2017年9月9日公開『散歩する侵略者』のアナザー・ストーリーとして、WOWOWで放送&ネット配信された全5話のドラマ『予兆 散歩する侵略者』を映画版としてまとめ、待望の劇場公開!
本家以上の黒沢清ワールドが展開されています!
映画『予兆 散歩する侵略者』作品情報
【公開】
2017年(日本映画)
【監督】
黒沢清
【キャスト】
夏帆、染谷将太、東出昌大、中村映里子、岸井ゆきの、安井順平、石橋けい、吉岡睦雄、大塚ヒロタ、千葉哲也、諏訪太朗、渡辺真起子、中村まこと、大杉漣
【作品概要】
黒沢清監督が劇団「イキウメ」の舞台を映画化した『散歩する侵略者』(17)のスピンオフとして制作され、WOWOWで放送&ネット配信された全5話のドラマ『予兆 散歩する侵略者』の劇場版。
悦子のところに後輩が訪ねてくるが、彼女の家には幽霊がいるという。彼女はどうやら「家族」の概念を失ってしまったらしい。そんな折、夫が勤める病院で、悦子は真壁という奇妙な医師と出会う。
2.映画『予兆 散歩する侵略者』のあらすじとネタバレ
山際悦子が仕事から帰宅すると、先に帰宅していた夫の辰雄がベランダでぼんやりとたたずんでいました。いつもと何か様子が違うように見えましたが、辰雄はなんでもないと否定します。
それはほんのちょっとした違和感から始まったのです。
悦子は職場の工場で同僚の葉子に何見てるの? と声をかけられます。悦子は空を見ていました。「ちょっと気になって」。
工場長の粕谷がやってきましたが、右手に持った帳簿を二度も落とし、葉子は呆れたような目を悦子に送ってきました。
悦子が倉庫で探し物をしていると、非番のはずの浅川みゆきがそばに立っていました。「今晩泊めてもらっていいですか?」
その理由を聞くと「怖いんです」と彼女は答えました。「何が?」「幽霊が。」
彼女は話し出しました。今家にいるのはそうとしか考えられないと。見た目は普通の人なのに、誰だかわからない。なのに、当たり前のようにそばにいる。これって見てはいけないものを見ているっていうことですよね?
悦子は自宅にみゆきを連れ帰りました。辰雄が帰ってきたのを見て、みゆきは恐怖の表情を浮かべました。「悦子さんは平気なんですか? 今の男の人みたいなああいうの、ここにもいるんですね」
翌日、悦子はみゆきに連れられてみゆきの家にやってきました。インターホンを押すと、彼女の父親らしき人が出てきましたが、みゆきは隠れてしまい、悦子だけが家にあがりました。
男はれっきとしたみゆきの父親のようでした。急によそよそしくなり、最近では見るのもいやだという態度を取る、母親が死んで10年になるが、手塩にかけて育ててきたつもりです、なんでこんなことにと父親は嘆くのでした。
その時、庭の方で音がするので、父親がカーテンを開けると、そこにいたみゆきが激しく悲鳴をあげました。
悦子はみゆきを診察してもらうため、辰雄が勤務する病院の心療内科へやって来ました。診察が終わるのを待っている時、彼女は不吉な音と揺れを感じます。
それがおさまったと思った途端、側の自動ドアが誰もいないのにすっと開き、しばらくしてから背の高い医師らしき男がやって来ました。
悦子と男の視線がぶつかり、男が悦子の方に近寄ろうとした時、辰雄がやってきました。「真壁先生いきましょう」と呼び、悦子を妻だと紹介しました。真壁は「新任なんで山際君にはお世話になっているんですよ」と悦子から視線をはずさずに言いました。
みゆきの診察が終わり、病室に行くと、担当医の小森は「家族の概念が消えているようだ」と告げます。「健忘症の一種なのか…? でも概念が無くなるなんて聞いたことがない」
帰宅した悦子は辰雄に「真壁先生とはどういう関係なの?」と問いました。病院に慣れてないから面倒を見ていると答える辰雄に「あの人何かおかしい」と悦子は言うのでした。
辰雄が皿を落として割ってしまったので、二人で掃除していると、辰雄は左手しか使っていません。右手はどうしたの?と尋ねてもなんでもないという返事しかかえってきません。
悦子は悪夢にうなされて目が醒めました。辰雄はベランダに立っていました。彼は振り返り、「もうすぐ世界が終わるとしたらどうする?」と尋ねました。
「私多分何もしない。いつもどおりの生活を続けると思う」と答えると、辰雄は「助かる枠があるとしたら?」と重ねて聞いてきました。数人だけと聞き、「じゃあやだな」と悦子は応えました。
悦子は葉子にそれとなく、辰雄が質問してきた事柄を話し、どういう心理状態なのだろうと尋ねてみました。
葉子は「冷静で客観的なんじゃないかな。世界なんていつ終わってもおかしくない。終わらない方がおかしい。でもどうせ終わるならあと50年位は終わってほしくないな」と応えました。
みゆきの見舞いに来た悦子は、ロビーでひそひそ話をしている辰雄と真壁を見かけます。近づいてみると、真壁は、みゆきの事を話し始めました。誰かが“概念”を奪ったのではないか、と。
