彼女の“よこがお”に何を見るか?
唐突に人生を壊された女のささやかな復讐を通し、この世の不条理さ、それでも生きていく人間の強さを描く一作。
2019年7月26日より公開の『よこがお』は世界が認めた深田晃司監督の極上のサスペンスです。
映画『よこがお』の作品情報
【公開】
2019年(日本映画)
【脚本・監督】
深田晃司
【キャスト】
筒井真理子、市川実日子、池松壮亮、須藤蓮、小川未裕、吹越満
【作品概要】
『ほとりの朔子』(2013)『淵に立つ』(2016)『海を駆ける』(2018)の鬼才・深田晃司が「天才的な演技者」と評する筒井真理子を主演に迎えた静かなサスペンス。
演技・撮影・音の使い方に至るまで繊細に設計された一作です。
市川実日子、池松壮亮、吹越満など実力派が脇を固めました。
映画『よこがお』あらすじとネタバレ
とある中年女性“内田リサ”が美容院を訪れます。
彼女は和道という男性美容師を予約で指名していました。
和道はリサに、前にどこかで会ったかと聞きますが、リサは初めて会ったと答えます。
黒髪をブラウンに染めてもらったリサは、最近訪問介護の仕事を辞めたと話します。
しかしリサという名前は偽名で、本名は“白川市子”。半年前までは大石塔子という老女の訪問介護をしていました。
塔子はかつて画家として活動しており、認知庄になった今でも絵を描く真似をしたり、自分の絵をパズルとして組み立てたりしています。
市子は塔子の娘・洋子や孫の基子、サキとも仲がよく、特に市子と同じように介護士を目指している基子には勉強も教えてあげていました。
時は現在に戻り、リサはゴミ捨て場で通勤中の和道とバッタリ会い、話の流れで連絡先を交換します。
近くのマンションに住んでいるというリサですが、本当は和道の家の前の安アパートに住んでおり、時折双眼鏡で彼の部屋を覗いていました。
ある夜、和道の部屋に彼と付き合っている基子が入ってきます。リサ(市子)は無言でそれを見つめていました。
時はまた半年前に遡り、市子は基子とサキに喫茶店で勉強を教えていました。
そこに市子の甥の辰男がやってきます。彼はこれから北海道に行くと言ってかなりの大荷物を抱えていました。
サキは塾に行く時間が来たと喫茶店を出ていき、辰男も市子と別れます。
翌日、市子は医師の戸塚と塔子の定期検診にやってきます。戸塚と市子は交際関係で、バツイチ子持ちの彼と再婚予定でした。
大石家に着くと、サキが昨夜から家に帰ってこないと洋子があちこちに連絡しています。さらに1週間が経ってもサキは戻ってこず、大きく報道され、洋子は取り乱していました。
市子が塔子の世話をしていると、基子が部屋に入ってきてサキが見つかったといいます。
サキは特段大きな怪我もなく数日で退院できそうで、市子も安心していましたが、ある報道で彼女の表情が一変します。
サキを誘拐した犯人は辰男だったのです。
あの日、北海道に行くと言っていたのは嘘で、塾帰りのサキを車で誘拐したとのことでした。
喫茶店で辰男に会っていた基子は、市子が犯人の叔母だということを知っても家族には話さず、市子にも話す必要はないと告げます。
現在。リサと和道は一緒に美術館に訪れます。そこには塔子が現役時代に書いていた絵も飾ってありました。
和道から、塔子が闘病のすえ亡くなったと聞いたリサは固まり、気づかないうちに涙を流します。
半年前に戻り、市子は戸塚の家で彼の息子の健斗と食事しながらニュースを見ています。
サキは外傷は加えられておらず、辰男は取り調べで黙秘を貫いていました。
市子は戸塚にも事件のことを話せずにいます。
大石家に行くと、サキが学校から戻ってきて落ち込んでいました。クラスメートから、犯人にレイプされたのではと疑われたとのこと。
市子は黙っているのが辛いと言いますが、それを言ってしまうと市子と会えなくなるのが嫌だと止める基子。
翌日休みだった市子は、素子の誘いで動物園に行きました。
基子は、かつて家に来た友達と押し入れでお互い裸になっていたところを、幼かったサキに見つかったという笑い話をします。
