「どうしてそんなに深く愛せるんだろう?」
結婚に踏ん切りがつかず彼氏のプロポーズを断ったふみと、別れた奥さんのことを想い続けているたもつが織りなす、モヤモヤしながらキュンとする“モヤキュン”ラブストーリー『パンとバスと2度めのハツコイ』をご紹介します。
1.映画『パンとバスと2度目のハツコイ』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【監督】
今泉力哉
【キャスト】
深川麻衣、山下健二郎、伊藤沙莉、志田彩良、安倍萌生、勇翔、音月桂
【作品概要】
「乃木坂46」の元メンバーで、グループ卒業後は舞台やCMで活躍してきた深川麻衣の映画初出演作。主役のふみを演じる。
中学時代の初恋の相手、たもつと再会したふみは…。
たもつを「三代目 J Soul Brothers」の山下健二郎が演じている。
群像恋愛映画でピカイチの腕を見せる今泉力哉監督が、恋愛や結婚を前に戸惑う若い二人の姿を穏やかな視点で綴る。
2.映画『パンとバスと2度目のハツコイ』のあらすじとネタバレ
市井ふみは美大に通うため、静岡から上京。卒業してからはパン屋に勤め、一人暮らしをしています。
ある日、焼きたてのパンの品出しをしていると、女性が一人入ってきて、ふみに「高野さんって、このお店にいらっしゃいます?」と尋ねました。
ふみが同僚の高野理紗子の方に思わず目をやると、女性は理紗子に「わたしのことわかります?」とつめよります。
理紗子にひどくつっけんどんな態度を取られた女性は「パンを買いに来ただけですから」と一旦その場を離れますが、いきなりフランスパンを振りかざし、理紗子に殴りかかりました。
あわてて飛んできた店長に理紗子は「こちら私の好きな人の奥さん」なんて言っています。
とんでもない修羅場に遭遇し、立ち尽くすふみ。
「どうしてそんなに深く人を愛せるんだろう?」
そんなことを考えていると、フランスパンの先が頬にあたり、痛みを感じました。
ふみは最近、付き合っていた恋人からプロポーズされたのですが、受けることが出来ませんでした。
ずっと好きでいられる自信も、好きでいてもらえる自信もないから…。
毎日、まだ暗いうちから起き出し、まだ街灯がついている暗い街中をパン屋に向かって歩きます。空は薄っすらとした青色を見せ始めています。
仕事を終え、パンの袋を手に店を出るふみ。帰宅途中、パンを食べながらバスの営業所の前に立ち、バスの洗車を観るのが日課になっていました。
家に戻るとアパートの前に妹が立っていました。妹は美大受験のため、静岡から出てきたのでした。
家に入ると早速、姉をモデルに、キャンバスに絵を描き始めます。
翌日、いつものようにバスの洗車を見ていると、風が強くふいて、ふみが持っていたパン屋の袋が空高く飛ばされてしまいました。
袋はバス会社の若い男性のところに落ちてきました。
ふみがパンを店頭に並べていると、男性客が入ってきました。昨日、袋を拾った男性です。
彼はふみに気がついて声をかけてきました。ふみもすぐに誰だかわかりました。中学時代の同級生たもつではありませんか。
たもつは、19歳の時に東京に出てきて、今はバスの運転者をしているそうです。
大恋愛をして、恋人を追いかけて東京にやってきたといいます。
3歳の子どももいるらしいのですが、奥さんとはもう離婚していて、子どもも奥さんと一緒にいるのだとか。
好きだという気持ちが奥さんにうまく伝わっていなかったのが離婚の原因だとたもつは語ります。
「どうしたら好きな気持ちって伝わるんだろう? ずっと好きだったのに」
その日、ふみはたもつに洗車中のバスに乗せてほしいと頼みました。内側から見てみたいと言って。
帰宅してすぐに眠ってしまおうとする姉に妹が目薬をさしてやりました。「失明するよ!」
ふみは緑内障を患っていて、右目の一部が見えないのです。毎日目薬をさしていれば失明することはないのですが。
翌日、ふみはお休みで、朝起きると、妹はもう予備校に出かけていました。実家の祖母に誕生日おめでとうと電話を入れのんびりしていると、洗濯機が変な音をたて止まってしまいます。
仕方なくコインランドリーに行くと、店の片隅に本棚がありました。見ると、並べられているのは全て「孤独」に関する書物でした。
