Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ラブストーリー映画

Entry 2017/11/17
Update

映画『貌斬りKAOKIRI』感想と考察!ディザスタームービーの俳優たち

  • Writer :
  • シネマルコヴィッチ

本作『貌斬り KAOKIRI 戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より』は、細野辰興監督の10作品目で、ひとつの節目となる作品です。

この作品の題材に用いられたのは、「長谷川一夫の暴漢顔切り事件」。

昭和のテレビ番組では、芸能史特集を行なった際に、「美空ひばりの塩酸掛け事件」や「トニー谷の息子誘拐事件」とともに並んで放送されていたことが忘れられません。

細野辰興監督が日本映画史上最強のスキャンダルをテーマに選び、近年稀に見る気骨な映画をご紹介します!

1.映画『貌斬り KAOKIRI 戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より』の作品情報


(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel

【公開】
2016年(日本映画)

【脚本・監督】
細野辰興

【キャスト】
草野康太、山田キヌヲ、和田光沙、金子鈴幸、向山智成、森谷勇太、森川千有、南久松真奈、日里麻美、嶋崎靖、佐藤みゆき、畑中葉子、木下ほうか

【作品概要】
『竜二Forever』で知られる細野辰興監督が、実際にあった俳優長谷川一夫の「顔切り事件」をモチーフに映画制作をする監督やスタッフ、また役者たちの人間模様を、実際の舞台と映画を混在させた意欲作。

2.映画『貌斬り KAOKIRI 戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より』のあらすじ


(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel

長谷川一夫(林長二郎)顔斬り事件。1937年、美男で評判だった林長二郎がスタジオから帰るところを2枚重ねのカミソリで頬を斬られ、日本中が騒然となった。日本映画史上最強のスキャンダラスな事件をモチーフにした作品。

映画は明石劇場という芝居小屋を舞台に“演劇”として始まります…。場所は高円寺のルノワールのレンタル会議室で、襲撃事件をモチーフとした映画の脚本会議が始まりました。

監督、脚本家、プロデューサーはじめとするスタッフたちは喧喧諤諤でした。

そのうえ映画が扱う題材があまりに過激なためスポンサーに、各方面から怪文書や嫌がらせも入ったとプロデューサーのスマフォに連絡が入ります。

さらには、遅れて到着したゆとり世代の助監督見習いや、映画愛に満ち溢れたウェイトレスの出現により、会議混乱のカオスとなり、皆が七転八倒します。

それでも監督は「なぜ長谷川一夫は顔を斬られなければならなかったのか?」と、リアルな仮説に至りたいと思いを曲げることはありませんでした。

そこで監督は、演じる者が感情移入を過すぎると、とても危険とされるロールプレイをしてみようと言いはじめます。

すると脚本会議はどう物語を書くかと言うことよりも、“スタニスラフスキー・メソッド”の場として、事件の当事者たちが何を考えて行動したのか、また出来なかったのかという、心のひだが露呈する修羅場へと移っていきます。

大入り満員の千秋楽を迎えた舞台では、ダブルキャストの主演女優のソワレ(午後の部)担当の1人が降板したいと言い張ったのはなぜか?

突如出番となったマチネ(午前の部)の主演女優はふたたび上がるはめとなる舞台で、仕掛けられた謎と愛、役者が演じることへ可能性を見出すことはできるのか…。

3.映画『貌斬り KAOKIRI 戯曲「スタニスラフスキー探偵団」より』の感想と評価


(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel

仮説① 演じることの昭和ヒロイズムと芸能の民

本作『貌斬り KAOKIRI』を観ながら、先だって観た武正晴監督の『リングサイド・ストーリー』を思い出しました。

とはいえ、2つの作品の世界観や作風は、まったく異質であり似て非なる作品です。

それでも似ている理由は2つある。まずは「演じることの魅力を見せた映画」であること。

武監督と細野監督のいずれの作品でも、力道山や長谷川一夫などといった戦後日本を代表するヒーローを登場させ、主人公の売れない役者に、貧乏してもプロ役者だと言わんばかりに“なぜ演じる”のかに焦点を当てています