地球を侵略しようとしている宇宙人が、人間を動かす“概念”というものの存在を知り、それを理解するために集めているのだと。
あわてて辰雄はみゆきのところに行くよう悦子を促しました。どうしてあんなことを言うんだと責める辰雄に、「僕たちも行こうか。君はガイドだ。紹介してくれるんだろ?」と真壁は悪びれず言うのでした。
小森医師によると、似たような症例が何件も報告されているそうです。欠落する概念はまちまちだが、誰もが突然概念を失っているようなのだと言いながら、彼は困惑しているようでした。
「君の奥さん、もう気づいているよ。僕が普通じゃないことに」と真壁は言いました。「妻に手を出すなよ」という辰雄に「ガイドは君だ。君が紹介してくれる人間にしか手を出さない。約束しただろ」と言って微笑みました。
辰雄は初めて真壁と会った時のことを思いだしていました。病院のゴミ捨て場の前で真壁が「君は今日から俺のガイドだ」と言いながら右手を強く掴んできたことを。
我に返った辰雄は真壁にせがまれるまま、ある女のもとへ来ていました。彼が務める病院のお得意さまの女社長です。「低レベルと判断した材料は?」と問われ、「はんぱじゃないワイロを払っている。肉体も含めて」と答えました。
真壁は女に駆け寄ると「あなたは低レベルな人間ですか?」と問いました。女が腹を立て、「私にもプライドはあるのよ」と言うと、真壁は「それもらいます」と人差し指を女のひたいにあてました。女は涙を流し、その場にうずくまってしまいました。
その夜、悦子は辰雄に言いました。「助かる枠があったらどうする?って言ってたよね。あの時はいいやっていったけどあれはうそ。私辰雄とふたりで助かりたいな」。
辰雄は真壁を連れ、中学の時の担任の自宅を訪れていました。辰雄を気に入らないという理由だけで差別した男です。辰雄は激しい恨みを抱いていましたが、彼はそんなこと何一つ記憶にないようでした。
卒業アルバムや文集などをめくりながら、一人懐かしがっている元担任に真壁は近寄ると、「あなたのその頭の中に浮かんでいるものはなんですか?」と尋ねました。「過去?」と元担任が答えると「それ、もらいます」とひたいに人差し指をあてました。
担任は崩れ落ち、涙を流します。さらに真壁は「未来」「命」とタイトルのつけられた文集を差し出し、これをイメージしてくださいと言って、それらの概念も奪ってしまいます。
その夜、疲れて帰ってきた辰雄は不機嫌で、一人ソファーで眠ってしまいました。しかし悪夢を見て激しくうなされます。
翌朝、心配した悦子は、仕事は休むように、絶対家を出てはいけないと言い残して出かけました。
悦子は葉子あてに「病院に行ってきます。午後になっても帰ってこないようなら警察に連絡してください」というメールを送り、真壁の元へ向かいました。
真壁に「夫を開放してやってください」と言うと、彼は「僕に何か感じてますね。あなたは特別な人間だ」と言い、悦子に近づいてきました。悦子から「恐怖」の概念を奪おうとするも、指が弾かれ、出来ません。「すごいよ、君は!」真壁は驚きの声をあげました。
「夫を開放してくれますか?」「彼はただのガイドです」「どうやったら正常に戻れるのですか?」「彼の心の問題なんだけどなぁ。心にやましいことがあると痛みを感じるのです」
「だが、あなたは違う」と真壁は悦子を見つめました。「どうしてあなたのような個体が誕生したのか。我々は興味があります」
自分たちは宇宙から来た侵略者だと名乗る真壁から逃げるように駆け出した悦子は廊下で人にぶつかってしまいます。
それは葉子でした。あんなメールもらったら誰でも心配するでしょ、と彼女は笑って言いました。
みゆきの病室で、「真壁先生には気をつけて」と悦子が葉子に話しているのを耳にした小森は「真壁先生は関係ないでしょ」と笑いましたが、悦子は「関係あります! 先生に電話して今すぐここに来るよう言ってください!」と大声をあげました。
彼女の迫力に押され、電話を入れた小森でしたが、真壁はもう院内にはいないらしいとのことでした。
その頃、真壁は辰雄の家に来ていました。「恐怖」という概念が欲しい、案内してくれと強引に辰雄を連れ出します。
右手の痛みが増し、覚悟を決めた辰雄は、見知らぬ男に麻酔薬をかがせ、拉致。誰もいない場所に運び、二人で大きな穴を掘りました。
男は人違いだ、何かの間違いだ、と騒いで暴れていましたが、二人は穴に男を運ぶと、土をかけ始めました。真壁は男の額に触れ、「これが死への恐怖か」とよろめきながら、満足そうな声を出しました。
「君の奥さんはサンプルとして生かしておく。よかったなぁ、君の奥さんは助かるんだ」と言う真壁の頭を辰雄はスコップで思いっきり殴り、逃走。戻っていた悦子に「もう終わりだ。俺は人を殺した」と告げました。
3.映画『予兆 散歩する侵略者』の感想と評価
2017年度は黒沢清の『散歩する侵略者』が観られただけでも大満足な一年だというのに、さらにスピンオフまで出来て、映画バージョンとして劇場公開されるなんて嬉しすぎます!