勃起しているサイを見ながら、辰男があんなことをするようには見えなかったと口にする市子。
彼女はふと「辰男が10歳くらいの時に、寝ながら勃起しているのを見て、思わずズボンを下ろしてみた」という話を基子にしました。
動物園を出て移動中、交差点の信号が点滅しているのを見て基子は走りますが、市子は走らず基子だけが信号を渡ってしまいます。
そこに戸塚が車で市子を迎えにやってきました。基子は市子と戸塚の婚約を知り、ショックを受けているようでした。
数日後、市子の携帯に記者から電話が入り、何か秘密を隠していないか問いただされます。
そして翌日、市子が大石家で介護をしていると、洋子が週刊誌を見せてきました。
そこには市子が犯人の叔母であることが暴露され、彼女が誘拐の手引きをしたのではという疑惑まで書かれており、洋子は怒り狂って彼女を追い出します。
基子は市子を止めようとしますが、彼女はしょうがないことだと言って去って行きました。
その後、市子の家や職場の事務所にまでマスコミが来るようになり、戸塚との関係性もギクシャクしてきます。
基子だけは市子といつも通り会っていましたが、ある日市子にルームシェアで同居しようと持ちかけます。
戸塚と結婚するからと断ると、基子は「なんで結婚なんかできるの?加害者のくせに」とこぼしてしまい、市子は気まずくなってその場を離れました。
数日後、市子が職場でニュースを見ていると、匿名のインタビューで基子らしき女性が、市子は幼少期の辰男のズボンを下ろして悪戯をしたという話をしていました。
同僚からの冷たい目に晒されながら誤解を解こうとしますが、結局市子はその日に職場を辞めることになってしまいます。
市子が自宅を引き払おうとしていると、インターホンが鳴ります。
基子が家の前まで来ており、スピーカー越しに「なんであんなことをしたのかわからない、嫌いにならないで」と謝罪しますが、市子は聞き入れません。
その後、マスコミにバレないように駐車場に行くと車に赤いペンキが塗られていましたが、市子は気にせず発車します。
彼女は戸塚と別れ話を済ませ、その後洗車をして車を飛ばしますが、途中で車が路肩に乗り上げてしまいます。
市子は車を諦め、とあるNPO法人の事務所に入りました。
職員は市子の話を聞いてくれましたが、最終的には「ここは被害者を支援する団体ですのでお力添えできません」と断られ市子は呆然とします。
道端で嘔吐した市子を、通りかかった男が気遣ってくれました。
その男こそが和道でした。
市子は彼が前に写真を見せてもらった基子の彼氏だと気づきます。
映画『よこがお』の感想と評価
本作の発端は『淵に立つ』で現場を共にした深田監督が筒井真理子の横顔を見てとても美しいと感じ、彼女の横顔をテーマに撮りたいと思ったからとインタビューで語られています。
そして深田監督のオリジナルストーリーで出来上がったのがこの『よこがお』という映画です。
横顔を見ている時には反対側の顔は見えない。そんな人の二面性を描いている映画です。
市子も基子も最初観客が想像したキャラクターから逸脱していきます。
過去パートでは思いがけない落とし穴で加害者と言う名の被害者にされてしまう市子は、現在パートでは能動的に加害者側に回って復讐を果たそうとしています。
突然、理不尽に人生を壊されてしまう可能性が往々にしてあるというこの世界の恐ろしさを描くのは深田晃司作品の十八番です。
同じく筒井真理子が出演した『淵に立つ』では、浅野忠信演じる闖入者・八坂によって平穏に暮らしていた一家が破壊されました。
2018年公開の『海を駆ける』もインドネシアが舞台の爽やかなファンタジーに見せかけて、スマトラ沖地震のトラウマを背負った人々が謎の男ラウの登場で再び大自然の気まぐれで命を奪われたり逆に救われたりもする不穏な映画でした。
本作では、特段近い家族でもない甥の犯罪により自分の人生の土台が崩れていく女性を描いており、今まで以上に世界の不安定さが恐ろしく迫ってきます。
