サンダンス映画祭2019でプレミア上映されたジュリアス・オナー監督の映画『ルース(原題:Luce)』
映画『ルース(原題:Luce)』は、ナイジェリア出身の新鋭ジュリアス・オナが監督したサイコ・スリラー。
高校生のルースは模範生徒。成績優秀でスポーツも得意。しかし、歴史教師のハリエットは、課題に出した論文でルースが書いた内容に危機感を覚えます。
ナオミ・ワッツ、オクタヴィア・スペンサー、ティム・ロス、そしてトニー賞主演男優賞を2度受賞しているレオ・ノーバート・バッツ等豪華キャストが出演。
特に子供を育てる親世代が身につまされる秀作です。
映画『ルース(原題:Luce)』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Luce
【監督】
ジュリアス・オナー
【キャスト】
ケルヴィン・ハリソン・Jr、ナオミ・ワッツ、オクタヴィア・スペンサー、ティム・ロス、アンドレア・バング、レオ・ノーバート・バッツ
【作品概要】
テレビドラマ『殺人を無罪にする方法』シーズン2と3を手掛けたJ. C. Leeが脚本を執筆。自身が書いた舞台の脚本を脚色。
J・J・エイブラムス製作の『クローバーフィールド・パラドックス』(2018)を監督したジュリアス・オナも共同執筆。
オナにとって本作は3度目の長編映画監督作品。サンダンス映画祭に出品後、辛口の批評家から絶賛され『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』のNeon社が配給権を獲得。
映画『ルース』のあらすじとネタバレ
高校生のルースは17才。文武両道の優等生です。生徒を前にしたディベートで拍手喝采を浴び、会場で見学していた養父母のピーターとエイミー・エドガーは誇らしそうにルースを見つめます。
イベント後、歴史教師のハリエット・ウィルソンが近寄り、ルースは生徒にとって重要な模範を示しているとコメント。
帰路に着いたエドガー家。車中、ルースは歴史が好きだと言いながら、ハリエットに対する嫌悪感を告白。
エイミーは、立場のある女性に威圧感を覚えているのだろうと思います。
翌日、エイミーはハリエットに学校へ呼び出されます。ハリエットは、ルースの功績を褒め、アフリカのエリトリアで少年兵だった彼を養子として迎え育てたエドガー夫妻を労います。
しかし、ハリエットは授業の課題でルースが書いた文章に懸念を示し、エイミーに読むよう手渡します。
ルースは、植民地主義は暴力で解決できると述べた歴史上の人物フランツ・ファノンを選択。政治的問題を解決する為には反対論者を強制排除するべきだと言う持論を記述していました。
10才まで戦地に住んだルースの心理的ケアを徹底した小児科医でもあるエイミーは、その後暴力的な兆候は無いと説明。
危機感を持つハリエットは、ルースのロッカーを調べ違法認定されている危険な花火を見つけたと袋を渡します。
プライバシーの侵害だと憤慨するエイミーですが、ハリエットは家族間で会話を持って欲しいと頼みます。
エイミーは帰宅したピーターに報告。ルースに直接話してみるべきだという夫に対し、エイミーは何年も掛けて築いた信頼関係が損なうことを心配し、話を持ち出せません。
妙な雰囲気を察したルースは、夕食後の後片付けの際戸棚にエイミーが隠した自分の課題文と花火の入った袋を発見。
フェイスブックを検索したルースは、ハリエットにローズマリーという名の妹が居ることを知ります。
翌日、ハリエットは課題について話し合おうとルースを呼び出します。しかし、母親から何も聞いてないと言うルースに、ハリエットは書いた内容に危惧を持っていることを話します。
ルースは、フランツ・ファノンの意見であって、自分の見解ではないと説明。子供の時代に銃の撃ち方を学ぶような環境に在ったが、今の自分をハリエットはよく知っているはずだと真剣な眼差し。
半信半疑のハリエットはエイミーに連絡するよう言づてルースを解放。しかし、ルースはエイミーと何をこれ以上話すのか執拗に尋ねます。
保護者と自分の会話だとハリエットは諭します。ルースは、ハリエットの好きな祝日を尋ねます。
クリスマスだと答えるハリエットに、ルースは、アメリカへ来る前は祝日など知らなかったものの、母親から教わり、自由、強さ、そして個性を象徴する独立記念日が好きで、特に花火の打ち上げが気に入っていると話します。
「バーン」と花火の爆発音を口真似する笑顔のルース。
脅威を感じたハリエットは咄嗟に反応し、ルースは生徒であり自分が教師だと威嚇します。当惑の表情を浮かべるルース。
ハリエットはピーターに連絡し、それを聞いたエイミーは憤慨。ハリエットがルースに対し勝手な敵意を持っていると怒り、ルースはいつも正直だと言います。
違法花火のことに触れたピーターに、エイミーは、真実を言わないことと嘘をつくことは違うと主張。しかし、ピーターはルースを呼び、ハリエットを脅したのか訊きます。
ルースは自分が書いた内容で誤解されたのでちゃんと説明しただけだと返答。話題を避けようとする息子をピーターが叱り、エイミーは仕方なく花火について問い質します。
