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Entry 2019/08/20
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映画『無限ファンデーション』あらすじと感想レビュー。全編“即興”で作り上げられた青春の姿|銀幕の月光遊戯 39

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第39回

『お盆の弟』の大崎章監督と若い俳優陣、ミュージシャンたちが即興で作り上げた驚くべき青春映画!

映画『無限ファンデーション』が、2019年8月24日(土)より、K’s cinemaほか、全国順次公開されます。

西山小雨の楽曲「未来へ」を原案に、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』で数々の新人賞に輝いた南沙良が主人公・未来役を演じるほか、『はらはらなのか。』の原菜乃華、『僕に、会いたかった』の小野花梨らが、痛々しくも輝かしい日々を生きる女子高生たちを熱演しています。

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映画『無限ファンデーション』のあらすじ

人付き合いが苦手な女子高生・未来は数学の補講の帰り道、リサイクル施設から聞こえてくる澄んだ歌声に導かれ、不思議な少女・小雨と出会いました。

緊張する未来を小雨は、明るく迎えてくれました。それから未来はたびたび、小雨に会いにこの場所を訪れるようになります。

ある日、未来が学校の廊下を歩いていると、以前、未来が描いた洋服のデザイン画を目にした演劇部のナノカが声をかけてきました。

彼女は未来のデザイン画を絶賛して、演劇部の衣装に知恵を貸してほしいと言い、戸惑う未来を演劇部に連れていきます。

おろおろするばかりだった未来は、少しずつナノカたちに心を開いていき、演劇部の衣装係として参加するようになります。

これまで具体的に将来を考えたことがなかった未来に、服飾デザイナーになりたいという一つの夢が生まれていました。

演劇コンクールに向けて、稽古は順調に進んでいましたが、ある部員の決断により、少女たちの夏は思いがけない方向へと走り出していきます。

映画『無限ファンデーション』の感想と解説

全編“即興”で作り上げられた青春映画

主演の南沙良は、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』(2018/湯浅弘章)では、うまく話すことができない高校生を演じ、第43回報知映画賞、第61回ブルーリボン賞、新人賞など多数の賞を受賞しました。

本作でも、あまり自己主張しない物静かな少女、未来を演じています。しかし、思いがけないショッキングな出来事を前にした時、志乃ちゃんが全身全霊の叫びをみせたように、未来もこれまでとはまったく違う姿をみせます。

本作は、全編即興で作られており、まさに、未来と、未来を演じる南沙良の生身の心の叫びを目撃することになります。

ナノカを演じる原菜乃華が、自身の考えを皆に訴える場面では、彼女の言葉は時に言葉たらずで、相手に誤解を与えてしまいます。気持ちを上手に伝えられないもどかしさが画面に溢れます。

あらかじめ決まった台詞があれば、ナノカはもう少しうまく表現することができて、物ごとは、もうちょっとスムーズに回っていたかもしれません。

ですが、自分の気持ちを上手に伝えられず、どんどん頑なになっていくナノカの態度はとてもリアルです。

その時、その瞬間、その人にしか出せない演技を超えた生身の“もがき”のようなものがほとばしる瞬間を目撃することの歓びは、特別なものがあります。それが若い役者を起用する青春映画ならなおさらです。

即興演出なら必ずそうしたものが現れるとは限らないでしょうが、『無限ファンデーション』からは、そうしたリアルな若い息吹が切実に伝わってくるのです。

子どもたちをとりまく大人の姿

青春映画に登場する大人たちは、家族や学校という空間の中で、ただ一緒にいる人物にすぎないということがままあります。子どもたちを追い詰める加害者的立場、無理解な存在として描かれることもしばしばです。

本作はその点、大人たちが、子供をどう導いてやればよいのか、迷い考えながら接しており、子供に対する適度な距離やそこに流れる暖かさが新鮮です。

嶺豪一扮する教師は、数学が苦手でやる気もない未来に決して声を荒げません。粘り強く接する彼の根気の良さに感嘆してしまうくらいです。

演劇部の顧問でもある彼は、一人の少女の相談を受けて、きちんと自身の気持ちを述べるよう、機会を設けます。

この時、彼は、ほとんど何も口を出しません。中途半端に口出しして、勝手にまとめてしまわないところにこの教師の誠実さがあります。

また、片岡礼子が演じる母親とヒロインの間に流れる信頼関係も、見逃せないものになっています。

心に深く染み込む西山小雨の楽曲

大崎章監督は、全てはシンガーソングライターの西山小雨の「未来へ」という曲のミュージックビデオを創りたいという想いから始まりました”と語っています。

オープニングから西山小雨の歌声が響きます。ウクレレの伴奏にのった澄んだ伸びやかな歌声。美しいメロディーと心に響く歌詞。ヒロインの未来と同じように、彼女の世界に引き込まれていきます。

物語やキャラクターの心情と西山小雨の音楽がシンクロしていくさまは、いやがおうにも心が踊ります。

「MOOSIC LAB 2018」にて、南沙良が女優賞に輝いたのと共に、見事、ベストミュージシャン賞を受賞したのもうなずけます。

役者としての西山小雨もいい味を出しており、その不思議な存在と、少しファンタジックな物語にぴたりと調和しています。

まとめ

即興演出によってあらわになるエモーショナルな部分と、きっちりと構成された物語的なものが違和感なく同じフィルムに共存しており、素直に感動を呼び起こす作品に仕上がっています。

ところで『左様なら』にも出演していた近藤笑菜、日高七海が、本作でも高校生役で出演していますが、見た目も内面もまったく違ったキャラクターを演じていて驚きました。

友人を失うのでは?という複雑な心理におちいる少女を演じた小野花梨も含め演劇部の部員たちにも是非注目してみてください。

映画『無限ファンデーション』は、2019年8月24日(土)からK’s cinema他にて、全国順次公開されます。

次回の銀幕の月光遊戯は…

グッチーズ・フリースクール×京都みなみ会館 presents ルーキー映画祭 ~新旧監督デビュー特集にて、上映されるジェニー・ゲージ監督のドキュメンタリー映画『オール・ディス・パニック』を取り上げる予定です。

お楽しみに!

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