風に揺らめくカーテンという冒頭から、真後ろから近づいていって、いつの間にか対象物を真横にとらえているカメラの移動、その画面の斜め後方に黒い影が立っているホラー演出と、開始早々、黒沢映画らしさ全開で物語は進んでいきます。
東出昌大は初登場の『クリーピー 偽りの隣人』(2016)から黒沢作品と相性のいい俳優なのでは?と各方面で言われていましたが、今回、そのことが明確に立証されました。
『散歩する侵略者』でも愛を語る神父役で登場し、少ない出番ながら強烈な印象を残しましたが、本作では、主役の一人として、ほぼ全篇、怪しくも魅力的な“侵略者”として画面を支配します。
一方、夏帆は、普通の主婦として登場しますが、やがて東出によって「特別」な存在として崇められていきます。
ですが、彼女は地球の平和を守るための救世主でなく、愛する夫を守るため闘うヒロインとして映画に降臨します。
世界が滅びても夫と二人で生き残りたいという恐ろしいほどの強い愛を持っていることが彼女の「特別」ともいえ、活劇に相応しい人物として、拳銃を持つことを映画から許されるのです。
本作は明快に「愛」と「活劇」の物語です。
そもそもこの映画では、概念を奪われた人がバタバタと倒れる以外、雨が降る以上の現象は起こりません。
本家『散歩する侵略者』で起こる派手な事故も、あるいは、宇宙人による侵略シーンも登場せず、代わりに銃と斧が織りなす活劇が展開するのです。これが実に素晴らしい!
さらに「愛」という観点で追えば、本作は宇宙人の失恋を描く稀有な作品とも解釈できます。
二人が目の前で抱き合う姿を見て、これが愛か、と呟く東出は、まるで指をくわえてみている無垢な子どものようであり、結局愛の概念を手にすることはできず、死んでいく姿には哀愁すら漂っています。
(ただ、そのせいで、本作における侵略は本家のそれのように途中で中断することはないと予測できます。「愛は世界を滅ぼす」展開となるわけです。)
全篇、重々しい空気が流れている本作ですが、黒沢清作品特有のユーモラスなシーンもきっちり存在します。
大杉漣が、東出に向かって、口笛を吹くシーンには思わず笑ってしまいました。犬じゃないんだから(笑)。
まとめ
夏帆が、後輩の診察を待って病院の待合に座っているシーンの異様さは特筆に値するでしょう。
おそらく、実際は病院ではないところを病院として撮っているのでしょう。その違和感というか、居心地の悪さの中で、怪奇現象が起こります。しかしその怪奇現象以上に奇怪なものが存在しました。
カメラが赤い手すりをたどって進むのですが、ここは病院という刷り込みがあるせいか、血管のように見えたのです。
しかも、よく観れば、夏帆が座っている座席の背後は窓になっているのですが、その向こう側にカーテンらしきものが風になびいているのが見えます。
え? 窓の向こう側にカーテン? と驚き、よく見て、あ、ベッドのシーツを洗濯して干してあるのかと思い直したのですが、しかしそれにしては干す位置が非常に高く、何か得体の知れない衣が窓の向こうで風になびいているとしかいいようがありません。
また、最後の舞台となる廃工場もいかにも黒沢的な舞台で、嬉しくなりますが、寧ろ、最近の作品では、なんの変哲もない、どこにでもあるような家屋や土地で異様なことが進行している事が多いように思われます。
ただ、それらが絶妙な雰囲気の物件であることは確かです。見ようによっては夏帆と染谷将太が住んでいるマンションもどことなく変です。窓枠やキッチンの柱で画面を分割するかのように撮っているのも見逃せません。
WOWOWの連続ドラマの方も観たのですが、これは続けて映画という形で観る方が断然面白く、ドラマを観た方も是非、映画バージョンを観ていただきたいと思います。