ルースは、陸上部の他のメンバーとロッカーをシェアしているので、全てが自分の物ではないと答えますが、上辺だけ繕っていると捉えたピーターは怒りを露わにします。
心配したエイミーはルースに自分達の取った対応を謝罪。ルースは周囲の期待に応えようと努力はしているが完璧にはなれないと不満を漏らします。
翌日、ハリエットは妹のローズマリーを家に招き、一緒にスーパーに買い物へ行きます。
店の通路で楽しそうに会話するローズマリーとルース。ハリエットを見て驚くルースは、自分が彼女の生徒だとローズマリーに自己紹介し、学校で開催されるディベートのコンテストへローズマリーを招待。
エイミーはルースの同級生・ステファニーから2人が付き合っていたことを聞き、何も知らなかった為ショックを受けます。
更に、ステファニーはパーティでドラッグレイプに遭ったこと、ハリエットがある生徒のロッカーを勝手に開けてマリファナを見つけたことで、その生徒は陸上部から追放され大学の奨学金を失っていたことを聞かされます。
そんな頃、ハリエットの自宅が何者かによって酷く荒らされます。精神的に不安定なローズマリーは恐怖に怯えます。
翌日、ルースは壇上に上がりディベートの練習。
「僕はアメリカへ来て自分を見つけました。母親が名前を発音できなかった為、父親の提案で新しい名前を僕につけました。自分の幸運に感謝しています。ここアメリカでは、自分の選択で成りたい人間になれる…」
そこまで言ったルースの顔が歪み、涙が頬を流れます。
授業中、校長から緊急だと呼び出されるハリエット。学校に来たローズマリーが訳の分からないことを言いながら歩き、ハリエットを見ると服を脱いで全裸になり自分を嫌っていると叫びます。
通報を受けて駆け付けた警察官が暴れるローズマリーをテーザー銃で抑え込んで連行。その様子を生徒達に混じり、ルースがじっと見つめます。
生徒がスマホで撮った事件の様子がインターネットに流出。ルースは両親に動画を見せながら、人って実は色々あって分からないものだとつぶやき、ハリエットを嫌な人間だと思ったが同情すると言います。
ハリエットの抱える複雑な状況を知ったピーターは、疑って悪かったとルースに謝罪。
同じ頃、何者かがハリエットの自宅の窓ガラスをペイントスプレーで侮辱的言葉を落書き。
そして、ルースのことで話したいとステファニーがハリエットを訪問します。
翌日、ハリエットは、校長にルースが自宅に落書きしたと訴え、課題で書いた内容に対する懸念も伝えます。
校長は、ルースが模範的生徒であり、証拠も無く非難するハリエットを諌めます。
しかし、ハリエットは、ルースが性的暴力をふるったと続け、証明すると断言。
映画『ルース』の感想と評価
完璧でなければ社会に受け入れられない黒人の苦悩を物語の根底に置きつつも、実は本作のテーマは人種差別ではない所が『ルース(原題:Luce)』のトリック。
オクタヴィア・スペンサー扮する教師・ハリエットは社会の厳しさを知り尽くす世代で、巣立っていく生徒達を精神的に覚悟させようと、時にシビアな対応を取ります。
そして、ルースの養父母ピーターとエイミーが彼を戦地から引き取ったことも無欲の誠意。特に小児科医であるエイミーは、ある種使命感を持ってルースに出来得る限りベストな将来を歩んで欲しいと心を砕きます。
しかし、周囲の大人が奔走する中で決定的に見逃しているのが、ルースの本音。恵まれた環境に感謝はしても、完璧な人間になろうとすることにルースはうんざりし疲れ切っています。
言葉に出来ないルースの葛藤はいつしか怒りへと変わり、17才の高校生は友人の仇を打つ為に、何をどこまでやって逃げ切れるのか周りの大人を試し始めるのです。
エンディングで1人ジョギングするルースは、普段被っているマスクを脱ぎ、内に抱えた憤怒が溢れだします。
終盤まで、ルースが悪なのか思春期の子供なのか分からなくなる展開がかなり恐い部分。
大人を買いかぶる頭の良いルースの巧みな心理的駆け引きを、養父母、教師、その妹、校長、そして他の生徒全員を巻き込み重層的に描写。見事な脚本と演出力です。
真に迫る表現力を見せるナオミ・ワッツとオクタヴィア・スペンサーに加え、主人公ルースを演じた『イット・カムズ・アット・ナイト』のケルヴィン・ハリソン・Jrは舌を巻く演技力を披露。
舞台出身のジュリアス・オナーは撮影前に1週間半のリハーサル時間を設け、ワッツとピーター役のティム・ロスはハリソン・Jrを自宅に招いて交流を深めています。
また、ハリソン・Jrはオナーの指示を受け、フランツ・ファノンの著書を読み、論文を執筆。スペンサー扮するハリエットは、実際にハリソン・Jrが書いた物を劇中に採点する等、オナーは俳優陣に演じる人物に成りきることを求めました。
まとめ
自分の中に無自覚のまま形成されたステレオタイプが他人に対する見方に影響することを浮き彫りにした『ルース(原題:Luce)』。
文武両道の子供は良い両親に育てられた“良い子”だと思ってしまう盲点を突き、完璧を期待されることに窒息しそうな17才を描いています。
オバマ大統領やウィル・スミスを主人公・ルースのモデルに据えた本作は、「本当にあなたは自分の子供を分かっていますか?」と問いかけます。
見事な脚本・演出・演技力の3拍子揃ったサイコ・スリラー映画。