しかし、その人生が壊れていく過去パートと、復讐として他人の人生を壊そうとしていく現在のパートを交互に描いているので、単に市子に同情はできない作品になっているのが面白いところです。
そして他にも人生を大きく狂わされたサキや大石家の人々のその後はあえてぼかしているのも市子の主観的な見方を表しています。
また、市子に好意を寄せるあまり嫉妬によって加害者になってしまう基子の物語としても皮肉で恐ろしいです。
自分の中で正当性があっても、それは他者を追い詰めてしまうことがあるという加害者としての落とし穴も描いているのが深田作品としては新しい部分でしょう。
そして加害者になろうとした市子は、基子が自分を好きになっていたことが原因で復讐に失敗するという展開も人生のままならなさを感じさせます。
色で表される心情
また本作は色で人物像や心情を表しているのも特徴です。
まず冒頭、真っ赤な服で美容室に現れ、髪を明るい色に染め、リサという偽名を名乗る市子。その後も彼女は、和道と会う時は暖色系の服を着ています。
過去の市子は黒髪で地味な色の服を着ており、彼女の立場、心情の変化を見た目で表しています。
一方の基子は青色の服装を着ていることが多く、市子とは色分けがなされています。
現在パートで市子が和道の部屋を覗いている時には青色の服を着ており、復讐の対象と同化している彼女の心情が見て取れます。
そして復讐が徒労に終わった後、それでも基子のことが忘れられず、公園で遊んでいる最中に基子の幻影を見る場面では、市子は黄色、基子は青色の服を着ています。
この場面では市子が幻影を見ているにもかかわらず、彼女は基子に張り倒されて過呼吸になってしまうのです。
基子に復讐しようと彼女を意識しすぎた結果、市子が心身ともに壊れてしまっていたことを表しているのでしょう。
その後、実際にあった出来事かは不明ですが、市子が髪を緑に染めて入水するシーンがあります。
緑は黄色と青色を混ぜ合わせてできる色。
市子が自身の復讐心と基子への思いをうまく中和させ、一度死んで生まれ変わったことを表す場面です。
だからこそ、最後に市子が基子を見つけても脳内でアクセルを踏むだけで終わらせることができたのでしょう。
ただ、彼女の憎しみが消えたわけではないのは、叫びのようなクラクションの音とラストの不気味な間での無表情な顔でわかります。
自分の気持ちと折り合いをつけ、とりあえず車を発進させる=自分のペースで生きていくことを決める静かなラストシーンが心に残ります。
まとめ
ラストシーンで叫ぶ代わりにクラクションを鳴らすというのは、本作ではまだわかりやすい表現で、ほかにも能動的に見ないと理解しがたい部分が多々あります。
Cinemarche編集部によるインタビューにて、深田監督は以下のように語っています。
映画やドラマといったフィクションは、ついついそのドラマチックな瞬間、叫ぶことができた瞬間にフォーカスし、それを物語のクライマックスに持っていきがちです。
ですがそういった瞬間は、人生という時間におけるほんの数パーセントにしかあたらず、殆どの時間は叫ぶこともできず、ただ鬱々とした時間を過ごす日常でしかないんです。
そして、私は後者の方にフォーカスして物語を構築し、登場人物たちの外部に向けることのできない複雑な感情をお客さんに想像してもらいたいんです。
深田監督が語った通り、本作では犯人が辰男だと分かった瞬間や、基子が市子の過去の辰男への行為をメディアで語る場面など決定的な場面はあえて淡々と撮られています。
復讐が徒労だったと分かる場面では市子は静かに笑うだけです。
その代わり、劇中で唯一スローモーションで印象付けるように撮られているのは歩行者用音楽が鳴り響く中、基子に市子がいざなわれて青信号が点滅している横断歩道へ走っていく場面。
この直後、基子だけが横断歩道を渡って、市子は次の青信号を待っています。
2人が決裂するきっかけとなったこの場面を一番ドラマチックに撮るのが深田晃司流。一つ一つのシーンをかみしめるように解釈したくなる一作です。
映画『よこがお』は2019年7月26日(金)より全国ロードショーです。