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『沈黙の自叙伝』あらすじ感想と評価解説。東京フィルメックス2022の最優秀作品賞が見せる“インドネシアの闇”

  • Writer :
  • 桂伸也

映画『沈黙の自叙伝』は2023年9月中旬より全国ロードショー!

インドネシアにおいて1997年の独裁政権崩壊後においても現存するといわれる闇の部分を、衝撃的なストーリーで描いたサスペンス・スリラー『沈黙の自叙伝』。


(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film, Cinematografica, NiKo Film

本作を手掛けたのは、同国の新鋭マクバル・ムバラク監督。作品はインドネシアが独裁政権下にあった1968~1997年に公務員として生きたムバラク監督の父が、国に抱いていた忠誠心を見直し疑問を抱いたことをテーマとしてストーリーを描いたといいます。

映画『沈黙の自叙伝』の作品情報

(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film, Cinematografica, NiKo Film

【日本公開】
2023年(インドネシア・ポーランド・ドイツ・シンガポール・フランス・フィリピン・カタール合作映画)

【原題】
Autobiography

【監督】
マクバル・ムバラク

【出演】
ケビン・アルディロワ、アースウェンディ・ベニング・サワラ、スワラ・ユスフ・マハルディカ、ルクマン・サルディほか

【作品概要】
暴力と欺瞞あふれるインドネシアの近現代を描いたフィクションスリラー。インドネシアのマクバル・ムバラク監督の長編デビュー作となります。

作品は第79回ベネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞、 第23回東京フィルメックス(映画祭上映時タイトル「自叙伝」)にてコンペティション部門で最優秀賞を受賞しました。

映画『沈黙の自叙伝』のあらすじ


(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film, Cinematografica, NiKo Film

父は刑務所に服役中、兄は海外に出稼ぎと、苦難の生活を強いられている青年ラキブ。

彼は、インドネシアの田舎町で何世紀も一族で仕えてきた、退役将軍プルナの一族が所有している空き屋敷で働くことになります。

屋敷でたった一人の使用人として働くことになったラキブ。プルナは彼にまるで父親のように親身に接し、彼自身との信頼関係を築き上げていきました。

そんなプルナにこたえるかのように、ラキブは彼に忠誠を誓い、日常生活の中で自身の道を見出だしていきます。

そしていつしか地元の首長選挙に立候補したプルナの選挙キャンペーンが始まりました。

これがラキブにとって、プルナの隠された恐ろしい一面を知るきっかけになるとは、知る由もありませんでした……。

映画『沈黙の自叙伝』の感想と評価


(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film, Cinematografica, NiKo Film

現代社会の奥底に巣くう闇を感じる本作。その闇とは「リベラルな発展の陰に残る、保守派の抱く危険な思想」といったところでしょうか。

実際舞台設定としては2017年ころのフィリピンとされているようですが、作品のテーマとしてはあらゆる国にもいえる問題ではないかと考えられます。

フィリピンは1968年にスハルト大統領が就任すると、以後30年に及んで独裁的な権力を行使し国家建設を進めていきましたが、政権は1998年5月のジャカルタ暴動にて崩壊、以後フィリピンは民主主義の道を歩んでいます。

ところが同国は独裁政権崩壊後も未だ汚職や金権政治の習慣化、縁故主義の再出現などが問題として上げられており、近年では政府批判者への逮捕などが相次ぎ、一部では「独裁政権への回帰」を危惧するという声も上がっています。

本作は、そんなインドネシアが抱える隠れた危機の一面を合わせて描いているようです。


(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film, Cinematografica, NiKo Film

物語のキーとなるプルナは、市民のためを思う発言で人々から尊敬のまなざしを向けられます。

そんな彼をまるで父親同然と慕う青年、ラキブ。しかしプルナに忠誠を誓う中で、彼はプルナの恐ろしく矛盾した闇の部分を目撃し、大きく心を揺さぶられていきます。

その闇を目撃してからのラキブは抱いていた忠誠心を失い、プルナはもとより周囲のあらゆるものに対して心の奥底に疑念を持ち始めていきます。

そして自身の疑念を取り払うべくラキブが行動に移るクライマックスより、続いていくエンディング。

この一連の流れは、結果的に彼が見た闇が取り去られていないことを示すものであり、ある意味この国が古くから抱いていた闇がいかに今にまで生き続けてきたのか、その隠れたポイントを示すものとも見ることができます。

また一方で「忠誠」という意志を持ち続けることの難しさ、「忠誠」というもの自体の複雑さを示しているようでもあります。

まとめ


(C)2022. Kawan Kawan Media, In Vivo Films, Pōtocol, Staron Film, Cinematografica, NiKo Film

またこの作品では、「世代継承」という点に関しても何らかの問題を示しているようでもあります。

マクバル・ムバラク監督は、スハルト大統領の独裁政権時代の父の姿から、幼年期には忠誠を尽くすことへの美徳を感じながら、成長していくに従い以下のような疑念を持ったといいます。

「忠誠心は、はたして怪しげなものに誓っていても立派なものなのか? もし、不誠実なものへの忠誠を取り消したら、それは裏切りなのか? 正義のための戦いなのか?そしてそれゆえに、私たちは今のままでいいのだろうか?」

(作品プレスシート「Director’s Note」より)

ムバラク監督は独裁政権が終焉を迎えつつあった1990年の生まれであり、監督の胸の内において、世代の違いこそが成長していく過程でこの疑問を生んだと見られます。

親世代が“あたりまえ”と思っていたことに対し、若い世代が疑問を呈するというケースは、日本でも近年さまざまなところで「衝突の場」として見られる場面でもあります。

一方、本作において主人公ラキブがラストシーンで見せた振る舞いは、先に述べたムバラク監督の疑問に対する回答のようでもあり、実は疑問を一括して否定するわけにはいかない、さまざまな事情も存在する可能性があるということを暗に示しています。

このように作品では「あたりまえ」の陰に隠れた問題の提起と合わせて、いかに世代継承に関して人々が考えていくべきかを真摯に問うている作品であるといえるでしょう。

映画『沈黙の自叙伝』は2023年9月中旬より全国ロードショー


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