『パリ13区』共同脚本のレア・ミシウス監督作『ファイブ・デビルズ』
人種や立場の異なるミレニアル世代の恋愛を描いた『パリ13区』(2021年)にはふたりの脚本家がいます。ひとりは『秘密の森の、その向こう』(2021年)の監督・脚本のセリーヌ・シアマ。そしてもうひとりがこの『ファイブ・デビルズ』のレア・ミシウス監督です。
ミシウスはこの映画で「継承」「魔力」「家族」について語っています。これはタイムリープをメインにしたSFでもあり、ホラーテイストもあり、親子関係や登場人物の恋愛についての秘密に迫る部分もある、まさにジャンルを超えた濃密な映画です。
CONTENTS
映画『ファイブ・デビルズ』の作品情報
【日本公開】
2021年(フランス映画)
【原題】
Les cinq diables
【監督】
レア・ミシウス
【キャスト】
アデル・エグザルコプロス、サリー・ドラメ、スワラ・エマティ、ムスタファ・ムベング、ダフネ・パタキア、パトリック・ブシテーほか
【作品概要】
フランスの山あいの町ファイブ・デビルズ。そこで両親と暮らす少女ヴィッキーは人並み外れたな嗅覚をもっており、ひそかに大好きな母の匂いをコレクションしています。
ある日叔母のジュリアがやってきたことをきっかけに、ヴィッキーは匂いを嗅ぐことでタイムリープできるようになります。何度も過去をのぞき見るうちに知ってしまった家族の秘密。そして彼らの運命の輪はどう転がっていくのでしょうか。
この映画、前半の主人公は少女ヴィッキーですが、タイムリープが可能になってからの後半はヴィッキーの母親ジョアンヌがメインのお話になります。
ジョアンヌを演じるのは『アデル、ブルーは熱い色』(2013)でカンヌ国際映画祭のパルム・ドールを監督や共演者とともに受賞したアデル・エグザルコプロスです。
前半の陰鬱な顔と、後半の高校生のころのはつらつとした笑顔とのギャップが大きく、また感情を爆発させるシーンなどさまざまな表情を見せてくれます。
映画『ファイブ・デビルズ』のあらすじとネタバレ
燃え上がる炎を見つめながら若い女性たちが泣き叫んでいます。その中のひとりが振り向いてこちらを見ています。
少女ヴィッキーは自分のベッドで夢から覚めます。
スイミングクラブでインストラクターをしているヴィッキーの母ジョアンヌ。放課後ヴィッキーはそこでジョアンヌを待っていますが、顔半分がただれている同僚のナディーヌはちょっと怖い存在です。
ジョアンヌは仕事が終わると湖で泳ぐことを日課にしており、ヴィッキーにワセリンを塗ってもらうと20分で呼び戻すよう念を押して水に入っていきます。ヴィッキーは残ったワセリンの匂いを嗅ぎ、広口ビンに「ママ3」とシールを貼ります。
ヴィッキーの部屋には栗や松ぼっくりなどさまざまなものが広口ビンに入れられて置いてあります。
朝、消防士である父のジミーを見送ったあと、ヴィッキーはジョアンヌの車で学校へ向かいます。放課後、また湖で泳いだあとジョアンヌはヴィッキーに匂いのことをたずねます。
匂いを集めていると言い、目隠しをしても次々となんの匂いか言い当てるヴィッキーをジョアンヌは少し気味悪く感じます。その後買物のためジョアンヌが車を離れたとき、ヴィッキーは同級生たちにいじめられます。しかし親が戻ってくる前に彼らは姿を消し、ジョアンヌは気づきません。
その足でジョアンヌは実家へ向かい、父親にヴィッキーの嗅覚のことを話しますが夫に相談しろと言われてしまいます。しかし父親は不仲を察知し、ジョアンヌに友だちもいないか…と考え話題を変えるのでした。
その夜ジミーに妹のジュリアから、明日行くと電話がかかってきます。ジョアンヌは怒りますが、結局翌朝3人は並んでジュリアを出迎えます。
ジミーはヴィッキーが3羽のインコを飼っている客室にジュリアを案内し、ジュリアは年末にカードを送ってもらってうれしかったと話します。
ヴィッキーはジミーに、ジュリアはモルトウィスキーの匂いがすると告げ、叔母がいることを知らなかったと言うと会うのは10年ぶりだとジミーは答えます。
大人たちが階下で話している間にヴィッキーは客室に入り込み、勝手にジュリアの荷物を調べ始めます。濃い色の香水ビンが気になったヴィッキーはフタを開け匂いを嗅ぎ、驚いた表情を浮かべます。
