映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』は、10月14日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開。
モダニズム華やかなりし頃、天才や巨匠と呼ばれた建築家は何に惹かれたのか?
キャメラマンのステファン・フォン・ビョルンの美しき映像で綴られた愛の物語は、女性監督メアリー・マクガキアンが自ら脚本を書き下ろした恋愛映画です。
ミニマルな建築という器に盛られた人間の感情はいかに激しいものだったのか?
CONTENTS
1.映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』の作品情報
【公開】
2017年(ベルギー・アイルランド映画)
【原題】
The Price of Desire
【脚本・監督】
メアリー・マクガキアン
【キャスト】
オーラ・ブラディ、ヴァンサン・ペレーズ、フランチェスコ・シャンナ、アラニス・モリセット、ドミニク・ピノン、アドリアーナ・L・ランドール
【作品概要】
家具デザイナーとしての才気を放ち、建築家となったアイリーン・グレイ。彼女に惹かれた近代建築の巨匠ル・コルビュジエ。そしてアイリーンの夫ジャン。3人の建築家に隠された真実を、実際の建築や家具用いて描かれた恋愛映画。
アイリーン役にドラマ『MISTRESS ミストレス』のオーラ・ブラディ、コルビュジエ役を『インドシナ』のヴァンサン・ペレーズ、当時の歌手として知られるマリサ・ダミア役をアラニス・モリセット。
2.建築家アイリーン・グレイのプロフィール
横顔の美しいアイリーン・グレイ(1910年本人の写真)
アイリーン・グレイ(1878年8月9日〜1976年10月31日)
1878年、アイルランドのブラウンズウッドに生まれ、ロンドン、パリで美術を学びます。
1910年代初頭から様々な工房でデザイナーとして活動。当初はアール・デコ調であった作風はミニマルなものに変化していきます。
1919年に帽子デザイナーのシュザンヌ・タルボットの依頼で、パリのアパルトマンのトータル・インテリアを手がけた際には、モダンデザインの先駆けとなる作品が多く含まれていました。
それ以降インテリア・デザイナーとして高い注目を集めると、1922年に自身の店<ジャン・デゼール>をオープン。
1926年から<E.1027>の建築に取り掛かり、1919年に完成させます。
1950年頃から視力が悪化してしまい事実上の引退、1976年に死去。
飛行機好きとしても知られる活動的な女性で生涯に渡り自らのスタイルを貫き続けた気高く勇敢な女性であり、孤高に品と自由を愛した人物です。
実在の彼女を本作では中心に描いています。
女性としての魅力だけでなく、人間として品のある彼女はどのように生きたのか、また近代建築の巨匠ル・コルビュジエすら迷わせた彼女の作品<E.1027>がいかに素晴らしいのかを映画で見せてくれます。
3.アイリーン役を演じたオーラ・ブラディ
1961年にアイルランドに生まれ、25歳でパリに移り、フィリップ・ゴーリエの演劇学校で演技を学び、さらにフランス語を習得。
オーラは舞台で女優としてのキャリアをスタート。アイルランドとイギリスを中心にステージに立ちました。
その後、アメリカにも活動の幅を広げて生きます。
『FRINGE/フリンジ』(2010-12)、BBCテレビシリーズ『MISTRESS <ミストレス>」(2009-10)、『刑事ヴァランダー 白夜の戦慄』(2009)、「刑事ジョー パリ犯罪捜査班」(2013)など多数のテレビドラマで親しまれます。
映画では1999年の作品『A Love Divided(原題)』、2000年の『愛のエチュード』で知られています。
1999年のモンテカルロ映画&テレビ祭では映画『A Love Divided(原題)』で最優秀主演女優賞を受賞。
参考映像:映画『A Love Divided(原題)』
アイルランド・アカデミー賞では、『Sinbad』『MISTRESS<ミストレス>』『Proof』『Servants』などで助演女優賞を5度受賞しています。
アイリーン・グレイ役オーディションの34人目の俳優であったオーラは、キャスティングのはじめからメアリー・マクガキアン監督の目に留まってお気に入りだったそうです。
また本作ではオーラ・ブラディの美しさをまるでプロモーション映像のように、キャメラマンのステファン・フォン・ビョルンの挑発的ともいえる映像で見せてくれます。
それは美しき女性アイリーンが美しい家具や邸宅を生み出した真実に、リアリティをもたらす存在感そのものと言えるでしょう。
4.映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』のあらすじ
1920年代、のちの近代建築の巨匠ル・コルビュジエは、若かりし彼よりも才気あふれる美しい女性と出会います。
それは新進気鋭の家具デザイナーとして、すでに評価を受け活躍していたアイリーン・グレイでした。
彼女は女性同士の恋を謳歌していますが、やがて建築家兼評論家のジャン・バドヴィッチと恋に落ち、彼から建築のイロハを教わりながら建築デビュー作である海辺のヴィラ<E.1027>を完成させます。
陽光煌く南フランスのカップ・マルタンに完成したその邸宅は、ル・コルビュジエが建築家として提唱し続けてきた「近代建築の5原則」を具現化したモダニズムの記念碑。
そのアイリーンの高い完成度の建築に、初めは最初のうちは惹かながら絶賛していたル・コルビュジエですが、賞賛の思いは次第に強い嫉妬へと変わっていきます…。