これは単なる偶然の一致やコジツケではなく、ある種のヒロイズムに熱狂できなくなってしまった現代を表しているように感じられます。

また故にどちらの作品も「昭和の匂い」に満ち溢れ、台詞にも高度経済成長という時代とともに映画があるような気配がありました。

さらに、そこに世代もあるのでしょうが、センチメンタルやノスタルジーではなく、一抹の寂しさを覚えました。

昭和を描ける映画監督たちは、今後10年も経てば、いなくなってしまう恐れすらあるということに、少しショックを受けたのです。

昭和という時代背景(戦中戦後ではなく、高度経済成長ですら)は、昭和体験者である中堅監督以上の世代がいなくなれば時代考証など曖昧になり、コントのような昭和モドキ劇と成り果て、終わりなのだと思ったからです。

さて、時代劇はといえば戦国モノのような映画は、近年予算さえ確保できれば、CGなどの進歩で派手な作品も作られるようになりました。

しかし、そこに昔に生きた真の庶民を描く映画は皆無となっています。

例えば、博物館という施設がそれなりに残ったとしても、全国にあった民俗資料館は消えていくのと同じような現象でしょう。

それはなぜか?近代史研究をするには、あまりに闇の部分が多くアンタッチャブルとなっているからです。

細野辰興監督の『貌斬りKAOKIRI』では、「長谷川一夫の顔切り事件」にまつわり、重要な要素として芸能とやくざの関わりや、そして在日犯行まで登場してきます。

芸能というものが“河原乞食”を発祥としているのですから、それは当たり前のことですね。

例えば、昭和の味わいを持った橋口亮輔監督の名作『恋人たち』という映画があります。

この作品に登場した四ノ宮弁護士に相談に訪れたアナウンサーは、婚約者が“ブラッキー”だと嘆く場面を登場させました

細野辰興監督の『貌斬りKAOKIRI』でも、そのことが絶望的な愛の場面のモチーフになっています。

本作は世間に流されすぎていない、いかに骨太で気骨な映画であり、細野辰興監督の渾身の一作かが伺える一端と言えるでしょう。

仮説② 役者とは生き死にを繰り返す者なり

本作の物語は常に“入れ子の演技構造”で俳優たちが芝居を行なっています

分かりやすく言ってしまえば、“俳優役が演じている演技を演じている”というものです。

しかし、細野辰興監督はそれだけではありません。“演じ合っている俳優が別のベクトル(舞台内外)へと1人演じている”

“演じているフリを演じる”など演じることについて、四方八方に面白いメゾットが見られ、“演じると何か?どういうことか?”という問いで、あなたを楽しませてくれます。

それはなぜでしょう?(これはまとめで述べましょうね)

その答えを表記する前に、本作を鑑賞するうえで、役者たちの心境が分かりやすくなるメタファーな映画の楽しみ方をご紹介しますね。

細野辰興監督の演出の意図や真実がどうであれ、これは私の“真実を楽しむ仮説”です。(尾形蓮司ふうに…)

役者というものは、1つの舞台で与えられた役(人間)として生きる宿命を帯びています

つまり、本作の『貌斬りKAOKIRI』が演じられる千秋楽は、リハーサル期間を含めてその役に成り切ってきたことを演じる最後の日

命の最後の日。この舞台がこの世のすべてとするなら、この日までに俳優が演じてきた役柄の絶死する地球最後の日なのです。

翌日からはその役柄の人物はこの世には居ないばかりか、生きた場所(舞台)もありません

本作に登場する役者たちにとって、この舞台はディザスタームービーそのものなのと仮定しましょう。

ここに出てきた俳優すべてが、“映画に映り込んだ今では幽霊の面影”といえ、彼らが地球最後の日に、“予定調和という隕石”や“世間という隕石”から、どう最後の瞬間を生きようとしたのかを描いた作品とするのです。

であるならば、彼らのような孤独と恍惚を持つ流浪の民(芸能)ではないにしても、私たちのような一般的な人でも少しは理解ができるのではないでしょうか。

特にスタニスラフスキー探偵団として、“この世の終わり”に草野康太の演じた尾形蓮司と、山田キヌヲの演じた南千草が見たかった風景が理解できるかもしれません。

そして、南自身が2枚刃のカミソリという“接吻”を馳一生に斬りえたかどうか。

マスコミに取り上げられない売れない役者の尾形が大スターの馳一生に成れたかどうか。2人の愛に刮目せよですね!