そして、それを胸ポケットに忍ばせて自分の部屋に持ち帰ると、広口ビンにジュリアの服をハサミで四角く切り取って入れモルトウィスキーを注ぎます。
仕上げに先ほど盗んだ香水を入れて混ぜると「ジュリア」というシールを貼って完成です。改めてその匂いを嗅いだヴィッキーはその場で倒れてしまいます。
道路の上に倒れていたヴィッキーが起き上がると、楽しそうな女子高生の集団が通り過ぎます。
どうやらそれは若かりしころのジョアンヌやナディーヌたちでヴィッキーのことは目に入っていない様子。体操部員らしい彼女たちは体育館で練習していますが、そこへコーチが転校生を連れて入ってきます。パリから来たという優秀な体操選手、それが叔母のジュリアでした。
翌日。ヴィッキーは放課後、外でまたジュリアのビンの匂いを嗅いで倒れます。森の中の路上で目覚めたヴィッキーは仲良さそうに話すジミーとナディーヌを目撃し、少し離れたところではジョアンヌがジュリアをひざ枕しています。
そこに向ってヴィッキーが近づいていくと、ただひとり彼女のことが見えるジュリアは驚いて飛び上がり逃げていきます。
ある夜、ジュリアは暗いキッチンで酒を探しますが見つからず、あきらめて外に出ていきます。その様子をヴィッキーがこっそり見ていました。
ジョアンヌは職場でナディーヌから、ジュリアが来ているのかと問われごまかします。
ナディーヌは「勘弁してよね」と吐き捨てます。また父からは何度も着信が。一方ジミーも同僚から、ジュリアの帰郷がウワサになっていると忠告されます。裁判も済みいまはなんの問題もない、とジミーは妹を擁護します。
ヴィッキーが学校の外でまたタイムリープしようと準備していると、同級生たちに見つかってしまいます。
卵や石けんなどさまざまなビンを持っていたのでそれを気味悪がられ、押さえつけられたヴィッキーは卵を口に入れられてしまいます。「石けんも」と誰かがビンを開けたとたん、そこにいた全員が倒れてしまいました。
ジョアンヌが学校に迎えにくると、教師や同級生の親たちが待ち構えていました。子どもたちが倒れたのはヴィッキーがマフラーで首をしめたからだという話になっており、その髪型からヴィッキーが「トイレブラシ」と呼ばれていることを知ったジョアンヌは敵意をむき出しにします。
ヴィッキーを連れて帰ろうとするジョアンヌに同級生の母親は「血は争えない」と言い、ジョアンヌは「クソ女!」と返して去っていきます。
ヴィッキーがいじめられていることを知ったジョアンヌですが、父からの電話にヴィッキーが出てしまい渋々家に寄ることに。ジュリアが来ていることをとがめる父。ヴィッキーは彼がジュリアを「同性愛の放火魔」と呼ぶのを聞いてしまいます。
帰宅したヴィッキーは母の手伝いをせずスマホで「放火魔」を検索しています。夕食の準備をしているジョアンヌのもとにジュリアがやってきて、ワインを飲もうと誘いますが「うちは飲まない」と拒絶します。
「イヤなら出ていく」と悲しそうな顔をするジュリアにジョアンヌは、「タコ切って」と手伝いを頼みます。スマホでレシピを確認しながら慣れないタコ料理に挑戦するふたり。床に落ちてしまったタコにふたりは顔を見合わせて笑い、次第に親密な雰囲気になっていきます。
そのころヴィッキーはまたタイムリープをしていました。場所はジョアンヌの実家。テーブルの下で目覚めたヴィッキーは、そこでジュリアがジョアンヌの内股に手を這わせているのを見てしまいます。
テーブルの上でふたりはキスをしていました。部屋に入ってきた父親に警告されたジュリアは「帰る」といって家を出ます。追いかけてきたジョアンヌは「いっしょにマルセイユに行こう。発表会のあと出発しよう」と誘います。
父を捨てられるのかと問うジュリアに対し、一生ここで過ごす気はないと断言するジョアンヌ。そこでお気に入りのピアスが片方なくなっていることに気づき落ち込みますが、その後ふたりは抱き合って熱いキスを交わします。
ある日、ヴィッキーは庭でいろいろなものを大鍋で煮ています。複数の木の実や自分のおしっこ、そして拾ってきたカラスの死骸などです。ひどい臭いがするその液体をビンに入れ、ジュリアのベッドの下に置くとフタを開けて部屋を逃げ出します。
その夜ジュリアは、幼い自分が入浴中に見知らぬ少女(ヴィッキー)が立っているのを見て叫び声を上げるという夢を見て飛び起きます。かけつけたジミーは「この臭いはなんだ?」と怒り、その様子をヴィッキーは自分の部屋の扉の影から見ています。
