映画『TENET テネット』は2020年9月18日(金)より全国ロードショー!
SF映画、クリストファー・ノーラン映画ファンのみならず、スケールの大きな大作映画を待ち望む世界の観客を集め、大ヒットを記録した映画『TENET テネット』。
内容は非常に難解だと話題です。繰り返し見る者、複雑な映画に挑もうとする者が、映画館に足を運んでいます。
自作に最新の科学考証を取り入れ、劇中に登場する言葉に仕掛けを用意しながらも、発見と解釈は観客の手に委ねるノーラン監督。
『TENET テネット』に関する様々な説に触れ、自分自身の解釈を生み出すのも楽しみ方の一つです。
映画『TENET テネット』のあらすじ
正体不明の敵に捕らえられた”名も無き男”。拷問を受けた彼は死を覚悟します。
目覚めた彼は未来から現れた敵と、人類の存亡をかけた戦いが行われている事実を告げられました。
未来で開発された、時間の逆行を可能とする装置を駆使した戦いに身を投じる”名も無き男”。
未来からの敵に協力する者は何者か。そして仲間と共に、彼は最後の戦場に向かいます…。
詳細なストーリーを知りたい方は、こちらをお読み下さい。
過去の名作映画でも活躍する”名も無き男”
※以下、ストーリーに関わる記述があります
冒頭、オペラハウスのテロ現場の突入部隊に加わる”名も無き男”。そこで多くの人々を救うものの、敵の手に捕らえられます。
拷問される”名も無き男(Protagonist=主人公)”。彼は自殺用の毒薬を取り上げられ追及を受けます。任務の秘密を守ることを選んだ男は、自らの命を絶とうと試みました。
ここで映画のタイトル、『TENET』が現れます…。
目覚めた”名も無き男”は目の前の男から、お前は死んだと告げられ、使命を与えられ新たな世界で生きるよう求められます。
さて、ここで”名も無き男”は、突然現れた男から告げられたように、文字通り死んでいたのでしょうか?
この構図は過去の映画の中に度々登場しています。
古くは黒澤明監督の『用心棒』(1961)。三船敏郎演じる主人公は”名も無き男”で、偽名として”桑畑三十郎”を名乗ります。
彼はヤクザたちに捕らえられ、拷問され半死半生の目に遭って逃れ、最後の決闘に臨みます。
『用心棒』はイタリアの西部劇映画、『荒野の用心棒』(1964)としてリメイクされました。
『荒野の用心棒』でクリント・イーストウッドが演じた主人公も”名も無き男(Man with No Name)”。
激しいリンチを受けた後に、最後の戦いを繰り広げます。
『荒野の用心棒』以降の西部劇映画にリンチを生き延び、逆種する主人公の姿は度々登場します。その後のアクション映画でもお馴染みとなる展開です。
これは疑似的な死から復活した主人公が、救世主となり悪を倒し人々を救う姿が、キリスト教的な価値観に重なり、好んで使われた結果です。
フェイとバーバラの正体とは
『TENET テネット』は『用心棒』以降の、アクション映画で繰り返し描かれる展開に実に忠実な映画です。
普通に解釈すれば主人公が意識を取り戻した時点で、彼は死んでいません。比喩としてお前は死んだ、と告げられたはずです。
“名も無き男”にそれを告げた、この場面にしか登場しない人物の名はフェイ。
“妖精”の意味を持つ、神話的性格や未来を見通す力を示す名です。キリスト教的に解釈すれば、”天使”のような存在でしょうか。
フェイの言葉に従った彼はバーバラと出会い、銃の発砲が逆行する現象を見せられ、時間の逆行を理解します。
彼女もこのシーンにしか登場しません。バーバラの名にキリスト教的意味を求めると十四救難聖人の1人、聖バルバラ(バーバラ)にたどり着きます。
聖バルバラは建築家や消防士や鉱夫、そして囚人と砲手の”守護聖人”です。『TENET テネット』の主人公を守る聖人に相応しいのは、偶然でしょうか。
もし”名も無き男”が死んでいればその前に”天使”と、囚われ人と火器を操る者の”守護聖人”が現れ、彼を新たな世界に導いたと解釈できます。
キリスト教、カトリックの教理で死んだ者の魂は、天国と地獄の間にある「煉獄」に行き、そこで浄化されて初めて天国に迎え入れるとされています。