まとめ


(C)2015 Tatsuoki Hosono/Keiko Kusakabe/Tadahito Sugiyama/Office Keel

本作は愛おしい悲恋と熟成の恋の二面を映画と舞台という構造の中で併記させた作品で、巧みな脚本は技量を見せつけた細野辰興監督ならではの映画といえるでしょう。

昭和の匂いと述べましたが、それだけではありません。東日本大震災以降の映画であると威風堂々と宣言もしていました。

私たちは日常でつい見失いがちですが、本作の“ディザスタームービーの俳優たちのように”、突然、いつ何時死ぬかもしれない。

細野辰興監督は冒頭間もなく俳優尾形に言わせた、『東日本大震災以降のこの国ではそれをイジメと言うのですか…。」

あなたを含め私たち観客の多くは誰かの役を演じる俳優ではありません。舞台演劇の芝居ごとに誰かの役に生まれ変わり生き続ける人生はないです

人は“あなた”という役を降りることはできない。『貌斬り KAOKIRI〜戯曲「スタニスラフスキー探偵団〜」より」という言葉がありました。

さて、感想の章で答えを持ち越した“演じるとはなんでしょう。

細野辰興監督の言いたかったことは、それぞれの役割りと役目という配役において、“演じる”とは生きることそのものかもしれませんよ。

予定調和を超えて生きる!見逃すには惜しい邦画。ぜひ、お見逃しなく!

映画『貌斬りKAOKIRI』の上映スケジュール

【日時①】
2017年11月15日(水)〜17日(金)

【上映館】
岡山シネマ・クレール
住所:岡山県岡山市北区丸の内1丁目5−1
TEL:086-231-0019

【日時②】
2017年11月24日(金)17:30〜 

【場所】
三鷹産業プラザ(第1回三鷹連雀映画祭11/23〜26)
住所:東京都三鷹市下連雀3丁目38−4
TEL:0422-40-9911
https://www.facebook.com/mitakarenjakuff/

関連記事

ラブストーリー映画

映画『ローマの休日』あらすじネタバレ感想と結末ラストの評価解説。たった1日のラブストーリーはオードリーヘプバーンの代表作!

永遠の妖精オードリー・ヘプバーン。 ここから伝説は始まった! オードリー・ヘプバーンは映画『ローマの休日』で、アメリカ映画初出演を果たしました。これをきっかけに、大スターへと成長します。 この映画でオ …

ラブストーリー映画

映画『男と女(2020)人生最良の日々』ネタバレ結末あらすじと感想評価。ロケ地ドーヴィルの海辺を舞台に撮影10日間で描く

映画『男と女 人生最良の日々』は、2020年1月31日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー。 “愛の伝道師”クロード・ルルーシュ監督が紡ぐあの恋愛映画 …

ラブストーリー映画

映画『カクテル』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。若きトム・クルーズが演じる甘く苦い青春ラブストーリー《真実の愛を知って生まれ変わる》

本当の愛を知った青年の成長記 『トップガン』(2022)シリーズで知られる大人気スターのトム・クルーズが主演を務める青春映画です。 野心ある主人公が喪失や再生を経験して本当の愛にめぐりあうまでを、『追 …

ラブストーリー映画

映画『ヘカテ』あらすじ感想評価と内容解説。ダニエル・シュミットの名作がデジタルリマスターで生誕80周年に鮮やかに蘇る!

スイス映画界の名匠ダニエル・シュミット生誕80年記念 ダニエル・シュミット監督がベルナール・ジロドー主演でポール・モーランの小説を映画化した作品『ヘカテ』。 ⒞ 1982/2004 T&G F …

ラブストーリー映画

映画『月極オトコトモダチ』感想と評価解説。徳永えりが挑んだ「男女の友情」という永遠のテーマ

映画『月極オトコトモダチ』は、2019年6月8日から「新宿武蔵野館」ほか全国で順次公開! 「男女の間に友情は存在するのか?」というテーマを、「レンタルフレンド」などの現代の要素を踏まえながら描くラブコ …

U-NEXT
【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学