翌朝、なに食わぬ顔で起きてきたヴィッキーにジョアンヌは説明を求め、今日は湖には連れて行かない、おじいちゃんの家に行くのよと言い放ちます。ふたりきりになったとき、ジュリアはヴィッキーに「全部わかってる。やめた方がいい」と忠告するのでした。
映画『ファイブ・デビルズ』の感想と評価
ラストシーンの衝撃が冷めやらないところですが、この濃密な物語が96分におさまっているということにまず驚かされます。
この映画はデジタルではなくフィルムで撮影されていますが、監督そして共同脚本でもあるレア・ミシウスはあえてコストのかかるフィルムでこの作品を撮り、山あいの町や湖の質感を大事にしたといいます。
実際にはもっとたくさんのシーンを撮りながらもそれをどんどん引き算していき、説明しすぎない謎の多い物語として成立させています。そこが多くの考察が生まれる所以なのです。
散りばめられたオマージュ
監督自ら発言していますが、この映画にはいくつかの有名作品へのオマージュがみられます。
『シャイニング』
本作の序盤、タイトルまで部分は、スタンリー・キューブリック監督作品『シャイニング』(1980年)の冒頭シーンを模しています。家族を乗せた小さな車が山奥のホテルへ向って走る様を空撮している長いシーンは観るものを不安にさせましたが、それをなぞることによってこれから起こる不吉な出来事を予感させる効果を担っています。そして『シャイニング』と結びつけることで、このファイブ・デビルズという町の閉鎖性が想起されます。
また子どもが超常的な能力を持っているということでもこの2作品は関連づけられます。ダニーの持つ「シャイニング」とヴィッキーの香りによるタイムリープ能力。ダニーは両親とは関係のない能力でしたが、本作のヴィッキーには血縁による影響がうかがわれます。
『アス』
ジョーダン・ピール監督の『アス』(2019年)へのオマージュも見受けられます。ジュリアがタクシーで町に戻ってくるシーンは、一度通り過ぎてからバックで下がってきます。3人並んで動かずにそれを迎える姿はちょっと異様で、表情などに『アス』の影響が感じられます。
ツイン・ピークス
デヴィッド・リンチ監督によるテレビシリーズ「ツイン・ピークス」は謎が謎を呼ぶ展開で人気を博しました。そもそも「ファイブ・デビルズ」という町の名前自体がツイン・ピークスを意識していますが、過激なナディーヌのキャラクター設定やちょっとした役で登場する人物のビジュアル、また黒魔術のようなヴィッキーの行動など、そのエキスが多く取り入れられています。
“ファイブ・デビルズ”のループ
冒頭の、ポスタービジュアルにもなっている火事のシーンは後半の種明かしのシーンで再登場します。またシャイニングオマージュの空撮シーンですが、ラスト近くの救急車のシーンも同じような空撮が使われています。
このようにこの映画自体がループの構造をもっているのですが、そのループに注目して登場人物ごとに考察してみたいと思います。
ヴィッキー
両親の不仲をなんとなく感じている少女。同級生にいじめられていますが母に悟られないようにしています。匂いを集めることに執着しており大好きな母の香りがお気に入り。
しかし、母は父を愛していないことがわかり、しかもその妹と愛し合っていたという衝撃の事実を知り叔母を排除しようとします。自分のアイデンティティを賭けた戦いに結果的に破れた彼女は、恐らく父とふたりで今後を生きていくことになるのでしょう。
ジョアンヌ
ヴィッキーの母親。秘密の恋人ジュリアが放火犯として町を追われ、友だちの人生をめちゃくちゃにしてしまった負い目からその後鬱々とした人生を送っています。
職場はスイミングクラブ、趣味は湖で泳ぐこと。徹底して青い水の世界に暮らしている彼女ですが、それはジュリアへの燃える思いを消そうとする意識のメタファーです。
母としてヴィッキーを愛してはいるものの、ジュリアへの裏切りの証であるその存在に複雑な感情を持っており、さらに夫ジミーのことは愛してません。ではなぜ結婚したのか?もしかしたら、この町の呪縛から逃れるためにはこの方法しかなかったから、かもしれません。(ジュリアの項へ)
ジュリア