予備校から帰ってきた妹は姉をモデルに絵を描きながら「なんで絵を描くのをやめたの?」と尋ねました。
「つまんなくなったから」「私、楽しかったことまだないなぁ。なんで描くのかまだわからないけど」「それで描けるのが一番強いよ」
今度、たもつと、もう一人、中学時代の同級生、星さとみと三人で会うことになったと妹に告げると、「あの星さとみ? お姉ちゃんに告白してきた」と妹は声をあげました。
「お姉ちゃんを好きだった星さとみとお姉ちゃんが好きだったたもつと三人で会うの?」
当日、急にたもつが来られなくなって、ふみは星さとみと二人で会うことになりました。さとみは幼い息子を連れてやってきました。
彼女は結婚して、幸せな日々を送っているようです。告白したこと憶えてない?と問われ「覚えてるよ」とふみは応えました。
「絶対女の人が好きだと思ってたんだけどね。よくわかんないんだ。旦那のことは好きだし…!なんで泣くの!?」
気づけばふみは涙ぐんでいました。理由もわからないのになぜか涙がこぼれそうになっていました。
たもつは会社の人の許可を得て、ふみを洗車中のバスに乗せてくれました。バスの中をあちこち移動しながら、初めての景色に胸をときめかせます。
さとみと会った時に聞いた話ですが、たもつの離婚の理由は奥さんの浮気なのだそうです。
それでも別れたくなかったらしいのですが、最終的には奥さんが好きなようにすればいいと別れることになったとか。
でもたもつはまだ奥さんのことが好きで、再婚したいと思っているらしいのです。
この前会った時、自分の話はしなかったふみでしたが、たもつに聞いてもらいたくて、プロポーズを断ったことを話し始めました。
「私は多分、一人でいたい人なんだと思う。寂しくありたいんだと思う」
ふみがそう言うと、「俺は一人になりたくないな」とたもつは言いました。
「人に好かれると引いちゃう」というふみに「じゃぁ、俺が好きになったら引いちゃう?」と尋ねるたもつ。
「うん。だから好きにならないでね」ふみが答えるとたもつは「上から目線だな」と言って笑いました。
コインランドリーにやってきたふみは、待つ間、本棚からポール・オースターの『孤独の発明』を抜き取って読んでいました。そこに一人の少年が現れました。
本棚は彼のもの。でも本はおじいさんのものを貰ったんだと少年は言います。
コインランドリーは孤独な場所。みんな洗濯機が潰れた時しか来ない。おじいさんの家にも洗濯機がやってきたからもうここには来られないんだって。
そう言う少年に「でも私はまた来るよ。必要だから」とふみは言うのでした。
ふみはいつの間にか眠ってしまい、気がつくと少年の姿はありませんでした。
あれは夢だったのか…? でもポール・オースターの本の横にりんごが一個おかれているのが目に入ってきました。
たもつが、息子にパンを焼きたいからつきあってくれないかと連絡してきました。
なんでもさとみの家にオーブンがあるらしく、さとみの家に集合とのこと。
さとみの家にやってくると彼女は仕事で留守だとたもつから聞かされます。たもつは植木の下から鍵を取り出しました。
「なかなかないよ。家主のいない家に入ることって」と少しどぎまぎしながら家に入るふみ。
ふみがたもつに作り方を指南し、動物を型どったかわいらしいパンとクッキーがたくさん出来上がりました。
そこへさとみが仕事を早く切り上げて帰ってきました。遠慮なくパンにかぶりつくさとみにそれは息子へのプレゼントだよ!と悲鳴をあげるたもつ。
ふみが先に帰って二人になると、さとみは「たもつ、あんまりふみと会わない方がいいんじゃない?」と言い出しました。
「ふみ、たもつのこと好きだったんだよ」というさとみに「いつの話だよ」と答えるたもつ。
「ふみが今もたもつのことを好きかどうかはわからない。でも惹かれているのは確か。その気がないならちゃんと伝えてあげて」さとみの顔は真剣でした。
3.映画『パンとバスと2度目のハツコイ』の感想と評価
映画を観ている時、観客はその物語が展開する正確な時間に関して、それほど気にすることはありません。
朝、昼、夜、あるいは明け方、真夜中、夜更け、そんな具合に把握をしていれば大概問題はありません(タイムリミット付きのサスペンス映画は別ですが)。
でもこの作品では、今何時だろう?ということがとても気になりますし、そんな時、画面を観ると、ちゃんと時間が分かるようになっているのです。