『TENET テネット』の世界を「煉獄」とすれば、そこにいる人々は天国に迎え入れられるか、地獄に堕ちる時まで延々と試練に耐えるしかありません。
フェイとバーバラは普通に解釈すれば、人類の滅亡を企てる未来人を阻止する側の未来人、もしくはその意志に忠実な者です。
その名の宗教的意味と、”名も無き男”が「死んで、蘇った」直後に現れた点に着目すると、彼を異なる時間が支配する世界、来世にいざなったと解釈できます。
こうして”名も無き男”は時間が逆行し循環する、逃れられない「煉獄」に囚われました。
繰り返される循環する世界
終わること無く繰り返される世界のイメージは、クリストファー・ノーラン監督作品に度々登場します。
『インターステラー』(2014)は様々な科学考証を駆使し、時間を越え過去に働きかける、循環する壮大な物語を作り上げました。
夢の世界を描いた『インセプション』(2010)。登場人物は今いる世界が、夢か現実かを判断する手段として、トーテムを持っていました。
結末が現実であればハッピーエンド、夢の世界であればそこに、永遠に囚われていることになる『インセプション』の主人公。
ラストシーンで主人公のトーテムであるコマは、果たして倒れたのか回り続けたのかは、映画を見た者の間で議論の対象になります。
『プレステージ』(2006)では奇術師として、自分の複製を作ると共に殺害し続ける、狂気じみた男の姿を描きました。
『メメント』(2000)では記憶障害を持った男が、その症状を利用して繰り返し、自らを復讐に駆り立てる姿を描いています。
さらにこの作品は全ては主人公の空想であり、病院に閉じ込められた男の頭の中で繰り返す、果たされることの無い復讐劇とも解釈を生みました。
ノーラン映画のる主人公は、抜け出せない循環に囚われた、「煉獄」の住人のイメージで創造されているのです。
まとめ
『TENET テネット』のタイトルが出る前に、”名も無き男”は死んでいないと解釈するのが自然です。
本作のラストで”名も無き男”は、死んでいた男により救われます。
時間が逆行する世界では、自分の死を踏まえた上で、状況を上書し修正することが可能だと示しました。
『TENET テネット』の世界にも死は存在するが、時間への逆行を利用すれば、自分の死を超越した行動が可能です。
“名も無き男”が死んだとしても、正確には「時間に逆行してきた自分の死を目撃しても」、それを踏まえて行動することが可能だと、このシーンは教えてくれました。
“名も無き男”は、巡行する時間の流れにいる人間には、死を超越した人物に見えるのです。
その意味で彼は、死後の復活を遂げた男であり、ゆえに世界を救う救世主になりました。
しかし彼自身は「煉獄」に囚われ、人知れず永遠に戦い続ける宿命を背負ったのです。
改めてフェイとバーバラの正体は何者でしょう。正義の側の未来人でしょうか。
それとも、抵抗組織を作り上げた”名も無き男”の指示で、彼を「煉獄」に案内する役割を引き受けたのでしょうか。
ノーラン映画に重ねて登場する「煉獄」のイメージ。
『メメント』は自らを復讐に駆り立て、『プレステージ』では自らを破壊する行為を繰り返します。循環から抜け出す時は、地獄に堕ちるであろうイメージしか得られません。
『インセプション』や『インターステラー』では、循環の中で愛する人に迫ろうと試みます。作品を重ねる毎に「煉獄」に生きる登場人物の行動は、前向きなものに変化します。
『TENET テネット』で”名も無き男”は、フェイとバーバラという”天使”と”守護聖人”に導かれ、「煉獄」に足を踏み入れました。
その戦いは彼自身にとって魂の浄化です。”名も無き男”が循環する「煉獄」から離れる時は、おそらく天国に向かう時でしょう。
このように解釈すれば彼は死んでいるのだ、と受け取れるのです。
映画の中に様々な仕掛けを散りばめたクリストファー・ノーラン。それを意識せずとも『TENET テネット』は、アクション映画として楽しめます。
しかし劇中のワードやピースを集めると、様々な解釈が可能になります。
ノーラン監督は作品の解釈を観客に委ねています。それを大いに楽しみましょう。
映画『TENET テネット』は2020年9月18日(金)より全国ロードショー!