幼いジュリアは(その時点では見知らぬ子である)ヴィッキーの幻影に悩まされていました。
町を追われてから10年近く経ち、兄ジミーから送られてきたカードにはかつての恋人の幸せではなさそうな姿と、自分を悩ませた子どもが写っていました。それでジュリアは町へ戻ることを決意します。
なにかそこに突破口があるはずだ、と。うまくいく自信はなかったかもしれませんが、結果としてジュリアはジョアンヌの愛を取り戻したのです。恐らく高校時代に予定どおりふたりでマルセイユに行っていたら早々に破綻していたことでしょう。
ふたりが多くの犠牲の上に本当の愛を手に入れ、固く結ばれるためにこのファイブ・デビルズでの一連の出来事が必要だったように思えてなりません。
ジミー
報われないジョアンヌの夫ジミー。妹は放火犯として町を追い出され、そんな彼女を迎え入れようとしても町中から総スカンを食ってしまいます。妻からは愛されず、かつての恋人は火傷のせいで心が荒んでしまっています。
しかし、彼は努めて良い人なのです。まじめで穏やかで冷静。ではなぜ彼はジョアンヌと結婚したのでしょうか?ちなみに彼は消防士であり火を消すのが仕事です。
ジョアンヌの恋の炎を消す役割として登場したのでしょうか。本人の意識はそうだったかもしれません。また、加害者の兄としてナディーヌとは付き合えない、と彼女と別れたということも予測されます。
ジョアンヌやジュリアの項で述べた、ふたりがこの町を出ていくためのキーがこのジミーなのだと考えられないでしょうか。つまりジミーはジョアンヌのためというより妹ジュリアのために結婚し、ヴィッキーを誕生させたのです。
巡り巡ってその存在が今回の事件を引き起こし、その結果としてジュリアは愛するジョアンヌと町を出ていくのです。もちろんこれはジミーが意識してやっているのではなく、彼(ら)の血がそうさせたのではないかと思うのです。
ファイブ・デビルズのループについておぼろげながら道筋が見えてきました。次のラストの意味でご説明します。
“ラスト”の意味
その前に、まだナディーヌに触れていませんでした。この物語でいちばんの被害者はナディーヌです。顔に火傷を負い、恋人は友だちと結婚してしまったのですから。彼女にとっての悪魔は間違いなくジュリアです。
さて、ラストシーンで新たな女の子が出現しました。あれは一体だれなのか?映画を観た皆さんが気になるところでしょう。
いままでの考察を踏まえて導き出した答えは、ジミーとナディーヌの間に生まれた子というものです。
劇中でふたりは一度セックスしてしまいますが、そこで子どもができたとしても恐らく結婚(ジミーにとっては再婚)はしないでしょう。せまい町ですし、先ほど述べたようにジミーは加害者の兄なのです。
ナディーヌがシングルマザーとして子どもを育て、その子がいずれヴィッキーと同じように香りの能力に目覚めるのです。なぜならジミー、ジュリア、ヴィッキーと同じ血が流れているから。
その子は自らの出自を知りたいと願い、タイムリープ能力を使ってそれを暴いていくのでしょう。今度はヴィッキーがジュリアの立場になるのです。それこそがこのファイブ・デビルズのループ、運命の輪なのです。
まとめ
人間には匂いの相性がある、とどこかで聞いたことがあります。相性の良い匂いの人とは長続きする、とか、母の匂いが子どもに継承される、などなど。真偽のほどはわかりませんが、匂いを嗅ぐということに着目したミシウス監督のセンスに脱帽です。
考えてみると嗅覚は最も記憶に直結しているような気がします。例えば街の中ですれ違いざまに嗅いだ香水の匂いで昔の恋人を思い出すとか…。映画の中の匂いがどんなものなのか実際にはわかりませんが、すごく嗅いでみたいという欲求を喚起させられます。
本作はタイムリープものでありながら、観終わってみるとジョアンヌとジュリアのレズビアンカップルの愛の軌跡の映画だったなという感想です。SF、ホラー、ミステリー、恋愛、そして社会的な問題に至るまでを盛り込みながらも96分という尺に収まっているというのがいま思い返してもスゴイと脚本だと思います。
今回の考察はあくまで個人的な解釈なので、ほかにもいろいろな方の考察を読んでみてください。ジュリアの香水がどんな匂いなのか気にしながら、観たもの同士で内容について語り合いたい、そんな作品です。