5.映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』の感想と評価
この作品の原題「The Price of Desire」は直訳すると『欲望の価格』です。
この“欲望”とは何を指すのでしょう。
本作は終始その“欲望”とは何かを見せていく、ひとつのラブストーリーとも言えますよ。
映画の冒頭クレジットシーンは、2009年にクリスティーズで行われた、「イヴ・サンローラン&ピエール・ベルジェ・コレクション 世紀のオークション」で幕を開けます。
オークションの落札に向け世界各国のコレクターたちによって、次々に価格が釣り上がっていく場面は、実にスリルがありますね。
アイリーンのデザインによって作られた「ドラゴンチェア」は、史上最高額1950ユーロ(約28億円)で落札しますが、落札したのは女性。
その婦人のセリフに要注目してください。
女性が女性に惹かれ高額な価格をつけて落札した意味は、これを読まれたあなたが女性であるなら、そこから本作を紐解いて観ていただきたい重要なテーマの糸口と言えます。
そう読み解けば、この作品はあなたにとっても有意義な時間になるでしょう。
また本作では、誤解を恐れずに言えば、ヴァンサン・ペレーズ演じるル・コルビュジエと人物は、実に“滑稽”に描かれています。
映画をご覧いただくと、きっと直ぐに気が付かれますが、かつてコメディアン俳優であったウディ・アレンのようにも見えてくるはず。
それだけならまだしも、日本人の私たちには、天才建築家ル・コルビュジエが漫画家・赤塚不二夫のコミックに登場する「元祖天才バカボンのパパ」に見えてなりません。
そう、なんとアイリーンが「バカボンパパのママ」に見える美しさと色気なのです。
このように本作を語ってしまうと、おふざけの映画に思われてしまいますが、そうではありません。
キャメラマンのステファン・フォン・ビョルンの安定感のある挑発的な美しき映像や、ブライアン・バーンの登場人物と情愛を盛り上げる楽曲。
また、美術を担当したエマニュエル・ブッチの建築家やデザイナーとしての実績もある彼女の空間構成の巧みさ。
これらを総合的に用いたメアリー・マクガキアン監督は、芸術性の高いラブストーリーとして見せてくれます。
男というものが実に馬鹿で間抜けなのか、まるで鼻歌を謳い上げるかのように見せた監督の意図にこそ、「欲望の価格」の本質があるのでしょう。
少ない知識でしか語れませんが、西洋の近代建築(芸術)の進化は“神との決別”にあります。
原始的な神殿やあるいは教会のような神聖な場所にある建築物は、美術装飾なるものがふんだんに施されています。
それは、神と人間の関係性のために細部にこだわりデコレーションされたものです。
だからこそ、「細部に神は宿る」のです。
しかし、モダニズムになると近代建築からは美術的装飾どころか、建物を支える柱や壁の構造パーツすらなくなっていきます。
(壁がないとはガラスを用いた建築になるということです)
ミニマルになった建築は機能的なのか、それとも人間という感情認識をするシンプルな器(建築)なのか。
その辺りの人間中心となった建築を舞台に、美しきアイリーンが男たちを品良く惑わせるのです。
しかもモダニズム建築史上に残る傑作の別荘<E.1027>が、本作の大舞台。
実に男たちが滑稽な行動を見せてくれます。
まだ、映画をご覧になっていない方に深くは話せませんが、本作の中でル・コルビュジエの描いた壁画とドイツ兵士の行動は同じものを意味のメタファーとして指しています。
それについてアイリーンが語ります、「イタリア人に・・・・・・・」という具合に。(・・・・・の部分は映画館で聞き漏らさないでくださいね、大切よ)
ああ、“美術好きで洒落た”イタリア人ならいいのね、“堅物で機能的”なドイツ人ではダメなのね。
アイリーン自虐的ギャグのセリフに取れるはずです。
まったく男って女心わからない“馬鹿なお子ちゃま”ね、と言わんばかりの激怒。
この辺りはさすが女性が脚本を執筆され、監督をしているメアリー・マクガキアンの手腕ですね。
男にはできない見事な演出、脱帽ですね。
メアリー・マクガキアン監督は、2010年に公開されたコメディ映画『トラブル・イン・カンヌ』(未公開)という作品で、オーハイ映画祭にて最優秀劇映画賞を獲得した実績も、きっと想像させてくれるはずです。
本作を女性的なエンターテイメントとして見せてくれたメアリー・マクガキアン監督。
美しいプロモーションビデオ的手法や舞台的演出、そしてコメディ作品の要素も入れて楽しませてくれるはずです。
馬鹿な男の映画監督には作ることができない作品。それが何なのか、教えてくれる映画。
女性の品格ともいうべき“すべての自由”、そのような魅力がふんだんに詰まった点は本作の見どころです。
まとめ
女性としてメアリー・マクガキアン監督は、世界的に知られる2人の天才建築家の隠された実話である(愛憎)をどのように描くのか。
また、世界遺産で知られ、多くの人から賞賛される建築家ル・コルビュジエとはどのような人物なのか。
そして、女性として活躍することが今よりも難しい時代を生き抜き、天才ぶりを発揮したアイリーンはコルビュジエにとって、どのような存在だったのか。
また、現代を生きる女性がなぜ、アイリーンのドラゴンチェアを史上最高額で落札したのか。
女性が魅せるエンターテイメント・ラブストーリー映画『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』は、10月14日(土)よりBunkamuraル・シネマほか全国順次公開されます。
ぜひ、お見逃しなく!