公開】
2020年2月予定
【原題】
Midsommar
【監督・脚本】
アリ・アスター
【キャスト】
フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、ウィル・ポールター、ヴィルヘルム・ブロングレン、アーチー・マデクウィ、エローラ・トルキア、ビョルン・アンドレセン
映画『ミッドサマー』のあらすじとネタバレ
参考:製作会社A24のツイッター
Try and get some rest 🌻 @MidsommarMovie pic.twitter.com/oUDhuCYkxa
— A24 (@A24) May 13, 2019
ダニとクリスチャンのカップルは長く交際していますが破局寸前。
しかしある日ダニの妹が両親を殺した後に自殺する事件が起こり、クリスチャンは別れを告げることを止まります。
クリスチャンは夏、友人のマーク、ジョシュ、ペレとスウェーデンの田舎町ハルガを訪れる予定でした。
クリスチャンとジョシュが文化人類学専攻のこともあり、ペレが彼らを「自分の故郷で90年に一度しか開催されない夏至祭が開催されるから来てはどうか」と誘ったのです。
内緒で旅行を決めていたクリスチャンはダニに責められ、彼女も連れて行くことにしました。
ハルガに着いた一行は彼らと同様夏至祭を見に行くカップルのコニーとサイモン、ペレの妹マヤや村の人々と出会います。
住人たちは皆白い衣服を見に纏い踊ったり駆け回ったりなんとも牧歌的。
2日目、しきたりに従って村人全員と共に食事をするダニ一行。
誕生日席には青い衣服を着たおじいさんとおばあさんが座っています。
食事が終わるとおじいさんとおばあさんは神輿のようなものに乗せられて、村の高い岩場へ連れて行かれました。
昼寝のため宿舎へ戻ったマークを除き、ダニ、クリスチャン、ジョシュはペレら村の人たちと何が起こるのか見に行きます。
おじいさんとおばあさんは手のひらを切りつけて血を岩版にこすりつけ、そのまま下に飛び降りて死にました。あまりにショックな出来事に呆然とするダニたち。
人は皆生命の輪の中で生きており、72歳で自死を選ぶのは村のしきたりだと説明されます。
ダニは両親の死を思い出し帰ることを思い立ちますが、ペレに説得され止まりました。
映画『ミッドサマー』の感想と評価
トラウマを呼び起こす恐ろしさ
参考:『Midsommar』のツイッター
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— Midsommar 🌻 (@MidsommarMovie) June 26, 2019
“なぜか裸の女性たちに見守られながらセックス”“ドラッグでハイになった時のおかしな行動”、ほかにもその場にそぐわないシュールな台詞に行動と笑いも散りばめられている『Midsommar』。
グロテスクな描写もかなりのもので、身を投げるおじいさんおばあさんの潰れた顔が大写しになったり、ジョシュやマークの惨殺死体であったり、最後の火あぶりなど目を覆いたくなるシーンも多数。
しかし本作の本当に恐ろしいポイントはトラウマや死を思い起こさせ、ダニと一緒に観客を巻き込んでパニックに陥らせる様な心理描写です。
両親と妹を亡くし、“一応は”そばにいてくれるものの、既に埋められない溝があるボーイフレンドがいるダニ。スウェーデンに行くことを知らされて責める時、破局の危機にあることを知っている彼の友人たちと会う時の気まずい状況…。
冒頭から一気に暗澹たる空気が立ち込め、そして問題の村ハルガへ。
夏至祭の会場へたどり着く前に一行は休憩しドラッグを試すのですが、ダニのバッド・トリップの描写も陰鬱なものです。
トラウマが脳を支配し、皆が自分を笑っているような強迫観念にかられる。
映画はキャラクターたちに笑いとも嘆きとも似つかぬ奇声を多く発させて不安を煽り、“誰も理解してくれない”“誰を信じたら良いか分からない”その疎外感や自らも気づかないうちに溜まっていく狂気の恐ろしさを演出することに成功しています。
加えて舞台は夏至祭、一日中太陽が照りつけ、夜の闇に隠れることも許しません。惨たらしいことも恐ろしいことも何もかもが曝け出されて、直面しなければいけないのです。
スウェーデン出身の映画監督、イングマール・ベルイマンの作品『叫びとささやき』(1972)の系譜を引く美しくも恐ろしい不穏、叫び声と沈黙のコントラスト。
画面の外で起こっている出来事と自らの心の不安定さがますます揺さぶりをかけ追い詰める。(ペレの従兄弟の名前は“イングマール”です。)
ですから、心身疲れている時の鑑賞は決しておすすめできません。