例えば、さりげなく画面すみにおかれた目覚まし時計(休みの日、ふみは十時半まで寝ている)、街中の時計、タイムカードに表示されている時間等々。
何時だろう?と時計を確認しつつ私たちは毎日生活しています。
ふみの日常はそういう意味で毎日の私たちの生活に似ていて、そのことから、彼女が地に足をつけて生きていることが伝わってきます。
それは、他の登場人物にも言え、今泉力哉監督はいつも以上に細やかな目配りをして作品を作り上げています。
例えば、ヒロインの妹が、朝出かけたあと、ちゃんと布団が畳まれているシーン。
たもつがさとみの家の鍵を使ってから、ちゃんとふみにもわかるようにそれを置くシーンなど、さりげないけれど案外重要な事柄をおざなりにしない丁寧な作品作りに好感を持ちました。
今泉監督は恋愛群像劇に定評があり、これまでも様々な恋愛模様をコミカルに描いていますが、今回は少し作風が違っています。
『サッド・ティー』では、青柳文子が「ちゃんと好きってどういうことなんですか?」という台詞を吐きます。
身を焦がす、ときめきに満ちた恋愛なんてそうはないんだ、という意味がここには込められていると思うのですが、それでも人間は懲りずに恋愛せずにはいられない生き物らしいとばかり、恋愛に奔走し、振り回される姿がユーモラスに描かれていました。
それがなんともおかしいのですが、人々が恋愛に走るのは、一つには一人でいることが「寂しいから」です。
『パンとバスと2度目のハツコイ』は孤独について焦点をあてた作品と言えます。
主人公のふみは一見、控えめで、恋愛に臆病で傷つくことを恐れている人物に見えますが、そうではないと思います。
ましてやこじらせ系女子でもない(それは『勝手にふるえてろ』のヨシカがこじらせ系女子でないのと同じように)。
彼女は孤独であることを恐れていないのです。寧ろ孤独を受け入れようとしています。
孤独の解消を恋愛にだけ頼るのではなくて、もっと人生に対して別の視野があるのではないか?
緑内障で一部が見えないという設定が逆に、他の人が気がつかない広い視野を暗示しているのでは? と考えるのはいささか深読みが過ぎるでしょうか?
その生き方が正しいかどうかは別にして、『パンとバスと2度めのハツコイ』は、孤独を肯定的に描く稀有な恋愛映画といえます。
最後にふみが書く「Alone again」という言葉。もし、たもつがもう少し長く眠っていたら、彼女は「naturally」と言うコトバを続けて書いたのでしょうか?
そう、「Alone again」といえば、ギルバート・オサリバンの名曲のタイトルです。彼は歌います。「Alone again naturally ♪」(また一人になってしまった。当然のように)。
とても哀しい、悲惨ともいえる歌詞が美しいメロディーに乗って歌われます。
勿論、この歌を想定してこのシーンが作られたのかは、実際のところ、わかりません。まったくの見当違いかもしれません。
でも、ふみが身を切る想いで、孤独を選んだことがこの言葉で伝わってくるように思うのです。
孤独になることを選び、孤独を引き受ける、そこに何か新しい希望が見えてくるのです。
まとめ
ほんわかとした雰囲気を醸しながらも芯の強さを感じさせるヒロインを深川麻衣が好演しています。
たもつを演じる山下健二郎とはまるで本当の幼馴染のようです。
主役の二人のフレッシュさが、作品を魅力的なものにしているのは言うまでもありませんが、二人の中学生時代の同級生を演じた伊藤沙莉、ヒロインの妹を演じた志田彩良もいい味を出しています。
とりわけ、姉を描くのに真剣な表情をみせる志田彩良が良いのです。
姉への眼差しは、何か自分とは違うものを持っている姉への憧れの現れなのでしょうか。
洗濯機や、パジャマシャツといった小物の使い方もうまく、交わされる会話もなるほどと思わせるものが多いです。
「”異性の友だち“って、たいてい、どっちかがどっちかを好きなんだよ」といった会話にうんうんと頷く人も多いのではないでしょうか。
ところでふみの元恋人の名前が柏木さんだったのでちょっと笑ってしまいました。
『サッド・ティー』では二股をしている男性の名前が柏木さんでしたし、今泉監督にとって「柏木」という名前は「持てる男の代名詞」なのでしょうか?!