「どこにも逃げ場はない」「何もかも明らかにされる」「一番恐れていることと対峙しなければならない」そう思わせる力を持ったホラー映画となっています。
キーワードは“おとぎ話”
家族も亡くし、ボーイフレンドとは破局寸前の関係にあり、挙げ句の果てにはカルト集団に出会うことになる凄まじい旅路を進む主人公ダニ。
しかし彼女はラストシーンにて、生贄となり燃え盛る友人たちの死体やボーイフレンドのクリスチャンを見てにんまりと微笑んでみせます。
なぜ彼女は満ち足りたようなあの笑みを浮かべたのか。
本記事では『Midsommar』は、主人公ダニが“虚実で固められた世界を抜け出し導かれるままに進んで、自分とはっきりと磁場が合う家族を見つけることができる”という物語、として考えていきます。
ダニという女性はハルガの村全体と大きく呼応しています。
実は映画の序盤から、後々にダニやクリスチャンたちが訪れることになるハルガの街の符号となるシンボルが多々登場しているのです。
ダニの部屋に飾ってあるのは大きなクマと小さな女の子が何とも印象的な絵で、これは童話集や神話、民話、タロットカードなどの挿絵を多く手がけたスウェーデンの画家ヨン・バウエルによる作品。
白い衣服で軽やかに舞い踊る乙女たちが同じく登場する『ピクニック at ハンギング・ロック』(1975)やロマン・ポランスキー監督作品『テス』(1979)を想起させる、ホラー映画とは思えないほどファンタジックで可愛らしいビジュアルを持つ『Midsommar』は、このヨン・バウエル作品の登場によって一層おとぎ話めいたものに昇華されます。
外は雪が降っていますがダニの部屋は植物が至る所に置かれていて対照的です。
村の入り口にたどり着き、ドラッグでトリップした時には植物が自分の手から生え、木々が人間のように脈打つ幻覚を見ます。
ダニの視点で、この“植物が意志を持ち動いているように見える”という描写は劇中で何度も何度も登場します。
“植物と波長を合わせることができる”という店は、動物や自然と友人のように戯れることができるおとぎ話の王女を思い起こさせる点です。
植物だけではありません。メイクイーンを決める踊りの最中、隣の女性とスウェーデン語で突然会話できるようになります。
そしてダニが悲しみと怒りで泣き叫べば周囲の女性たちも彼女にならい、感情を高ぶらせて爆発させる行為を共にするのです。
そして最後、クリスチャンとの完璧な別れを決意したダニの思いを代行するかのように、村人たちは文字どおり彼自体を燃やし尽くしてくれます。
おとぎ話の王女のように、喪失や悲しみを乗り越えて本当の家族、本当の居場所を見つけることができるのです。
本作はダニやクリスチャンのバックグラウンドを深堀りはせず、ただ二人は“破局寸前のカップル”として登場します。
クリスチャンの死で終わるように、映画のテーマは“家族”と“恋愛”。
恋愛の面だけから見れば、“クリスチャンは別れを切り出したがっているのに何も言わない友人たち”“ずるずると引きずったが故に不信感はぬぐいきれないボーイフレンド”と不透明、虚偽でダニは囲まれていました。
それが夏至祭で文字どおり、何もかも白日の下に晒されたことにより(衝撃的な形ですが)過去となってしまった恋から脱出することができたのです。
ダニの最後の笑みは恐ろしくも、全編の中で最も爽快感あるワンシーンです。
まとめ
参考:製作会社A24のツイッター
Wednesday on The A24 Podcast: genre masters Ari Aster & Rob Eggers on their sophomore features, who loves Bergman more, and the films they should not have watched as children 🔊 pic.twitter.com/LfXg2nbvWa
— A24 (@A24) July 15, 2019
病める精神を明るい陽の元に曝け出し、破局に直面しながらもズルズルと引きずるカップルに過激な方法でけじめをつけさせ、主人公にある種の救済を与える。
トラウマや抑圧からの解放を描きながら、カップルの破局話を民俗ホラーとして仕立て上げたアリ・アスター監督の手腕を堪能できる『Midsommar』。
疲労や不安に襲われること間違いなし、それでも思わず笑ってしまうこと間違いなし…。
その美しい牧歌的な風景と凄惨な絵面が脳裏を蝕んでやまない、『Midsommar』は新たなホラー映画の名作として語られるに違いありません。
『Midsommar』は日本では邦題『ミッドサマー』として、2020年2月に公開予定です。